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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

小山田さん「排除」の先に何を考えるか~五輪組織委はいよいよ危うい

 東京五輪開会式の楽曲担当の一人、小山田圭吾さんが7月19日夜、辞任を表明しました。23日の開会式当日のわずか4日前です。以前の記事でも触れましたが、小山田さんを巡っては、少年期に障害者の同級生へのいじめに加わり、その加害行為を25年前に雑誌のインタビューでとくとくと語っていたことに、ネット上で激しい批判が起きていました。小山田さんは16日夜にツイッターで謝罪文を公表。大会組織委員会は「反省している」などとして、楽曲担当を継続させることを表明しました。しかしSNS上などでは批判が止まず、週明け19日午前には加藤勝信官房長官が記者会見で、「政府として共生社会の実現に向けた取り組みを進めており、こうしたことに照らしても全く許されるものではない」「大会組織委員会において適切に対応していただきたい」(朝日新聞)と、人選に“介入”するに至りました。
 結局、組織委は辞任を受け入れた上で、いったんは楽曲担当を続けさせようとした判断は誤りであったと認めました。
 この一件に思うことをいくつか書きとめておきます。

 ■組織委の危うさ
 小山田さんが楽曲担当にとどまるかどうかは組織委員会の判断と権限、責任のはずですが、目立ったのはその組織委のガバナンスのまずさです。16日の段階で小山田さんの起用を取り消すつもりがなかったのなら、小山田さんとも相談の上で、続投しても差し支えないと考える理由を丁寧に説明しなければなりませんでした。もしもその説明の中に、五輪精神と呼ばれるものに照らして「なるほど、それもそうだ」と思えるものがあれば、わたしはそれでいいのではないか、とも思っていました。しかし、組織委の実際の対応は、当事者であることの自覚を欠いていました。まるで他人事でした。無残としか言いようがありません。
 組織委のそのありさまを見るにつけ、このまま五輪開催を強行して大丈夫なのか、との疑念と不安が増します。仮に新たな想定外の事態が起きた時に、組織委は対処できるのか。今からでも中止や打ち切りを選択肢に入れ、準備を進めた方がいいように思います。

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【写真】大会組織委がようやく公式サイトに説明を掲載したのは、小山田さんが辞任を申し出た後でした

 ■知的障害者への差別
 この小山田さんの一件は「いじめ」という言葉で語られることが多いようですが、それだけでは見えないことがあります。少年期の小山田さんの行為には、知的障害者への暴力を伴った差別の側面がうかがえます。SNSなどでの批判は、小山田さんの起用は五輪パラリンピックにはふさわしくなくいないとして、排除を求めるものが圧倒していました。そして、小山田さんの辞任の申し出が受理されました。
 5年前の7月26日、相模原市のやまゆり園で入所していた知的障害者19人が元職員に刺殺され、職員・入所者計26人が重軽傷を負う事件がありました。犠牲者はいまだに実名フルネームでは報道されません。この一事にも、わたしたちの社会にある知的障害者への差別の根深さが示されています。奇しくも20日は、改築されたやまゆり園で慰霊行事がありました。多くの人が関心を持った小山田さんの一件は、ふだんは見えにくい知的障害者と差別の問題をあらためて考える契機になりうるはずであり、そこにはマスメディアが果たせる役割があるはずです。小山田さんの排除で「決着」となるなら、極めて残念です。

 ■謝罪と今後
 知的障害者の権利擁護と政策提言に取り組む「全国手をつなぐ育成会連合会」が18日、「小山田圭吾氏に関する一連の報道に対する声明」を公表しました。多くのマスメディアも紹介していますが、以下のように明記していることは、あまり紹介されていません。

 本会としては、すでにオリンピックの開催が直前に迫っており、小山田氏も公式に事実を認め謝罪していることも勘案して、東京2020オリンピック・パラリンピック大会における楽曲制作への参加取りやめまでを求めるものではありません。

 小山田氏が露悪的であったことも含め心からの謝罪をしたのか、それとも楽曲提供に参画したい一心でその場しのぎで謝罪をしたのか、本会としては小山田氏の言動や東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の動向について、今後も注視してまいります。

 人はだれでも最初は無知です。小山田さんに問われるのは今後だと思います。16日に公表した謝罪文に記載されているように真摯に反省しているのなら、今後の生涯を通じて、音楽の才能を知的障害者の権利擁護に生かしていく、といった選択肢もあるでしょう。断罪と排除で終わることなく、今後を見守ることも大事だと思います。

 ※「全国手をつなぐ育成会連合会」 http://zen-iku.jp/

 ※声明 http://zen-iku.jp/wp-content/uploads/2021/07/210718s.pdf

 ■抑制が目立つ読売新聞
 あらためて東京発行の新聞各紙がこの問題をどう報じたかを見てみました。朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日経新聞、産経新聞、東京新聞の6紙のうち、東京を除く5紙は発行新聞社が五輪東京大会の公式スポンサーに名前を連ねています。
 最初に報じたのは16日付の毎日新聞朝刊でした。過去の雑誌記事のことがネットで炎上していることのリポートでした。次いで、16日に小山田さんが謝罪文を公表したものの、大会組織委が続投を容認したことを、朝日、産経、東京が17日付朝刊で報じました。そして小山田氏の辞任は20日付の朝刊で6紙全紙が報じています。
 おや、と思ったのは、読売新聞が小山田氏の辞任に至るまで、この問題を報じていなかったことです。しかも第2社会面に抑制トーンの記事1本だけでした。経済紙の日経はともかく、他紙がそろって1面で扱ったことと比較しても、控え目さが際立ちます。東京五輪の問題ではあるのですが、同時に著名ミュージシャンと「いじめ」や「障害者差別」の問題でもあるのです。社会的な事象としても、ニュースバリューは小さくないと思うのですが。

 

 以下に、東京発行6紙の扱いと主な見出しを書きとめておきます。

【7月20日付】
▼朝日新聞
1面トップ「五輪開会式の曲 一部削除/過去にいじめ 小山田氏が辞任」
社会面トップ「いじめ発言 批判やまず/小山田さん辞任 組織委、対応後手」/「『起用 理解に苦しむ』障害者団体」/「相次ぐトラブル」/「世論から浮いてしまった」社会学者の大澤真幸さんの話

▼毎日新聞
1面「小山田氏 辞任/『いじめ』騒動 開会式楽曲使わず」
社会面トップ「『この大会呪われている』/五輪組織委関係者嘆く/小山田氏辞任」/「『自業自得だ』小田嶋氏」/「組織委代表も責任取って/選手かわいそう」

▼読売新聞
第2社会面「小山田氏 楽曲担当辞任/『いじめ』批判受け 作品は使用せず」

▼日経新聞
2面「小山田圭吾さん辞任/いじめ問題 開会式で楽曲使わず」
社会面「開会式直前、批判やまず/小山田さん辞任、組織委対応一転」

▼産経新聞
1面「開会式 小山田さん辞任/いじめ問題 楽曲使用取りやめ」

▼東京新聞
1面トップ「いじめ告白 小山田さん辞任/五輪開会式 楽曲使用せず」
24面(特報面)「虐待・差別容認五輪なのか/『貢献』と擁護の組織委 重い任命責任」
第2社会面「小山田氏起用『理解に苦しむ』/知的障害者らの団体 抗議」

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【7月17日付】
▼朝日新聞:第2社会面「同級生や障害者いじめ 開会式作曲者、過去の発言謝罪/90年代の書籍めぐり小山田さん」
▼産経新聞:社会面「小山田さん、学生時代のいじめ謝罪/五輪開会式の楽曲制作」
▼東京新聞;第2社会面「学生時代のいじめ謝罪/開会式楽曲担当の小山田さん」