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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

この失敗の共有を出発点に、違いを認め合い、だれも取り残さない社会へ~東京五輪開会の日に

 東京五輪が始まりました。7月23日夜、開会式のテレビ中継を日本選手団の入場行進まで見た後、この記事を書き始めました。
 新型コロナウイルスのパンデミックの中での開催強行に対して、日本の民意は控え目にみても賛否が割れています。調査によっては、例えば1週間前の朝日新聞の世論調査が、2者択一で尋ねた結果は反対55%、賛成33%と差が付きました。
 開会式の楽曲担当の一人、小山田圭吾さんが、少年時のいじめや障害者への暴力への加担と、それを雑誌に反省なく語っていたことを問われて19日に辞任。開会式前日の22日には、開閉会式の制作・演出チームで「ショーディレクター」を務める小林賢太郎さんが、過去のコントで「ユダヤ人大量惨殺ごっこ」と口にしていたことを問われ、大会組織委員会に解任されました。
 組織委の橋本聖子委員長は22日、開会式の内容をどうするか検討していると述べていましたが、夜になって予定通りに実施することが決まりました。開会式のプログラムの中で、小林さんが一人で担当した部分がないことを確認したとのことですが、なぜ開会式に変更の必要はないと判断した理由になるのか、違和感があります。一方の小山田さんが作曲した曲は、開会式から削除されました。対応がちぐはぐです。ここにも組織委のガバナンスの危うさと、東京五輪の意義の揺らぎを感じざるを得ません。

 森喜朗・前組織委会長の女性蔑視・「わきまえる」発言、開閉会式演出の総合統括に就いていた電通出身のクリエーティブディレクター、佐々木宏さんの女性タレントの容姿侮辱と、東京大会の運営内部にある人権意識の低さが相次いで露呈していました。さらに、いじめや暴力的な障害者差別、ホロコーストをコントのネタにする倫理の欠如と、その当事者がけじめをつけることなく、有能なアーチスト、クリエイターとして長年もてはやされていたことが浮き彫りになりました。組織委員会にこの五輪を無事に運営できるだけの能力が備わっているか、極めて疑問ですが、問題はそこにとどまりません。日本社会ではジェンダーバランスや多様性の確保を始めとする人権尊重の規範意識がまだまだ根付いていない、共有されていないことが明らかになりました。
 もともと招致段階から様々な疑問がありましたが、開会式当日に明確になったのは、日本社会で今、五輪憲章の理念を実現するのは困難だということです。その意味で、この東京五輪は既に開催の大義を失ったようなものだと考えています。23日付の朝日新聞朝刊に、組織委員会が森喜朗氏を「名誉最高顧問」に就けることを検討している、との記事が載っていました。「恥知らず」という言葉が頭に浮かびます。そのような検討が行われているというだけで、この大会は五輪の名に値しないとも感じます。
 それでも、この東京大会の失敗は無意味ではない、意義を見出すことができる、とわたしは考えています。この失敗の体験を共有することは、わたしたちがこれから何に取り組まなければいけないかを考える上で、とても大切だと思っています。
 目標は、それぞれが違いを認め合い、多様性を確保し、一人も取り残さない社会です。その取り組みの出発点に、この東京五輪を置き、日本社会で共有することができれば、未来に絶望する必要はないと思っています。そこにマスメディアの役割もあるはずです。
 そんなことを思いながら、けさ23日付の朝刊各紙をめくっていて、東京新聞(中日新聞)の社説の一節が目に止まりました。
 ※「東京五輪きょう開会 対立と分断を憂える」
  https://www.chunichi.co.jp/article/296176

 混乱の最大の責任は、感染を収束できないまま開催を強行した日本の政界、スポーツ界のリーダーらと国際オリンピック委員会(IOC)にあります。

 抜本的な解決策ではなく、その場しのぎの対応を重ねたり、結論を先送りしたり。観客数を巡る迷走や大会予算の膨張、関係者の相次ぐ辞任・解任と、統治機能の不全を思い知らされました。

 今大会は、国民的な挫折の経験ではないか。私たちは主権者として、国を根本から変えなければと肝に銘じなければなりません。

  「国民的な挫折の経験」「主権者として、国を根本から変えなければ」―。同感です。

 申し訳なく思うのは、海外からの選手の皆さんに対してです。多様性と調和とか、平和の祭典とか、今の日本社会では実現は無理です。ジェンダーバランスの意味が分からず退場したはずの前組織委会長を名誉最高顧問に、などと冗談でもあってはならないことが画策されるような、無残なありさまです。
 その無残さに、この国の主権者である限りは無関係ではいられません。わたしも主権者の一人として責任を負っています。開会式の中継をテレビで見ながら、選手たちに心の中で「申し訳ない」とわびました。

 「祝祭」ムードとはおよそかけ離れた状況下で、東京発行の新聞各紙は五輪開会直前の日々をどのように伝えたのか。開会式に先立ち競技が始まった21日付朝刊までさかのぼって、各紙1面掲載の主な記事の見出しを書きとめておきます。朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日経新聞、産経新聞の5紙は、発行会社が大会公式スポンサーに名を連ねています。
 23日付朝刊では、朝日、毎日、東京の3紙が小林賢太郎氏の解任をトップに置いたのに対し、読売、産経両紙は「きょう開幕」をトップにして小林氏解任は左肩でした。

【7月23日付朝刊】
▼朝日新聞
「開会式演出 小林氏を解任/過去にユダヤ人虐殺揶揄/組織委『式は予定通り』」
「組織委 森氏復帰を検討/『名誉最高顧問』政府内に反対論」
「きょう開幕/濃厚接触次々 苦悩の南ア」
▼毎日新聞
「開会式演出 小林氏解任/ユダヤ人大虐殺やゆ/五輪組織委/式典内容 変更せず」
「商業色濃く 遠い平和理念」
「無観客五輪きょう開幕/コロナ拡大 緊急事態下」
▼読売新聞
「東京五輪きょう開幕/サッカー男子 白星/ソフト連勝」/「久保 決勝弾」
「選手の勇気に敬意」結城和香子編集委員
「開会式演出 小林氏解任/過去にユダヤ人虐殺やゆ/組織委/式典変更せず」
▼日経新聞
「コロナ下五輪 安全優先/経費2940億円増 成功、重い責務/きょう開会式」
「原点見つめる契機に」藤井彰夫論説委員長
▼産経新聞
「東京五輪 きょう開幕/コロナ禍 205カ国・地域参加」/「サッカー男子 初陣飾る/ソフト連勝」
「開閉会式の演出統括 解任/小林賢太郎氏 過去にユダヤ虐殺揶揄」
「『スポーツの価値』を信じて」
▼東京新聞
「開会式演出の小林氏解任/過去『ユダヤ虐殺』コント/開幕目前また」/「識者ら『差別に危機感薄い』」/「開会式プログラム発売中止」
「有力者から来る『○○案件』に翻弄/開会式関係者が証言」

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【7月22日付朝刊】
▼朝日新聞「無観客 競技スタート」
▼毎日新聞「歓声なき五輪号砲/ソフトボール 日本白星発進」
▼読売新聞「ソフト 先陣 白星/東京五輪 競技スタート/コロナ影響 無観客 あす開会式/なでしこ ドロー」
▼日経新聞「東京五輪あす開幕/一部競技はスタート」
▼産経新聞「1年待った 逆境越え祭典/コロナで無観客 五輪競技開始/ソフト快勝 なでしこドロー」
▼東京新聞「都、ボランティア3万人放置/新規活動 連絡なし/五輪開幕2日前/道案内など役割失い」/「異例ずくめ日本初陣」長めの写真説明

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【7月21日夕刊】
▼朝日新聞「五輪競技 静かに開始/『できることを精一杯』あの時の上野選手の色紙、力に」
▼毎日新聞「五輪 火種抱え号砲/感染拡大下 割れる賛否/無観客 復興理念薄れ/ソフトボール 福島で開始」
▼読売新聞「日本 初陣飾る/東京五輪 競技スタート/コロナ下 無観客/ソフト 豪に8-1」
▼日経新聞「五輪競技、福島でスタート/ソフトボール 日本初戦白星/無観客、周辺は静寂」
▼東京新聞「異例ずくめ五輪/感染対策で風景一変/競技中除き表彰式もマスク◆道具共有回避」/「無観客の中 競技始まる」

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【7月21日付朝刊】
▼朝日新聞
トップ「東京五輪 きょう競技スタート/ソフトボールやサッカー女子」
「前例なき五輪 光も影も報じます」坂尻信義・ゼネラルエディター兼東京本社編集局長
▼毎日新聞
トップ「五輪 無観客で競技開始/コロナ拡大 不安の中/バッハ氏『日本 輝くべき時』/きょうソフト・女子サッカー初戦」
「被災地復興 忘れるな」
▼読売新聞
「五輪きょう競技開始/ソフト 福島で先陣」
▼日経新聞
※インデックス「熱戦きょう火ぶた」
▼産経新聞
トップ「試される コロナ禍の五輪/ソフト・サッカーきょう開始」/「陛下ご臨席 正式発表/開会宣言 文言調整も/開会式」
「南ア感染 試合どうなる/サッカーあす日本戦 濃厚接触の対応課題」
▼東京新聞
トップ「復興五輪と言われても/苦しみ続く被災者『取り残されている』」
「五輪きょう競技開始/ソフトボール 福島で無観客」

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