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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

東京五輪 期間中の社説、論説の記録 7月23日付~8月11日付 ※随時追加

 東京五輪期間中に、五輪をテーマに取り上げた新聞各紙の社説、論説を記録していきます。随時、追記します。

 五輪開会までの2カ月間の社説、論説は以下の別記事にまとめています。その続編になります。原則として、ネット上の各紙サイトで読めるものが対象です。

news-worker.hatenablog.com

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【写真】3×3バスケットボールなどの会場となった青海アーバンスポーツパーク(お台場地区)。6月中旬に訪ねた際には工事中でした。無観客開催となってスタンドは有効利用されないままです。

【8月9日~11日付】

 大会は予定通り8月8日に閉会しました。翌9日付以降、11日付までの関連の社説、論説の記録は、以下の2本の記事にまとめました。

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【8月8日付】
▼毎日新聞「ベラルーシ選手の亡命 独裁が汚した五輪の理念」
 https://mainichi.jp/articles/20210808/ddm/005/070/121000c

 五輪憲章は「スポーツをすることは人権の一つ」とうたっている。その理念に反する行為を繰り返してきたベラルーシに対し、IOCや国際社会は毅然(きぜん)とした態度を取るべきだ。

▼福島民友新聞「東京五輪きょう閉幕/経験糧に未来開く力磨こう」
 https://www.minyu-net.com/shasetsu/shasetsu/FM20210808-645776.php

 震災と原発事故からの歩みや現状、支援への感謝を発信する復興五輪としては不完全燃焼だった。あづま球場での試合も観客を迎えて開催するかどうかの判断がもっと早く下されれば、別な形での発信を探ることができただろう。
 ソフトボールの米国代表監督は記者会見で「福島の人々は素晴らしい仕事をしてくれた」と、スタッフやボランティアに賛辞を贈った。各国チームに提供された県産モモは大好評で、おいしさを伝える選手らの会員制交流サイト(SNS)が話題となった。
 国内外から多くの人に直接本県を訪れてもらうことはかなわなかったが、安全・安心な県産品や県民の心からのおもてなしは国境を越えても必ず伝わることを実感できた。国や県などはコロナ収束後を見据え、インバウンド(訪日外国人客)などの誘客策を整え、風評払拭(ふっしょく)につなげてほしい。

▼山陰中央新報「『五輪が残すもの』 『代償』に向き合う時だ」
 https://www.sanin-chuo.co.jp/articles/-/75707

▼西日本新聞「五輪と多様性 選手の言動受け止めよう」
 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/782145/

 東京五輪・パラリンピックの基本理念の一つは「多様性と調和」である。人種や性別、障害の有無などの違いを肯定し、認め合う。それを体現し、共感を広げた選手たちのことも記憶にとどめたい。

▼南日本新聞「[五輪閉幕へ] 開催の意義 総括したい」
 https://373news.com/_column/syasetu.php?storyid=141547

 日本は最多だった前回を上回るメダルを獲得した。金2個の鹿児島県勢をはじめ、力を尽くした選手たちに敬意を表したい。
 だが、歓声と拍手がまばらな開会式や競技会場に祝祭ムードはなかった。それでも開催に踏み切った背景と向き合い、今後の五輪の在り方を模索していかなければならない。

【8月7日付】
▼朝日新聞「五輪閉幕へ 問題放置せず検証急げ」
 https://www.asahi.com/articles/DA3S15002726.html

 2016年大会の招致に失敗し、再挑戦を掲げた11年以降、様々な疑問や懸念が指摘されたが、多くは納得できる説明のないまま放置されてきた。招致をめぐる贈賄疑惑しかり、膨れ上がる経費の詳細しかり。当初掲げた「復興五輪」の理念もうやむやになった。
 浮き彫りになったのは、責任の所在を明確にしないまま、不都合な話はやり過ごし、既成事実を重ねていく、まさに最近の日本政治そのままの姿だ。

▼産経新聞「五輪選手が亡命 ベラルーシ強権に圧力を」
 https://www.sankei.com/article/20210807-LMGWT6VQZVKFRNIOE766RCW2KY/

 自国民の代表を恐怖に陥れ、帰国を拒む行動に走らせるルカシェンコ氏の独裁的な振る舞いは許されない。国際社会は人権弾圧を続ける政権に対し監視の目を緩めてはならない。

▼信濃毎日新聞
・「五輪バブル方式 帰国まで徹底しなければ」
 https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2021080700080

 選手や関係者に厳しい制約を課さざるを得ないのを承知で、東京五輪は強行された。主催者側が果たす最低限の責任として、彼らが帰国するまで、国民との接触を極力遮断しなくてはならない。

・「菅首相の会見 正面から答えない無責任」
 https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2021080700079

 首相が国民が知りたいことに答えてきたとは言えない。
 きのう広島市で開いた会見では、東京五輪と感染拡大の関係について「人流は五輪前から増えておらず、五輪が拡大につながったとは考えていない」と強調した。
 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は「人々の意識(気の緩み)に与えた影響はある」と指摘している。菅首相はそれに触れず「人流減少」を理由に影響を否定し続けている。

▼佐賀新聞「五輪が残したもの 祭典の代償と向き合う時だ」※共同通信
 https://www.saga-s.co.jp/articles/-/719605

 アスリートはスポーツの力を存分に伝えてくれた。ただ、収束が見えないコロナ禍の下で、強引に突き進んだ「代償」も大きく、うたげのあと、私たちは祭典がもたらした影や負の遺産に向き合わなければならない。新たな負担の問題も出てくるだろう。
 不可欠なのは、政府や組織委員会の徹底した情報開示による、透明性の高い、丁寧な総括と説明だ。東京2020をレガシーとして後世に引き継いでいくには、何よりも市民との真摯しんしな対話が求められている。

▼沖縄タイムス「[喜友名選手が金] 発祥地の力 見せつけた」
 https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/800178

 琉球王国時代に侍の武術だった空手は、長い歴史と風土に育まれ、先人の努力によって発展してきた。今回、世界最高峰の舞台で、沖縄の文化でもある武術が披露されたことはとても誇らしい。
 会場に響いた「チャタンヤラクーサンクー(北谷屋良公相君)」など形名にも親近感がわき、価値を再認識した。
 新型コロナウイルスの感染拡大で五輪開催を巡って国民の賛否は割れたが、アスリートの頑張りはそれとは別だ。
 喜友名選手の金は、コロナ禍に届いた県民を元気づけるとびきり明るいニュースである。

▼琉球新報「喜友名選手金メダル 沖縄史に新たな金字塔」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1370276.html

 空手家が鍛えるのは人を打つための拳ではない。無用の敵をつくらず、己を律する心を鍛えているのだ。
 空手を始めるきっかけは喜友名選手への憧れでもいい。そこから沖縄の空手が伝える心の在り方へ学びを深めてもらいたい。争いを回避するために自らを鍛え、他者を尊重する空手の精神は現代にも通じるからだ。実際に海外から多くの空手家が沖縄へ学びに来る。それを一段と高めていくのは発祥の地である沖縄の務めともいえる。また指導できる人材は県内に豊富にいるはずだ。

【8月6日付】
▼読売新聞「五輪SNS中傷 毅然とした対応で選手を守れ」
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20210805-OYT1T50377/

 昨年、女子プロレスラーがSNSで誹謗中傷され、自殺した問題では、警視庁が消された投稿を復元し、書き込んだ男の摘発につなげた。悪質な書き込みについて、警察は捜査を徹底してほしい。
 SNS事業者も、問題のある投稿を削除するなど対策を強化しなければならない。
 こうした問題に選手が一人で対処するのは難しい。国際オリンピック委員会(IOC)やJOC、各競技団体は、選手を守るための仕組み作りを急ぐ必要がある。
 IOCは選手向けに相談電話を設けている。傷ついた選手の心のケアにも力を注いでほしい。

▼日経新聞「日本全体で被爆の悲劇を発信したい」

 広島、長崎への原爆投下から76回目の夏を迎えた。
 東京五輪・パラリンピックが開かれ、世界の目が日本に注がれる中での原爆忌である。被爆の実相と、核兵器廃絶を願う私たちの思いを伝える契機にしたい。
 新型コロナウイルスの感染拡大がなければ今夏、多くの大会関係者や観戦客が被爆地に足を運ぶはずだった。広島平和記念資料館(原爆資料館)を訪れる外国人はコロナ前に比べ激減した。

▼産経新聞「太田氏が新委員に 時代先読みIOCに風を」
 https://www.sankei.com/article/20210806-F74XCBLGIZMFTF7TY2A5STBLWU/

 東京五輪が開催準備の過程で世論の批判を浴びた背景には、マラソンの札幌移転などに見るIOCの独善的な体質があり、ホスト国の国民感情を逆なでするバッハ会長らの無責任な発言もあった。
 2032年夏季五輪の開催都市が、オーストラリアのブリスベンに決定した経緯もオープンとはいえない。
 IOCが抱える不透明な内側を可視化することも、太田氏には期待したい。

▼中日新聞・東京新聞「被爆地にともる『聖火』 原爆忌に考える」/核廃絶は乙女の祈り/五輪の理念を再確認
 https://www.chunichi.co.jp/article/305503

 被爆地と被爆者への敬意、そして五輪が掲げる平和の理念が真実ならば、七十六年前に広島で原子爆弾がさく裂したきょう六日午前八時十五分、選手や大会関係者に黙とうを呼び掛けてほしいという広島市などの申し出を、IOCが拒絶したのは不可解です。
 せめて八日に迫った閉会式、長崎原爆忌の前夜には、短くていい、ヒロシマ、ナガサキ、さらに世界に向けて、核のない平和な時代を希求する、具体的なメッセージを残してほしいと願います。
 視聴率至上、商業主義のうねりの中で、五輪の存在意義が大きく揺らぐ今だからこそ、そもそもの理念を、この世界で唯一の戦争被爆国で再確認してもらいたい。
 そこに希望を見いだす人がいる限り、五輪は今も「平和の祭典」、聖火は今も「平和の象徴」であるべきです。八月のこの時期ならば、なおのこと。

▼福井新聞「東京五輪の理念の柱「多様性と調和」 分断から連帯へ粘り強く」
 https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1372877

 「多様性と調和」。これは東京五輪の理念の柱だ。国境の垣根を超え、健闘をたたえ合うアスリートの姿に胸を熱くしている人は多いだろう。だが当然のことながら、スポーツと日常の暮らしは違う。足元を見つめれば世界各地で分断が深まっている。多様性を認め合うだけで共同性は実現しない。つながり続ける工夫と不断の努力が不可欠だ。

▼徳島新聞「原爆の日 五輪会場でも黙とうを」
 https://www.topics.or.jp/articles/-/570486

 黙とうは長崎原爆の犠牲者や他の戦争犠牲者も合わせて追悼するものだ。この日を世界の人々の胸に刻むことで、核使用が非人道的な蛮行であることを強くアピールできただけに残念である。IOCに平和の祭典を掲げる資格があるのか、首をかしげざるを得ない。
 本来ならこうした要請は政府が率先して行うべきではなかったか。ところが、IOCの対応に抗議もしなかった。政府はいま一度、被爆国としての役割と使命を肝に銘じるべきだ。

【8月5日付】
▼毎日新聞「五輪でのSNS中傷 選手守る仕組みが必要だ」
 https://mainichi.jp/articles/20210805/ddm/005/070/125000c

 日本オリンピック委員会は選手に対する中傷を監視、記録している。法的措置を取ることも一つの選択肢だが、スポーツ界の新しい課題として対策を講じるべきだ。SNSの事業者も悪質な投稿を減らす方法を検討してほしい。
 競技に集中できるよう、メンタル面でのケアも欠かせない。SNSの長所と短所を見極め、選手を守る仕組みを構築していく必要がある。

▼山陰中央新報「五輪選手と心の健康 重圧対策を整えよう」
 https://www.sanin-chuo.co.jp/articles/-/74127

【8月4日付】
▼日経新聞「五輪で見えた新潮流と解決すべき課題」

 東京五輪が終盤に入った。高温多湿な気候のもと、新型コロナウイルスの制約のなかで競技に打ち込む選手に敬意を表したい。一方で出場者がSNS(交流サイト)で中傷される事例も増えている。スポーツの原点に立ち返り、解決に向けた対応を急ぐべきだ。

▼産経新聞「五輪のおもてなし 最後まで熱戦を支えたい」
 https://www.sankei.com/article/20210804-BOHEEBL7WFLQ7JFQVAKMD57NE4/

 五輪は、世界各地から選手が集い、力と技を競って帰っていくだけの祭典ではない。外からの目を通して、わが国のありようを知る場でもある。開幕前は、東京が五輪中継のための「場所貸し」になるとの報道もあった。暗い前評判を覆せたことが誇らしい。
 大会運営の現場では日々、新たな課題が指摘されている。大会組織委員会は誠実な対応に努めてほしい。選手らに「五輪が東京でよかった」という思い出を持ち帰ってもらうために、われわれも最後まで「おもてなし」の気持ちを忘れず、大会を支え続けたい。

▼北海道新聞「機能不全の政府 危機打開へ国会召集を」
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/574599

 新型コロナウイルスのデルタ株による感染の「第5波」に、政府は有効な対策を打ち出せず、機能不全の様相を強めている。
 緊急事態宣言やまん延防止等重点措置への「慣れ」が国民に広がり、東京五輪開催に伴い感染への警戒心が緩んだ影響も大きい。
 これまでの不備を徹底的に検証し、実効性のある対策を急がなくてはならない。
 野党は憲法53条に基づき臨時国会の召集を政府に要求している。ところが、菅義偉政権は早期召集には応じず、9月のパラリンピック閉幕後に先送りする構えだ。
 国家的な危機であり、もはや政府・与党内の議論だけで打開できる状況ではあるまい。
 政府は臨時国会を直ちに召集し、与野党が知恵を出し合ってコロナ禍に立ち向かう必要がある。

▼東奥日報「重圧理解し対策整えよう/五輪選手と心の健康」
 https://www.toonippo.co.jp/articles/-/616436

▼中日新聞・東京新聞「五輪と福島 『復興』掛け声だけでは」
 https://www.chunichi.co.jp/article/303980

 「復興五輪」を掲げて誘致に至った大会は、その理念を実現していない。東京電力福島第一原発事故の被災者は「復興五輪」という言葉に追い詰められてきた側面すらある。五輪をむしろ、復興が道半ばであるという現実と向き合い続ける契機としたい。

▼佐賀新聞「五輪選手と心の健康 重圧対策を整えよう」※共同通信
 https://www.saga-s.co.jp/articles/-/717702

 スポーツは産業として発展している。五輪の実施競技も、サッカーに代表されるプロスポーツも多額の放送権料とスポンサー料を吸収するようになった。
 選手間、チーム間の競争は激しく、競技レベルはどんどん上がる。選手の報酬も上昇し、五輪競技でも優秀な選手は有力なスポンサー企業が支える。選手が感じる重圧の一つの要因はここにある。
 (中略)
 さらに見逃せないのが、会員制交流サイト(SNS)で選手が思わぬ非難にさらされ、傷つくケースが多くなってきたことだ。

▼琉球新報「屋比久選手 銅メダル 県勢初の偉業たたえる」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1367786.html

 選手らが活躍する一方、新型コロナウイルスの感染急拡大が止まらない。菅義偉首相らは大会開催と感染急増との関連を否定するが、世界中から集まった選手や関係者、国民一人一人の命を守ることが最優先である。
 政府は重症以外は自宅療養とする新方針を決定した。呼吸困難や肺炎の症状がある人も自宅療養となる可能性があり、容体が急変しても医療が受けられないかもしれない。国際オリンピック委員会(IOC)や組織委員会は大会中であっても、重大な決断を下す時期を逸してはならない。

【8月3日付】
▼新潟日報「感染急拡大 県内もさらなる危機感を」
 https://www.niigata-nippo.co.jp/opinion/editorial/20210803632875.html

 理解し難いのは、菅義偉首相から国民の危機意識を高め、行動変容や協力を促す明確なメッセージが発せられないことだ。
 1日の知事会の議論でも、都道府県をまたぐ移動について首相のメッセージの弱さにいらだつ声が相次いだ。
 宣言拡大を決めた後の先月30日の記者会見を含め、首相は感染対策でワクチン接種を「切り札」と位置付け、高齢者接種の効果を自賛してきた。
 際立つのは自らが主導する感染対策の正しさを強調し、先行きを楽観する姿勢だ。だがそれが、ワクチン以外の対策に目配りし、デルタ株を警戒する上で壁になっているように見える。
 東京五輪で社会の危機感が薄らいでいるとの見方も根強い。そうした中で首相に必要なのは独善に陥らず、実効性ある対策を構築し、発信することだ。

▼中日新聞・東京新聞「五輪と平和 戦場にも思いはせたい」
 https://www.chunichi.co.jp/article/303320

 かねて五輪は政治や国際紛争から自由ではなかった。三六年のベルリン五輪はナチスの宣伝戦の一環だった。東西冷戦下ではソ連のアフガン侵攻に抗議し、八〇年のモスクワ五輪を西側諸国がボイコット。逆に八四年のロサンゼルス五輪はソ連や東側諸国が参加を拒否した。国別の参加という仕組みを見直すべきではないかという声もあるが、容易ではない。
 「平和の祭典」は現実離れしているかもしれない。だが、理想としての意味はある。五輪を競技のみならず、世界各地の戦場にも思いをはせる機会として位置付け直せないものだろうか。メダル争いの興奮から一歩退いて、開催の意味を問い直したい。

【8月2日付】
▼新潟日報「五輪県勢健闘 悔しさを胸に攻め貫いた」
 https://www.niigata-nippo.co.jp/opinion/editorial/20210802632629.html

【8月1日付】
▼朝日新聞「五輪折り返し 安全・安心を見直して」
 https://www.asahi.com/articles/DA3S14995797.html

 パンデミック下で強行されたことで調整不足の選手が多く、記録は総じて低調だ。加えて周囲に感染者が出て、本番直前の練習の自粛を余儀なくされたというケースも出ている。
 そもそもコロナの影響で、予定された予選会が開かれなかったり、出場できない選手がいたりで、公平な機会を十分に確保できたとはいえない。自分の力ではどうしようもない理由で制約を受ける選手が増えることのないよう、今後も感染対策に万全を期さねばならない。

▼毎日新聞「東京五輪の前半戦 無観客でも伝わった健闘」
 https://mainichi.jp/articles/20210801/ddm/005/070/135000c

 大半の競技が無観客となったことで、今のところ、会場周辺では大きな人の流れを生まずに済んでいる。有観客なら市中に人があふれ、感染状況をさらに悪化させていたかもしれない。
 札幌で行われるマラソンや競歩でも沿道の人出が増えないよう、注意喚起が必要だ。テレビ観戦でも選手の健闘ぶりは十分伝わる。
 感染は急拡大している。海外の関係者は入国後14日間が過ぎると、公共交通機関を利用できるようになる。引き続き感染防止のルールを徹底しなければならない。

▼産経新聞「金メダル最多 量産の背景冷静な分析を」
 https://www.sankei.com/article/20210801-A6KZ4DYBCRIFPIGZI2LEIUQV2Q/?outputType=theme_tokyo2020

 躍進の背景には、国の強力な支援がある。国からの強化費は、令和3年度が約103億円で、3年連続で100億円を超えた。招致が決まる前の平成25年度は約33億円だった。
 国とスポーツ界の連携も見逃せない。競技団体の報告をもとにスポーツ庁は2年前、メダル獲得が有望な15競技を「東京重点支援競技」と位置づけた。強化費を重点配分する対象には、若手の有望選手が多いスケートボードやスポーツクライミングも含まれている。戦略の勝利と言っていい。
 大事なのは、これを一過性のものに終わらせないことだ。社会におけるスポーツの位置づけ、スポーツの価値を国民に示し、競技団体への長期的な支援の枠組みを構築していくべきだ。

▼福島民友新聞「東京五輪・渡辺・東野組『銅』/歴史刻んだ2人たたえたい」
 https://www.minyu-net.com/shasetsu/shasetsu/FM20210801-643054.php

 東京都出身の渡辺選手、北海道出身の東野選手にとって、福島は「第二の故郷」だ。2人は富岡一中時代からの間柄で、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で猪苗代町に拠点を移してからペアを組んだ。環境は大きく変わったが、多くの人に支えられながら競技に打ち込んできた。
 この経験が、感謝の気持ちを大切にする原点となっている。渡辺選手は「福島で培われたものが、こうやって成果(メダル)として結び付いてくれて誇りに思う」、東野選手は「福島で過ごした6年間はかけがえのない時間。恩返ししたい気持ちで臨んだ」と、本県への思いを口にした。 

【7月31日付】
▼毎日新聞「全国に広がる第5波 楽観改め対策立て直しを」
 https://mainichi.jp/articles/20210731/ddm/005/070/149000c

 東京オリンピックを開催中であることを理由に、手をこまぬいていてはいけない。感染状況の悪化が続くようであれば、対策を強化する必要がある。
 医療崩壊の回避が最優先だ。先を見越して病床を確保し、自宅で療養する患者の症状悪化を把握する体制を整えなければならない。
 分科会の尾身茂会長は感染拡大への五輪の影響にも言及し、「すべきことは全て全力でやることが、政府や大会組織委員会の当然の責任だ」と述べた。菅義偉首相は率先して、その責任を果たさなければならない。

▼読売新聞「緊急事態拡大 緩みは五輪のせいではない」
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20210730-OYT1T50388/

 度重なる緊急事態宣言による自粛の緩みやワクチン接種の遅れに加え、感染しても重症化しないと安易に考える若者が増加していることも問題だ。
 一部には、こうした感染拡大と五輪開催を結びつける意見があるが、筋違いだろう。
 今大会は、感染防止を最優先に、大半が無観客で開催されている。これまで、競技会場や選手村で大きな集団感染は起きていない。無観客という苦渋の選択が奏功していると言えよう。
 選手らは、競技会場や選手村などの決められた場所だけを移動するという厳しい制限の中、全力で競技に臨んでいる。
 もとより感染防止策をさらに徹底させる努力は必要だが、拡大の原因を五輪に求めるのは、選手たちにも失礼ではないか。

▼産経新聞「五輪の難しさ 選手の奮闘に敬意を払う」
 https://www.sankei.com/article/20210731-O3AQ5EX3DRJDJKLAWKRH75YYIE/?outputType=theme_tokyo2020

 4年に一度、あるいは一生に一度の舞台に立つため、選手たちは自己を厳しく律してきた。コロナ禍にも立ち止まらず、世界各地から彼らが東京に集(つど)ったこと自体に大きな意味がある。後半戦もメダルの色や有無ではなく、彼らの笑顔や涙に共感を寄せ続けたい。

▼北海道新聞「緊急事態拡大 首相の楽観 危機招いた」
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/573215?rct=c_editorial

 最大の問題は、菅義偉首相が楽観論を振りまいてきたことだ。
 外出を控えるよう呼びかけても、東京五輪の開催に踏み切った以上、国民の危機意識が緩むのはやむを得まい。
 首相はきのうの記者会見で「国民に危機感を持ってもらうことが大事だ」としつつ、具体的にどう対応するかは語らなかった。一方で「ワクチン接種の効果が顕著に表れている」と繰り返した。
 これでは説得力はなく、首相として責任ある言動だと言えまい。
 菅政権はこれまでも、感染拡大の原因を科学的に検証して対策を打つという基本的な姿勢を欠いてきた。「五輪ありき」で進めるあまり、対策は後手に回った。

▼東奥日報「強い発信で危機感共有を/コロナ感染者1万人超え」
 https://www.toonippo.co.jp/articles/-/611708

▼秋田魁新報「緊急事態拡大 命守る対策、最優先せよ」
 https://www.sakigake.jp/news/article/20210731AK0009/

 そもそも首都圏の3県は4連休明けに要請するはずだった。だが政府が難色を示し、いったん立ち消えになった。埼玉県の幹部は「五輪が終わるまで新たな措置を打たないつもりなのか」と憤りを見せた。東京五輪への影響を回避しようと、発令を渋ったとの疑いも拭えない。
 (中略)
 度重なる発令で宣言の効果が弱まっていることは確かだろう。しかし感染再拡大の要因はそれだけなのか。
 最も厳しい対策を取るべき宣言下、祭典である五輪開催に踏み切ったことが矛盾したメッセージとなり、気の緩みをもたらしている可能性もあるのではないか。実際に、競技場の周辺や沿道に大勢が集まり、応援する姿が確認されている。夏休みも含め、飲食の機会や人出が増えることも懸念材料だ。

▼信濃毎日新聞「選手のメンタル 十分なサポート態勢を」
 https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2021073100074

 コロナ禍での開催となった東京五輪では、選手のストレスは従来以上だろう。選手村から外出は難しく、検査などの感染対策も負担だ。日本国内での事前合宿は中止が相次ぎ、猛暑対策などコンディションの維持も簡単ではない。
 開催を巡っては国民の賛否が割れた。出場する選手は大会の是非とは無関係なのに、会員制交流サイト(SNS)上では心ない中傷や批判も相次いだ。
 白血病を克服して代表となった競泳女子の池江璃花子選手は、SNSで代表辞退や五輪の開催反対を求められた。「私は何も変えることができません」と苦しい胸の内をつづった。
 メンタル面で十分に支援することが、大会を強行したIOCや大会組織委員会の責任である。

▼中日新聞・東京新聞「緊急宣言を拡大 危機感共有へ力尽くせ」
 https://www.chunichi.co.jp/article/301436

 感染力が強いデルタ株への置き換わりが進む中で、帰省客などが増えるお盆期間を迎える。東京五輪も開かれている。
 政府の対策分科会の尾身茂会長は感染者急増の要因に、コロナ慣れや自粛疲れ、デルタ株増加、夏休みお盆期間などに加え、五輪開催を挙げた。
 しかし、菅義偉首相は五輪と感染者急増との関連には否定的で、「人流は減っている」「高齢者の重症者は減っている」「治療薬がある」などと述べた。楽観論を振りまくだけでは、政府の危機感が国民には伝わらない。

▼中国新聞「国内感染者1万人超 新たな対策打てぬのか」
 https://www.chugoku-np.co.jp/column/article/article.php?comment_id=778665&comment_sub_id=0&category_id=142

 感染力の強いデルタ株が猛威を振るい、医療現場が悲鳴を上げる中、楽観が過ぎるのではないか。こうした態度が誤ったメッセージとなって、国民に伝わっているといえよう。
 その最たるものが、感染拡大が懸念される中で強行された五輪開催ではないか。
 東京では連日、新規感染者が3千人を超え、過去最多を更新している。4度目の宣言後は、宣言前より繁華街の人出は減ったものの過去の宣言時より減り方は鈍い。加えて五輪会場周辺は混雑も生じているという。
 政府の対策分科会の尾身茂会長は「経験したことのない感染急拡大」と危機感をあらわにし、今後の感染増を予想している。その理由として挙げるのが国民のコロナ慣れや五輪開催、夏休みによる人出などだ。
 さらに尾身氏が最も大きな問題として参院内閣委員会の閉会中審査で指摘したのが、社会で危機感が共有されていないことにある。それは首相の楽観的な言動とも無関係ではあるまい。

▼山陰中央新報「感染者1万人超え 強いメッセージ発信を」
 https://www.sanin-chuo.co.jp/articles/-/71497

▼西日本新聞「感染拡大と五輪 真価問われる『安全安心』」
 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/778346/

 組織委のコロナ対応で納得できないのが陽性者の情報公開である。人数こそ毎日発表するが国籍や症状は伏せている。詳細が明らかになるのは当事国から発表された場合に限られる。
 プライバシーを保護するためと組織委は説明する。ただ効果的な予防策は具体的な情報が前提であろう。増え続ける陽性者の情報が乏しいと、同じ「バブル」の中にいる選手団の不安を高めることにもなる。情報提供の在り方は見直すべきだ。

▼宮崎日日新聞「コロナ感染1万人超 地方への波及 危機感高まる」
 https://www.the-miyanichi.co.jp/shasetsu/_55254.html

▼佐賀新聞「感染者1万人超え 危機感共有へ強い発信を」※共同通信
 https://www.saga-s.co.jp/articles/-/715842

 ほぼすべての都道府県で感染は拡大中だ。宣言地域以外の自治体が、人流を減らす手だてを地域の実情に応じて実行できるような支援の枠組みを設けるべきだ。
 飲食を中心に、人が集まる場への対策が特に急がれる。西村康稔経済再生担当相の謝罪問題で懲りたか、政府は酒類提供への働きかけを言わなくなった。だが、オリンピック強行が社会に誤ったメッセージを伝え、宣言下の繁華街では休業中の店の間に酒を提供する店が散在し、マスクなしの老若男女で混み合う。
 十分な金銭補償とセットで休業、時短を促進しなければならない。時短協力金の拡充、給付迅速化へのてこ入れは大前提だ。テレワークによって人流を抑えるのも、単なる要請にとどまらない支援策を講じてしかるべきだろう。

▼沖縄タイムス「[緊急事態来月末まで]危機感共有 届く言葉を」
 https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/796151

 菅首相は、五輪開催とコロナの感染急拡大の関連を問われ、「原因になっていないと思っている」と因果関係を否定した。水際対策の徹底などを理由に挙げた。
 しかし、気になる調査結果が出ている。スマートフォンなどのデータから移動人数を推計した調査で、五輪開幕を挟んだ今月22~25日の4連休中に東京から郊外に移動した人の数が昨年7月下旬の4連休に比べ2割増加していた。
 五輪が開幕した23日から1週間の渋谷センター街の人出は5月の緊急事態宣言に比べ、33%の増となっていた。
 人の移動などが間接的に感染拡大の要因となっているとの見方を示す専門家もいる。
 日本選手のメダルラッシュで祝典ムードが高まり、長期にわたる自粛生活もあって、気の緩みを招いている可能性も懸念される。そもそも原因になっていないではなく、これだけ感染者が増えている原因を冷静に分析するべきだ。

【7月30日付】

▼産経新聞「コロナと五輪 選手の活躍を家で観よう」
 https://www.sankei.com/article/20210730-X6CTZ5RFCVNCNOW2EUKU5T2E6E/?outputType=theme_tokyo2020

 街には人があふれ、頼みのワクチン接種は遅滞が目立っている。新型コロナウイルスの新規感染者が増えるのも当然だろう。ただ感染拡大を東京五輪に結びつけるのは間違いである。
 今、新たに目にする感染者数の数字は、2週間前の状況を反映するものだ。そのころ五輪は、まだ開幕していない。
 ワクチン接種済みの選手らの15分間の外出に目くじらを立てて五輪を悪者に仕立てる一方で、堂々深夜まで満席の居酒屋の喧騒(けんそう)が共存する、大いなる矛盾に気づくべきである。

▼信濃毎日新聞「感染1万人突破 首相は現実を見据えよ」
 https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2021073000143

 きのうの参院内閣委員会の閉会中審査で「今の感染を下げる要素があまりない」一方で、「上げる要素はたくさんある」と強調。人々のコロナ慣れやインド由来の変異株(デルタ株)、五輪開催や夏休みによる人出増を列挙した。
 従来のウイルスより感染力が強いデルタ株への置き換わりが進んでいる中、人の流れが以前の緊急事態宣言時より大幅に減らなければ、感染拡大は止まらない。
 尾身会長は「社会一般の中で危機感が共有されていないこと」を最大の問題として指摘している。東京五輪の開催や首相の楽観姿勢と無関係ではないだろう。
 (中略)
 政府に必要なのは、国民に対する明確で説得力のあるメッセージである。菅首相は国会や記者会見で感染状況の客観的、科学的な分析を説明し、店舗への補償などの対策を示すべきだ。
 その上で、外出の抑制や営業の自粛などを要請しなければ、国民の理解は得られない。

▼中日新聞・東京新聞「真夏の五輪 拝金主義を見直さねば」
 https://www.chunichi.co.jp/article/300651

 真夏の野外競技は危険が伴うにもかかわらず、東京都は招致活動時、この時期を「晴れる日が多く温暖」「アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候」とPRしていた。
 無責任極まりない虚言だ。無観客でなければ、観戦中や入場時の行列で何人が倒れただろう。
 真夏の開催は、IOCの収入の約七割を負担する米テレビ局の意向とされる。米国では秋に、大リーグのワールドシリーズやプロバスケットボールNBAの開幕などがある。時期が重なるのを避けるため、五輪を真夏にしか開催できないとしたら「アスリート・ファースト」ではなく「テレビ・ファースト」。本末転倒だ。

▼神戸新聞「コロナ急拡大/楽観論脱し対策に全力を」
 https://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/202107/0014546811.shtml

 政府の対策分科会の尾身茂会長は「大変な危機感を感じている。今の感染を下げる要素があまりない」と参院内閣委員会で訴え、政府に対して、「自粛疲れ」にある国民に向けた強いメッセージ発信を求めた。
 ところが菅義偉首相は、ワクチン接種の効果を強調し「人の流れは減っている」と繰り返すのみだ。感染拡大と五輪との関係も否定するが、大会の開催そのものが、行動を緩めてもよいという誤ったメッセージとなっているのではないか。これでは感染対策への協力を得るのは難しいと言うしかない。
 尾身氏も五輪を巡り「期間中に感染拡大を防ぐためにすべきことを全力で行うのが政府、大会組織委員会の当然の責任」とした。これに対する政府の対応は十分とは言い難い。

▼徳島新聞「コロナ感染急拡大 危機感を共有しなければ」
 https://www.topics.or.jp/articles/-/566696

 繰り返される宣言への慣れ、自粛疲れから政府の要請に協力しようという意識が希薄になっている。加えて、夏休みに入り、五輪競技の熱戦も相まって、警戒心が緩んでいるのが実情だろう。
 驚くのは、首相の危機意識の低さだ。五輪への影響を問われ、「人流は減少している。心配はない」と述べている。過去の宣言時に比べ、人出の減少幅は小さく、場所によっては増加していることを踏まえれば、楽観的すぎる。
 その一方で、五輪のテレビ観戦や不要不急の外出自粛を呼び掛けても、心に響かないのは明らかだ。
 ワクチンへの過信も気になる。首相は、7月中にワクチンを少なくとも1回接種した人が全人口の4割に達し、感染者は減少するとの見通しを示していた。これも甘い認識だ。

▼佐賀新聞「東京五輪前半戦 佐賀県勢の活躍に元気もらう」
 https://www.saga-s.co.jp/articles/-/715090

 もちろん、日本勢が躍進しているからといって楽観できるような状況ではない。東京の新型コロナ感染は「第5波」の様相を呈し、ソフトボールの決勝があった27日は2848人の感染確認が発表された。28日以降は3千人を上回り、都民からは不安の声も上がっている。政府は不要不急の外出自粛、テレビでの五輪観戦を呼び掛けているが、若者を中心に自粛疲れとも呼べそうな行動の広がりが見てとれる現状だ。感染を封じ込める対策強化が欠かせない。
 (中略)佐賀新聞社はコロナ感染の重大さを認識しつつ、県勢の活躍を全力で伝えていく。

【7月29日付】
▼朝日新聞「感染者の急増 社会で危機感の共有を」
 https://www.asahi.com/articles/DA3S14991877.html

 政府・都は外出自粛や移動の抑制を求めながら、五輪という巨大イベントを強行し、祝祭気分を醸し出してきた。この矛盾がさまざまな場面で噴出。繰り返される宣言への慣れや、酒類の提供停止をめぐる失政への反発も重なって、行政の要請に協力しようという意識は極めて希薄になっている。
 自分たちの振る舞いによって、自分たちの言葉が市民に届かない。まずその自覚を持ち、これまでの判断ミスを反省したうえで、状況の改善に当たらねばならない。五輪についても、首相が国会で表明した「国民の命と健康を守っていくのが開催の前提条件」という約束にたがわぬ対応をとる必要がある。

▼毎日新聞「五輪さなかの第5波 首相の楽観姿勢を危ぶむ」
 https://mainichi.jp/articles/20210729/ddm/005/070/126000c

 感染者数を抑えない限り全体の入院患者は増え続け、いずれは医療体制に限界が生じる。
 にもかかわらず、菅義偉首相の対応には危機感が感じられない。
 感染者急増にも「不要不急の外出を避け、オリンピックはテレビで観戦してほしい」と呼び掛けるにとどまっている。
 五輪については、「人流(人出)は減少しており、心配もない」と中止の可能性を排除した。
 だが、人出は前回の宣言時ほどには減っていない。感染力の強い変異株の広がりも懸念材料だ。
 大会組織委員会は感染状況に大きな変化が生じた場合、都や政府などを含めた「5者協議」で対応を議論するとしている。事態の推移を注視して臨機応変に対応する必要がある。

▼読売新聞「コロナ急拡大 局面を見極め対策切り替えよ」
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20210728-OYT1T50517/

 感染者数が増加するたびに、宣言の延長や自粛要請の強化を繰り返すだけでは解決にならない。
 店内の感染対策を十分に講じている飲食店には、酒類の提供を認め、資金面でも支援してはどうか。ワクチンの接種や検査を受けた人が優先的に店を利用できるような仕組みの導入など、メリハリの利いた対策が重要になる。

▼日経新聞「五輪を女性の力伸ばす契機に」

 熱戦が続く東京五輪は、参加する選手の女性の割合が48.8%と、史上最も高い大会だ。1896年の第1回アテネ大会は男性のみ。1964年の東京大会は13.2%だった。
 多くの人が親しむスポーツは、ジェンダー平等と多様性を目に見えるかたちで示す。こうした動きを歓迎したい。

▼産経新聞「コロナ感染急拡大 基本を見直し抑止を図れ」
 https://www.sankei.com/article/20210729-FGV4KNTNGBIVNJMK32RMCB7B2M/

 東京都と政府は「人流の抑制」を都民、国民に要請する一方で、市中感染の拡大につながりかねない自宅療養の解消には、まともに取り組んできたとはいえない。
 お盆を控え、感染拡大の全国への波及も食い止めなければならない。そのために、蔓延防止等重点措置の対象を全道府県に拡大しておくことを提言する。
 道府県内で一律に強いコロナ対策を行う必要はない。たとえば新規感染者が1桁から2桁に増えた段階で、市町村単位で迅速に対応するためである。重点措置を機動的に運用することで、地方のコロナ対策を支えたい。

▼秋田魁新報「コロナ感染急拡大 楽観捨て対策に本腰を」
 https://www.sakigake.jp/news/article/20210729AK0009/

 菅首相と小池百合子都知事が口をそろえて東京五輪のテレビ観戦を呼び掛けている。そんな訴えだけで人出が抑制されるとは到底思えない。
 都内の繁華街の人出は宣言後にやや減少しているとはいうものの、過去の宣言時と比べて減り方は小さいという。夏休みが始まり、無観客とはいえ五輪競技の熱戦が繰り広げられる都内では、高揚した気分の広がりもあって人出の抑制はますます難しくなっているのではないか。

▼山形新聞「コロナ感染最多 対策を総動員する時だ」
 https://www.yamagata-np.jp/shasetsu/?par1=20210729.inc

 首相は8日、都内への4度目の緊急事態宣言発令に際して「東京を起点とする感染拡大は絶対に避けなければならない。先手先手で予防的措置を講ずる」と強調したが、現時点では果たせなかったと言わざるを得ない。発令2週間後には宣言の効果により感染者は減少傾向になる前例が多い。今回逆ベクトルになってしまったのは、五輪開催によるお祭りムードもあって人流を抑え切れなかったためではないか。

▼福島民報「【東京五輪 県内開催】記録と記憶、次世代に」
 https://www.minpo.jp/news/detail/2021072988872

 日の丸を背負う選手が真剣勝負を演じたグラウンドは、子どもたちにとって夢の舞台だ。小中学生を対象に、五輪を記念した大会や、出場選手を招いての教室を開催できないか。福島から将来の代表選手を誕生させたい。球場に限らず、あづま総合運動公園全体で伝承事業を進めれば、他競技の機運の盛り上げにもつながる。
 スポーツの力は大きい。復興五輪の看板は色あせても、選手たちはグラウンドで輝きを放ち、被災地の期待に応えてくれた。この感動も、伝承事業を通じて末永く心にとどめたい。

▼福島民友新聞「東京五輪・ソフト『金』/県民に感動と力ありがとう」
 https://www.minyu-net.com/shasetsu/shasetsu/FM20210729-641876.php

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故からの復興は、10年たってまだ道半ばだ。決勝の会場こそ、横浜スタジアムに変わったものの、世界一をつかんだ熱いプレーは私たちの心に間違いなく届き、感動と、困難を乗り越えていく力を与えてくれた。心から「ありがとう」と言いたい。
 新型コロナウイルスの感染状況などから、あづま球場での試合は当初の有観客から一転、無観客で行われることになった。会場で声援を送ることはできなかったものの、選手が万全の環境で戦えるよう、関係者は大舞台の準備に力を尽くした。児童生徒らが育てた歓迎の花々も球場を彩った。
 1点を争う張り詰めた戦いが続いた選手たちの支え手として、県民がその一翼を担ったことは誇りとしていい。

▼信濃毎日新聞「コロナ感染最多 甘く見過ぎていないか」
 https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2021072900181

 急拡大の様相が顕著になった27日、菅義偉首相は「強い警戒感を持って感染防止に当たっていく」と応じるだけで具体策を示さなかった。記者団に五輪中止の選択肢を問われると「人流(人出)も減っているので、そこはありません」と否定している。
 都内繁華街の人出は宣言後に減っているが、過去の宣言時より鈍い。五輪の会場周辺は人で混雑する状況も生じている。
 しっかりとした分析もなく安易に言葉を使い、誤ったメッセージとして伝わっていないか。五輪期間中、東京から地方に人が流れ、感染を広げていないか。早急に対策を練るべきだ。

▼新潟日報「全国感染最多 首相の認識甘過ぎないか」
 https://www.niigata-nippo.co.jp/opinion/editorial/20210729631607.html

 違和感を覚えるのは、宣言の効果が見えず、医療逼迫(ひっぱく)が起き始めているのに、首相の発言が安心を殊更強調しているように聞こえることだ。
 首相は都内の感染者が最多を更新した27日、「強い警戒感を持って感染防止に当たっていく」と述べた。ただ、「人の流れは減っている。心配はない」とも言い切った。
 ワクチン接種により高齢者の感染が著しく減っているとし、重ねて効果を強調した。
 繁華街の人出はやや減少したとはいえ十分ではなく、感染力が強いインド由来の変異株(デルタ株)が広がっている。
 ワクチンが有効だと言っても2度の接種が済んだ国民は25%にすぎず、未接種者が多い若い世代で感染拡大と重症化が顕著だ。ワクチンの配分不足を巡る混乱も収まってはいない。
 そうした状況下でなぜ首相は「心配はない」と言えるのか。
 首相はまた、五輪中止の選択肢を問われ「そこはありません」と断言した。
 「五輪ありき」で現状を顧みないような姿勢では、国民に感染防止を訴えても危機感が伝わるとは到底思えない。

▼中日新聞・東京新聞「コロナ急拡大 対策を練り直さねば」
 https://www.chunichi.co.jp/article/299914?rct=editorial

 菅義偉首相は、感染拡大に伴い東京五輪・パラリンピックを中止する可能性について「人流も減っている」と否定した。
 四度目の宣言発令後、人出は確かに減っているが、以前の発令時に比べれば減り方は鈍い。専門家会議によると、東京の夜間の人出の減りは前回発令後二週間と比べると今回は二分の一以下にとどまる。人出は減っていないというのが国民の実感だろう。
 人々の間で「コロナ疲れ」が広がり、政府の対策に不安が募っているのに、首相の説明は危機感を欠き、五輪優先の姿勢すら透けて見える。あまりにも不誠実だ。

▼福井新聞「コロナ感染急拡大 ワクチン頼みの無策露呈」
 https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1367022

 首相はワクチン接種に前のめりだが、接種が進む英国や米国では感染力の強いデルタ株で再拡大に見舞われている。首相は少なくとも1回接種した人が全人口の4割に達すれば感染者が減少傾向になるとの見通しを示しているが、あまりに楽観的すぎる。ここに来ての感染急拡大はワクチン頼みの無策が露呈したと言わざるを得ない。

▼西日本新聞「コロナ急拡大 危機感高め対策練り直せ」
 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/777163/

 懸念された事態が現実となってきた。新型コロナウイルスの新規感染者が五輪開催中の東京都で連日、過去最多を更新し、地方でも急拡大している。
 専門家は「ワクチン頼みだけでこの危機は乗り越えられない」と警告している。政府は一連の対策が手詰まり状態にあることを直視し、局面打開へ新たな一手の検討を急ぐべきだ。

▼宮崎日日新聞「東京コロナ感染最多 ワクチン頼みの方針見直せ」
 https://www.the-miyanichi.co.jp/shasetsu/_55188.html

▼南日本新聞「[新型コロナ・東京の感染最多] 原点に戻り対策徹底を」
 https://373news.com/_column/syasetu.php?storyid=141025

 全国でもきのう、過去最多を更新。鹿児島県内も23、25日にクラスター(感染者集団)が相次いで確認され、増加傾向にある。ワクチン接種は各地で進んでいるものの、東京五輪の影響もあり人の流れは抑え切れていない。
 夏休みに入り、お盆の帰省シーズンも近づく。不要不急の外出を控えるなど、原点に立ち返った感染対策を徹底させるよりほかない。

▼沖縄タイムス「[感染者が過去最多]若者に届く言葉 必要だ」
 https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/794610

 心したいのは、今回の急拡大は、友人や知人など県民同士の会食による感染パターンが多いと分析されている点だ。
 緊急事態が5月23日から2カ月以上の長期にわたり、県民の自粛疲れが行動に表れているのだろう。
 初期の緊張感を保ち続けるのは難しい。ただ、気の緩みが健康リスクや医療逼迫(ひっぱく)を招きかねない。玉城知事は、特に若者に危機感が伝わる言葉の発信が必要だ。

【7月28日付】
▼産経新聞「卓球の金メダル お家芸の復活を喜びたい」
 https://www.sankei.com/article/20210728-OYIQKHY7IJLX7E466QGI34YPFE/?outputType=theme_tokyo2020

 水谷は「今までメダルをたくさん取ってきたが銀メダルや銅メダルで、日の丸をてっぺんに揚げることができなくて、きょう日本の国旗が一番上に揚がり、君が代を聞いているときはアスリートとして誇りに思った最高の瞬間でした」と話した。これがオリンピックである。

▼神戸新聞「国会召集要求/首相は議論から逃げるな」
 https://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/202107/0014539872.shtml

 首都圏では変異株が猛威を振るい「第5波」とも言われる。緊急事態宣言下で開催に踏み切った五輪を機に感染がさらに拡大すれば、医療が逼迫(ひっぱく)する恐れがある。開幕目前に開会式の演出担当がユダヤ人大量虐殺をコントの題材にしたとして解任されるなど、人権上重大な問題も相次いだ。大会組織委員会による人選の経緯など検証が必要だ。国会で議論すべき問題は山積している。

▼山陰中央新報「東京コロナ感染最多 ワクチン頼み見直しを」
 https://www.sanin-chuo.co.jp/articles/-/69559

 東京は五輪が開幕してまだ5日目。このまま感染の拡大が続けば、医療提供体制が逼迫(ひっぱく)し、ワクチン接種要員の確保や、五輪選手団らのケアにも影響が出て運営の基盤が揺らぎかねない。事態は深刻と言うべきだ。

【7月27日付】
▼北海道新聞「序盤の東京五輪 浮かんだ課題に対応を」
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/571297

 東京都に緊急事態宣言が発令されて2週間がたったが、都内の新規感染者数は増加ペースが加速し宣言の効果が見られない。きのうは月曜として過去最多だった。
 働き盛りの50代以下の年代の感染が目立つ。重症者が増え、重症病床の使用率も上昇している。医療の逼迫(ひっぱく)が懸念される。
 五輪が祝祭ムードをもたらし、人出の増加や感染対策の緩みにつながっている可能性がある。
 不要不急の外出は自粛し、混雑している場所や時間を避けて行動する―。
 こういった感染防止の基本を改めて徹底する必要がある。

▼福島民友新聞「東京五輪・県産食材への反応/偏見広めないための発信を」
 https://www.minyu-net.com/shasetsu/shasetsu/FM20210727-640924.php

 誤った主張をしっかりと打ち消していかなければ、既成事実化が進んでしまう。偏見に基づく風評が広まらないよう、正しい情報を伝えていくことが不可欠だ。
 韓国のオリンピック委員会を兼ねる大韓体育会が選手団のための給食センターを設置した。選手が最高の状態で試合に臨めるよう、国際大会で各国が食事を手配することはある。ただ、設置の理由として五輪選手村の食事に本県産食材が使われることへの懸念を挙げたのは看過できない。

▼新潟日報「五輪日本躍動 目を見張る新世代の台頭」
 https://www.niigata-nippo.co.jp/opinion/editorial/20210727630990.html

 東京五輪は序盤戦から日本のメダルラッシュに沸いている。
 新種目のスケートボードや日本のお家芸である柔道などでは、新世代の躍動がまぶしい。新鮮な感動と勇気をもらっている国民も多いだろう。

▼中日新聞・東京新聞「臨時国会 五輪中も開き議論せよ」
 https://www.chunichi.co.jp/article/298406

 東京五輪が開幕したが、国会は閉会したままだ。新型コロナウイルスの感染が拡大に転じているにもかかわらず、国権の最高機関が無策でいいはずがない。野党は憲法五三条に基づいて臨時国会の召集を要求した。菅義偉政権は、直ちに開会に応じるべきだ。
 新型コロナの感染再拡大で、感染症や経済の対策練り直しと、新たな対策の実行が喫緊の課題にもかかわらず、政権はなぜ国会を召集しないのか、不思議で仕方がない。責任放棄ではないのか。

【7月26日付】
▼読売新聞「五輪日本好発進 険しい道のりを示す選手の涙」
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20210725-OYT1T50280/

 東京五輪は、新型コロナウイルスの世界的な流行で開催が1年延期された。選手たちは、気持ちのコントロールや体調の管理に苦しんできた。選手の涙には、夢舞台に立つまでの苦難と、周囲の支援への感謝が表れている。
 会場は感染症対策で無観客となったが、テレビの画面を通じても、感動は十分に伝わってきた。これからの観戦も楽しみだ。

▼産経新聞「日本勢の躍進 五輪開催がくれた感動だ」
 https://www.sankei.com/article/20210726-IHPDYWF75JJARPJCTT4QEA4X5E/

 これもスポーツの力である。われわれがテレビ観戦を通じて喜びや感動を共有できたのは、五輪開催という決断があったからだ。
 競泳女子400メートルリレーでは、オーストラリアが世界記録で金メダルを獲得した。この1年、スポーツは危機的な状況に追いこまれながらも、選手たちは前進を続けた。少なくとも、彼らはコロナを見事に克服したといえる。
 この興奮が8月8日の閉幕まで続くように、大会組織委員会にはコロナ対策を含む安全な運営に引き続き努めてほしい。スポーツを通じた人間の強さと可能性を、東京から世界に発信し続けたい。

▼神戸新聞「柔道阿部兄妹/信念でつかんだ二つの金」
 https://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/202107/0014533633.shtml

 五輪での日本の「兄妹金メダル」は史上初で、日本勢の女子52キロ級の金も初めてだ。新型コロナウイルスの影響で無観客試合となる中、23歳と21歳の2人が努力と信念でつかんだ栄冠である。兵庫県出身選手の快挙を心からたたえたい。

▼山陽新聞「五輪とジェンダー 差別解消の起点にしたい」
 https://www.sanyonews.jp/article/1155587

 こうした五輪をめぐる潮流の中で、突きつけられたのが五輪が掲げる理念とはかけ離れた開催国・日本の現状だった。2月には大会組織委員会の会長だった森喜朗元首相が「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと女性蔑視発言をし、国内外から批判を浴びて辞任に追い込まれた。その後も、人権意識の低さを露呈する大会関係者の不祥事が相次いでいる。
 五輪はスポーツの祭典だが、「差別を容認しない」などの五輪精神の浸透もまた開催意義の一つであろう。森氏の辞任後、大会組織委は女性理事の比率を20%から一気に42%へ引き上げるなど前進もあった。あらゆる差別解消へと日本社会が変わる起点になったと、後世に評される大会にしなければならない。

▼徳島新聞「東京五輪、熱戦続く 躍動する選手に声援を」
 https://www.topics.or.jp/articles/-/564069

 過去の五輪で獲得した日本の金メダル数は、前回の東京、2004年アテネ両大会の16個が最多だ。日本オリンピック委員会(JOC)は当初、2度目の東京では倍近い30個を目標に掲げていた。
 しかし、コロナ禍で状況が一変し、数を重んじない考えを表明している。感染拡大を封じ込め、無事に大会を終えることが最重視されている中で当然だ。
 とはいえ、多くの選手はメダルを目標に掲げ、その色にもこだわり、鍛錬を積んできた。トップ選手が躍動する姿は、見る者を感動させる。多くの選手が後に続いてほしい。

▼琉球新報「東京五輪で県勢活躍 県民に勇気と誇り与えた」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1361826.html

【7月25日付】
▼毎日新聞「東京五輪とコロナ対策 感染拡大防止を最優先に」/「安全・安心」にほころび/新しい観戦スタイルを
 https://mainichi.jp/articles/20210725/ddm/005/070/030000c

 感染者数が急増して医療体制の逼迫(ひっぱく)が生じるようなことがあれば、政府や組織委は競技の打ち切りを含め適切な対応を取るべきだ。その際の判断基準を早急に示さなければならない。
 (中略)
 専門家は感染防止の観点から、自宅で家族らとテレビなどで観戦するよう呼び掛けている。スポーツバーなどに大勢が集まって応援するようなことは控えたい。
 自宅ならではの楽しみ方もあるはずだ。選手の詳しいデータを画面に表示しながら競技を見たり、オンラインで応援メッセージを送ったりするなど、新しい観戦スタイルが生まれるきっかけになるかもしれない。

▼産経新聞「五輪競技本格化 偉大な敗者に拍手を送る」
 https://www.sankei.com/article/20210725-5POESKRJ6JOOZAEZTUP6JNOXYY/

 観戦の基本は「勝者には祝福を、敗者にはいたわりを」だ。内村のような偉大な敗者には盛大な拍手を送りたい。
 新型コロナウイルスの感染拡大をめぐって開催への賛否が渦巻いた東京五輪について、「できないではなくて、どうしたらできるかを考えてほしい」と話して心ない非難を浴びたこともあった。
 それはアスリートを代表して述べた言葉であり、批判の対象となるべきではなかった。
 (中略)
 改めて大会1年延期の難しさを思う。度重なる故障で満身創痍(そうい)の32歳に、1年の延期がどれだけ負担だったか。
 選手の事情などお構いなしに、2年、あるいは4年の延期を主張した識者、政治家らには、自身の発言がどれだけ無神経なものだったかを知ってほしい。

▼琉球新報「森氏『最高顧問』案 五輪の理念を問い直せ」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1361286.html

 過去の言動などが差別に当たるとして辞任した人物が相次ぎ、組織委への国民の信頼はないに等しい。今こそ「人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進」という五輪の理念を問い直すときだ。
 (中略)
 そもそも東京五輪には重大な疑惑がくすぶり続けたままだ。日本オリンピック委員会(JOC)前会長の竹田恒和氏にかけられた贈賄疑惑だ。
 招致のため国際オリンピック委員会(IOC)委員を務めたアフリカの有力者に2億円超が渡ったとされる。
 フランス当局の捜査着手から5年がたつが、竹田氏やJOCの明確な説明はない。

【7月24日付】
▼毎日新聞「コロナ下の東京五輪 大会の意義問い直す場に」/巨大イベント化の弊害/多様性を再認識したい
 https://mainichi.jp/articles/20210724/ddm/005/070/098000c

 東京五輪の大会ビジョンは「多様性と調和」だ。人種や肌の色、性別、性的指向、出自、宗教など、あらゆる違いを超え、競技を通じて相互理解を深める。
 前回大会に続いて編成された「難民選手団」はその象徴でもある。内戦などで母国を離れざるを得なかった11カ国出身の29人の選手たちだ。
 (中略)
 組織委では人権意識を欠いた振る舞いで関係者の辞任や解任が続き、世界から厳しい目が向けられた。多様性を尊ぶ社会の大切さを改めて認識することが求められている。
 無観客の競技場から見えてくるものがあるはずだ。今こそ原点に立ち返り、五輪の意義を問い直す機会にしたい。

▼読売新聞「東京五輪開幕 苦境でも輝く選手に声援を」
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20210723-OYT1T50237/

 選手を取り巻く環境は大きく変わり、現在は、金メダルの獲得数は重視しない考えを示している。選手たちには、重ねてきた努力の成果を存分に発揮してほしい。その姿に、テレビ画面などを通じて大きな声援を送りたい。
 日本勢の躍進が期待される競技は多い。今回復活した野球やソフトボールは、過去の五輪でメダルを獲得している。白血病に打ち勝った競泳の池江璃花子選手の力強い泳ぎも楽しみだ。
 選手たちの活躍は、世界に彩りを与えてくれるはずだ。

▼産経新聞「東京五輪開会式 世界を変える大会に育て 選手に静かな声援を送ろう」/コロナとの戦いに勝つ/大空に描く「五つの輪」
 https://www.sankei.com/article/20210724-S64FLLXXKJLVJIQCGMOG47JH7Q/?outputType=theme_tokyo2020

 逆境の中にあっても、国立競技場の聖火台に灯(とも)る火を守らなくてはならない。それは大会を招致した東京都と、五輪の成功を保証した政府の国際公約である。閉会時には五輪が東京で開催されてよかったと、世界に思われたい。
 同じ責任を、われわれ国民も負うと考えたい。原則無観客による五輪の開催に至ったことは残念でならないが、世界から東京に集まり、人類の限界に挑戦する選手らの奮闘や妙技に、遠く自宅からでも、惜しみない拍手を送ってほしい。
 (中略)
 コロナ禍の中での大会の開催については世論も二分されてきた。例えば朝日新聞は社説で、菅義偉首相に「大会中止」の決断を求めた。産経新聞は主張で、「開催への努力をあきらめるな」と書き続けた。五輪開催への努力とは、ウイルス封じ込めへの施策と同義であると信じるからだ。
 それは開会後も変わらない。聖火を消さないための努力とはウイルスとの戦いそのものである。克服のためには、政府や自治体、医療界、そして国民の協力が不可欠である。世界各国の選手らは、必ずその競技力で努力に応えてくれるはずである。

▼秋田魁新報「東京五輪開幕 2度目開催、何を残すか」
 https://www.sakigake.jp/news/article/20210724AK0009/

 さまざまなトラブルが続いた。国立競技場の建設計画、エンブレムの白紙撤回、マラソンと競歩の突然の札幌開催決定、大会組織委員会の森喜朗前会長による女性蔑視発言など挙げればきりがない。開幕直前に開閉会式の演出統括役が解任、開会式の楽曲制作担当が辞任という異常事態になった。
 政治が五輪へ関わり過ぎたのが、迷走が終わらない一因ではないだろうか。コロナ禍での開催は政治的な都合だ。祭典とは程遠い、「国民不在」の世界最大のスポーツ大会が始まったと言わざるを得ない。

▼山形新聞「薄れる『復興五輪』 大事な理念語り継ごう」
 https://www.yamagata-np.jp/shasetsu/index.php?par1=20210724.inc

 コロナの他に、実はもう一つの緊急事態宣言が現在も解除されないままとなっている。「原子力緊急事態宣言」だ。福島の原発周辺自治体では、今なお住民が戻れない帰還困難区域が広がり、道路脇にはバリケードで隔てられた無人の家々が並ぶ。約3万5千人が県内外で避難生活を送っている。
 原発では、数十年に及ぶ廃炉作業が続く。五輪招致のプレゼンテーションで、当時の安倍晋三首相が「状況は統御(アンダーコントロール)されている」とアピールしたものの、現実は異なる。
 (中略)
 復興五輪の目的は、大震災当時の各国の支援に感謝の気持ちを込めて、壊滅的な被害をここまで克服した力を訴え、同時に原発事故の過酷さを伝えていくことではないか。3.11を語り継ぐ営みは、開催国の大切な役割でもある。

▼福島民友新聞「東京五輪・幕開け/困難克服し希望につなげよ」
 https://www.minyu-net.com/shasetsu/shasetsu/FM20210724-639988.php

 五輪の理念が、これほどまで問われた大会もないのではないか。女性蔑視発言で当時の森喜朗組織委会長が辞任し、五輪が掲げる平和や平等の理念とは相いれない過去の言動などで、関係者の辞任、解任が開会式直前まで続いた。
 半世紀前に開催された東京五輪は、焼け野原となった日本が復興を世界に印象付ける大会となった。近年は、肥大化が指摘されている五輪の在り方についてさまざまな意見が出ている。
 レガシー(遺産)として何を残すことができるか。今大会に問われている大きな課題だ。
 本県では開幕に先立ち、福島市のあづま球場で全競技のトップを切りソフトボールが行われた。28日は、野球の日本代表が同球場での試合に臨む。躍動感あふれる全力プレーを期待したい。
 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故からの復興に向け、県民が思いをひとつにする大会になることを願う。

▼信濃毎日新聞
「混乱続く組織委 大会を担う自覚が足りぬ」
 https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2021072400082

 五輪相だった橋本聖子氏が会長に就いて以降、組織委は「国の出先機関」の印象を濃くした。有観客か無観客かを決める際は、国に従うと主体的な判断を放棄し、官邸が主導している。
 行き過ぎた政治介入が、政権の意向を考慮し「一部で相談なく決定」する、組織委の風通しの悪さを助長していないか。
 コロナ禍の開催に対する批判は収まらない。選手第一なら、感染状況次第で中断も考えなければならないだろう。パラリンピックの判断もこれからになる。
 組織委は運営の透明性を高めて内部の意思疎通を円滑にし、主体性を取り戻す必要がある。多額の税金を投じている以上、業務委託の詳細を含め、事後の十全な検証を可能にする情報開示が必須であるのも忘れてはならない。

「五輪関連の感染 バブルは機能しているか」
 https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2021072400081

 何重もの検査を経て入国しても、感染を厳密に把握できないことは明らかだ。大会組織委員会が採用した「バブル方式」が機能しているのかも疑問だ。
 避けるべきは、選手村でのクラスター(感染者集団)の発生だ。国内に感染がさらに広がることも懸念される。
 東京都に緊急事態宣言が出される中での開催強行である。徹底した対策抜きに大会は成り立たない。政府と組織委は現状を絶えず検証し、万全を期す責任がある。

▼中日新聞・東京新聞「『民』はどこへ行った 五輪開幕に考える」/万事知らしむべからず/忘れるわけにはいかぬ
 https://www.chunichi.co.jp/article/296691

 それにしてもこの政治と「民」を分断する壁の厚さはどうか。
 ひとたび選挙を経て権力を手にすれば、あとは民意との信頼関係を遮断。批判の声は虚偽、隠蔽(いんぺい)でかわし、国民が忘れるのを待てばいい。五輪に限らず、ここ何年も私たちが目の当たりにする「民」なき政治の不条理です。もはや真の民主主義ではありません。
 政界では、今秋の衆院総選挙に向け五輪成功を浮揚力にしたい、との政権の思惑が語られます。それ故か、五輪優先でコロナ対策のちぐはぐが続き、陰で幾多の人々の命や店や職が失われました。ただこの失策も、五輪選手の活躍に熱狂する裏で、国民は忘れてくれるとの読みがあるようです。
 しかし大会の熱狂は別として、私たちは忘れるわけにはいきません。何も知らしめられず政治の犠牲となった「民」の無念を。忘れたら、また「知らしむべからず」の闇夜が続くからです。

▼山陽新聞「五輪とジェンダー 差別解消の起点にしたい」
 https://www.sanyonews.jp/article/1155587

 こうした五輪をめぐる潮流の中で、突きつけられたのが五輪が掲げる理念とはかけ離れた開催国・日本の現状だった。2月には大会組織委員会の会長だった森喜朗元首相が「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと女性蔑視発言をし、国内外から批判を浴びて辞任に追い込まれた。その後も、人権意識の低さを露呈する大会関係者の不祥事が相次いでいる。
 五輪はスポーツの祭典だが、「差別を容認しない」などの五輪精神の浸透もまた開催意義の一つであろう。森氏の辞任後、大会組織委は女性理事の比率を20%から一気に42%へ引き上げるなど前進もあった。あらゆる差別解消へと日本社会が変わる起点になったと、後世に評される大会にしなければならない。

▼宮崎日日新聞「東京五輪開幕 共生の理念 社会も問われる」
 https://www.the-miyanichi.co.jp/shasetsu/_55054.html

▼沖縄タイムス「[東京五輪開会式] 式典は何を伝えたのか」
 https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/791694

 「平和の祭典」の自国開催は、競技だけにとどまらず、選手との交流活動などが実現したときに大きな意味を持つ。自国代表の競技観戦を通じ、人々が一体感と団結を強める効果もある。
 今回の東京五輪では、多くの競技が無観客での開催となった。交流や一体感を感じる機会はほとんどないことになる。
 緊急事態下でも開催にこだわった政府がもたらした、異常な状況だ。歓声に力を得て栄冠を目指す選手にふさわしい、最高の舞台を日本は用意できなかった。

【7月23日付】
▼朝日新聞「五輪きょう開会式 分断と不信、漂流する祭典」/理念と説明欠くまま/感染防止を最優先で/選手にエール等しく
 https://www.asahi.com/articles/DA3S14985368.html

 競技を観戦することは、戦争と平和、差別の根絶、両性の平等、そして幾つもの不祥事によって痛感させられた、この国の人権意識の遅れについて、思いを巡らせる機会ともなろう。
 躍動する選手の姿を通じてスポーツのもつ力と人間の可能性を認識し、より良い世界をともに築く決意を新たにする。主催者側が具体性をもって示すことのできなかった大会の意義を、私たち一人ひとりが独自の視点で見いだすようにしたい。

▼毎日新聞「開会式演出者の解任 五輪の理念踏みにじった」
 https://mainichi.jp/articles/20210723/ddm/005/070/128000c

 相次ぐ不祥事で、開幕前から東京五輪の価値は損なわれた。世界中の視聴者は今夜の開会式をどんな思いで見るだろうか。組織委はこのような事態を招いた経緯を明らかにしなければならない。

▼読売新聞「東京五輪開幕へ コロナ禍に希望と力届けたい 安全な大会へ万全の感染対策を」/幾多の困難に見舞われ/露呈した欠陥改めよ/選手の活躍を記憶に
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20210722-OYT1T50301/

 どの選手も、この1年、競技に集中しづらい環境だったに違いない。しかし、様々な制約の中で努力を続けてきた選手が躍動する姿は、前回と同様、人々の記憶に深く刻まれるはずだ。
 各地で計画していた交流行事は中止が相次いだ。思い描いていた五輪とすっかり様相が変わったことは、残念というほかない。
 それでも、スポーツには人の心を動かす「力」がある。苦難に直面した時、奮闘する選手の姿に勇気づけられた人は多いだろう。今大会でも、コロナ禍に苦しむ世界の人々に希望が届くといい。

▼産経新聞「東京五輪開幕 明日につながる熱戦望む 歴史的大会へ悪い流れを断て」/何十億の人々見ている/スポーツの底力示そう
 https://www.sankei.com/article/20210723-6WL4WKARWJLQXKOST6BXGOTUPA/?outputType=theme_tokyo2020

 わが国は新型コロナウイルス禍の中でも聖火を消すことなく、熱戦の舞台を整えた。「五輪開催」という最後の一線を守り抜いたことは、日本のみならず世界と五輪史にとって大きな意義がある。
 (中略)
 「こんな時にスポーツなんて」との批判を今も聞くが、間違っている。こんな時期だからこそ、必要なのだ。スポーツの底力を選手は見せてほしい。
 私たちも開催意義を自らに問い、答えを探す17日間にしたい。必ず、意義のある東京五輪にできるはずである。

▼北海道新聞「コロナ下で五輪開幕 人間の尊厳を大会の礎に」/不公平な開催反省を/感染拡大回避が必要/「分断」が懸念される
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/570197

 解任された演出担当者は過去にユダヤ人大量虐殺をコントの題材にしていた。
 森喜朗前組織委会長の女性蔑視発言や、楽曲担当者のいじめ問題と合わせ、日本の人権感覚を疑わせる深刻な事態だ。
 IOCのバッハ会長は、広域移動の自粛が求められている中で東京から被爆地の広島を訪問し、国民感覚とのずれをあらわにした。
 IOCを巡っては、施設整備の巨額負担にとどまらず、命と健康に関わるリスクまでも開催国に押しつける独善的な姿勢が浮き彫りになっている。
 開催を進める立場の人々に、友情、連帯、フェアプレーといった五輪の精神を度外視するような言動が目に余る。
 このままでは分断を象徴する五輪となりはしないか。
 「人類が新型コロナに打ち勝った証し」といったにわか仕立ての大義を追い求める前に、人が人として尊重される当たり前の姿を示す大会を目指すべきだろう。

▼河北新報「東京五輪きょう開幕/新たな大会の姿、示せるか」
 https://kahoku.news/articles/20210723khn000004.html

 ただ、大会の「成功」は、日本勢のメダルの数などでは決められない。まずは感染拡大を招かず、無事に終えることだ。
 従来の五輪が抱える限界や矛盾に、今回、多くの人が気付いた。組織委の橋本聖子会長は、延期に伴い簡素化された新しい大会を「東京モデル」としている。大会を通して新たな五輪の在り方を提示し、理解を広げられるのか。
 復興五輪の理念も、両大会を終えた後、その先に、どうつなげていくかが問われる。

▼東奥日報「あるべき姿を追求したい/東京五輪開幕」
 https://www.toonippo.co.jp/articles/-/601533

 世界中の人々が多様性と調和の重要性を改めて認識し、共生社会をはぐくむ契機となるような大会とする-。東京五輪が掲げた基本コンセプトの中核である。テニスの大坂なおみ、バスケットボールの八村塁、ゴルフの笹生優花ら各選手の存在、パラリンピック選手の奮闘とボランティアの献身はその表れだろう。
 しかし、今の日本は多様性と調和を尊重していると胸を張れる状況にあるか。開会式担当者の人権感覚の欠如を個人の問題に押し込めず、われわれの社会のありようも問わねばならない。

▼山形新聞「東京五輪きょう開幕 あるべき姿追求したい」
 https://www.yamagata-np.jp/shasetsu/index.php?par1=20210723.inc

 装いを新たにした国立競技場できょう開幕する東京五輪についても、感慨を覚えずにはいられない。新型コロナウイルス感染症について、世界保健機関(WHO)が「パンデミック(世界的大流行)」と表明した1年半ほど前と現在とでは、受け止め方が変わったからだ。この大会は、世界のアスリートが一堂に会して鍛錬の成果を競うことの意義や今後のあるべき姿を、県民一人一人がじっくり考える機会にしたい。

▼福島民報「【東京五輪きょう開幕】逆境乗り越え活躍を」
 https://www.minpo.jp/news/moredetail/2021072388696

 コロナ禍で本県でも無観客開催となり、海外選手との交流や関連イベントは次々と中止となった。県内の復興を発信する機会は失われたが、「3・11」の苦難を乗り越え、県民に元気と感動を届けようと五輪の舞台に立つ選手たちにとって「復興五輪」に変わりはない。
 双葉郡から巣立った五輪選手を応援する「双葉オリンピック選手を支援する会」は、桃田選手らにエールを送る動画を作成し、動画投稿サイト「ユーチューブ」に投稿した。会長の青木淑子元富岡高校長は「可能な限り応援の思いを届けていきたい」と話す。会場で直接、声援を送れないもどかしさがある中、こうした取り組みは選手にとって大きな励みになるはずだ。

▼福島民友新聞「東京五輪・コロナへの対応/感染広げぬ対策を徹底せよ」
 https://www.minyu-net.com/shasetsu/shasetsu/FM20210723-639662.php

 内堀雅雄知事が野球・ソフトボール競技を無観客とする方針を示した際には、理由の一つに県内の感染が再び増加傾向にあることを挙げた。今月に入ってからクラスターや、感染力が強いインドに由来する変異株(デルタ株)の感染が相次いで確認されている。おとといの感染者は14人だった。
 五輪の開催期間は、新型コロナの再拡大を食い止める大切な時期でもあるとの意識を一人一人が持つことが大切だ。

▼信濃毎日新聞「東京五輪開幕 虚構の舞台に成功はない」/始まりは「起爆剤」/国民との溝は深く/選手も道具立てに
 https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2021072300096

 選手村に向かうボランティアに周囲の人々が罵声を浴びせたという。更衣室がなく、スポンサーの意向もあって、ロゴ入りのユニホームを着て通わざるを得ない理不尽な事情も影響した。
 6万人に上るボランティアの中には、無観客となって活動の場を失った人が多い。組織委のぞんざいな対応は「国民みんなの五輪」を掲げてきた大会がさらけ出した実相の一つだ。
 制約の多い環境で、鍛錬の成果を発揮する選手の姿は、東京大会にわずかに残された「実」のある意義だろう。ボランティアは裏方でこれを支える。強行開催の不満をぶつけるのは間違いだ。
 経済をけん引する首都再生に五輪を用いる―。招致への支持は広がらず、国や都は、環境五輪、多様性と調和といった美辞麗句で開催の意義を取り繕ってきた。虚飾はとうにはがれ落ちている。
 大会が盛り上がっても、その功績は選手たち、裏方の人たちにある。政府の描く“成功物語”にはだまされまい。菅政権は、国内はもとより、海外の人々の命と健康をも政略に利用した。責任を厳しく問わなければならない。

▼新潟日報「東京五輪開幕 『何のため』問い続けねば」/感染抑止を最優先に/楽しんでも忘れない/参加選手はベストを
 https://www.niigata-nippo.co.jp/opinion/editorial/20210723630127.html

 「平和の祭典」と呼ばれる五輪の祝祭ムードからは程遠く、開催理念はかすんでいる。
 選手たちの活躍で、大会は一時的に盛り上がるかもしれない。そうした中でも私たち国民一人一人は、何のため、誰のための五輪かを問い続けねばならない。
 でなければ「五輪ありき」で開催国の国民が置き去りにされる構図を容認することになるからだ。
 (中略)
 五輪は自国選手のメダルの色や数が重視されてきた。
 だが、海外勢の中には感染禍で十分な練習ができなかった選手もいるはずだ。日本選手には地の利を生かしたメダルラッシュの期待も出ているが、これまでと同じような発想でいいのか。
 日本勢や本県勢に対すると同様に、各国選手のパフォーマンスに熱い応援を送りたい。

▼中日新聞・東京新聞「対立と分断を憂える 東京五輪きょう開会」/国民的な挫折の経験/互いの差異認め合う
 https://www.chunichi.co.jp/article/296176

 混乱の最大の責任は、感染を収束できないまま開催を強行した日本の政界、スポーツ界のリーダーらと国際オリンピック委員会(IOC)にあります。
 抜本的な解決策ではなく、その場しのぎの対応を重ねたり、結論を先送りしたり。観客数を巡る迷走や大会予算の膨張、関係者の相次ぐ辞任・解任と、統治機能の不全を思い知らされました。
 今大会は、国民的な挫折の経験ではないか。私たちは主権者として、国を根本から変えなければと肝に銘じなければなりません。
 大会は本来、対立や分断ではなく、連帯と共感を示す場となるはずでした。五輪憲章の冒頭に理想が掲げられています。
 平和を目指し、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てる。人種や性別、宗教や政治的意見など全ての差別を禁じる―。

▼福井新聞「東京五輪きょう開幕 県勢初の個人『金』なるか」
 https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1362832

 新型コロナ感染拡大防止に向け、検査を受けたり、行動に制限が掛かったりと、選手は通常と異なるストレスを抱える。自らの身を守って大会を安全に進めるためととらえてほしい。
 コロナ下は視聴する側にも変化を迫る。インターネット中継などを通じた新しい観戦方法が模索されている。今大会はできる限り、身近な人と映像を見ることで選手の背を押したい。
 東京大会のモットーは「United by Emotion(感動で、私たちは一つになる)」だ。感動も、一つになれるのも、皆が健康であってこそ。国際オリンピック委員会(IOC)や政府、東京都は忘れないでもらいたい。感染状況によっては、大会期間中であっても中断・中止の判断が必要なことを。

▼京都新聞「東京五輪開幕 何のための大会、問い続けて」/根拠なき「安全安心」/憲章の精神かけ離れ/選手の純粋さに価値
 https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/604186

 五輪への賛否が感情的となり、国民が「分断」されているかのようだ。五輪スポンサーの大手企業トップらが開会式欠席を表明したのも、世論が割れる中で消費者の反発を考慮したためだろう。
 五輪憲章はオリンピック精神として「友情、連帯、相互理解」などを掲げている。開催国の状況がこうした精神とかけ離れてしまったことは残念だ。
 今大会の理念は、誘致段階から揺れ動いた。当初は東日本大震災からの「復興」を掲げ、安倍晋三首相(当時)は東京電力福島第1原発の汚染水を万全に管理できると大見えをきった。
 だが、事故処理も復興もなお途上にある。その後、五輪の趣旨は「コロナに打ち勝った証し」「世界の団結」に次々と変わった。
 被災地を尻目に、東京エリアの開発ばかりが目に付く。復興が誘致の踏み台にされたかのようだ。

▼神戸新聞「東京五輪開幕/今こそ開催意義を問い直さねば」/「打ち勝つ証し」遠く/選手の命と健康守れ
 https://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/202107/0014525835.shtml

 組織委は可能な限りの感染対策を尽くし、選手の命と健康を守ってほしい。猛暑も続き、熱中症対策にも工夫が要る。今は大会が無事に終わることを祈るほかない。
 噴出する全ての問題に共通するのは、政治が深く関与してきた弊害が垣間見えることだ。五輪の商業主義や国際オリンピック委員会(IOC)役員などの厚遇にも厳しい視線が注がれている。政府やIOCは真摯(しんし)に受け止めなければならない。
 紆余(うよ)曲折を経た東京大会が、「平和でよりよい世界の実現に貢献する」という五輪の原点に立ち返る契機になることを痛切に望む。

▼山陽新聞「東京五輪が開幕 安全対策に万全尽くして」
 https://www.sanyonews.jp/article/1155246

 共同通信社の最新の世論調査では、五輪の競技実施を「楽しみにしている」「どちらかといえば楽しみにしている」と答えた人は、あわせて71%に達した。コロナへの不安は消えてはいないものの、競技そのものへの関心が失せたわけではなさそうだ。
 だからこそ、大会関係者は感染対策を徹底しなければならない。来日した海外選手の感染が次々と判明している。感染の拡大により大会が混乱すれば、国民の期待は失望に変わると心すべきだ。
 「東日本大震災からの復興の証し」「コロナに打ち勝った証し」と、大会の意義は時とともに変遷した。もはや開催にこぎつけた以外に大義は見いだしにくい。だとすれば、高額な運営費を削減することや、開催国の気候に応じて日程を設定することなど、大会の見直しを働きかけてはどうか。実現すれば大きな開催意義になるはずだ。

▼中国新聞「五輪きょう開幕 負のレガシー残すまい」
 https://www.chugoku-np.co.jp/column/article/article.php?comment_id=775670&comment_sub_id=0&category_id=142

 菅義偉首相は「安全・安心な大会」と繰り返し強調するが、国民の納得を得られたとは言い難い。大会の中止や再延期について問われてもはぐらかし、誰のための、何のための五輪かについて語ろうとはしなかった。もはや開催自体が目的になったと言われても仕方あるまい。
 東京など首都圏では新規感染者が再び急増している。海外から来日した選手や大会関係者の感染も相次ぐ。「五輪発」の感染拡大が起きれば、負のレガシー(遺産)になりかねない。政府と組織委はそうした事態を絶対に防がなければならない。感染がまん延すれば、競技の中断や中止という判断もあり得る。

▼山陰中央新報「東京五輪開幕 あるべき姿の追求を」
 https://www.sanin-chuo.co.jp/articles/-/67030

▼徳島新聞「コロナ下の開幕 選手が全力出せる五輪に」
 https://www.topics.or.jp/articles/-/562828

 ここに至って東京五輪に意義を見いだすとすれば、スポーツの力を実感することだろう。
 大会には世界から約1万1千人のアスリートが集い、日本選手団は580人を超えて過去最多となる。
 中でも、徳島ゆかりの体操女子の畠田瞳選手と陸上男子走り幅跳びの津波響樹(つは・ひびき)選手には、鍛錬の成果を存分に発揮してほしい。徳島からもエールを送りたい。
 徳島を事前合宿地に選んだネパールの競泳、ドイツのハンドボールとカヌーの選手がどんな活躍を見せるかも気になるところだ。
 逆境を乗り越えて舞台に立つ選手たちの躍動する姿が、コロナ禍の閉塞(へいそく)感を振り払ってくれる大会になることを願う。

▼高知新聞「【東京五輪開幕】選手は存分に実力発揮を」
 https://www.kochinews.co.jp/article/473494/

 選手団や大会関係者、一般の国民の感染防止対策の徹底を求めるとともに、国民の厳しい視線が向けられる五輪になった経緯は検証されなければなるまい。
 一方、世界中から集まって競技に臨むアスリートには、それらとは異なる目を向けたい。大会の1年延期や、さらには中止の可能性にも翻弄(ほんろう)され、動機付けやコンディションの調整には苦しんだに違いない。
 選手たちには思い切り実力を発揮してほしい。世論調査では、五輪による感染拡大に対する強い不安の一方で、競技を楽しみにしている人は7割を超えている。
 各国の選手たちが人間の限界に挑戦する姿や、積み重ねた努力を無駄にせず最善を尽くそうとするプレーを通じて、スポーツの力を感じたい国民も多いだろう。

▼西日本新聞「異例の五輪開幕 東京は歴史に何を残すか」/「社会ファースト」で/開催意義は示されず/
 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/774443/

 残念ながら、政府や大会組織委員会、IOCは、国民が共感する言葉で開催意義を語ることはできなかった。世論を二分したまま開会式を迎えることになったのは、その結果である。
 それでも開催される以上、競技場の内外で感染対策が十分に機能し、選手が存分に力を発揮できることを望むしかない。1年延期に伴う心身の調整は容易でなかったはずだ。全ての競技の選手にエールを送りたい。
 この東京五輪はコロナ下に開催された大会として歴史に刻まれるだろう。負の側面から目をそらさず、今後の五輪へ教訓となるものを残す。そこに開催の意義を見いだしたい。

▼宮崎日日新聞「かすむ復興五輪 原点戻り『光と影』見直そう」
 https://www.the-miyanichi.co.jp/shasetsu/_55026.html

 「復興五輪」の目的は、大震災当時の各国の支援に感謝の気持ちを込めて、壊滅的な被害をここまで克服した力を訴え、同時に原発事故の過酷さを伝えていくことではないか。3・11を語り継ぐ営みは開催国の役割でもある。「復興」というひとくくりの言葉で片付けられない、光と影、明と暗を見つめ直すきっかけとしたい。単なる競技実施だけで終わらせては、五輪招致の名目に被災地を利用したとのそしりは免れないだろう。

▼佐賀新聞「東京五輪開幕 あるべき姿を追求したい」※共同通信
 https://www.saga-s.co.jp/articles/-/711116

 世界中の人々が多様性と調和の重要性を改めて認識し、共生社会をはぐくむ契機となるような大会とする―。東京五輪が掲げた基本コンセプトの中核である。
 テニスの大坂なおみ、バスケットボールの八村塁、ゴルフの笹生優花ら各選手の存在、パラリンピック選手の奮闘とボランティアの献身は、その表れでもあろう。
 しかし、今の日本は多様性と調和を尊重していると胸を張れる状況にあるか。開会式担当者の人権感覚の欠如を個人の問題に押し込めず、われわれの社会のありようも問わねばならない。

▼沖縄タイムス「東京五輪きょう開幕 広がる混乱 揺らぐ意義」
 https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/791225

 そもそも五輪の開催意義が見えなくなっている。招致段階の「復興五輪」の理念はかすんだ。「安心、安全な大会」と公約しながら、日本は選手たちが不安なく競技に臨める環境をつくり上げることができなかった。このような状況で開幕を迎えざるを得ない現実に対する責任は限りなく重い。
 4度目の緊急事態宣言期間中の東京で、22日の新規感染者数は2千人近くに迫り、感染状況が深刻化している。首都圏3県でも増加が著しい。
 世論調査では五輪開催による感染再拡大に不安を感じている人が87%もいる。終わりの見えない自粛生活を求められる中で開かれる五輪は、団結どころか社会に分断を生んでいる。
 五輪開催中に国内の感染が悪化し、競技にも大きく影響するような事態になれば菅首相は責任を取らなければならない。

▼琉球新報「コロナ下の五輪開幕 一人一人の命を最優先に」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1360058.html

入院すべき患者が入院できず必要な医療が受けられない状態に陥れば、国際オリンピック委員会(IOC)や大会組織委員会は大会期間中であっても重大な決断を下さなければならない。
 五輪が国民の感染拡大に拍車を掛けるようなことがあってはならないからだ。その見極めが厳しく問われる。
 政府の新型コロナ対応を巡り開催の賛否が分かれた。「復興」やコロナに「打ち勝った証し」という意義付けは空虚に響き「開催する」ことだけが目的となった感がある。
 オリンピックの精神は「人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治」など、いかなる種類の差別も受けないことである。しかし、女性を蔑視するような発言で組織委員会の森喜朗会長が辞任した。さらに五輪が掲げる「平和」や「人権」に反する事態が開幕直前に噴出している。
 開閉会式の制作、演出担当の小林賢太郎氏が過去にホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)に触れたコントを発表していたことが批判され解任。楽曲を手掛けた小山田圭吾氏も過去のいじめ告白で辞任した。
 東京五輪が、五輪本来の理念や目的とは何かを見つめ直す機会になってほしい。