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「脱・金メダル」の報道~東京五輪・在京紙の報道の記録②7月25、26日付

 東京五輪を巡る東京発行の新聞各6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)の報道の記録です。
 24日に競技が本格的に始まり、日本は金メダルを24日に1種目、25日には4種目で獲得しました。今までの五輪報道なら、「序盤から好調の日本勢」として、新聞各紙は1面に大きな見出しを競って立てていただろうと思います。しかし、今回の大会では様相が異なっています。

 ■日本社会のリアル

 読売、産経の両紙はおおむね従来通りの紙面作りだと感じるのですが、毎日、東京は25日付朝刊、26日付朝刊とも、1面トップはメダル以外の記事。特に26日付では、毎日新聞は新型コロナウイルスの感染拡大が止まらないのに人出が減らない東京・渋谷の様子(「『我慢しても変わらない』」)、東京新聞は生活困窮者や支援に当たる人たち(「近くで五輪 遠い話」)と、それぞれ五輪の競技とは直接関係ない長文のルポ風記事をトップに据えています。この東京五輪は、新型コロナウイルス感染拡大の危険性を始めとしてごたごた続きで、今も打ち切り論があります。“祝祭”の五輪だけに目を向けていては視界に入ってこない、日本社会のリアルを伝える試みだと感じました。
 朝日も25日付の1面トップはメダル獲得ではなく、予選で敗退した体操の内村航平選手のストーリーでした。26日付は金メダル4個がトップでしたが、読売、産経と比べると、紙面の見た目は控えめです。
 大会の開催に対しては、数々の制約を甘受しなければならない海外からの選手と比べて、日本の選手が断然有利になるとの指摘もあります。そうした中で、この五輪をどう報じるのか、マスメディアは自らに問い掛けているはずです。「金メダルが最高のニュースバリュー」の発想から離れた報道は、その一つの答えだと感じています。

 ■選手への応援と大会の検証 

 25日付では、産経新聞が作家江上剛さん、東京新聞が作家中村文則さんの寄稿をそれぞれ掲載しました。印象に残ったくだりを書きとめておきます。
 この大会の開催に賛成であれ反対であれ、選手たちに声援を送ることは別の問題であり、この大会のありようを検証する必要があることも同様だろうと感じます。
 
 ※産経新聞1面、作家江上剛さん「開催してくれてありがとう」

 今、当時を振り返ってみると、前回の東京五輪はまさに『陽上る国』での開催だった。しかし今回は、長引くデフレや少子高齢化など多くの課題を抱える『陽沈む国』での開催である。沈む太陽を扇子で扇いでもう一度昇らせようとした昔話のように、過去の価値観のままで開催しようとしたのが、多くのすったもんだを引き起こした真の原因ではないだろうか。

 (中略)開催された以上は、池江璃花子さんや桃田賢斗さんに代表される苦難を克服した選手たちを心から応援したい。そして東京五輪・パラリンピックが問題なく終わったとしてもそれで『良し』としてはならない。どこが成功したのか。どこが失敗したのか、そしてなぜころほどまで世論が分断されたのかを検証、総括すべきだ。それが本当のレガシーになるだろう。これからも五輪はいろいろな危難に直面するだろうから。

  ※東京新聞2面、作家中村文則さん「国民の命 賭けた政府」

 僕は今でも五輪は中止・延期と考え、同時に内外の選手達の努力の結果を称えるつもりでいる。政治に毒されたスポーツを、自分の中だけでも取り戻したいと願う。この時期の開催に意義をつくっても欺瞞に過ぎない。選手達には自分達の競技に、つまりもうスポーツそのものと向き合ってほしいと思う。

 (中略)既に五輪は失敗と書いたが、そもそも、家族の預金を勝手に全て賭けた父親がその賭けに勝ったとして、父さん凄い!と褒めるのは愚行。国民の命は賭けるものではない。未来のためにも、政府とIOCは一度解体した方がいい。

  ■内閣支持最低

 26日付の日経新聞には、23~25日に実施した世論調査の結果が掲載されています。菅義偉内閣の支持率は前回調査から9ポイント低下し34%。政権発足後、最低とのことです。不支持率は57%でした。
 調査期間が五輪の開会式当日以降であることを考えると、五輪を成功させて政権浮揚を図りたい菅首相には、極めて厳しい状況です。仮に今後、五輪自体への評価は好意的になり「開催してよかった」との声が増えることがあるとしても、それが内閣支持率の上昇につながるかは疑わしいと思います。
 無観客となったことをどう思うかについては「無観客は妥当だ」37%、「再延期または中止すべきだった」31%、「人数を制限して観客を入れるべきだった」25%でした。

 ■やまゆり園事件から5年

 26日は相模原市の「津久井やまゆり園」で障害者19人が殺害され、入居者・職員計26人が重軽傷を負った事件から5年の日でした。朝日新聞が26日付朝刊の社会面トップで、妹が重傷を負った男性(56歳)に取材した記事を掲載しているのが目を引きました。当事者が匿名となっていることに、日本社会で知的障害者が置かれている立場の厳しさを感じます。五輪に続いて、来月にはパラリンピックも予定されています。日本で開催することの意味をどう伝えるか。やはりマスメディアの課題だと思います。

 以下は各紙の1面に掲載された記事の見出しです。
【7月26日付朝刊】
▼朝日新聞
①「兄妹で『金』家族とともに/金 大橋 堀米 阿部一 阿部詩」/「アフガン難民挑んだ/ベルギーに歩いて逃れた 祖国の母はコロナに奪われた それでも」
②「底つく在庫 ワクチンはどこに」
▼毎日新聞
①「『我慢しても変わらない』/渋谷の夜 人減らず/カラオケ店に列/路上で飲酒」
②「柔道・阿部兄妹 金/競泳女子・大橋も/堀米 スケボー初代王者」/「『自由さ』で新風 若者魅了」
▼読売新聞
①「阿部兄妹『金』/一二三と詩 同日に 柔道」「堀米『金』スケボー」「大橋『金』400メドレー」
②「予算繰越金30兆円超/昨年度 補正続き過去最大」
▼日経新聞
①「塗り替わる世界金融地図/フィンテック、決済席巻/低所得層 恩恵大きく」キャッシュレス新世紀(上)
②「内閣支持、最低の34%/接種計画『順調でない』65%/本社世論調査」
③「開示を義務付けへ/企業の気候変動リスク 金融庁検討」
④「柔道・阿部兄妹が金/金ラッシュ スケボー堀米 競泳大橋」
▼産経新聞
①「阿部兄妹『金』/初快挙『2人で優勝』夢実現/ソフト『銀』以上確定 卓球混合ダブルスも」「大橋『金』競泳女子400メートル個人メドレー」「堀米『金』スケートボード男子ストリート」戒厳下の祭典で
▼東京新聞
①「近くで五輪 遠い話/都内の食料配布会 困窮者400人が列/住まい失った人の接種進まず」ルポ・コロナ禍のオリンピック
②「堀米 故郷で金/スケボー 夢追い渡米 磨いた滑り」
③「スマートフォンから1票」民主主義のあした

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【7月25日付朝刊】
▼朝日新聞
①「王者内村、挑戦に幕/鉄棒一本の夢舞台 失敗でも体操は『面白さしかない』」/「高藤『金』1号」
②「『残土追跡システム』検討/国交省、近く実証実験」
③「『郡民半導体』米の反転攻勢」
▼毎日新聞
①「銀メダルの『苦しみ』越え/『田島寧子』の名 重荷」迫る 五輪が変えた人生
②「高藤 日本勢初の金/柔道男子60キロ級/女子48キロ級 渡名喜は銀」
▼読売新聞
①「高藤『金』/渡名喜『銀』 柔道/400メドレー 瀬戸予選落ち」「ここ一番 抜群の粘り」/「内村落下 敗退 鉄棒」
②「温室ガス 家庭66%削減/政府30年度目標 計画案」
▼日経新聞
①「越境リモート労働3割増/コロナ受け世界で拡大 6億円」チャートは語る
②「高藤が金1号 柔道男子/渡名喜は銀」
③「インド太平洋で協力深化/日仏首脳 香港など『深刻な懸念』」
④「全ゲノム解析 病気予測/筑波大 がんなどリスク検査」
▼産経新聞
①「高藤『金』渡名喜『銀』/柔道男女 メダル先陣/体操・内村 予選落ち」/「リオ雪辱 戦術磨き延期は糧に」
②「開催してくれてありがとう」作家 江上剛さん
▼東京新聞
①「内村 夢の終わり/鉄棒落下 早すぎる敗退/キング『ここまで』後輩に主役託す」
②「主要国 透ける政治判断/五輪開会式 海外はどう見た」/中国 思惑/欧州 同情/米国 皮肉

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