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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「値上げしません」読売新聞が異例の社告~組織ジャーナリズムと商業主義の限界

 日がたってしまいましたが、少なからず驚く出来事であり、記録と備忘の意味も兼ねて書きとめておきます。
 読売新聞は3月25日(土曜日)付の朝刊1面と2面に、新聞の購読料を値上げしないとの社告を掲載しました。少なくとも1年間とのことです。手元で確認したのは、東京本社発行の最終版(14版)です。新聞購読料の改定の社告と言えば、通常は値上げの場合です。値上げしない、つまり購読料に変化がないことをわざわざ表明するのは異例です。
 同社はこの社告とほぼ同一の記事を、自社サイトにもアップロードしています。どういうことが書いてあるのかが分かります。
 ※「読売新聞は値上げしません…少なくとも1年間」
 https://www.yomiuri.co.jp/national/20230324-OYT1T50144/

一部を引用します。

 日本社会は、急激な物価上昇という厳しい状況に直面しています。4月以降も飲食料品などのさらなる値上げが予定され、対象は電気代など社会インフラにも及ぶ見通しです。物価高騰が家計を圧迫する中で、読者の皆さまに正確な情報を伝え、信頼に応える新聞の使命を全うしていくため、読売新聞社は少なくとも向こう1年間、朝夕刊セットの月ぎめ購読料4400円、朝刊1部売り150円、夕刊1部売り50円(いずれも消費税込み)を値上げしないことに決定しました。
 (中略)購読料を値上げすることは物価高騰に苦しむ国民から新聞を遠ざけることにつながりかねません。読売新聞社は購読料を据え置き、物価高騰に伴う負担は新聞販売店に転嫁しないで戸別配達網を堅持していきます。
 インターネット上には偽情報や陰謀論があふれています。SNSの普及は社会を分断し、民主主義を脅かしています。こうした時代だからこそ、取材に裏付けられた正しい情報と多様な意見を公正に伝える新聞の役割と責任は増しています。
 読売新聞社は、経営の合理化や経費節減の徹底などあらゆる努力を惜しまず、信頼に応える紙面をお届けすることで、読者の皆さまに奉仕してまいります。

 この社告を目にして思い出すのは、このブログの以前の記事でも触れた会員制雑誌「選択」の「新聞界が絶望する紙価格『暴騰』~読売新聞が狙う業界再編『焦土作戦』」の記事です。「読売が同業他社を一層の苦境に追い込み、廃刊や合併で再編を促す『焦土作戦』を始めたとする受け止め方が専らだ」と指摘しています。

news-worker.hatenablog.com 読売新聞がなぜ異例の社告を掲載したのか、その意図は想像の域を出ません。ただ、仮に他紙が値上げに踏み切った場合には、読売新聞は自紙の購読料の優位性をアピールできます。差別化ができることになります。また、他紙が読売新聞に対抗するために値上げを断念するとすれば、別の部分で経費削減を強めるしかなく、経営体力が奪われることになります。結果的にせよ、読売新聞の購読料据え置き宣言が、同業他社を一層の苦境に追い込む可能性はありそうです。それでも、読売新聞の購読料据え置きは、新聞発行が商業ベースで行われている限り何ら不当なことではなく、「焦土作戦」といった形容は読売新聞にとっては不本意ではないかと感じます。
 本来、民主主義社会における新聞の最上の価値は、複数の新聞が安定的に社会に存在していることです。それが多様な価値観やものの考え方が社会にあることを担保することにつながります。もし本当に新聞の廃刊や統合が起きるのだとすれば、その状態が危うくなることを意味します。新聞の本質を組織ジャーナリズムに読み替えて考えるなら、組織ジャーナリズムが社会に存在し続けるためには、商業主義に代わってどのような方策があるのか。そんな課題も見えているのではないかと感じます。