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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

防衛省、自衛隊のずさんな発表とマスメディアの当事者性~「大本営発表」の再来を危惧

 自衛隊の不祥事の続きです。
 自衛隊には捜査権、逮捕権を備えた警察機関があります。警務隊です。海上自衛隊の潜水手当の不正受給事件では、昨年11月に警務隊が4人を逮捕していたのに、防衛大臣には報告が上がっていませんでした。防衛省は「文民統制の観点から適切ではない」との見解を公表したと報じられています。大臣に速やかに報告する仕組みを整備するとともに、今後は特段の事情がない限り、速やかに公表するとのことです。
※産経新聞「警務隊による逮捕、速やかに公表へ 防衛省が調査結果『文民統制上、不適切』」=2024年7月26日
https://www.sankei.com/article/20240726-5ZR5LQJGDFNE5G2XZU6P7CHOKM/

 海上自衛隊による潜水手当不正受給の逮捕者4人の存在が、木原稔防衛相に報告されていなかったことに関し、防衛省は26日、調査結果をまとめ「文民統制の観点から適切ではない」との見解を発表した。今後、防衛相に速やかに報告する仕組みを整備するとしている。関係者の処分については、厳正に対処する方針を示した。
(中略)
 また同省は、警務隊による容疑者の逮捕や送検に関し、今後は特段の事情がない限り速やかに公表すると明らかにした。これまでは明確な決まりがなく、非公表だった。

 自衛隊員、元自衛隊員の逮捕や送検の報告を防衛相に上げないことと、逮捕や送検を公表しないことは一体の連続した流れです。公表しないのでマスメディアで報道されることはなく、大臣に報告しなくてもバレる恐れはありません。警察の事件捜査では一般的に、逮捕や送検があれば速やかに容疑者名や容疑の内容が発表されます。警務隊の逮捕や送検の事例でそうした対応がないことは、自衛隊内の犯罪を隠蔽するのに等しいことです。
 これまで警務隊が自衛隊員を逮捕しても即座には公表していないことは、マスメディアには知られていました。少なくとも、知ることができる機会はありました。わたし自身が報道の実務でそうした事例を経験したことは、このブログの過去記事で触れた通りです。その際には、逮捕当時は発表していなかったことと、それに対する自衛隊側のコメントも書き込んだ記事を配信しました。「逮捕を発表しないこのやり方は問題だ」との意識がありました。しかし、それで自衛隊の運用が改まったわけでもなく、今日まで続いていたことにはわたし自身、マスメディアの中にいる一人として忸怩たる思いがあります。

news-worker.hatenablog.com

 自衛隊の不祥事の広報対応には構造的な問題があると考えています。これもわたしが報道実務の中で経験したことですが、自衛隊で懲戒処分があると、マスメディアへの発表を行うのはその隊員が所属していた部隊です。防衛省の本省や、陸海空の幕僚監部が広報する事例はわたしが知る限りありませんでした。結果として報道は当該の地域に限られ、全国紙では地域面にしか載らないことが少なくありませんでした。東京で防衛省をウオッチし、不祥事の懲戒処分を一元的に把握しようとしても困難です。
 防衛省、自衛隊の側の視点に立つと、どう見えるでしょうか。ウソをつくわけではないが、報道される地域を限定する、あるいは逮捕といった重大な事例はすぐには明らかにしない。要は、不祥事を社会の目になるべく触れないようにする、ということです。そうすることで、組織が受けるダメージを軽減できる、場合によっては最小に抑えることができそうです。仮に意図的ではないとしても、結果的にそうした効果があることは否定できないと思います。こうした慣習が今日まで続いてきたことに対して、公権力の監視の観点から、マスメディアは当事者性を免れ得ないとも感じます。

news-worker.hatenablog.com

 太平洋戦争の途中から日本では旧軍が、戦果は過大に、損害は過少に発表するようになりました。新聞もその枠内でしか戦況を報道しませんでした。いわゆる「『大本営発表』報道」です。戦後、発足した自衛隊は旧軍とは一線を画しているはずですが、近年は靖国神社への幹部自衛官らの集団参拝など、旧軍を思慕するようなメンタリティを疑わざるを得ない事例が相次いで表面化しています。政教分離や文民統制を逸脱しかねないのだとしたら、軽視できません。同時に、台湾・中国情勢などを理由にした自衛隊の軍備と任務の大幅な拡大と、米軍との一体化が進んでいます。安全保障上の事情を理由に、不正確な情報しか公表されなくなるとしたら、かつての「大本営発表」まであとわずかだと考えるのは、考えすぎでしょうか。
 太平洋戦争当時、新聞には検閲が課され、戦況について自由な報道はできませんでした。翻って現在は、かつてと比べれば、まだまだ報道の自由と取材の自由はマスメディアにあります。歴史の教訓に学ぶなら、今、手にできているこれらの自由を最大限に駆使して、防衛省や自衛隊の活動を監視、検証して報じていくことが必要です。当局の発表のままの報道しかできないようであれば、いずれこれらの自由も有名無実化してしまいかねません。

【写真】ミッドウェー海戦の戦果を発表する日本海軍の平出大佐 (1942年6月12日大本営発表)=出典:ウイキペディア「大本営発表」(パブリックドメイン、原典・1億人の昭和史 10 不許可写真史、毎日新聞社、1977年1月、p.255.)