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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

新聞が培った「簡潔に分かりやすく伝える」文章スキル~文章指導の講師経験のまとめ

 成城大文芸学部で非常勤講師として担当していた「マスコミ特殊講義」の授業が先日、終了しました。主眼は文章の書き方。通年ではなく前期のみですので、実質的には3カ月間の文章指導でしたが、文章力がぐんと伸びた履修生もいて、講師としては充足感があります。同時に、新聞が培い、新聞の仕事を通じてわたしも身に付けてきた「簡潔に分かりやすく伝える」文章力が、デジタル時代になっても有効性を保っていることを実感する機会にもなりました。今春までの2年間、東京近郊の別の大学で「文章作法」の講師を担当した経験も含めて、「文章の書き方」を巡って考えていることを書きとめてみます。

 成城大の授業では、作文ではなく論作文として、ある程度、社会性を踏まえた具体的なテーマを出題しました。目指すのは、意見の違いを認めつつ、説得力があって読み手を納得させうる文章、「わたしの意見は違うが、あなたの言うことは分かる。なるほど、と思う」と言ってもらえる文章です。
 記者として記事を書き、あるいはデスク、編集者として完全原稿に仕上げる仕事を長年続けてきました。その経験を踏まえて、大学生に文章の書き方を本格的に指導するようになってあらためて思うのは、「文章の書き方」には大きく二つのポイントがある、ということです。「何を書くか」と「どう書くか」です。前者は文章のテーマ、主題であり、後者は文章の技巧、テクニックと言ってもいいと思います。
 実は文章のテクニックはある程度、「書く」経験を積めば、だれでも上達します。美文、名文ではなくても、平易で読みやすく、分量に制限があっても伝えたいことがきちんと伝わる書き方です。
 詳しくは成城大の授業の開始に当たって、このブログの以前の記事で書いたとおりです。再掲します。

▽出来栄えは3~5割アップ
 テクニックはいずれも、あまたある文章の指南本、いわゆる「文章読本」にはおおむね書いてあることばかりで、そう珍しいものではありません。ただし、これらを実践できるようになると、それだけで文章の出来栄えは間違いなく3~5割アップします。文章を書く経験を積み、適切な添削を受け、ほかの人が書いた文章にも接するうちに、必ず実践できるようになります。

・用語や表現の重複を避け、無駄がないように
・主語、述語のかかりはシンプルに=主語と述語を近づける
・1文を短くし、主語、述語をいくつも盛り込むのは避ける
・エピソードは具体的に=「神は細部に宿る」God is in the details.
・形容詞、接続詞は思い切って省いてみる。なくても通じる例がほとんど=「そして」「それから」「だから」など
・受動態ではなく能動態の表現で=主体がはっきりして文意が明確になる
・使える漢字は使う。ただし漢字ばかりでは見た目が硬く、読む気を失わせかねない(「黒っぽい原稿」)
・読みやすく段落を分ける

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 3カ月間で課題は5回と決して多くはありませんでしたが、個別の添削指導を受けるうちに、ぐんぐん上達した履修生が何人かいました。「出来栄えが3~5割アップ」を実感してもらえたようです。
 これらのテクニックは、新聞というメディアが長年かけて極めてきた文章術に通じています。紙面スペースに制約がある新聞の記事は、込み入った社会の森羅万象をいかに簡潔に分かりやすく伝えるかが問われてきました。近年は新聞社・通信社もデジタル展開に力を入れるようになり、新聞紙面にはとても収容できない長文の記事もデジタルでは頻繁に目にするようになっています。むしろそうした記事がデジタル向けコンテンツとして重視されているように感じます。
 ただ、デジタルでも、というか、紙の新聞が読まれなくなっている中ではデジタルでこそ、この「ニュースを簡潔に分かりやすく伝える」文章術は有効なはずだと感じています。この社会で多くの人は忙しい日々を過ごしています。ニュースへの接触が新聞や放送からデジタルにシフトしても、忙しいことに変わりはありません。日々の出来事を伝えるニュースは、短く簡潔であることに越したことはありません。
 新聞社や通信社のデジタル展開は収益化が課題です。新聞を読んでいない無読層を主な対象として、ニュースをどういう風にデジタルで見せ、どう収入につなげていくか、です。長年培ってきた「簡潔に分かりやすく伝える」文章術は、新聞社のアドバンテージになりえます。無読層の中心である若い世代はSNSには馴染んでいます。例えば、動的なビジュアルコンテンツと組み合わせたコンパクトなニュースは相性がいいはずです。
 持続する組織ジャーナリズムをデジタルで実現する余地はまだあると思います。ものごとの本質を短く簡潔に伝えるスキルを、新聞の組織ジャーナリズムは手放すべきではないと考えています。

 文章の書き方のもう一つのポイント、「何を書くか」についてです。
 文章はコミュニケーションです。他人の文章を通じて、それまで自分が知らなかった事実や物事の考え方を知って、自分の考え方が変わることがあります。あるいはその考え方に賛同はできなくても、自分と異なる考え方の人がいることを知ることで、思考、考察の幅が広がります。
 社会は人と人とが関わり合って構成されています。だから書き手が「自分」をうまく表現できている文章は読んで面白いですし、読み手を納得させることができます。作文や論作文の場合、書く内容や対象が出題によって一定の範囲に指定されていることはありますが、「何を書くか」ということであれば、書くのは自分自身のことです。その内容に、生きて来た時間に相応の経験が反映されていれば、読み応えや説得力が生まれます。
 成城大の授業は、折しも東京都知事選があったこともあり、5回の課題の一つに選挙を取り上げました。事前に新聞の政治報道、選挙報道について講義で説明した上で「マスメディアへの選挙報道に感じること」か「若い世代の投票率を上げるにはどうすればいいと考えるか」のどちらかを選んで、自由に書いてもらいました。提出作からは、履修生それぞれの有権者としての意識が感じられました。自身の投票経験や、高校生の当時に受けた主権者教育のことなど、やはり「自分」を表現できている提出作ほど読みごたえがありました。
 授業では、何を書くかを事前に整理するために、まず出題の「お題」とは別に、内容を簡潔に言い表す「題名」を考えるよう指導しました。前記の過去記事にも書いた通りです。課題を重ねるにつれて、驚くほどよく練った題名も目にするようになりました。

▽「見出し」と「題名」
 上述の表現のテクニックは必ず身に付きます。文章を書く上で難しいのは、「何を書くか」というテーマの方です。パソコンで文章を打つ手がなかなか進まない、というときは、往々にしてこの「何を書くか」、言い換えれば「伝えたいことは何か」がうまく整理できていないときです。そういう時は、作文や論作文の「お題」と別に、自分が書こうとしている文章の「題名」を考えることが効果的です。自分が書きたいことを一言で表現してみる、一言が難しければ、短い文章でも構いません。しっくりする題名が浮かべば、それが文章のテーマです。
 この点でも、新聞記者のスキルは参考になります。
(中略)
 デスクとして記者が上げてきた原稿を見ていて、どうにも見出しがしっくりこない時があります。たいていは、書いた記者がニュースのポイントを整理できていない場合です。「見出しが取れない原稿」と呼んでいました。そういうときは、いったん記者と原稿を挟んであれこれ話してみます。そのうちに、記者の頭の中も整理され、見出しもぴたりと決まる、ということになります。
 記者は経験を積むと、例えば記者会見ではメモを取りながら、頭の中で発言の重要度を判断し、記事の構成を考えるようになります。相手の話が終わる頃には、見出しと記事の書き出し(リード)がほぼ頭の中にできています。質疑応答で記事に必要な追加要素を確認して、取材終了と同時に、頭の中に出来上がっている見出しと記事本文をアウトプットします。
 作文や論作文の「題名」と、新聞記事の見出しは、伝えたいことのエッセンス、ポイントということでは共通しています。「題名」を考えることは、伝えたいことを明確にするために有効な方法です。

 最後の授業では、文章の書き方のまとめとして「『ふだん』が大事、『日ごろ』を大切に」と話しました。
 ■「調べる」ことを面倒くさがらない
 手元にインターネットにつながっている端末があれば、相当のことが簡単に分かります。ネットで接した情報でも何でも「おかしいな」とか「本当かな」と感じることがあったら、そのままにせずに検索してみる。少し手間を掛ければ、その分野に詳しい専門家の論文なども参照できます。信ぴょう性の判断を留保する姿勢を身に付け、意図的な誤情報に惑わされるリスクを減らすことにつながります。習慣にしてしまえば苦になりません。
 ■「文は人なり」
 文章には書き手の「人」が表れます。「人」がうまく書けている文章は説得力があり、共感を得ることができます。そうした文章を書くためには、日々をよりよく生きることが必要です。日々、人間の営みを知る、社会を知る、歴史を知ることです。本を読む、ニュースに接することが役に立ちます。読書は、時代を超えて読み継がれている古典を推奨します。人類の英知です。ニュースは裏付け取材がしっかりしていることが必要です。
 ■“現場”に立ってみる
 ニュースや歴史の現場に立ってみることも、日々をよりよく生きる試みの一つです。例えば8月は、広島、長崎の原爆の日、15日の終戦の日があり、マスメディアも例年、関連の報道を大きく展開します。今も戦争の跡は各地に残っています。その現場に身を置いてみて、1945年8月に終わった戦争に思いをはせてみる。惨禍を再来させないために、現代を生きるわたしたちは何をすればいいかを考えて見ることは、今をよりよく生きることにつながります。

 大学での非常勤講師はひとまず区切りです。履修生もそれぞれに文章力のアップを実感してくれたことと思います。将来、どんな道に進んでも、どんな仕事に就いても、伝えたいことが読み手にきちんと届く文章を書くスキルは役に立ちます。

【写真】東急世田谷線の招き猫電車。成城大へは世田谷線と小田急線を利用しました。乗換駅に近い豪徳寺は、幸福を呼ぶ招き猫発祥の寺として知られます。この電車に乗ると、いいことがありそうな気がしました。

【写真】成城大キャンパス。住宅地に囲まれ、落ち着いた雰囲気でした。