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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「不正飲食」処分を防衛省本省が発表するのは異例~自衛隊員の不祥事は現地部隊が報道対応

 防衛省が7月12日に発表した不祥事の大規模処分について、一つ前の記事の続きです。
 性格が異なる4種の不祥事の処分を防衛省が一括して発表したことについて、マスメディアが合計人数「218人処分」を最前面に出して報じたことに対して、「防衛省に『してやられた』感がある」と書きました。新聞の関連記事をよく読めば、特定秘密の違法運用が処分者の半分を占め、その内容も他の3種の不祥事とは異なって、日米の軍事一体化の根幹に疑義を生じさせてもおかしくはないほど深刻であることが分かるかもしれません。しかしデジタル上のニュースで、「218人処分」の見出しを見ただけでは、そこまでのことは分からない、伝わらない恐れがあります。それこそが防衛省や政府が意図したことではなかったか。マスメディアがそろって「218人処分」を最大のニュースバリューであるかのように報じたことは、防衛省・自衛隊の戦略がまんまと奏功したことを意味しているのではないか、と感じています。

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 特定秘密の違法運用とほかの3種の不祥事の抱き合わせがいかに不自然か。自衛隊施設の食堂での不正飲食、一般社会で言えば「無銭飲食」を例に見てみます。
 7月12日の防衛省の発表では、不正飲食の処分者は22人。厚木航空基地(神奈川県)15人、東京業務隊6人、対馬防備隊(長崎県)1人の内訳です。厚木基地の「15人」はまとまった数と言えば言えそうで、規律の緩みが深刻であることを示しているかもしれません。しかし、自衛隊で隊内の食事を巡る同様の不正はこれが初めてというわけではなく、むしろ以前から頻発していたと言ってもいいほどです。そして処分の発表は部隊ごとに個々に行われるのが通例だったようです。
 試みにインターネットで「自衛隊」「食堂」「不正」と入力して検索しただけで、今回の22人のほかにも以下のような事例の報道が次々にヒットしました。

 ■陸上自衛隊姫路駐屯地(兵庫県姫路市)。50代の隊員を停職処分=2024年6月7日、神戸新聞
 ■陸上自衛隊明野駐屯地(三重県伊勢市)。中部方面航空隊に所属する男性3等陸尉を停職処分=2023年5月14日、読売新聞
 ■海上自衛隊八戸航空基地隊(青森県八戸市)。50歳代男性幹部自衛官を停職処分=2022年3月29日、読売新聞
 ■航空自衛隊那覇基地(沖縄県那覇市)。航空救難団飛行群那覇救難隊の3等空佐を停職処分=2021年10月20日、沖縄タイムス
 ■航空自衛隊熊谷基地(埼玉県熊谷市)。防衛事務官の50代男性隊員を停職処分=2020年11月1日、埼玉新聞
 
 ここに挙げたのは一部です。毎年、地域を問わず、陸海空の別を問わず、尉官、佐官の幹部も含めて処分者が出ています。マスメディアの取材への対応はいずれも処分を受けた隊員の所属部隊です。地方紙の記事が目に付くのはそういう要因があるからです。防衛省本省が発表した事例は、わたしが目にした範囲ではありません。今回の22人の事例は異例と言っていいと思います。わずか1カ月余り前の陸自姫路駐屯地の事例でも、現地部隊が発表しています。7月12日に防衛省が4種の不祥事を一括で発表したことに不自然さはぬぐえません。
 毎年毎年、これだけ同様の不正が明らかになっているのにもかかわらず、厚木基地で15人もの処分者が出たことは、確かに由々しき事態かもしれません。隊内施設での不正飲食は、それだけで自衛隊内の不正行為の一つの類型をなしているとも言うべきで、是正の取り組みはどうなっていたのかが問われるべきです。仮に、そうしたことも踏まえて防衛省本省が広報対応をしたというのなら、なおさら、他の不祥事と一括の処分、広報で済ますべきではないと感じます。

 わたしの報道の実務経験から言えば、不正飲食に限らず、自衛隊員の不祥事と処分についてマスメディアの取材への対応を担うのは防衛省本省ではなく現地部隊です。結果として、地方発のニュースとして個々の不祥事がポツリポツリと報じられることになります。全国紙の場合は地域版にしか掲載されないことも少なくありません。その結果、自衛隊の不祥事を全国的に一元的に把握しようとすると非常に手間ひまがかかることになります。防衛省からは年に一度、処分者の総数などが発表される程度です。
 日常のマスメディアの報道の中で、自衛隊員の不祥事を目立たなくさせるための意図的なやり方ととらえるのは、うがった見方かもしれません。ただし、結果的にそうした効果は出ていると思います。

写真出典:防衛省・自衛隊インスタグラム

【追記】2024年7月16日8時50分

 報道の実務で印象に残っている事例です。支社局から提稿された記事を一元的に最終チェックする担当だった当時のことです。
 ある陸自の駐屯地内で、尉官の隊員が、部下から金を脅し取っていたとして隊内の警察組織である警務隊に逮捕され、送検されました。その後、起訴猶予処分になりました。自衛隊の発表はその後、懲戒免職になった時です。しかも匿名でした。
 なぜ「逮捕」という重大な権力行使をすぐに発表しなかったのか、なぜ今になって匿名で発表なのか。恣意的な広報の運用だと感じ、デスクと相談して自衛隊側の弁明を記事に盛り込みました。発表のタイミングは「部隊内で起きた上、逮捕時点では詳細も調査中だったため、発表を差し控えた」と、匿名については「すでに処分を受けており、個人に不利益を及ぼす可能性がある」とのことでした。
 今も全国で似たようなことが行われているのではないかと思います。