「防衛省にしてやられた」の感があります。不祥事の大規模処分の発表と報道のことです。
防衛省は7月12日、特定秘密の違法な運用や手当の不正受給、隊内の「不正喫食」、内局幹部のパワハラの4種の不祥事で自衛隊員計218人を処分したことを発表しました。うち懲戒処分は海上自衛隊トップの海上幕僚長ら117人に上ります。事務次官、統合幕僚長、陸上幕僚長、航空幕僚長、情報本部長の最高幹部5人も内規に基づく訓戒となりました。過去最大級の規模の処分として、マスメディアの報道でも、東京発行の新聞各紙の13日付朝刊の主見出しは「218人処分」でそろいました。
しかし、218人にどれだけの意味があるのか疑問です。特定秘密の違法な運用とほかの3種では、不祥事の質が異なります。自衛隊と日本の安全保障のありよう、さらには憲法9条との関係で、不祥事として深刻なのは特定秘密の違法運用です。これだけで処分者も113人に上ります。性格が異なる不祥事の処分を同時に“抱き合わせ”で発表することで、特定秘密の違法運用の深刻さを薄め、さらには特定秘密の制度自体がはらむ構造的な問題に社会の注目が集まることを避けようとしたのではないか―。防衛省や政府にそんな思惑があるのではないかと、疑念を感じずにはいられません。
▽「水増し請求」「無銭飲食」とは異質
報道によると、処分の対象になった特定秘密の違法運用は、特定秘密保護法で規定された「適正評価」を経ていない隊員が、特定秘密に指定された情報を取り扱っていたとの内容です。陸海空の3自衛隊や統合幕僚監部など広範囲で計58件が確認されました。うち45件は海上自衛隊で、ほとんどが護衛艦など艦艇内でのことです。艦艇でなぜそうしたことが起きるのか、艦艇特有の事情をサイド記事などで詳しく報じている新聞もありますが、要は業務の中で構造的に発生していた違法状態と言っていいと思います。
これに対して、他の3種の不祥事は性格が異なります。海自ではダイバーが潜水手当を水増しして受給しており、懲戒処分65人のうち11人は免職になっています。民間企業で言えば「カラ出張」など経費の不正請求です。「不正喫食」は自衛隊施設の食堂で代金を払わず食事をしていたという、一般社会で言えば「無銭飲食」です。22人が降任や停職、戒告の懲戒処分を受けています。この二つは個人行為であり、自衛隊員として以前に社会常識や倫理、道徳の問題です(それが大量に、という点では組織の問題の側面もあります)。内局幹部のパワハラも、自衛隊という組織の体質の側面はありますが、やはり個々人の社会常識の欠如とも言えます。
以上のような不祥事の性格の差異を踏まえれば、仮に発表は一括であっても、報じる側としては、特定秘密の違法な運用を他の3種とは切り分けて単独で扱う選択肢もあるように思います。記事の見出しで言えば「特定秘密58件113人処分/違法運用が常態化 防衛省」といったイメージです。
特定秘密保護法は安倍晋三政権当時の2013年12月6日、衆院に続き参院で採決が強行されて可決、成立しました。民意も、マスメディアの論調も賛否二分でした。何が秘密なのかも分からないのに秘密の漏洩が厳罰に処せられることになって、ジャーナリズムの立場からもっとも危惧したのは、記者の取材相手であり情報源である公務員が委縮し、社会で共有すべき情報が得られなくなることでした。情報源の公務員とともに取材者も罪に問われる懸念もあります。ひいては憲法が保障する「表現の自由」や「知る権利」が損なわれることになります。
しかし、法の成立から10年半が経って表面化したのは、自衛隊でのずさんな運営です。これだけ大規模な違反の実態があるということは、隊員個々人の資質や教育の問題以上に、制度自体に無理があることを示唆しているように感じます。自衛隊の組織の成り立ちや人員の配置、構成から見て運用が難しいにもかかわらず、無理に運用しようとしてきたのではないでしょうか。
▽本質は米軍と自衛隊の一体化
特定秘密保護法制は、主に米軍から提供される情報が漏れるのを防ぐのが目的です。前提にあるのは米軍と自衛隊の運用の一体化です。自衛隊が特定秘密を適法に取り扱うことができないことは、何を意味するのか。米軍と自衛隊が一体化すること自体にそもそも無理があることを示しているのではないか、と感じます。米軍は第2次大戦以降も世界的規模で戦争を続けてきた軍隊です。自衛隊は先端兵器をそろえた軍事組織ですが、平和憲法のもとで「専守防衛」の国是を踏まえた存在でした。米軍とは成り立ちが異なるのです。その「専守防衛」も安倍政権の下で、集団的自衛権の行使解禁とともに骨抜きになりました。自衛隊と米軍の一体化が背景にあり、特定秘密保護法制とリンクしています。
今回の特定秘密の違法運用の本質を突き詰めていけば、自衛隊と米軍の一体化に行き着きます。一体化がいいか悪いかの善悪論というより、米軍と一体の作戦行動が自衛隊に本当に可能なのか、ということだと感じます。できないことを無理強いしていけば、いずれ破たんします。そうなる前に他の手立てを考えるのが英知のはずです。現場にある構造的な歪みはそのままに、現場の隊員にルール順守の精神論だけを求めるのであれば、それは旧軍の悪弊を復活させるだけだと感じます。
以上のようなことを巡って社会的な議論が高まることは、日本政府や防衛省は避けたいはずです。沖縄の米軍普天間飛行場移転と辺野古新基地建設や南西諸島への自衛隊軍備の拡大、さらには敵基地攻撃能力の保持など現在進んでいる大規模軍拡へ影響が出かねません。そうした思惑を込めての、性格の異なる3種の不祥事との“抱き合わせ発表”だったのではないか、と感じます。「218人処分」は一度の発表としては前例のない規模かもしれませんが、それだけのことで、本質的な意味は何もありません。しかしマスメディアの報道は「218人処分」が最前面に出ました。マスメディアの内側にいる一人として「してやられた」感があります。
▽デジタル展開の課題
それでも新聞は今回の不祥事を多面的に取り上げて複数の記事を掲載しています。それらを読めば、特定秘密の違法運用が持つ意味の深刻さは分かります。ただし、それは紙の新聞を読み通した場合のことです。デジタル空間で接するニュースはどうでしょうか。
今回のような官公庁の不祥事の発表といったニュースでは、デジタル空間では今なお、新聞社発の記事が重要な位置を占めていると思います。ただし、必ずしも紙の新聞のように複数の長い記事がセットで読めるわけではありません。ポータルサイトやニュースアプリではむしろ、事実関係を中心にした「本記」と呼ばれる記事1本だけが目にとまるのが普通でしょう。そしてその記事の見出しが「不祥事で218人処分、防衛省」だけだったら、特定秘密保護法の運用に構造的な問題がある、というもっとも重要なニュースバリューが伝わらないことになりかねません。
新聞の発行部数が減少を続けている中で、新聞社・通信社はどこもデジタル展開とその収益化が経営、編集の両面から課題になっています。日々の新聞づくりを通じて培ってきた組織ジャーナリズムを、デジタル展開の中でどう生かすか、どう残すかを考える上で、今回の防衛省の不祥事の取材と報道は示唆に富んでいると感じます。
以下に、今回の防衛省の不祥事処分を7月13日付の東京発行各紙朝刊がどのように報じたかをまとめておきます。本記の見出し、関連記事の掲載面のほか、各紙のインターネット上のサイトではどんな見出しだったか、です。