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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

組織の危機の自覚がうかがえない新検事総長~裏金事件で自民党議員を不問とした当事者

 一つ前の記事の続きになります。畝本直美検事総長が7月9日就任し、会見しました。危機的な状況にある検察組織の立て直しが急務のはずですが、報道によると、適正な権限の行使に努める、といった一般論の域を出ない発言が中心だったようです。少なくとも報道されている発言からは、危機的状況の認識はうかがえません。
 畝本検事総長の着任会見を報じた東京発行の新聞6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)の10日付朝刊の記事を読んでみました。多少なりとも、検察に批判があることを踏まえたやり取りを載せているのは、読売新聞と東京新聞です。当該の部分を書きとめておきます。

▽読売新聞「畝本新検事総長『公正さ大切に』/就任会見で抱負」

 検察の独自捜査を巡っては、取り調べでの不適切な言動が問題視されるケースが相次いでいる。畝本氏は「検察に厳しい目が注がれている」との認識を示した上で、「国民の信頼に支えられていることを心に刻み、公正誠実であることを大切にしたい」と話した。

▽東京新聞「畝本検事総長『役割を果たす』/法曹界女性トップ 日弁連に続き」

 参院選広島選挙区の公選法違反事件などを巡り、検察捜査のあり方が問われていることについて「厳しい目が注がれている状況を踏まえ、検察が国民の信頼に支えられていることを心に刻み、適正な検察権の行使に努める」と語った。

 記者会見のやり取りの全容が分からないのですが、報道を見る限りは「厳しい目が注がれている」との“受け身”の認識にとどまっています。組織が危機的状況にあるとの主体的な自覚は感じられません。記者たちからさらに突っ込んだ質問が出たわけでもないようです。

 ほかには朝日新聞が「ひと」で取り上げています。その中に以下のようなくだりがあります。

 事件の起訴権限を握る検察は、絶大な権力組織であるがゆえに、厳しい視線が常に注がれる。安倍政権下では、検事長の定年延長をめぐり「政治との距離」が問題視された。東京高検検事長として捜査を指揮した自民党の裏金事件でも、派閥幹部が立件されなかったことで批判を浴びた。
 そのさなかでの検察トップへの就任。「政治との関係は」と問うと、「一定の距離感を保つ。検察は不偏不党に尽きる」と言い切った。

 自民党のパーティー券裏金事件では、政治家の刑事責任を不問とした検察の判断に対して、世論調査で否定的評価や疑義が8割に上りました。「政治との距離」を巡って、検察は民意の信を失っている状況です。どうやって信頼を回復しようというのか。しかも、この事件では9日、自民党安倍派の会計責任者の公判で、驚くような証言も出ています。

 自民党安倍派の裏金事件で、政治資金規正法違反(虚偽記入)の罪に問われた事務局長で会計責任者の松本淳一郎被告(76)の公判が9日、東京地裁であった。被告人質問で検察側から、政治資金パーティー券の販売ノルマ超過分を政治資金収支報告書に記載しない運用をやめようと提案したことはなかったかと問われ「かつて派閥幹部と話したことがある」と述べた。
 相手について会計責任者に就任した2019年以降の幹部と言及したものの、氏名は明らかにしなかった。

※共同通信「裏金の虚偽記入中止、幹部に相談 安倍派会計責任者、公判で証言」
 https://www.47news.jp/11172264.html

 控えめに考えても、このときに相談を受けた派閥幹部は収支報告書への虚偽の記載を知っていたことになります。黙示的な共謀関係にあった可能性があります。いったい検察はどんな捜査をしていたのか。本当に捜査を尽くしたと言えるのか、はなはだ疑問です。
 立件されなかった国会議員については、刑事告発がなされていますが、東京地検は8日、計16人について不起訴処分としました。今後は検察審査会に申し立てが行われる見通しになっています。検察への民意の不信は解消していません。
 裏金事件一つとっても、こういう状況なのに、政治との距離について「一定の距離感を保つ。検察は不偏不党に尽きる」と言っておけばそれでいいということなのか。朝日新聞の「ひと」のような人物紹介の記事は、もともと好意的な筆致で書くことが前提、悪く言えばおもねるような文章になりがちではあるのですが、それにしても、政治との距離を尋ねるのであれば、どう信頼を回復しようというのか、畝本検事総長の覚悟を問うてほしいと思います。まして、朝日新聞の記事にもあるように、畝本検事総長は裏金事件の捜査の当事者です。

 以下に、各紙の記事の見出しをまとめました。「段」は見出しの段数で、扱いの大きさの目安になります。デジタル版の記事ではどんな見出しになっているかも、分かる範囲で書きとめておきます。
 目立つのは、やはり「女性初」です。そのニュースバリューを否定するつもりはありません。

▼朝日新聞
・第3社会面(3社)2段「畝本氏『国民の信頼 胸に』/女性初の検事総長が抱負」
・3面・ひと「検察トップの検事総長に女性で初めて就任した畝本直美さん(62)」写真
・デジタル「女性初の検事総長 畝本直美氏が就任会見『適正な検察権行使努める』」9日21:28

▼毎日新聞
・3社1段「畝本新検事総長『役割を果たす』/就任会見」写真
・デジタル「女性初の検察トップ、畝本検事総長が就任 『役割をしっかりと』」9日21:21

▼読売新聞
・3社1段「畝本新検事総長『公正さ大切に』/就任会見で抱負」写真
・デジタル ※見当たらず

▼日経新聞
・2社囲み記事全4段「検事総長 畝本直美氏(62)/緻密な仕事ぶりに定評」写真
・デジタル「畝本直美・新検事総長が抱負『国民の信頼が検察の支え』」9日21:47

▼産経新聞
・2面3段「検察権『公正誠実に行使』/女性初 畝本検事総長が就任」写真
 サイド3段「女性幹部 1割未満/キャリア官僚は増加傾向/国家公務員」
・デジタル「新検事総長の畝本直美氏が就任会見 女性初『性別にかかわらず役割全う』」9日21:42

▼東京新聞
・2面4段「畝本検事総長『役割を果たす』/法曹界女性トップ 日弁連に続き」写真
・2面・核心「最高裁 ぶ厚い『ガラスの天井』/判事さえ 裁判官出身ゼロ」
・デジタル「女性初の検察トップ、畝本直美検事総長が就任会見 『国民の信頼、心に刻む』」9日21:20