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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

なお「犯人はこの人」と後ろ指を差す検事総長談話

 やはり検察の病理は根深い、と思わざるを得ません。
 静岡県清水市(現静岡市)で1966年に一家4人が殺害された事件で、強盗殺人罪で死刑が確定していた袴田巌さんに静岡地裁が言い渡した再審無罪判決に対し、畝本直美検事総長が10月8日、談話を公表し、控訴しないことを表明しました。10日の控訴期限前日の9日に上訴権放棄の手続きを取り、無罪が確定します。8日夕方、「検察が控訴断念へ」の速報に接して、当然のことだと思いました。続いて畝本検事総長が談話を公表したとの報道があり、いちはやく東京新聞が全文をネット上にアップロードしました。一読して仰天しました。ひとことで言えば、こうなってもなお「犯人は袴田さん」と言っているのに等しい内容です。
 事件発生と逮捕から58年。死刑台から生還し、ようやく無罪を確定させることができた88歳の一人の市民に対し、「それでも犯人はこの人」と後ろ指を差す-。検察トップの検事総長が公式に公表した談話です。未来永劫、歴史の記録に残ります。畝本検事総長は、その意味、重みが分かっているのでしょうか。

※東京新聞 TOKYO Web
「袴田さん再審で検察が控訴断念『判決は到底承服できない。しかしながら…』 畝本直美検事総長が談話【全文】」
 https://www.tokyo-np.co.jp/article/359173

 前半は、静岡地裁の再審無罪の判断に対する不満、批判が連ねてあります。特に「5点の衣類」の証拠を捜査機関のねつ造と地裁が認定したことに対しては、「何ら具体的な証拠や根拠が示されていません」「客観的に明らかな時系列や証拠関係とは明白に矛盾する内容も含まれている」「推論の過程には、論理則・経験則に反する部分が多々あり」などとして「強い不満」を表明しています。
 その上で、以下のように記しています。

 このように、本判決は、その理由中に多くの問題を含む到底承服できないものであり、控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容であると思われます。しかしながら、再審請求審における司法判断が区々になったことなどにより、袴田さんが、結果として相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたことにも思いを致し、熟慮を重ねた結果、本判決につき検察が控訴し、その状況が継続することは相当ではないとの判断に至りました。

 「到底承服できないものであり、控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容であると思われます」とは、つまり「犯人は袴田さん」と主張しているということです。文面を見る限り、控訴断念の理由は、これ以上、袴田さんの「法的地位が不安定な状況」が長引くことは避けなければいけない、ということのようですが、1日も早く袴田さんの無罪を確定させるため、ということではなさそうです。静岡地裁の再審無罪判決をめぐっては、新聞各紙もおおむね、検察は控訴すべきではない、との論調でした。談話には、「犯人は袴田さんだと確信しているが、そこにこだわると世論の検察への批判が高まる。それは避けたい」との本音がにじんでいるように思います。
 談話の最後は以下のように結んでいます。

 袴田さんは、結果として相当な長期間にわたり、その法的地位が不安定な状況に置かれてしまうこととなりました。この点につき、刑事司法の一翼を担う検察としても申し訳なく思っております。
 最高検察庁としては、本件の再審請求手続がこのような長期間に及んだことなどにつき、所要の検証を行いたいと思っております。

 ここにきてようやくひと言だけ、「申し訳なく思っております」と書かれていますが、いったい誰に対して、何を申し訳ないと言っているのか分かりません。意図的にあいまいにしているとすら感じます。「謝罪」と呼ぶことはできません。
 これでは、実のある検察の検証は期待できません。教訓を残すこともないでしょう。このブログでは何度か、検察が危機的状況にあると指摘してきました。このまま変われないと感じざるを得ません。

 新聞各紙がこの検察の「控訴断念」をどう読み解いて報じるのか、見てみたいと思います。

※参考過去記事

news-worker.hatenablog.com

 

※追記 2024年10月9日23時30分
 畝本検事総長の談話で、「申し訳なく思う」との記述を、東京発行の新聞6紙のうち5紙が「謝罪」と書きました(1紙は「陳謝」)。本当にそうなのか。この談話の危うさをあらためて別の記事にまとめました。どうぞ、お読みください。 

news-worker.hatenablog.com