ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

パーティー券裏金の疑惑を掘り起こしたのは特捜検察ではない~在京メディアの端緒の報じ方に危惧すること

 自民党のパーティー券裏金事件の捜査に大きな動きがありました。東京地検特捜部は12月19日、政治資金規正法違反容疑で、自民党の安倍派と二階派の事務所を家宅捜索しました。裁判所から令状(捜索差押許可状)を取っての強制捜査です。引き続き、国会議員本人らの聴取なども進めて立件対象を絞り込み、来年早々の通常国会開会までに捜査を終えるとの見通しが報じられています。マスメディアの取材競争の面では、次の焦点は、だれが起訴されるのか、逮捕はあるのか、です。マスメディアの組織ジャーナリズムの役割はそれだけではなく、以前の記事でも触れたように、検察の捜査も監視の対象です。

 派閥事務所の家宅捜索を、東京発行の新聞6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)は、20日付朝刊でそろって1面で報じました。うち日経以外の5紙はトップの扱いです。各紙とも総合面や社会面にも関連記事を掲載しました。この事件の大きな山場と位置づけています。

 気になるのは、捜査の端緒の各紙の報じ方です。この事件を東京地検特捜部が独自に掘り起こしたものであるかのように受け止められてしまうと、一気に「検察すごい」の礼賛モードが高まることになりかねません。実際には、東京地検特捜部の捜査の端緒は、神戸学院大の上脇博之教授の刑事告発です。上脇教授は東京新聞の取材に、以下のように答えています(記事は家宅捜索当日の12月19日付朝刊に掲載)。

 告発の契機は昨年11月の「しんぶん赤旗」の記事だった。2018年から20年までに、安倍派など5派閥の政治団体の政治資金収支報告書に計約2500万円の不記載があったと報道。これは、各業界がつくる政治団体のパーティー券購入などの支出を調べ、それと派閥の収入を一個一個照らし合わせないとだめで、かなり地道な作業だったはず。よくここまで調べたなと感心した。
 この際に赤旗からコメントを求められたこともあり、18~21年の4年間で計約4000万円の不記載があったことをあぶりだし、昨年末から今年1月上旬まで、立て続けに東京地検に告発した。正月返上だった。
 (中略)
 各派閥が関わっており、金額も大きいので、極めて組織的な裏金作りではないかと思った。それで告発文書に「パーティー券の内訳の明細がないのはおかしい。これは恐らく裏金がつくられているのではないか。捜査してほしい」と申し添えた。まだ私には東京地検特捜部からの聴取要請はないが、今年11月から報道関係者から「告発状が欲しい」などの問い合わせが増えたので、水面下で捜査が始まっているなと感じていた。

※東京新聞「なぜ自民党にはこれほどのカネが必要なのか パーティー券疑惑を告発した上脇博之教授が読み解く背景」=2023年12月19日
 https://www.tokyo-np.co.jp/article/296754
※上脇教授に焦点を当てた同様の記事は、毎日新聞も12月11日にデジタル版にアップしています(紙面では未確認です)。
 毎日新聞・政治プレミア「自民派閥の政治資金問題 刑事告発した教授がみた『裏金』」=2023年12月11日
 https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20231210/pol/00m/010/005000c

 告発があれば事実関係を調べ、犯罪事実が認められれば捜査を尽くして立件するのは捜査機関ならば当然のことです。言い方を換えれば、上脇教授の告発がなければ、東京地検特捜部が捜査に動いていたかどうか、定かではありません。1年前の「しんぶん赤旗」の記事を基に特捜部が動いていたとは考えにくく、派閥事務所への強制捜査にまで至ったのは上脇教授の調査と告発があったからこそです。こうした経緯は、仮に以前に報じたことがあったとしても、報道の山場と位置づけたタイミングであれば、あらためてきちんと紹介して当然だと思うのですが、各紙の報道はそうなっていません。
 各紙とも、総合面の大型のサイド記事などで、捜査の経緯と今後の見通しなどを伝えています。その中で、上脇教授の告発がどう触れられているか、各紙の記事の当該の段落を書き出してみます。いずれも20日付朝刊の紙面です。

■朝日新聞=2面・時時刻刻「裏金解明へ本丸捜索/検察『派閥システムを摘発する』」

 派閥パーティーをめぐる捜査の端緒は、2022年11月以降に大学教授が出した告発だった。20万円超のパーティー券の購入者・金額は政治資金収支報告書に公開義務があるが、自民5派閥で計約4千万円分の記載漏れがあるという内容だった。各派閥は、複数の議員が同じ団体に個別に購入を依頼した結果、総額が20万円を超えた場合の合算ができていなかった『名寄せミス』として、すぐに訂正した。

■毎日新聞=3面・クローズアップ「派閥幹部立件 高い壁/指揮系統の解明カギ」

一連の問題で捜査のきっかけとなったのは自民5派閥に対する告発状だった。しかし、特捜部は安倍派と二階派に絞って強制捜査に乗り出した。

■読売新聞=3面・スキャナー「派閥主導 解明急ぐ/幹部の『共謀』捜査の焦点/高額還流の議員 中心に聴取」

 昨秋以降、同党5派閥がパーティー収入を過少記載していたとする同法違反容疑の告発を受けた特捜部。今夏頃には各派閥の会計担当職員らの任意での事情聴取を始め、安倍派からは多数の会計資料などの任意提出を受けた。これらの過程で、同派がパーティー収入のノルマ超過分をキックバック(還流)させるなどして裏金化していた実態の一部を把握したとみられる。

■日経新聞 ※記述見当たらず

■産経新聞=3面・サイド記事「派閥主導 解明なるか/事務総長 権限どこまで」

 きっかけは一人の告発だった。
 昨年末、政治資金規正法研究者の神戸が近代の上脇博之教授が安倍派などのパーティー収入の内訳の一部が収支報告書に記載されていないことに気付き、東京地検に同法違反罪で刑事告発した。
 特捜部は告発を受けて捜査を開始。その過程で見えてきたのが、別の疑惑だった。

■東京新聞=2面・サイド記事「因縁の安倍派 捜査の対象に/安倍内閣『検察人事介入』から3年」

 昨年来、自民党は罰の政治資金パーティーを巡り検察に複数回の刑事告発がある中、森本氏(注:森本宏検事)は今年7月、最高検刑事部長に就いた。最高検刑事部長は、政界捜査などの難事件に『とりわけ深く関わる』(特捜部経験のある検察OB)とされる。特捜部長時代の森本氏を副部長として支えた伊藤文規氏が、現在の特捜部長として全国から応援検事を集めて捜査を進めている。

 上脇教授の名前を明記しているのは産経新聞だけで、その産経新聞も上脇教授に先行して「しんぶん赤旗」の報道があったことには触れていません。東京新聞は別の面の記事で上脇教授のコメントを掲載していますが、捜査の経緯や展望とは異なった位置付けです。総じて、告発についてはひと言触れたかどうかといった程度で、「しんぶん赤旗」の初報のことに触れた報道は皆無。もっぱら検察当局の内部事情を伝えることに行数を費やしている印象を受けます。そうした情報にも意味はあるのですが、読み手の立場になってみれば、印象に残るのは検察の活躍ばかり、ということになってしまわないか。「検察礼賛」の受け止め方になることを危惧します。
 かつて特捜検察は極限まで堕落し、証拠の改ざんに手を染める検事まで現れました。その背景に「特捜検察礼賛」の報道があり、マスメディアが特捜検察の奢り、傲慢を助長していたとわたしは考えています。わたし自身もその当事者の一人であることを免れないことも、このブログの以前の記事で触れました。

news-worker.hatenablog.com

 「しんぶん赤旗」の報道と上脇教授の告発に話を戻すと、もう一つ、思うことがあります。マスメディア、特に首都東京にあって国家権力を日々、監視しているはずのいわゆる大手メディアである新聞社・通信社や放送局の政治報道についてです。政治部だけのことではありません。政界事件の捜査を追う社会部も含めて、あるいは財界から政党への献金、企業によるパーティー券購入といった視点からは経済部も含めての広い意味で、大手メディアの「政治」への視線と報道は十分なのか、ということです。
 例えば上脇教授が手がけた調査は、マスメディアの記者にもできたはずです。なぜできなかったのか、やらなかったのか。その点を在京の大手メディアは今、自問しているのかどうか。仮に自問しているのなら、「しんぶん赤旗」や上脇教授の取り組みがあって、今日の強制捜査に至っていることを、まずはきちんと報じてもいいのではないかと感じます。
 検察当局の捜査を追うことも必要ですが、それだけではない組織ジャーナリズムの役割があるはずです。かつての「特捜検察礼賛」の当事者性を免れない先行世代の一人として、後続世代に対して、「検察礼賛」に陥ることなくその役割を果たしてほしいと願っています。

 以下に、東京発行各紙の12月20日付朝刊の主な記事の見出しを書きとめておきます。関連記事を掲載したページ数(面数)も記しておきます。

【朝日新聞】=4面
・1面トップ「安倍派・二階派 捜索/パーティー収入不記載疑い/裏金化 刑事責任判断へ/東京地検」/「二階派閣僚の続投明言 首相」
・2面・時時刻刻「裏金解明へ本丸捜索/検察『派閥システムを摘発する』」「歴代事務総長 共謀立証にハードル」「安倍派の受領議員 立件の線引きは」
・3面「派閥解消 後ろ向き/和の力必須『組織は大事』」
・社会面トップ「カネの源泉 連綿と/19年ぶり 異例の家宅捜索」「パーティー『裏金作りの最高の方法』/『自腹じゃ限界』不透明な資金集め」「元秘書『軽い気持ちで』」/識者談話2人

【毎日新聞】=4面
・1面トップ「安倍・二階派事務所捜索/会計責任者立件へ/パー券収入不記載疑い 特捜部」
・3面・クローズアップ「派閥幹部立件 高い壁/指揮系統の解明カギ」「政権打撃 二階派は留任」「自民、補選拡大を懸念」
・5面(総合)「与党動揺 野党は攻勢/自民内 首相に後手批判/立憲 法改正議論本格化」
・社会面トップ「長期政権『おごりあった』/裏金疑惑 天仰ぐ自民関係者」/「派閥 外部監査の対象に」(細川護熙元首相の首席秘書官だった成田憲彦・駿河台名誉教授)
・社説「派閥事務所を捜索 『裏金システム』の解明を」

【読売新聞】=6面
・1面トップ「安倍派・二階派 強制捜査/パーティー収入 不記載疑い/二階派会計責任者 立件も」/連載企画「裏金 幅の闇」(上)「還流『50万円 取りに来て』」
・2面「政権 強まる逆風/規正法改正 求める声」/「派閥とは?/党人事、選挙で影響力」ニュースQ+
・3面・スキャナー「派閥主導 解明急ぐ/幹部の『共謀』捜査の焦点/高額還流の議員 中心に聴取」
・4面「『政治とカネ』またも/過去の教訓 生かされず」/「立・共、首相の退陣迫る/国民・維新も解明要求」/「『同じ穴のむじなとは見られたくない』/公明・山口代表 動画で発言」
・社会面トップ「長年の悪習『おごり』/『将来ノルマの軍資金に』」企画「裏金 派閥の闇」1面の続き
・第2社会面「『許せぬ』地元憤り/異例捜査 永田町は動揺」
・社説「自民2派閥捜索 記載のないカネどこに消えた」

【日経新聞】=4面
・1面準トップ「安倍派・二階派を捜索/パーティー収入 不記載疑い 東京地検/議員聴取拡大へ」
・2面「『裏金』19年ぶり 派閥捜査/東京地検、安倍派・二階派に/組織性・継続性を問題視/議員の関与有無 焦点」
・4面(政治・外交)「海事岳下げ・罰則強化 論点/与野党、政治資金規正法の改正議論/透明性の確保策探る」
・社会面トップ「政治資金、透明化の道筋は/識者に聞く」識者3人
・社説「派閥の病根あぶり出す捜査を」

【産経新聞】=6面
・1面トップ「安倍派・二階派 捜索/パーティー収入 不帰際疑い 東京地検/刑事処分 来月にも可否判断」/視点「あまりに安易な裏金作り」
・2面「二階派2閣僚『続投』/首相苦境 問われる整合性」/「『派閥解消』噴き出す/自民内、慎重論が大勢」
・3面「派閥主導 解明なるか/事務総長 権限どこまで」「ロッキード事件やリクルート事件/特捜部 政界『浄化』に影響力」
・7面(総合)「野党『前代未聞だ』『大疑獄』/自民内からも厳しい批判」
・社会面トップ「係官続々 捜索5時間/議員地元『徹底的に調べて』」/「記載不要、ノルマや還流調整」
・第2社会面「『力の源泉』にメス/議員個人の捜索ありうる 専門家指摘」/「派閥事務所『人・カネ・情報』の拠点」
・社説(「主張」)「『裏金』強制捜査 なぜ隠したか全容解明を」

【東京新聞】
・1面トップ「安倍派・二階派 捜索/東京地検 派閥の『裏金』解明へ 規正法違反疑い」/「政治家の関与 徹底追及を」
・2面・核心「政治資金規制 抜け道次々/法改正 いたちごっこ パーティー券 裏金の温床」/「『信頼回復へ新たな枠組み立ち上げる』/首相、議論開始時期は言及せず」/「野党『異常事態』」/「因縁の安倍派 捜査の対象に/安倍内閣『検察人事介入』から3年」「識見持つ法相は二階派」
・特報面(20~21面)「政策活動費 裏金疑惑 もう一つの使途不明金/『記載する発想に至らなかった』/各議員、言い訳の根拠に」「21年から本紙指摘の『抜け穴』/選挙資金と疑われる例も/『ブラックボックス 法改正必要』」
・社会面トップ「1強とカネ…失望頂点/安倍派・二階派へ強制捜査『政治に期待できない』」/12・19ドキュメント「立民代表『派閥解体を』/公明代表『政権の危機』/野党ヒアリング『収支報告書 整いすぎ。作ってると』」
・社説「安倍派強制捜査 『裏金化』の全容解明を」