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検察は捜査を尽くしたか~裏金事件、安倍派幹部議員「不問」への疑問

 自民党のパーティー券裏金事件は1月19日、東京地検特捜部が在宅捜査分について刑事処分を発表し、区切りを迎えました。派閥の政治資金収支報告書をめぐる政治資金規正法違反罪(虚偽記入)では、自民党安倍派の会計責任者、二階派の元会計責任者を在宅起訴、岸田派の元会計責任者を略式起訴としましたが、派閥幹部の国会議員の刑事責任は不問とされました。個別の議員の収支報告を巡っては、安倍派1人について議員本人と秘書が在宅起訴、議員もう一人と秘書が略式起訴になりました。二階派の二階俊博元自民党幹事長の秘書も略式起訴になりました。ほかに、逮捕された安倍派の池田佳隆衆院議員と秘書は捜査が続いています。
 この捜査結果に対して、いくつか疑問を感じています。大きく分けると①派閥、特に5年間で13億5千万円余りもの不記載があった安倍派について、事務総長経験者ら派閥幹部の政治家の刑事責任を不問としたこと②還流を受けた政治家について、収支報告書への不記載の額がおおむね3千万円で線引きされ、そのラインに満たなかった政治家に対しては、会計責任者の訴追もないこと―の2点です。

■検察の姿勢と捜査力
 1点目の派閥幹部の責任について、報道によると、派閥の会計責任者との間に共謀があったことを示す証拠が得られなかったためとされます。そもそも取り調べに対して、議員が「会計責任者に、収支報告書には記載しないよう指示しました」とか、会計責任者が「○○議員から言われたとおりにしました」と話すわけがありません。そうした供述は得られなかった、だから共謀は認定できない、というのであれば、検察は何と優しいのかと思います。
 捜査を尽くすというのであれば、そうした供述になることを折り込んだ上で、どんな捜査をしたのか、およそ考えつくことはすべてやり尽くしたというところまでやったのかどうかが問われます。なぜなら、これまでも「政治とカネ」が問題になるたびに、特に自民党の議員からは「秘書が」「秘書が」との言い訳が繰り返されてきたからです。「そんなわけないだろう」というのは社会の一般的な感覚です。捜査結果について、東京地検の新河隆志次席検事は19日に記者会見を開きました。報道で見る限りですが、どこまで捜査を尽くしたかの説明は極めて淡白で具体性を欠きます。到底、社会一般の疑問に答えうる内容ではありません。
 疑惑を刑事告発して今回の捜査のきっかけを作った神戸学院大の上脇博之教授は、東京新聞の取材に「政治資金収支報告書に書くべき金額を書かないという判断を、会計責任者や事務方だけでできるとは思えない。検察は本当に捜査を尽くしたと言えるのか」(1月20日付朝刊1面掲載記事)と疑問を示しています。また同紙特報面の記事では「幹部の携帯電話を押収し、事務方との通信記録を精査するべきだった。証拠がなかったわけではなく、捜査を尽くしていないだけだ」と批判しています。
 気になるのは毎日新聞の20日付朝刊3面「共謀立証 記載認識の壁」の見出しの記事の一節です。東京地検特捜部の聴取に対し、安倍派幹部の議員たちの供述は食い違いがあったとしています。幹部の会合で、一人が収支報告書への記載の仕方に具体的に言及したとの証言が取材で得られたとも書いています。同様の証言が特捜部の捜査の中でも出ていたとすれば、その食い違いを特捜部は放置したまま、議員の責任は不問としたのでしょうか。
 現状で「法の不備」と結論付けるのは尚早で、主には検察の姿勢と捜査力の問題ではないかと感じます。あらゆる手立てを尽くし、多少は無理筋を承知でも、新しい判例を得るぐらいのつもりで政治家を訴追し、でもやはり裁判所で「無罪」が確定するなら、そのときが現行の政治資金規正法の本当の限界のはずです。

■驕りと傲慢さ
 2点目の、還流を受けた議員側の立件範囲の問題でも、問われるのは「検察の姿勢」であるように思います。
 立件の線引きが3千万円というのは、検察なりの法の安定性を重視してのことなのでしょう。犯罪の態様が従来と同じなら、その理由にも納得性がないわけではありませんが、今回はどうでしょうか。パーティー券の売り上げは政治資金収支報告書に記載されないことで裏金と化しました。記載していれば還流自体は問題ないから形式犯だ、との主張も目にしますが、裏金を得るために収支報告書に記載しなかったとの疑いは解消していません。形式犯にとどまりません。そんな行為が派閥ぐるみで慣習として、複数の派閥で続いていました。
 公費から政党交付金を得ている政党で、派閥単位で組織的にパーティー券収入を得て、その一部を裏金にする。今までに例を見ない悪質な態様です。裏金化を完結させる行為として、収支報告書に記載しない行為(=虚偽記載)がありました。その行為が意味する悪質さが社会で共有されているからこそ、世論調査では岸田文雄政権、自民党ともに支持を落としていました。検察もその悪質さを踏まえるなら、従来の基準にこだわらず、金額の多寡にかかわらず虚偽記載があった政治家側はすべて訴追してもいいはずです。
 検察官は公訴権を独占しています。また、犯罪行為をすべて起訴しなければならないわけではなく、態様などを考慮して起訴しない(起訴猶予)ことも認める「起訴便宜主義」もあります。検察が大きな裁量を持っているのは確かですが、だからといって、あまりに社会の一般的な考え方、受け止め方と遊離した判断を取るのは、検察の驕り、傲慢さではないかと感じます。
 政界事件ではこれまでも、社会一般の考えとかけ離れた驕り、傲慢さがみられました。例えば、河井克行元法相夫妻の選挙違反事件では、被買収側の地方議員らは当初、起訴されていませんでした。

■検察権力の監視
 今回の検察の刑事処分について、マスメディアは大きく報道しました。東京発行の新聞各紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京の6紙)も20日付朝刊でそろって1面で大きく扱いました。ただ、岸田首相が言い出した岸田派の解散に続き、安倍派、二階派も解散を決めた、との政界ニュースとの比較では、どちらをトップとするかは扱いが分かれました。1面トップを検察の処分にしたのは朝日新聞、毎日新聞の2紙。派閥解散をトップにしたのは読売新聞、日経新聞、産経新聞の3紙です。東京新聞は、1面トップの記事は検察の処分が中心で、リードに派閥の解散を盛り込み、いちばん大きな横見出しに「安倍派幹部『裏金』不問」、縦見出しに「自民3派閥 解散へ」と取っています。強いて言えば、朝日、毎日両紙に近いかもしれません。

 各紙とも総合面の長文のサイド記事などで、検察の捜査と今回の処分を詳しく伝えています。それらの記事からは、派閥幹部の訴追を見送った点について、「捜査を尽くしたが証拠がなかった」との検察の立場、言い分はよく伝わってきます。では、その検察の“弁明”をそれでよしとするのかどうか。気になるのはその点です。ただ、メディアとして統一見解があるとは限らないと思いますし、取材に当たった個々の記者の間で考えが異なることもあるだろうと思います。そのことを踏まえた上で、いくつか書きとめておきます。
 ・検察の処分に対して、紙面全体から「疑問」「納得できない」とのトーンを感じるのは東京新聞です。以下は各紙の本記の扱いと主見出しです。「安倍派幹部『裏金』不問」を1面トップの横見出しに据えた東京新聞は、他紙と一線を画しています。

 ほかにも東京新聞は前述のように、1面に刑事告発で捜査のきっかけを作った神戸学院大の上脇博之教授に取材した記事を掲載。特報面でも見開きで関連記事を掲載しており、「刑事責任 議員は過保護?」などの見出しが目を引きます。
 ・この事件の捜査をめぐる昨年来の報道は、朝日新聞が際立っていました。検察の立件対象の絞り込みなど、捜査の節目を最初に報じるのは、おおむね朝日新聞でした。検察の捜査を深くウオッチしていたのだと思います。その朝日新聞が、検察の刑事処分をどのように評価するのかに関心がありました。捜査の推移を報じることだけでなく、検察という公権力が権力をどう行使するのか(しないのか)を監視するのもマスメディアの役割の一つだと考えるからです。その中で、この事件の取材を統括する立場ではないかと思われる社会部次長の署名入り1面解説記事「党の腐敗 徹底検証が先決」の一節が目にとまりました。抑制が効いていると感じます。

 二階派、岸田派にも及んだ事件は自民党全体の構造腐敗を示しており、国民に対するかつてない重大な背信行為だ。
 であるが故に、幹部議員が立件されなかった捜査結果に納得できないという市民感覚は当然だろう。一方で、証拠が不十分なのに懲らしめ目的で刑事責任を科すのは法治国家として許されない点には留意したい。捜査が尽くされたかどうかは今後、検察審査会で審査される可能性がある。


■「離脱」も「解散」も方便か
 事件は政治的にも大きな影響があります。一つだけ、派閥の解散論議で疑問に思うことを書きとめておきます。
 岸田首相が岸田派の解散を言い出し、それが安倍派、二階派にも波及したようです。その岸田首相は昨年12月、派閥を離脱していたはずです。派閥に属していないのに、なぜ派閥の解散を決めることができるのか。素朴な疑問です。その点を指摘する報道も、20日付朝刊各紙には見当たりませんでした。離脱しても事実上のオーナーなのだから、大した問題ではない、ということなのかもしれません。本当にそうでしょうか。
 「離脱しても事実上のオーナー」ということは、離脱に実際は何の意味もない、ということになります。あるいは、離脱は一時的なことで席(籍)は残っている、ということなのか。やはり離脱に意味が見出せません。方便に過ぎないのではないか。そうであれば「解散」もまた一時的な方便ではないのか。そうではないとどうして言えるのか。
 マスメディアの政治報道の課題があぶり出されているように感じます。

 以下に、1月20日付の東京発行各紙の朝刊の主な記事の扱いと見出しを書きとめておきます。

【朝日新聞】
▽1面
・トップ「安倍・二階・岸田派を立件/在宅・略式起訴 会計責任者ら 虚偽記載罪/幹部議員らは見送り」
・準トップ「立件の3派閥 解散決定/安倍・二階・岸田派 政権 不安定化」
・視点「党の腐敗 徹底検証が先決」
▽2面(総合)
・時時刻刻「組織的裏金 立証に壁/安倍派幹部ら 不記載関与は否定/検察『証拠基づき判断』」「3000万円 立件線引き 認否で分かれた処分」「不起訴 検審で妥当性審査へ/『起訴相当』2回で強制起訴」
▽3面(総合)
・「脱派閥 自民ちぐはぐ/麻生氏『やめない』三派連合、終焉」「二階氏『人は自然に集まる』安倍派は異論なし」
・「残る実態解明 安倍派幹部は『潔白』主張」
・視点「改めるべきは 政治とカネ繰り返す体質」
▽4面(総合)
・「派閥解散 野党『目くらまし』」など関連記事5本
▽社会面~第2社会面
・トップ「政治の裏切り 失望/『かけ離れた感覚』『国民は精いっぱい』」 関連記事9本、うち識者談話2本
▽社説「自民裏金事件 政治責任 不問にできぬ」

【毎日新聞】
▽1面
・トップ「自民3派閥裏金 起訴/会計担当者ら 安倍7幹部は見送り」「大野氏在宅 谷川氏略式」
・「これで済むわけがない」松尾良・政治部長
・「安倍・二階・岸田派 解散へ/塩谷氏『国民の信頼裏切った』」
▽2面(総合)
・「派閥解散名ばかり疑念/『政策集団』存続に含み」「自民党内に亀裂も」
▽3面(総合)
・クローズアップ「共謀立証 記載認識の壁/客観的証拠 乏しく」「検察審査会 対象外か」「処分『相場』過去との公平性/政治家『訴追ライン』3000万円か」
▽5面(総合)
・「野党攻勢 裏金解明訴え」など関連記事2本
▽社会面
・トップ「安倍派勢力拡大『還流』脈々/『事務所は火の車』にじむ自己弁護」連載企画「裏金 パーティー事件」(上)など関連記事7本、うち識者談話2本
▽社説「裏金事件で3派閥起訴 政治家の責任は免れない」/「首相が『岸田派』解散 党全体で取り組めるのか」

【読売新聞】
▽1面
・トップ「安倍・二階派も解散へ/パーティー券/麻生・茂木派は慎重」
・「首相『全派閥解散』へ賭け」連載企画「裏金 悪弊の果て」(1)※3面へ
・「3派会計責任者ら立件/規正法違反 安倍派幹部 見送り 東京地検」
▽3面(総合)
・スキャナー「派閥解消へ流れ/安倍派『存続訴えは皆無』/二階派『選挙戦いやすく』」「不正処理『意図的で悪質』/特捜部判断『幹部と共謀』証拠なく」
▽4面(政治)
・「各派閥 謝罪と釈明」など関連記事8本
▽15面 論点スペシャル「パーティー券問題 刑事処分」識者3人(五十嵐紀男・元東京地検特捜部長、北川正恭・元三重県知事、国広正弁護士)
▽社会面
・トップ「不記載『長年の慣行』/安倍派『5人衆』具体的説明なし」など関連記事2本
▽社説「自民派閥解散へ 党の体質改善につながるか」/「政治資金起訴 派閥幹部の責任は免れない」

【日経新聞】
▽1面
・トップ「安倍派・二階派解散へ/自民、党内政治に転機/首相『信頼損ねおわび』」
・「自民3派閥 在宅・略式起訴/幹部の刑事責任問わず」
▽3面(総合)
・「派閥なき党内統治 探る/自民、解消失敗の歴史/『政策集団のルール再考』/過去には首相公選 議論」
・「ガバナンス改革の先に」吉野直也・政策報道ユニット長
▽4面(総合)
・「春の補選、政権正念場に」など関連記事5本
▽社会面
・トップ「3000万円 立件ラインに/『派閥とカネ』攻防2カ月」 関連記事5本
▽社説「派閥解散を機に党再生へ踏み出せ」/先頭に立ち悪弊打破を/疑惑の幕引き許されず

【産経新聞】
▽1面
・トップ「安倍派・二階派も解散/麻生・茂木派は協議/パーティー収入不記載」
・「3派会計責任者ら立件/一斉処分 大野・谷川議員も」
・「購入者リスト 群がる『ハイエナ』」連載企画「汚れた錬金術 自民党派閥パーティー券事件」(上)※社会面に続く
▽2面(総合)
・「首相、電撃表明で突破/派閥解散 昨年末から探る」「最大派閥・安倍派の解体『衝撃』/改憲・皇位 議論停滞も」
▽3面(総合)
・「立件逃れた派閥幹部/指示証拠なく『共謀』の壁再び」「安倍派幹部ら再捜査必至/検察審査会 申し立て公算」
・「自民難局 春には補選/捜査区切りも影響懸念」
識者談話2人
▽社会面
・トップ「志捨てた議員 派閥の罪/有権者の声よりカネ集め」※1面企画続き など関連記事3本
▽社説「派閥の解散 自民は政策本位で再建を」/「政治資金不正事件/ザル法の穴を放置するな」

【東京新聞】
▽1面
・トップ「安倍派幹部『裏金』不問/会計責任者ら8人立件/自民3派閥 解散へ」
解説「裏金1千万円 軽くない」
・「『検察は捜査尽くしたのか』刑事告発した上脇博之・神戸学院大教授」
▽2面(総合)
・核心「規正法の限界 浮き彫り/虚偽記入『共謀』証拠得られず/検察の慎重姿勢『国民の声で変わることも』」ほか関連記事4本
▽3面(総合)
・「派閥解消 遠のく解明/安倍・二階・岸田派 国民の疑問に答えず」ほか関連記事1本
▽20~21面(特報)
・「刑事責任 議員は過保護?/大山鳴動したけれど/『民間なら脱税 違いは』/『検察は中立・公正なのか』」「秘書ら身代わり 昔も今も/『桜を見る会』は略式起訴 『リクルート事件』は自殺/『番頭』『金庫番』一蓮托生 思い強く/派閥解散表明より政治資金制度の改革を」
▽社会面
・トップ「『なぜ裏金』見えぬまま/『今回を忘れず投票』『カネ絡みの政治家一掃を』」など関連記事5本
▽社説「自民の裏金事件 幹部の責任問えぬとは」

※参考過去記事

news-worker.hatenablog.com

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