ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「派閥幹部は不問」に疑義を示す地方紙の社説、論説~続・検察は捜査を尽くしたか

 自民党のパーティー券裏金事件をめぐり、安倍派の政治資金収支報告書への虚偽記載に対して、検察が会計責任者を起訴しただけで、事務総長経験者ら派閥幹部の政治家は不問としたことをめぐり、東京地検特捜部が捜査を尽くしたと言えるのか疑問を感じていることは、一つ前の記事に書いた通りです。この点について、新聞各紙の社説、論説がどのように論じているかを、ネット上の各紙のサイトで全文が読めるものを対象に調べてみました。
 政治資金規正法は虚偽記載の処罰対象を会計責任者と規定し、政治家本人を処罰するためには会計責任者との共謀を立証する必要があります。捜査を尽くしたが、共謀の証拠は得られなかった、というのが検察の立場です。目にした範囲でのことですが、各紙の社説、論説は、政治家の責任を直接問うことになっていない点を政治資金規正法の欠陥ととらえ、法改正によって、会計責任者が有罪となれば政治家も議員資格を失う連座制を導入することなどを主張する点はおおむね共通しています。ただし、検察の捜査結果を必ずしも「是」とする社説や論説ばかりではありません。特に地方紙で、検察の刑事処分に相当強く疑義を示している社説、論説が目にとまりました。

 検察が刑事処分を発表したのは1月19日でした。翌20日付の全国紙5紙(朝日、毎日、読売、日経、産経)では、読売新聞と日経新聞の社説の中に、刑事処分への疑問とも受け取れるくだりがあるのが目にとまりました。以下に書きとめておきます。

▽読売新聞「政治資金起訴 派閥幹部の責任は免れない」
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20240119-OYT1T50233/

 一方、特捜部は、安倍派を仕切ってきた幹部議員について、全員の起訴を見送った。収支報告書の不記載は会計責任者に責任があり、幹部がそれを指示した証拠は乏しいと判断したのだろう。
 だとすると、会計責任者はなぜ不正を行う必要があったのか。その解明が不可欠だ。幹部らも還流を受けている。全員を不問に付すのは不公平感が拭えない。

 共謀を示す証拠はないというのなら、なぜ会計責任者は虚偽記載をしたのか。捜査はその点を解明していない、との指摘です。

▽日経新聞「自民は派閥解散を機に党再生へ踏み出せ」/先頭に立ち悪弊打破を/疑惑の幕引き許されず
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK196SJ0Z10C24A1000000/

 だが収支報告書に不記載の収入総額は3派閥で9億円を超える。最多の安倍派は6億円超だ。事務総長などの要職を務めながら、知らぬ存ぜぬですむ問題なのか。還流分を記載しなかった所属議員の大半も罪に問われていない。
 還流の仕組みをだれが考え、裏金は何に使ったのか。多くの国民が結果に納得できないのは当然だ。今後、検察審査会が処分の妥当性を審査する可能性もある。

 朝日新聞の社説は、還流を受けた議員側の立件を「3千万円」で線引きした点を中心に疑問を示しています。

▽朝日新聞「自民裏金事件 政治責任 不問にできぬ」
 https://digital.asahi.com/articles/DA3S15842786.html

 特捜部は政治資金をめぐる過去の同種事件を参考に、「3千万円」を基準にしたようだが、それ以下ならおとがめなしとの結論を、どれだけの人が納得できよう。今後、検察審査会への申し立ても想定される。幹部議員の責任とあわせ、無作為に選ばれた市民による判断を注視したい。

 毎日新聞と産経新聞の社説は以下で読むことができます。検察の捜査結果と刑事処分に対しての直接の批判、疑問は見当たりませんでした。
▽毎日新聞「裏金事件で3派閥起訴 政治家の責任は免れない」
 https://mainichi.jp/articles/20240120/ddm/005/070/073000c

▽産経新聞「政治資金不正事件 ザル法の穴を放置するな」
 https://www.sankei.com/article/20240120-CTFAPZULURO7LCJT2P2JJJNCPM/

 一方、地方紙の社説、論説の中には、検察への疑問を強い調子で打ち出しているものがあります。

 特に、佐賀新聞のサイトにクレジット付きで掲載されている共同通信配信の論説は、安倍派では2022年分はいったん還流をやめることに決まったものの、安倍晋三元首相が銃撃を受けて死去した後、幹部の協議で撤回された経緯を挙げ「会計責任者は幹部らの判断に従い、収支報告書に虚偽を記入した形だ」「むしろ同年分については、共謀があったと考える方が自然ではないのか」と強く疑問を投げかけています。
 政治資金規正法の不備の指摘は今に始まったことではなく、「政治とカネ」が問題になるたびに法改正の必要性が指摘され、何度か改正もされてきました。しかし、一向に不備は解消されていません。法改正に当たるのが当の国会議員たち、という事情もあるのだと思います。今回に限って、これまでとは異なる抜本的な改正が期待できるのでしょうか。この1週間ほどの自民党内の改革論議を見ても、全く楽観できないと感じます。
 だからこそ、検察の捜査が重要になります。政治家自身による改革に多くを期待できないからこそ、現行法の枠内で、検察が捜査を尽くし、立件にこぎつけることに意味があるはずです。証拠がなくても起訴せよ、というのではありません。本当に捜査を尽くしたのか、法の不備を言い訳にしていないと言い切れるか、疑問は解消しない、ということです。検察に批判的な、一群の地方紙の社説、論説に接してみて、あらためてそう感じます。
 検察は例えば袴田事件の再審公判では、執拗なまでの有罪主張を行っています。その有罪主張を支持するつもりはありませんが、そのことと比べても、裏金事件の捜査には、あらゆる手を尽くした、というような気迫は感じられません。手を尽くしたというのであれば、少なくとももっと詳しい説明が必要です。個人的な犯罪ならともかく、政党を舞台にした民主主義の根幹にかかわる事件です。

 以下に、裏金事件の検察の処分をめぐる地方紙の社説、論説のうち、ネット上で全文が読めるものの見出しをリンクと一緒に書きとめておきます。検察に批判的、懐疑的な内容のものは、本文の一部も書きとめておきます。

【1月20日付】
▽北海道新聞「自民党派閥資金立件 尻尾切りでは済まされぬ」/捜査尽くしたか疑問/体質刷新の本気度は/真の政治改革実現を
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/965373/

 特捜部が安倍派幹部7人を不起訴としたのは、会計責任者との共謀は問えないと判断したためだ。
 安倍派では2022年に還流を取りやめる方針が示され、後に撤回された。派閥運営を取り仕切る事務総長ら派閥幹部が違法性を認識していた疑いは拭い切れない。
 安倍派が22年までの5年間に政治資金収支報告書に記載しなかった金額は13億円超に上る。
 7人を任意で事情聴取しても、共謀を裏付ける証言が得られなかったのだろうが、捜査を尽くしたか疑問に思う国民は少なくない。
 公判を通じて焦点である裏金の使途など疑惑の全容を解明してもらいたい。

▽秋田魁新報「自民裏金、刑事処分 政治とカネ、抜本改革を」
 https://www.sakigake.jp/news/article/20240120AK0014/

 特捜部は安倍派幹部について会計責任者への還流分不記載などの指示を確認できず、共謀は問えないと判断。立件しなかった。国会閉会中の短期間の捜査では解明が困難だったか。検察審査会への審査申し立ては避けられないだろう。

▽山形新聞「安倍派、岸田派など解散へ 改革の覚悟、首相もっと」
 https://www.yamagata-np.jp/shasetsu/index.php?par1=20240120.inc

▽福島民報「【裏金事件刑事処分】決着とは到底いかない」
 https://www.minpo.jp/news/moredetail/20240120113919

▽福島民友新聞「自民裏金事件/派閥解散だけでは済まない」
 https://www.minyu-net.com/shasetsu/shasetsu/FM20240120-832749.php

▽信濃毎日新聞「安倍派幹部不問 捜査は尽くされたのか」
 https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2024012000170

 派閥の組織的な裏金づくりが慣行になっていたのは明白だ。政治家の刑事責任を問えなかった検察の捜査は、中途半端で終わった感が拭えない。
 (中略)
 安倍派の会計責任者は、NTT退職後、派閥に迎えられた。派内の実務を取り仕切る事務総長の経験者ら幹部議員の指示や了承なしに巨額の裏金づくりを続けていたとは到底思えない。
 22年4月には、会長だった安倍氏の意向を受け、還流の取りやめが決まった。ところが、一部議員の反発で、安倍氏の死後に、幹部らの協議を経て撤回している。
 こうした経緯からも、幹部議員らが違法性を知りながら還流の継続を認めていた疑いは残る。
 二階派と岸田派も派閥側で罪に問われたのは会計責任者だけだ。政治家を刑事告発した市民からは、不起訴の場合、検察審査会へ審査を申し立てる動きがある。
 検察には、政治家の立件を見送った理由について、今後も丁寧な説明を求めたい。

▽新潟日報「裏金一斉立件 政治への信頼地に落ちた」
https://www.niigata-nippo.co.jp/articles/-/347116

▽中日新聞・東京新聞「自民の裏金事件 幹部の責任問えぬとは」
 https://www.chunichi.co.jp/article/840473

 自民党の政治資金パーティーの裏金事件で、東京地検は安倍・二階・岸田各派の会計責任者らを政治資金規正法違反の罪で在宅・略式起訴した。安倍派幹部は立件されなかった。裏金は約6億円もあったのに、不問に付すとは到底納得できない。「ザル法」の穴を埋める法改正も急ぐべきだ。
 「会計責任者に任せていた」。安倍派幹部は検察の聴取にこう答えたという。会計責任者も「幹部からの指示はなかった」と。共謀を示す証拠が得られず、起訴できなかったことは極めて残念だ。
 (中略)
 裏金を受け取った側は、虚偽記入額が4千万円を超えた議員にだけ刑事責任を問うことで捜査の幕は閉じられそうだ。
 しかし、安倍派議員の大半が裏金を受領していた。派閥に入金しない「中抜き」もあった。横領に等しい。継続性、悪質性から派閥幹部を含め、受領額が4千万円以下でも幅広く処罰すべきだ。
 仮に政治資金という認識がない裏金ならば、個人所得として税務上の追及が必要ではないか。

▽京都新聞「安倍派幹部、不起訴 自民の病巣、温存は許されぬ」
 https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/1187958

 還流は森喜朗元首相が派閥会長だった20年以上前から行われていたとの証言があり、時効にかからない直近5年に事務総長など要職にあった塩谷立、下村博文、松野博一、西村康稔、高木毅、世耕弘成、萩生田光一の7議員の関与が捜査の焦点だった。昨今の政権で閣僚や党三役としても権力をふるってきた。
 特捜部は7人に任意で聴取したが、会計責任者に不記載を指示するなど「共謀」を裏付ける証拠が固まらなかったとする。7人の中には、還流を「派閥会長案件」とし、亡くなるまで務めた安倍晋三元首相と、先代の細田博之前衆院議長に責任を向ける説明もあったという。
 これで捜査を区切るなら疑問が尽きない。還流による裏金は100人近い安倍派の大半が受けていたとされる。立件を線引きする根拠は何か。少なくとも裏金工作を管轄する立場にあった7議員は起訴し、司法の裁きに委ねるべきではないか。

▽神戸新聞「裏金の一斉処分/自民党は解党的出直しを」
 https://www.kobe-np.co.jp/opinion/202401/0017241947.shtml

 一方で、安倍派の事務総長を務めた松野博一前官房長官、西村康稔前経済産業相ら幹部7人の立件は見送られた。会計責任者に還流分の不記載などは指示しておらず、共謀は問えないと判断した。国会閉会中の短期間で捜査が尽くされたか疑問だ。

▽山陽新聞「裏金事件の処分 国民は到底納得できない」
 https://www.sanyonews.jp/article/1505085

▽中国新聞「自民派閥裏金事件 幹部不起訴は納得できぬ」
 https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/413813

 特捜部は、安倍派の会計責任者と二階派の元会計責任者を在宅起訴、岸田派の元会計責任者を略式起訴した。安倍派を重点的に捜査し、実力者「5人組」を含む幹部7人を任意で事情聴取したが、いずれも不起訴とした。
 だが、事務方だけが立件され、派閥幹部らが刑事責任を逃れれば「トカゲのしっぽ切り」だ。到底納得できない。
 (中略)
 規正法は報告書の虚偽記入の処罰対象を会計責任者と定める。政治家を立件するには会計責任者との共謀を示す明確な証拠や供述が必要だ。東京地検は「共謀を認めるのは困難と判断した」としたが、具体的に説明してほしい。
 立件のハードルが高いことは理解できるとしても、キックバックの仕組みを事務方でつくり、継続的に運用できるわけがない。共謀があったと考える方が自然ではないか。

▽高知新聞「【自民の裏金事件】不信払拭へ道のりは遠い」
 https://www.kochinews.co.jp/article/detail/715082

▽西日本新聞「検察の裏金捜査 国民は到底納得できない」
 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1169658/

 億単位の裏金を会計担当者の一存でつくれるだろうか。派閥幹部の刑事罰を問わない捜査結果に、国民はとても納得できまい。
 (中略)
 裏金づくりに幹部の関与がなかったとは到底思えない。議員がパーティー券の販売ノルマを超えた額を派閥から受け取る際、政治資金収支報告書に記載しないように派閥から言われた、との証言が複数出ている。
 安倍派では22年のパーティーで還流をやめる方針だったが、会長の安倍晋三元首相が死去した後、幹部らが協議して継続したという。
 安倍派をはじめ3派閥は、裏金づくりに誰がどのように関わったかを国民に説明すべきだ。その上で責任の所在を明確にしてもらいたい。

▽佐賀新聞「派閥幹部不起訴 決して免責ではない」※共同通信
 https://www.saga-s.co.jp/articles/-/1179962

 安倍派では2022年に特殊な経緯があった。西村康稔前経済産業相が事務総長だった同年4月、会長の安倍晋三元首相の意向で還流取りやめが決まったのに、7月の銃撃事件で元首相死去後、西村氏ら枢要な幹部が協議して方針を撤回。従来通りの処理が行われた。

 会計責任者は幹部らの判断に従い、収支報告書に虚偽を記入した形だ。幹部が還流や裏金化を知らなかったと言えるはずがない。むしろ同年分については、共謀があったと考える方が自然ではないのか。
 通常国会までに終結させる前提だった特捜部の捜査は「尽くされた」と言えるのか。捜査と不起訴処分の適否はいずれ、検察審査会が告発人の申し立てを受けてチェックすることになろう。

※同趣旨
 ・東奥日報「政治的、道義的責任免れぬ/自民派閥幹部立件せず」
  https://www.toonippo.co.jp/articles/-/1710411
 ・福井新聞「派閥幹部『秘書が…』 免責ではないと自覚せよ」(1月24日付)
  https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1960742
 ・山陰中央新報「派閥幹部不起訴 決して免責ではない」(1月21日付)
  https://www.sanin-chuo.co.jp/articles/-/516514

【1月21日付】
▽琉球新報「自民主要派閥解散へ 根本的解決にはほど遠い」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-2717430.html