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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「表現の自由」を欠き「報道統制」を志向する参政党の憲法観~記者排除で「非国民」発言もうやむやなのか

 一つ前の記事で以下のようなことを書きました。
 参政党は7月22日に開いた「記者会見」から神奈川新聞の石橋学記者を排除しました。その本質は、現行の日本国憲法が保障している「表現の自由」および「報道の自由」の否定です。参政党が公表している憲法観や「憲法草案」とも合わせて考えれば、日本国憲法の否定です。

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 参政党が掲げる憲法観は特異です。参政党が公表している「憲法草案」も含めて、その特異さをこのブログに随時、書きとめていくことにします。
 今回は、参政党の「憲法草案」に「表現の自由」が欠落していることの意味についてです。
 
 参政党の「憲法草案」は以下で読むことができます。
 https://sanseito.jp/new_japanese_constitution/

sanseito.jp

※参政党のホームページの参院選公約から、「参政党の憲法草案はこちら」をクリックすると上記のページに移ります。このため、参政党が公表している憲法案を、このブログでは「憲法草案」と呼びます。
 
「憲法草案」は「前文」「国歌」に続く7章33条の構成です。章立ては以下の通りです。

第一章 天皇
第二章 国家
第三章 国民の生活
第四章 国まもり
第五章 統治組織
第六章 財政
第七章 重大事項

 非常に興味深い内容が詰まっています。通読して気付くのは、日本国憲法に盛り込まれている国民の権利、つまり人権の規定がいくつも欠けていることです。その一つが「表現の自由」です。
 現行の日本国憲法は、「表現の自由」を以下のように保障しています。

第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

 報道による情報の共有は、民主主義社会に不可欠です。このため「報道の自由」は「表現の自由」の中でも特に重要なものと位置付けられています。市民的な権利の「知る権利」も、「表現の自由」から導かれます。
 この「表現の自由」が参政党の「憲法草案」にはありません。したがって「報道の自由」もありません。「表現の自由」に代わって「報道の自由」を保障するような規定があるかと言えば、それも見当たりません。
 一方で、「憲法草案」には「第四章 国まもり」の中に以下の条文があります。

(情報及び防諜)
第十六条 国は、海外情報も含め、広く国民に多様な情報を知らせる義務を負う。
2 報道機関は、偏ることなく、国の政策につき、公正に報道する義務を負う
3 報道及び情報通信に関わる業務は、国営または自国の資本で行わなければならない
4 国は、外国による諜報活動を防ぐ機関を設置し、必要な措置を講じる
5 公務員は、職務上知り得た情報を漏洩してはならない

 この条文から感じることをひと言で言えば、国による「報道統制」です。報道機関を国営として、国家の統制下に置く発想が濃厚にうかがえます。
 国は「広く国民に多様な情報を知らせる義務」を負っています。また報道機関は、国の政策について「公正に報道する義務」を負います。つまり、報道機関が公正に報道する義務を果たしているかどうかを判断するのは、「広く国民に多様な情報を知らせる義務」を負っている国の責務だと読み取れます。この責務を根拠として、国は報道機関の報道の内容に介入が可能です。
 露骨なまでの国による報道統制です。ここに「報道の自由」はありません。報道機関には国家が認める範囲内の自由しか与えず、国家、政府、政権への批判は許容しないのではないかと思います。
 「表現の自由」も「報道の自由」もないのですから、「知る権利」もあるはずがありません。国家、政府、政権が認めた範囲の情報しか、国民は知ることができません。情報の開示を求める権利すらありません。
 参政党は参院選の公約の中で、憲法について「憲法は単なる法律の集まりではなく、国家の理想や哲学、国民の意志を反映するものでなければなりません」と主張しています。つまりは、市民の側には「表現の自由」も「報道の自由」も「知る権利」もない、報道機関が自由に取材し報道することも認められない、という社会を、参政党は現状で「理想」としている、としか受け取りようがありません。

 ※参政党の参院選公約は以下から読めます。「憲法」は「3の柱」の「政策9」です

 第27回参議院選挙-27th House of Councillors Election- これ以上日本を壊すな!

 神奈川新聞の石橋記者の排除のことに戻ると、「表現の自由」も「報道の自由」もなく、報道を国家の統制下に置く社会を参政党が理想としている、ということを踏まえれば、参政党が表向きにどう釈明しようと、記者の恣意的な選別そのものであり、それを参政党は当然のことだとしているとしか考えようがありません。
 そもそも、取材者からの質問をその内容の制限なしに受ける記者会見の必要性、意義も認めていないでしょう。このブログの一つ前の記事でも触れましたが、石橋記者の排除についての見解の中で、参政党は、ノーカットの動画を配信するとして「特定の記者や報道機関を排除する意図はありません」と主張しています。取材者が自由に質問することの意義を認めていません。これは記者会見ではありません。

 もう一つ、石橋記者の排除によってうやむやになったままの問題があります。参院選の選挙期間中に、神奈川選挙区の参政党・初鹿野裕樹候補が、選挙演説の抗議に集まった市民を「非国民」と呼んだことです。

【写真出典:TBS「報道特集」公式サイト】

 「非国民」とは、第二次大戦中に戦争遂行の国策に協力しない個人を批判し、社会で孤立させるために使われた歴史があります。参政党の候補者がこの言葉を口にしたことの意味は小さくありません。「日本人ファースト」を掲げながら、その実は、異なった考えを認めず、「ファースト」の中には含めない「日本人」を差別的に扱おうとする発想が透けて見えます。初鹿野候補は当選し、今や参院議員です。この発言は看過できません。
 仮に石橋記者が「記者会見」に参加し、質問の機会があれば、当然、この「非国民」発言を参政党がどう扱うのか、見解を問いただしたことと思います。参政党は石橋記者を排除したばかりでなく、初鹿野候補の「非国民」発言への見解を公式には明らかにしていません。
 ファーストであるはずの「日本人」の分断ということで言えば、神谷宗幣代表も選挙期間中の街頭演説で、「反日の日本人」という言葉を口にしています。「日本人ファースト」が排外主義的だとの批判を浴びていることに対して、「われわれは外国人を差別したいんじゃない」「反日の日本人と戦っているんだ」と主張したと報じられています。
 日本国憲法は国会議員について以下のように規定しています。

第四十三条 両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。

 国会議員は全国民を代表しています。「非国民」とか「反日の日本人」といった考え方を持ち、しかも公の場で口にするような国会議員は、憲法に反した存在です。このこともまた、参政党が現行の日本国憲法をいかに軽視しているかの証左だと感じます。
 こうした発言を報じ、それだけでなく見解を問いただそうとする石橋記者の行動は、「報道の自由」の正当な行使です。
※参政党の「非国民」「反日の日本人」の発言については、このブログの以前の記事で紹介しています。

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 石橋記者の排除について、TBSの「報道特集」が7月26日の放送で取り上げました。この番組の最後で早稲田大の澤康臣教授が指摘していることが、事の本質を言い当てていると思います。

【写真出典:TBS「報道特集」公式サイト】

※以下で、この「報道特集」の動画のほか、テキスト起こしも読めます
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2070692

newsdig.tbs.co.jp

 「気に入らない情報・角度では報道させない、確実に戦争と繋がっている」-。恣意的な記者の排除と、「表現の自由」が欠落し国民の諸権利よりも「国家」を前面に強調する参政党の憲法観は、まさに戦争につながっていると感じます。

 これまで、参政党の「憲法草案」のことを知らないまま、参政党を支持していた方は、ぜひ一度、この「憲法草案」に目を通すことをお奨めします。そして、現行の日本国憲法と比較してみてください。

 この「報道特集」に対して、参政党の神谷代表は7月26日、自身のXアカウントに「抗議」を投稿しています。
https://x.com/jinkamiya/status/1949095239303709058

 一方的に期限を区切り質問を送りつけるだけで、こちら側の言い分をしっかり取材することもなく、候補者の一部の発言を切り取り、記者の取材を受けなかったことと繋げるような編集をして、一方的に党の印象を貶める内容の番組が放送されたことを大変遺憾に感じています。

 神谷代表の投稿によれば、「報道特集」から質問状が24日に届き、自分が目にしたのは24日夜。25日は忙しく、「25日18時まで」の回答期限は無理な要求だったとしています。回答期限の延期を申し入れたのかどうかは分かりません。
 気になるのは、その後の記述です。

 まるで前回の我々の偏向報道との抗議に対して、仕返しをするかのような報道を目の当たりにし、改めてメディアの「報道倫理」とはなにか、を考えました。
 我々は特定の記者の乱暴な取材のあり方に強い問題性を感じ、防衛措置をとっただけであり、特定のメディアの取材を拒否したわけではありません。
 それを捻じ曲げて今回のような報道をするメディアの「報道倫理」を今一度報道業界の方々に問いたいと考えています。

 「取材を拒否したわけではない」と言いつつ、「報道特集」も質問状に盛り込んでいた「非国民」発言については何ら見解を説明していません。それでいて「報道業界」を相手に、「報道倫理」を問いたい、としています。
 参政党は「報道特集」が7月12日に放送した「外国人政策も争点に急浮上〜参院選総力取材」に対しても、「偏向報道」と批判し、「放送倫理・番組向上機構」(BPO)の「放送人権委員会」に申し立てることを表明していました。
 「非国民」発言に何ら公式な見解を表明しないまま、神奈川新聞の石橋記者や「報道特集」に対して攻撃を強めるばかりか、神谷代表が「報道業界」を名指しして「報道倫理」を問いたいと表明しました。熱心な参政党支持者はどのように受け止めるでしょうか。
 石橋記者、神奈川新聞、「報道特集」を孤立させてはならないと思います。

※参考
新聞協会「記者等への不当な攻撃に対する声明」2025年6月5日
https://www.pressnet.or.jp/statement/report/250605_15903.html

 近年、SNSを中心にインターネット上で報道機関の記者等に対して根拠のない誹謗(ひぼう)中傷や侮辱が投稿、拡散されているほか、記者等の個人的な情報や画像が不当に拡散され、プライバシーが侵害される例が増えています。

 おびただしい量の情報が飛び交う現代社会においては、何が真実かを見極め、的確かつ迅速に伝えることが求められています。日本新聞協会に加盟する新聞、通信、放送の各社は「新聞倫理綱領」に基づき、自由と民主主義を守り、国民の「知る権利」に応えるため、正確で公正な報道と責任ある論評に取り組んでいます。一方で、「表現の自由」を標榜(ひょうぼう)する報道機関だからこそ、多様な言論を尊重し、報道に対する正当な批判や論評に対しては真摯(しんし)に向き合っていきます。

 しかし、根拠のない、または正当な批判や論評を超えた誹謗中傷や侮辱、プライバシーの暴露は、誰に対しても人権侵害行為に他なりません。報道機関の記者等に対しても同様で、個人の顔写真をSNSなどにさらして容姿などをあげつらったり、根拠のない批判や脅迫的な言葉で業務を妨害したりといった、不当な攻撃は断じて許されません。自由な報道と表現は民主主義の根幹です。これらの攻撃や人権侵害行為によって、正当な取材活動が脅かされれば、民主主義を揺るがすことになりかねず、決して看過することはできません。

 日本新聞協会の加盟社は、報道の公共的、文化的使命を果たすため、萎縮することなく報道を続ける一方で、不当な攻撃からはあらゆる手段を講じて記者等を守り、安全を確保し、心のケアなどのサポートを講じていきます。記者等への不当な攻撃を許さず、根拠のない誹謗中傷などの人権侵害行為に対しては、厳正に対処していきます。

 私たちは自由と民主主義、そして人権を守るため、これからも報道を続けていきます。

以上