ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

今はコストカットしかない新聞経営〜産経新聞が九州地区の印刷を毎日新聞に委託

 産経新聞社が九州地区で発行する紙面の印刷を毎日新聞社に委託するとのニュースが11日、流れました。来年10月からとかなり先の話なのですが、新聞経営をめぐる新たな話題です。
 産経新聞Web記事(というか社告に近いと思います)によると、印刷委託先は北九州市佐賀県鳥栖市毎日新聞工場のどちらかになる予定。産経は現在は大阪で印刷した紙面を空輸し、福岡市に本社を置く西日本新聞社に配達を委託していますが、今後、配達についても産経、毎日、西日本の3社で協議に入るとしています。昨年10月にスタートした朝日、日経、読売の「ANY」と称される3社連合に対抗して、大手紙とブロック紙の連合が成立するかもしれません。また岡山では産経、毎日両者の工場で災害時などの相互支援協定を結ぶ予定で、共同輸送の拡充も協議するとしています。
 先日は朝日新聞社が鹿児島県の南日本新聞社に印刷を委託するというニュースもありました。新聞産業は販売部数、広告収入ともにもはや伸びが見込めないことが明確になり、企業としての新しいビジネスモデルが確立できていない中で、制作や印刷、配送のコスト共有の動きは今後も出てくるのではないかと予想しています。収入が見込めないのなら支出を抑えるしかない、という経営判断です。「ANY」にしても、ネット展開での提携が前面に据えられ連合サイト「新s(あらたにす)」も運営されていますが、わたしは提携計画が表面化した当初から、本当の狙い(という言い方が適切さを欠くなら「いちばんの経営面での効果」です)は、印刷、発送、販売面の提携による経費削減だろうと考えていました。
 今回の産経−毎日の提携で思い起こすのは、元毎日新聞社常務(営業・総合メディア担当)の河内孝さんが昨年3月に刊行した新潮新書「新聞社−破綻したビジネスモデル−」です。

新聞社―破綻したビジネスモデル (新潮新書)

新聞社―破綻したビジネスモデル (新潮新書)

 この中で河内さんは、朝日や読売に比べて経営体力に差がある毎日新聞社の生き残り策として、産経新聞社と中日新聞社(本社名古屋市)との提携を打ち出していました。この本を昨年読んだ当時のわたし自身の感想を思い起こすに「し烈な販売競争を繰り広げてきた新聞社間で、そこまでできるだろうか」と懐疑的に考えていました。その後、河内さんの構想を朝日、日経、読売が先取りする形で具体化させた際には驚きました。今回の毎日−産経の提携は、ANYに遅れること1年余りの「河内構想」の具体化ということになるのでしょうか。
 新聞は産業としては輪転機に莫大な投資を必要とする装置産業という側面を持っています。宅配制度を支える販売店という独自の流通網も抱えています。全国紙がそれぞれを自前で維持していくのは、もはや限界だということでしょう。輪転機も販売網も、複数の新聞社が相乗りする動きは今後も強まるだろうと思います。

 大きな話題になる新聞社同士の提携話ですが、その陰に隠れて見落としがちなことがあります。既に各新聞社とも自社内で相当な合理化を押し進めていることです。典型的な例として、印刷部門の別会社化があります。印刷部門を丸ごと新聞社本体(発行本社)から切り離して別会社化し、従業員の賃金その他の労働条件を発行本社より下げる形の合理化です。
 先行した大手紙は現に働いている従業員は発行本社から印刷別会社への出向という形にして労働条件を基本的に維持し、印刷別会社で採用するプロパー社員から新しい労働条件を適用することで、労組の合意を取り付けていました。しかし、後続する新聞社の中には、印刷部門で引き続き働くことを希望する場合には転籍を求めるとした計画を提案し、労組の反対を押し切って強行するところも出てきました。その象徴的なケースが栃木県の下野新聞社の労使間で2005年から2006年にかけて、裁判と労働委員会を舞台に争議になった事例です。労組側の敗北に終わったこの争議以降、新聞社によっては出向社員に別会社への転籍を求める新たな動きなども出ました。自社資本内での合理化はさらに進むだろうと思いますし、その上で始まっている新聞社同士の提携は、さらに「人減らし」を加速させ、後押しするのかもしれません。
 わたしの新聞労連委員長の任期の後半1年は、下野新聞争議の支援が最大の課題でした。当時を振り返ると様々な反省があります。とりわけわたしたちの労働組合の外にいる人たちに、わたしたちの訴えをどう理解してもらうかについて、率直に言って力と知恵が足りなかったというじくじたる思いがあります。また、新聞社はどこも、職場を問わず正社員労働者から派遣社員など非正規労働者への置き換えも進めていました。別会社化合理化と経営の発想としては同根であることを、もっと自覚していなければならなかったとも思います。
 しかし、本格的な争議にまで持ち込んだからこそ、あえて言えば負けたからこそ見えるようになったこともありました。これらのことは、また機会を改めて書いてみたいのですが、新聞産業の合理化が新聞社同士の提携という新たな段階に入り、さらには、世界的な金融危機、経済危機によって業種を問わず企業の都合による一方的な「派遣切り」や「内定取り消し」が社会問題になりつつある今こそ、働く者がみな等しく人間として扱われるために、労働運動に過去の教訓が生かされてほしいと願っています。

下野新聞争議については、新聞労連委員長時代の旧ブログ「ニュース・ワーカー」に当時のエントリーを残しています(カテゴリー「全下野新聞労組の闘争」)。

※追記(2008年12月18日)
 毎日新聞の印刷工場も既に別会社化が完成しています。単独の企業として黒字の経営が求められ、自社ブランドの新聞だけ刷っていればいいわけではありません。その辺の事情を書き漏らしていました。新聞販売の職場で働いていらっしゃる今だけ委員長さんがブログで「毎日新聞側も部数の落ち込みで、稼働率が落ちている(収入減)毎日系印刷工場の受託印刷の間口を広げたい―という両社の思惑が一致したと思われます。」と簡潔に指摘しているのを見て思い出しました。