新聞やテレビの報道よりもSNSや動画サイトの情報流通が、有権者の投票行動に大きな影響力を持ったことが指摘された昨年11月の兵庫県知事選を巡って、兵庫県警、神戸地検で二つの大きな動きがありました。一つは政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首の名誉棄損容疑での逮捕(11月9日)、もう一つは再選された斎藤元彦知事と、斎藤陣営のSNS戦略を担当したとネット上に投稿していたPR会社「merchu」の折田楓代表の不起訴処分(11月12日)です。
それぞれのケースで論点は多岐にわたりますが、二つの動きをごく大雑把に俯瞰してみると、検察、警察の刑事捜査当局としては、公職選挙法の改正など立法分野にかかわる問題には踏み込み込んだ判断を避けた一方で、虚偽情報の発信、拡散に対しては、現行法の運用で対処できると判断して強制捜査に進んだように思います。
兵庫県知事選をめぐる刑事捜査は、立花党首の虚偽発信に絞られた形です。在宅捜査では、立花党首のネット上の発信が続きます。そこに虚偽が混じっていたり、関係者への威迫があれば、そのこと自体が証拠隠滅に当たる恐れがあります。これまでの立花党首の言動から、その蓋然性は高いと検察、警察は判断したのだと思います。立花党首を逮捕したことに、検察、警察の「本気」を感じます。
兵庫県知事選で立花党首は、自らの当選は目指さず斎藤知事を支援する「2馬力選挙」を展開。街頭演説でもネット上でも、真偽不明の情報を連日発信しました。斎藤知事にパワハラはなかった、疑惑はでっち上げだ、などとする内容でした。新聞やテレビが、選挙報道の公正中立の観点から、選挙戦が始まって以降はパワハラ疑惑の報道を控えたこともあり、立花党首の主張はネット上で拡散され、注目されました。
2馬力選挙の是非や、選挙戦でのネット利用の規制そのものなどの論点は、最終的には公職選挙法の規定を変えるかどうか、変えるのならどう変えるかなど、立法の問題になります。それに対して、発信した情報が虚偽かどうか、それが他人の名誉を傷付けたかどうかは、発信手段がSNSかどうかにかかわらず、現行の刑事法で対処できます。
立花党首の逮捕容疑は、斎藤知事の疑惑を調査する県議会の百条委員会のメンバーだった元県議が警察の捜査対象になっていたとか、元県議の死去を巡って、翌日には県警の聴取がたぶん予定されていたなど、県警の動きを巡る内容の発信が中心です。いわば、事実として虚偽であることが明白な内容です。捜査上の課題としては、事実ではないのに、立花党首がそれを事実と信じても無理はないと言える事情があったかどうかに絞られます。手堅い捜査だと感じますし、逮捕に至るまでに時間がかかったのも、周到に関連捜査を進めてきたためだろうと思います。
斎藤陣営のSNS戦略と折田代表の行動を巡っては、このブログでも注目してきました。斎藤陣営から折田代表のmerchuに金銭の支払いはありましたが、検察は、それが選挙活動の代償であるとは言い切れない、との判断に至ったのだろうと受け止めています。報道では、「嫌疑不十分」で不起訴処分と伝えられています。「嫌疑なし」とは異なる判断です。
merchuに支払われた71万円余は、ポスター制作費などだったと斎藤知事側は主張していました。一方で、斎藤陣営のSNS運用について、折田代表はmerchuの業務として請け負ったとも取れる発信もネット上に残していました。仮に名目がポスター制作費などだったとしても、原価以上の利益を得ていれば、そこにSNS運用の謝礼の趣旨はなかったかどうかが問題になるようにも感じます。しかし、神戸地検の結論は「嫌疑不十分」でした。「嫌疑なし」にしなかったのは、この一連の行為が合法、適法であるとも判断していない、ということです。
背景には、SNSを駆使した選挙の実態に、公職選挙法などの法令の整備が追い付いていない事情があるのだと思います。現行の法令の体系では、SNSがここまで選挙で影響力を持つことは想定されていません。立法分野にかかわることでもあり、検察の慎重な姿勢がうかがわれます。
ただし、同じ証拠構造でも、市民的な感覚では別の判断になる可能性もあると思います。今後、検察審査会に持ち込まれた際に、どのような結論になるのか、注目しています。
※参考過去記事
※カテゴリー「選挙とSNS:2024兵庫知事選」の各記事もご覧ください