「宮古新報」発行続ける労組に支援、激励広がる

 一つ前の記事、沖縄県・宮古島の「宮古新報」存続に向けた労組の取り組みの続報です。

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 宮古新報社の座喜味弘二社長が廃業と全従業員の解雇を表明したことに対し、「宮古新報労働組合」の組合員による新聞発行が続いています。同労組が加盟する新聞労連(日本新聞労働組合連合)や沖縄県マスコミ労働組合協議会が全面支援を続けています。同じ宮古島でもう一つの地域紙「宮古毎日新聞」を発行する宮古毎日新聞社の一部従業員でつくる「宮古毎日新聞労働組合」も支援していることは、紙面発行の上ではライバルであっても、新聞を仕事とする者同士として、地域の新聞を守るという一点では同じ立場で連帯しているという点で、特筆されていいのではないかと思います。
 新聞労連、宮古毎日新聞労組は、それぞれフェイスブックで情報発信しています。リポートによると、宮古新報の発行を続けているのは、わずか10人の組合員。1人でも欠ければ、発行が止まってしまいかねない状況とのことです。
※新聞労連のフェイスブックページ

www.facebook.com

※宮古毎日新聞労組のフェイスブックページ

www.facebook.com

 賃金の保証もない組合員による発行継続には限界があり、しっかりした事業者への事業譲渡が実現するかどうかが焦点です。

 一方で、労組の組織的な動き以外にも、宮古新報の発行継続への支援、応援や、宮古新報労組に対する激励などの動きが広がっています。宮古新報本社には、定期購読の申し込みも寄せられているとのことです。

※宮古新報社のサイト

miyakoshinpo.com

 ここでは、わたしの3代後に新聞労連委員長を務められた東海林智さん(毎日新聞労組)の呼び掛けを、インパクト十分なコラージュとともに紹介します。東海林さんのフェイスブックから、ご了承をいただいての転載です。組合員でなくても、個人でもOBでもカンパは可能です。

【宮古新報存続へ、みんなの応援を!】
 元新聞労連委員長(毎日労組)・東海林 智
 沖縄県・宮古島で創刊51年を迎える「宮古新報」が廃刊の危機にあります。ワンマン社長のセクハラ・パワハラなど数知れぬ横暴に耐えかねて従業員が一致団結、社長の退陣を求めて立ち上がったのは昨年の11月。社長は今年1月10日全従業員に解雇を通知し、会社をたたもうとしています。
「一方的な解雇は認められない。読者も認めないと思う」社長の横暴に抗う宮古新報労組の伊佐次郎委員長は言います。
 同じ島内の「宮古毎日新聞」で、会社のパワハラと闘った洲鎌恵仁さん、砂川智江さんと宮古に心を寄せる全国の友人たちが、組合と関係なく、管理職もOBも個人でつながって「恵友会」という2人の応援団を作っていました。今回、恵友会の友人の輪をテコに、宮古新報の仲間たちを支え、連帯を広げたいと思います。働く者の誇り、言論を担う者の誇りを掲げ闘う仲間を、全国の働く仲間の力を寄せ合い支援しようではありませんか。寄ってたかって支えよう。少額でもかまいません、個人カンパを呼びかけます。
 【ゆうちょ銀行 店名〇一八(ゼロイチハチ)店番018 普通 8761741恵友会】

 「ここでカンパを受け付けているよ」と、友人にSNSや口コミで広めて下さい。激励メッセージはkeijinsanwaido@gmail.com

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沖縄県宮古島の「宮古新報」発行を労組が継続 ※追記:「地域に根ざし、地域とともに歩む新聞」

 沖縄県・宮古島に「宮古新報」という地域紙があります。発行する宮古新報社では、社長が突然、廃刊を言い出し、社員へ全員解雇を通告しました。これに対し社員でつくる「宮古新報労働組合」が紙面発行の継続に乗り出しています。同労組が加盟する新聞労連(日本新聞労働組合連合)が全面的に支援しています。
 新聞労連の説明などによると、宮古新報労組は昨年11月、同社の座喜味弘二社長によるパワハラやセクハラ行為があったとして、社長の退陣を要求しました。社長はパワハラ・セクハラを否定した上で、体調不良などを理由に社長退任と事業譲渡の意向を示し、代理人を立てて会社の売却を検討したものの、1月9日に会社側代理人から解雇通知の予告があり、10日に全社員に対し文書で解雇通知が出されました。理由については、業績不振による赤字経営で事業存続が困難なことを挙げているとのことです。新聞労連は、紙面発行の継続と、しっかりした事業者への新聞発行事業の譲渡に向けて、支援を呼び掛けています。

 座喜味社長が10日、翌11日付の紙面に廃業の社告を出すよう指示したのに対し労組は拒否。12日付の紙面は社員だけで発行しました。その顛末を記したコラムを、同社のサイト上でも読むことができます。
※宮古新報「『社窓風景』① 全国から頑張れ、激励に応えたい」=2019年1月12日
 http://miyakoshinpo.com/news.cgi?no=20747&continue=on

 私たち宮古新報社の社員は座喜味弘二社長から9日に 「10日付での解雇」 を急に通告された。 同社では昨年10月に社長から半ば辞めさせられる形でベテランの編集者が退職したことをきっかけに一致団結した宮古新報労働組合が座喜味社長の退陣を要求し団体交渉を重ねてきたが、 11日の紙面に廃業の社告を出すように言われ断固拒否した。

 東京で開かれた日本新聞労働組合連合の記者会見で、 広く同社の状況を公表。 夜には組合事務所で今後の対応について東京、 沖縄本島、 宮古島をスカイプで繋ぎながら午前0時半まで話し合い、 「宮古新報社の社員が自らの声で愛読してくださる市民の皆さんに現状を伝えることが大切。 記者会見に挑もう」 と決意した。  
 翌11日、 出勤時から社内はまさに緊迫した状況のなかで、 社員らは不安な気持ちを奮い立たせ、 ひっきりなしに鳴り続ける電話の応対をしながら午後2時の記者会見、 並行して編集2人、 制作2人、 印刷2人、 営業2人、 事務1人で12日付の新聞作成にとりかかった。 社員一同、 12日の新聞が発行できたことが何よりの喜び。 「頑張れ」 という励ましの電話やメッセージが大勢の市民や全国の仲間から届き感謝の気持ちでいっぱい。 同組合の伊佐次郎委員長は 「新聞の発行をこれからも続けていけるよう社員一同力を合わせていきたい。 見守ってほしい」 と述べた。

 日本には数多くの新聞があります。全国紙は文字通り全国で発行し、ブロック紙は複数の県にまたがるなど、広い地域で発行しています。一つの県を発行エリアとする地方紙は県紙とも呼ばれます。さらにエリアを限って発行する新聞が地域紙です。それだけ地域に密着したメディアです。そうした様々なメディアが存在していること自体に、絶対的な価値があります。社会に自由な情報流通があり、さまざまな意見や考え方が存在することを担保するためです。離島県のさらに離島の地域社会で、新聞発行を守っていこうとしている宮古新報労働組合の皆さんに、敬意と共感の意を表します。

▼新聞労連のフェイスブックページ
「【#宮古新報、コラム「社窓風景」開始】」「【宮古新報、続けています!】」など

www.facebook.com

https://www.facebook.com/%E6%96%B0%E8%81%9E%E5%8A%B4%E9%80%A3Japan-Federation-of-Newspaper-Workers-Unions-2286242578319544/

▼宮古島にはもう1紙、宮古毎日新聞があります。新聞発行では宮古新報とライバル関係ですが、宮古毎日新聞労組は宮古新報労組を支援しています。以下は宮古毎日新聞労組のフェイスブックページより

www.facebook.com

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▼琉球新報の報道です
・「社長が清算意向、パワハラ・セクハラ訴えも 宮古新報、全社員に解雇通告 労組は退陣要求」=2019年1月11日
 https://ryukyushimpo.jp/news/entry-859733.html
・「宮古新報 読者不在の清算通告 パワハラ、セクハラ訴えも」=2019年1月11日
 https://ryukyushimpo.jp/news/entry-859825.html
・「『労使信頼関係ない』 宮古新報 座喜味社長、廃刊を強調」=2019年1月12日
 https://ryukyushimpo.jp/news/entry-860413.html

 

【追記】2019年1月14日8時
 新聞労連によると、新聞労連と沖縄県マスコミ労働組合協議会、宮古新報労組は13日(日)、宮古島市内で「新聞続けます」「宮古の新聞を残そう」と題したビラを配り、市民の理解を求めたとのことです。
 ※写真は新聞労連のフェイスブックページから
 宮古島では毎週日曜日の新聞製作がお休みとのこと。宮古新報労組の組合員は現在、賃金の支払いがない状態で自主的に新聞づくりを続けている状態です。週が明けて、会社の経営権や従業員の地位を巡る様々な動きも出てきそうです。このブログでも可能な限りフォローして、ささやかながらも、「宮古新報」の存続に取り組む方々への支援に代えたいと思います。

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組織ジャーナリズムの希望のために~新しい年のはじめのごあいさつ

 2019年、新しい年になりました。
 本年も、よろしくお願いいたします。
 
 ことしは天皇が代替わりし、元号が「平成」から変わります。わたし自身は秋に59歳となります。現在の所属企業で現役でいられる時間はあとわずかです。
 22歳で記者の仕事に就いたときは「昭和」でした。以降、組織内のポジションは様々に変わりましたが、振り返ってみれば、随分と長い時間を、新聞というマスメディアの組織ジャーナリズムの中で過ごしてきたと感じます。労働組合専従で計3年間、職場を離れ、違った角度から自分の仕事を見つめることができた経験もありました。

 このブログでは、所属企業の業務のことは原則として書かないことにしているのですが、少しだけ触れると昨年7月、わたしは記事審査の担当から調査・資料部門に異動しました。記事審査とは、新聞社では紙面審査とも呼び、ベテラン記者、編集者が担当します。日々の紙面について、ニュースの選択に過不足はなかったか、扱いの大きさは妥当だったか、記事は分かりやすかったか、極端に偏ったりしていなかったか、など様々な角度から点検します。他紙とも読み比べます。通信社の場合は配信記事や写真を点検します。
 この記事審査の仕事を3年余り担当していて、いつも考えていたのは、わたしたちの組織ジャーナリズムは社会にどこまでリーチできているのか、わたしたちの情報発信は人々にどこまで届いているのだろうか、ということでした。紙の新聞が特に若い世代に読まれなくなって久しく、日本の新聞は部数減が続いています。日々の報道を見れば、1人でも多くの人に読んでほしいと思う出稿も少なくありません。しかし、そうした組織ジャーナリズムのすぐれた成果が社会でどこまで共有してもらえているか、という焦りにも似た気持ちがあります。

 新聞界でさらなる部数減は必至だろうと思います。そうした中で、組織ジャーナリズムにとってある意味、もっとも重要なのはジャーナリズム倫理の維持ではないかと考えています。「貧すれば鈍す」に陥らないように、ということです。先人たちから受け継いできた組織ジャーナリズムにこの先も希望を残し、先行世代として組織ジャーナリズムの仕事(それはもう紙の「新聞」ではなくなってしまうかもしれませんが)のやりがいを後続世代に残すために必要だろうと思います。そのために、わたしはわたしの最善を尽くしていこうと思います。

 このブログはこの記事が1001本目になります。仕事を休職して新聞労連委員長の職にあった当時の2005年に前ブログ「ニュース・ワーカー」を運営しました。復職後、いったんは休止しましたが、再び「書きたい」との気持ちの高まりを感じて2008年4月、「2」として始めて間もなく11年です。これからも細く長く、コツコツと続けていこうと思います。引き続き、お読みいただければうれしいです。

記者へのセクハラと、日本のマスメディアの「すり寄り型」取材慣習~年の瀬に当たって

 これまで被害を口にせずにいた、あるいは見て見ぬふりをしていたセクシャル・ハラスメント(セクハラ)や性的暴行、性的虐待を告発する「#MeToo」のムーブメントは、日本で2018年も一層の広がりを見せました。中でも財務省の福田淳一・元事務次官による民放局の女性記者へのセクハラは、マスメディアの取材現場の構造的とも言える問題を浮き彫りにしたように思います。
 取材にはいろいろあり、官公庁や企業の記者会見のように、多数の新聞社や放送局の記者が横並びで質疑を行う場合、そこで得られた情報は各社とも共通で差がありません。そうした取材だけではスクープとなる特ダネは出ません。そこで、記者が取材相手と1対1で会って話ができるかどうか、特に官公庁や企業で重要な情報が集まる幹部クラスとそういう取材ができるかが重要になってきます。仮にスクープに直結する情報が得られなかったとしても、追っているテーマの背景事情を知るだけでも意味があります。
 勢い、新聞社でも放送局でも、記者は取材相手と1対1で話が聞けることが大事と強調されることになり、また相手が大物であればあるほど、1対1で会って話が聞けることは、記者の力量として社内や局内で評価が高まることにつながります。
 財務次官と言えば、日本の財政・金融を司る官僚機構のトップです。他社の記者がいない場所で、単独で会えるとなれば呼び出しに応じざるを得ない、いやな思いをすることがあっても、ネタのためなら我慢するしかない、という心理が女性記者に働いていたとしても、無理はないと思います。
 女性記者の告発を週刊新潮が報じて、財務次官のセクハラが表面化した後、先行世代の女性記者たちから「自分たちが声を出していれば、被害は食い止められていたかもしれない」との自責の声が次々に上がりました。同じようなことが、女性記者の間で代々続いていたことが明らかになりました。そのことを知ってわたしは、わたしを含めてマスメディアの中の男性たちも、特ダネを最優先に考える余り、同僚女性たちの被害に目をつむっていたこと、あるいは被害に気付かないほど鈍感だったこと、そうしたことが女性たちに被害を訴えることをためらわせていたことを批判されて当然だろうと考えています。
 この問題を機に、新聞社や放送局は自社の記者をハラスメントから守ることを表明しています。財務省では職員にセクハラ防止の研修を行いました。マスメディアと政府の間で、再発防止に向けたやり取りもあったようです。しかし、これで十分とは思えません。
 記者に対する権力側の取材相手のセクハラは多くの場合、1対1の場で起きています。片や、圧倒的な情報を持つ立場であり、片や、その情報を聞き出したい立場。力関係は歴然としており、そこにハラスメントを生む構造的な要因があるように思います。また男女を問わず、情報欲しさから相手におもねたり、すり寄ったりするようでは、間合いを権力の側に一方的にコントロールされてしまいます。結果として、権力の側に都合のいい情報ばかりが流される、ということになるおそれがあります。
 権力の監視のために、記者が権力者に近づくのは本来、当然のことだろうと思います。ただ、マスメディア内部の現状として、「信頼関係」を名分に取材相手と1対1で会える関係を築くことに腐心することを当然とする傾向は否定できないと思います。「働き方改革」が叫ばれているとはいえ、夜討ち朝駆けの長時間労働も半ば当然、ないしは必要悪ととらえる雰囲気があることも、背景事情としてあります。財務次官のセクハラ問題が表面化した際、尊敬するジャーナリズムの先人のお一人から「すり寄り型の取材慣習の見直しが必要ではないか」との指摘をいただきました。同感です。マスメディア全体の課題だろうと考え、年の瀬に当たって書きとめておくことにしました。

 なお、以前の記事でも強調したことですが、セクハラ被害を考えるときに踏まえておかなければならないのは、一番悪いのはセクハラをする当人、加害者だということです。議論の際には、あるいは報道でも、折に触れそのことを明示して確認を繰り返す方がいいと思います。セクハラを受ける側にも落ち度がある、などというそれ自体がハラスメントの言辞を許さないためです。

■参考過去記事 ※このブログでことし(2018年)よく読んでもらえた記事の一つです
「セクハラを話し始めたメディアの女性たちに、自身の無知を恥じ入る」=2018年4月23日

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何のための商業捕鯨復活なのか~IWC脱退と憲法

 唐突感が否めないニュースです。日本政府は12月25日、国際捕鯨委員会(IWC)から脱退することを閣議決定し、1日経って26日に発表しました。これにより、来年7月から商業捕鯨が再開される見通しだと報じられています。
 マスメディアも大きく報じ、東京発行の新聞各紙は27日付朝刊で朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、東京新聞が1面トップ。産経新聞も1面準トップでした(日経新聞は1面のインデックスに捕鯨の写真付きで入れています)。朝日、毎日、東京の3紙は社説でも取り上げました。見出しを見ても「国際協調に影を落とす」(朝日新聞)、「失うものの方が大きい」(毎日新聞)、「これで捕鯨を守れるか」(東京新聞※中日新聞も)とあるように、そろって脱退を批判しています。

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 ただ、一体何のための商業捕鯨の復活なのか、国際機関を脱退してまで、日本政府がなぜ商業捕鯨にこだわるのかが、新聞各紙の報道を見てもすっきりとは整理できていない印象があります。
 例えば食糧問題としての側面です。わたしは1960年の生まれで、小学生の頃は学校給食によく鯨肉のメニューが出ました。わたしが在籍した北九州市の小学校の給食では、竜田揚げは「オーロラ揚げ」と呼んでいたと記憶しています。その名の通り、南氷洋の捕鯨船団が捕ったクジラだったのでしょう。戦後の一時期、日本にとって鯨肉が重要なタンパク源であり、南氷洋捕鯨が供給していたことは間違いありません。
 では商業捕鯨の復活とは、かつてのように船団を組んで南氷洋に出て行くことを指すのかと言えば、そうではないようです。報道によると、南氷洋からは撤退し、日本沿岸および領海、排他的経済水域(EEZ)内で、対象もミンククジラなど3種に限定とのこと。捕獲量も、現在の調査捕鯨と大差ないようです。今日、日常の食生活に占める鯨肉の地位は、かつてに比べて大幅に下がっています。牛や豚、鶏に代わる食肉タンパク源の確立が早急に必要という事情は見当たりません。食糧問題として、商業捕鯨解禁が必要と位置付けるには無理がありそうです。
 ほかに報道でよく紹介されているのは、日本の伝統食文化としての鯨食と、捕鯨技術の伝承、保存です。ただ、伝統文化としての鯨食となると地域は限られます。しかも、そうした地域では小型の鯨種を対象に、沿岸捕鯨は小規模とは言え今に至るまで続いています。商業捕鯨によって、沿岸捕鯨の捕獲量が増えるのかもしれませんが、そうしないと伝統食文化を守りきれないのか。再開後の商業捕鯨でも、捕獲量は調査捕鯨と大して変わらないとなると、つまりは伝統食文化の側面で現状と何が変わるのか、よく分かりません。

 雇用・労働の側面はどうでしょうか。朝日新聞の記事「需要減少 水産業界は慎重」(27日付3面「時時刻刻」)によると、かつて南氷洋捕鯨を担っていた大洋漁業をルーツに持つマルハニチロは、捕鯨事業再開の考えはまったくなく、日本水産も同様。「現在、沖合で商業捕鯨を行う意向を示しているのは、国の支援を受けて調査捕鯨を手がける共同船舶だけだ」とのことです。共同船舶は自社HPに「捕鯨と鯨肉販売のプロフェショナル企業」と掲げており、捕鯨の存続は企業にとっては死活問題でしょう。それはすなわち、雇用の問題でもあります。

※共同船舶ホーム 

http://www.kyodo-senpaku.co.jp/index.html

 一方で、マスメディアの報道が比較的よく伝えていると思うのは、脱退を決めた日本国内のメカニズムです。慎重だった外務省を押し切って脱退を主導したのは、自民党の捕鯨推進派の議員グループだったとの指摘は、各紙の報道でおおむね一致しています。中心的な役割を果たしたのは二階俊博・自民党幹事長だったと、朝日新聞や読売新聞はそろって指摘しています。二階氏の選挙区の衆院・和歌山3区には、沿岸捕鯨で知られる太地町があります。また、安倍晋三首相の地元の山口県下関市も、捕鯨船団の拠点として、商業捕鯨とは深い関係があります。
 以上のようなことを合わせ考えると、IWC脱退は多分に自民党議員らのメンツの問題なのではないか、という気がしてきますが、どうなのでしょうか。上記のように、「なぜ今、商業捕鯨なのか」がすっきり整理できていないように感じるのは、国会を始め社会で開かれた議論がなかったことが最大の要因のように思います。マスメディアはさらに論点を整理しながら、検証報道を続けていくべきではないかと思います。

 いずれにせよ、国際的な対話や議論と決別して、自国の主張を強引に実行に移そうとする、ということでは、単独主義との批判は免れ得ないように思います。この単独主義を巡って、もっとも重要と思われる論点を水島朝穂・早大法学学術院教授(憲法学)が指摘しているのが目に止まりました。12月27日付の東京新聞朝刊に記事が掲載されています。「国際機関への加盟の根拠となる条約の締結について、憲法七三条は、事前もしくは事後の国会承認が必要としている。その趣旨からすれば、条約や国際機関からの脱退も国政の重大な変更であり、国会での議論抜きにはあり得ない」。しかし、安倍晋三政権は野党や国民にきちんと説明しないまま、脱退を閣議決定しました。記者会見も1日遅れでした。「IWCからの一方的な脱退は、憲法九八条が掲げる『国際協調主義』を捨て去る最初の一歩になりかねないと警鐘を鳴らしたい」。水島氏は記事の中でそう強調しています。
※東京新聞「国会に説明なく、憲法軽視 IWC脱退 早大・水島朝穂教授」=2018年12月27日

www.tokyo-np.co.jp

 安倍晋三首相には現行憲法を変えたい気持ちが強いためか、憲法99条に定められた公務員の憲法尊重擁護の義務を自覚しているとは到底思えない言動が目立ちます。IWC脱退のあまりにも乱暴で粗雑な進め方も、そうした安倍首相の政権ならではのことかもしれません。

民意の支持得られない辺野古移設と土砂投入~世論調査で「反対」47~60%

 沖縄県の米軍普天間飛行場移設問題を巡り、同県名護市辺野古の新基地予定地で12月14日、沖縄県の反対を押し切って政府が海面への土砂投入を強行しました。その週末に実施された世論調査の結果が報じられています。朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、共同通信の各調査が、この辺野古の土砂投入について尋ねています。いずれも、政府方針への反対、不支持が賛成、支持を上回りました。質問と回答の状況を書きとめておきます。
▼朝日新聞:12月15、16日実施
 ・沖縄の基地問題についてうかがいます。アメリカ軍の普天間飛行場を、名護市辺野古に移設する工事で、政府は沖縄県が反対する中、沿岸を埋め立てる土砂の投入を始めました。あなたは、政府が土砂の投入を進めることに賛成ですか。反対ですか。
 「賛成」26%
 「反対」60%
 ・普天間飛行場の名護市辺野古への移設について、政府と沖縄県の対話は十分だと思いますか。十分ではないと思いますか。
 「十分だ」11%
 「十分ではない」76%

▼毎日新聞:12月15、16日実施
 政府は、沖縄県宜野湾市にある米軍普天間飛行場を同県名護市辺野古に移設する方針です。辺野古の沿岸部に土砂を投入して埋め立てることに、賛成ですか、反対ですか。
 「賛成」27%
 「反対」56%

▼読売新聞:12月14~16日実施
 政府は、沖縄県のアメリカ軍普天間飛行場を移設するため、県内の名護市辺野古沖の埋め立て工事を進める方針です。この方針に、賛成ですか、反対ですか。
 「賛成」36%
 「反対」47%
 「答えない」17%

▼共同通信:12月15、16日実施
 沖縄県の玉城デニー知事は、米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設に反対していますが、政府は移設を進める考えで、埋め立てのための土砂投入を始めました。あなたは、移設を進める政府の姿勢を支持しますか、支持しませんか。
 「支持する」 35・3%
 「支持しない」56・5%
 「分からない・無回答」8・2%

 朝日新聞と毎日新聞調査では賛成は26~27%にとどまり、反対(60、56%)が倍以上に上った点が目を引きます。共同通信調査もそこまでの差はついていませんが、政府の姿勢を「支持しない」は、やはり56・5%に達しています。
 各調査とも質問の文章は異なるのですが、日本政府が普天間飛行場の辺野古移設と埋め立て工事を進めることへの賛否を、比較的シンプルに問うています。「シンプルに」というのは、やろうと思えば質問文に補足の説明を加えることもできるのですが、それがないということです。例えば「辺野古への移設」について、「日本の安全保障のために米国と結んだ合意を守るため」との一文を加えることです。「合意や約束を守ること」は一般的には大事なこと、正しいことと考える人が多いでしょうから、普天間飛行場の移設問題の経緯に詳しくない人は「合意を守るため」のひと言に引きずられて、回答を選ぶことも起こりえます。そういう意味では、毎日新聞、読売新聞の質問はシンプルですっきりしていると言えます。そして、回答の数値の水準には差があるとはいえ、ともに政府方針に反対との回答が賛成を上回ったということ、あるいは賛成がせいぜい3分の1ちょっとにとどまる、過半数にははるかに及ばないということは、やはりこの辺野古移設と沿岸の埋め立ては有権者の支持を得られない、国民、民意の支持を受けられないと言わざるを得ない、ということです。
 なお、共同通信の調査では、沖縄県の玉城デニー知事が辺野古移設に反対していることが質問文に付記され、朝日新聞の調査でもひと言「沖縄県が反対する中」と触れられており、毎日、読売とは異なっています。ただ、共同通信調査で政府方針を「支持しない」の56・5%は毎日新聞調査の「反対」56%と一致し、また政府方針を「支持する」の35・3%は読売新聞調査の「賛成」36%とほぼ一致するのは興味深いところです。朝日新聞調査でも、賛否ともに毎日新聞の調査と同水準の結果と言ってよいと思います。

 朝日新聞の調査は、政府と沖縄県の対話は十分かとも尋ねています。その回答は「十分ではない」が「十分だ」を圧倒しています。政府による土砂投入への賛否以上に差が開いていることは、辺野古移設に理解を示している層の中にも、安倍晋三政権の沖縄に対する高圧的な姿勢を批判的に見ている層がある可能性を示しているように感じます。

 内閣支持率は以下のように、4件の調査とも下落傾向でした。朝日、毎日、共同の3件は、不支持が支持を上回っています。
 辺野古の土砂投入だけでなく、外国人労働者の受け入れを拡大する改正入管法にも批判的な民意があるようで、そうしたことの反映の可能性があるように思います。

■内閣支持率 ※カッコ内は前回比、Pはポイント
▼朝日新聞
 支持40%(3P減) 不支持41%(7P増)
▼毎日新聞
 支持37%(4P減) 不支持40%(2P増) 関心がない21%(1P増)
▼読売新聞
 支持47%(6P減) 不支持43%(7P増)
▼共同通信
 支持42・4%(4・9P減) 不支持44・1%(4・6P増)

 自宅で購読している琉球新報の15日付紙面が手元に届きました。1面に掲げられた写真と、前日の紙面に載っていたグリーンの海面の写真を比べると、辺野古で何が始まったのかが視覚でもよく分かると思います。

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辺野古の土砂投入を強行した安倍政権に対する主権者の責任~「自治破壊の非常事態だ」(沖縄タイムス) 「第4の『琉球処分』強行だ」(琉球新報):付記 新聞各紙の社説、論説の記録

 沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場の移設―同県名護市辺野古への新基地建設問題で、防衛省は12月14日、沖縄県の反対を押し切り、かねて予告していた通りに、辺野古の埋め立て予定海域に土砂を投入しました。新基地建設反対を明確に掲げて沖縄県知事選に臨んだ玉城デニー・現知事が、安倍晋三政権が推す候補に圧勝したのは9月30日のこと。これほど明白に新基地反対の沖縄の民意が示されたというのに、わずか2カ月半でのこの強行は、安倍政権は民意を顧みないと自ら宣言したに等しいと私は受け止めています。
 このような政権がなぜ存続しているのかと言えば、日本国の主権者の選択だからです。そして原理的には、個々人が安倍政権を支持していようといまいと、主権者である限り、その選択の責任、ひいては政権が引き起こした結果への責任からも逃れられないだろうとわたしは考えています。その意味で、沖縄県外、日本本土に住む主権者の一人として、わたしは安倍政権が沖縄の民意に反してなした辺野古での土砂投入に責任を感じます。
 このブログの前回の記事でわたしは「今、安倍政権はその沖縄の民意を一顧だにせず、新基地建設を強行する姿勢をいよいよ露わにしました。本土の主権者は、それを是とするのか非とするのか。主権者としての自らの問題として、為政者への態度を考えるべき問題であることがいよいよ明白になってきたと思います」と書きました。

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 もともと沖縄の基地集中は沖縄だけの問題ではありません。仮に日米同盟を是とするなら、沖縄への米軍駐留は日本全体の安全保障のためのはずです。なのに、その負担を一方的に押し付けるようなことが沖縄にだけまかり通るのは、沖縄への差別というほかありません。辺野古への新基地建設の問題を巡っては、そのような問題意識も徐々に沖縄県外、日本本土で目にするようになっています。にもかかわらず、安倍政権は土砂投入を強行し、しかも菅義偉官房長官は「引き続き全力で埋め立てを進めたい」(15日の記者会見)と強調するなど、強硬姿勢を一層強めているように感じます。
 自治体を政府と対等とは見ないこの政権が、それでも沖縄を差別しているのではない、沖縄に寄り添うのだと弁明するとしたら、今後は沖縄以外の地域でも同じように民意を一顧だにしない姿勢を取ることもあるかもしれません。いずれにせよ主権者として、この政権にどう向き合うのかを考えることが、辺野古の問題や沖縄の基地集中を「わがこと」としてとらえることにつながるだろうと思います。主権者として、この政権との向き合い方を決めなければいけない時であり、傍観者ではいられないのだと思います。

 土砂投入強行のニュースについて、東京発行の新聞各紙の12月14日夕刊、15日付朝刊では、1面はそれぞれ写真のような扱い でした。
 ▼12月14日夕刊

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 ▼12月15日付朝刊

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 土砂投入に対して、新聞各紙の12月15日付の社説、論説をネット上で見てみました。沖縄タイムス、琉球新報はそれぞれ安倍政権を厳しく批判しています。特に琉球新報が、1879年の琉球併合(「琉球処分」)、沖縄を日本から切り離し米国統治下に置いた1952年のサンフランシスコ講和条約発効、広大な米軍基地が残ったままの1972年の日本復帰に続く第4の「琉球処分」と位置付け、「歴史から見えるのは、政府が沖縄の人々の意思を尊重せず、『国益』や国策の名の下で沖縄を国防の道具にする手法、いわゆる植民地主義だ」と指摘していることに、あらためて「主権者の責任」の意味を考えざるをえません。
 以下に沖縄の2紙の社説の一部を引用します。

■沖縄タイムス:[辺野古 土砂投入強行]自治破壊の非常事態だ
 https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/359827

 「胸が張り裂けそうだ」
 名護市の米軍キャンプ・シュワブゲート前で土砂投入を警戒していた男性は、怒りと悔しさで声を震わせた。
 辺野古新基地建設を巡り、防衛省沖縄防衛局は14日午前、土砂投入を強行した。
 海上では最大50隻のカヌー隊が繰り出したが、土砂を積み込んだ台船と、土砂投入場所が制限区域内にあるため作業を止めることができない。
 護岸に横付けされた台船の土砂が基地内に入っていたダンプカーに移された。約2キロ離れた埋め立て予定海域南側まで運び、次々投入する。
 ゲート前には故翁長雄志前知事夫人の樹子さんも姿をみせた。樹子さんは以前、「万策尽きたら夫婦で一緒に座り込むことを約束している」と語ったことがある。
 しかし夫の翁長前知事は埋め立て承認の撤回を指示した後、8月8日に亡くなった。
 「きょうは翁長も県民と一緒にいます。負けちゃいけないという気持ちです」
 沖縄戦当時、キャンプ・シュワブには「大浦崎収容所」が設置され、住民約2万5千人が強制収容された。
 マラリアなどが発生し逃げることもできないため400人近くが亡くなったといわれる。まだ遺骨はあるはずだと、ガマフヤー代表の具志堅隆松さんはいう。
 シュワブは、日本本土に駐留していた海兵隊を受け入れるため1950年代に建設された基地だ。
 沖合の辺野古・大浦湾は、サンゴ群集や海藻藻場など生物多様性に富む。
 そんな場所を埋め立てて新基地を建設するというのは沖縄の歴史と自然、自治を無視した蛮行というほかない。

■琉球新報:辺野古へ土砂投入 第4の「琉球処分」強行だ
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-849072.html

 今年の宜野湾、名護の両市長選では辺野古新基地に反対する候補者が敗れたものの、勝った候補はいずれも移設の是非を明言せず、両市民の民意は必ずしも容認とは言えない。本紙世論調査でも毎回、7割前後が新基地建設反対の意思を示している。
 そもそも辺野古新基地には現行の普天間飛行場にはない軍港や弾薬庫が整備される。基地機能の強化であり、負担軽減に逆行する。これに反対だというのが沖縄の民意だ。
 その民意を無視した土砂投入は暴挙と言わざるを得ない。歴史的に見れば、軍隊で脅して琉球王国をつぶし、沖縄を「南の関門」と位置付けた1879年の琉球併合(「琉球処分」)とも重なる。日本から切り離し米国統治下に置いた1952年のサンフランシスコ講和条約発効、県民の意に反し広大な米軍基地が残ったままの日本復帰はそれぞれ第2、第3の「琉球処分」と呼ばれてきた。今回は、いわば第4の「琉球処分」の強行である。
 歴史から見えるのは、政府が沖縄の人々の意思を尊重せず、「国益」や国策の名の下で沖縄を国防の道具にする手法、いわゆる植民地主義だ。
 土砂が投入された12月14日は、4・28などと同様に「屈辱の日」として県民の記憶に深く刻まれるに違いない。だが沖縄の人々は決して諦めないだろう。自己決定権という人間として当然の権利を侵害され続けているからだ。

 沖縄県外、日本本土の新聞各紙の社説、論説のうち、ネット上で確認できたものを書きとめ、一部を引用しました。見出しのみで内容は確認できなかった新聞もあります。
 読売新聞と産経新聞、地方紙では北國新聞が土砂投入を支持しています。ほかは批判的です。沖縄だけの問題ではない、本土側にも問いが突きつけられている、との問題意識も、朝日新聞や毎日新聞をはじめ、山形、信濃毎日、中日・東京、福井、京都、神戸、佐賀(共同通信)、熊本日日、南日本の地方紙・ブロック紙各紙にもみられます。

・朝日新聞「辺野古に土砂投入 民意も海に埋めるのか」/まやかしの法の支配/思考停止の果てに/「わがこと」と考える
 https://www.asahi.com/articles/DA3S13812446.html

 何より憂うべきは、自らに異を唱える人たちには徹底して冷たく当たり、力で抑え込む一方で、意に沿う人々には経済振興の予算を大盤振る舞いするなどして、ムチとアメの使い分けを躊躇(ちゅうちょ)しない手法である。その結果、沖縄には深い分断が刻み込まれてしまった。
 国がこうと決めたら、地方に有無を言わせない。8月に亡くなった翁長雄志前知事は、こうした政権の姿勢に強い危機感を抱いていた。沖縄のアイデンティティーを前面に押し出すだけでなく、「日本の民主主義と地方自治が問われている」と繰り返し語り、辺野古問題は全国の問題なのだと訴えた。
 ここにきて呼応する動きも出てきた。東京都小金井市議会は今月、普天間飛行場の代替施設の必要性などについて、国民全体で議論するよう求める意見書を可決した。沖縄で起きていることを「わがこと」として考えてほしいという、沖縄出身の人たちの呼びかけが実った。
 沖縄に対する政権のやり方が通用するのであれば、安全保障に関する施設はもちろん、「国策」や「国の専権事項」の名の下、たとえば原子力発電所や放射性廃棄物処理施設の立地・造営などをめぐっても、同じことができてしまうだろう。
 そんな国であっていいのか。苦難の歴史を背負う沖縄から、いま日本に住む一人ひとりに突きつけられている問いである。

・毎日新聞「辺野古の土砂投入始まる 民意は埋め立てられない」
 https://mainichi.jp/articles/20181215/ddm/005/070/056000c

 政府側は県民にあきらめムードが広がることを期待しているようだが、その傲慢さが県民の対政府感情をこわばらせ、移設の実現がさらに遠のくとは考えないのだろうか。
 実際、移設の見通しは立っていない。工事の遅れに加え、埋め立て海域の一部に軟弱地盤が見つかったからだ。県側は軟弱地盤の改良に5年、施設の完成までには計13年かかるとの独自試算を発表した。
 それに対し政府は2022年度完成の目標を取り下げず、だんまりを決め込む。工事の長期化を認めると、一日も早い普天間飛行場の危険性除去という埋め立てを急ぐ最大の根拠が揺らぐからだろう。10年先の安全保障環境を見通すのも難しい。
 結局は県民の理解を得るより、米側に工事の進捗(しんちょく)をアピールすることを優先しているようにも見える。
 沖縄を敵に回しても政権は安泰だと高をくくっているのだとすれば、それを許している本土側の無関心も問われなければならない。
 仮に将来、移設が実現したとしても、県民の憎悪と反感に囲まれた基地が安定的に運用できるのか。
 埋め立て工事は強行できても、民意までは埋め立てられない。

・読売新聞「辺野古土砂投入 基地被害軽減へ歩み止めるな」
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20181214-OYT1T50151.html

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設計画は、新たな段階を迎えた。政府は、移設の意義を粘り強く訴えながら、丁寧に工事を進めていかなければならない。
 (中略)
 今回の埋め立て対象は、全160ヘクタールの予定海域のうちの4%で、20年7月まで実施する。政府は作業海域を広げる方針だ。県の理解を求める努力は欠かせない。
 辺野古では、改良が必要な地盤の存在が指摘されており、防衛省は追加の地質調査を行っている。軟弱地盤があれば、設計変更のための県の承認が必要だ。
 玉城デニー県知事は記者会見で、「国の強硬なやり方は認められない。あらゆる手段を講じていく」と述べた。移設工事は、またしても中断する可能性がある。
 普天間の固定化は避けなければならないとの認識で、知事は政府と一致しているはずだ。従来の主張にこだわらず、現実的な解決策を考えるべきである。
 県は、移設の是非を問う県民投票を来年2月に行う。基地問題への県民の思いは様々で、二者択一ではすくい取れない。分断に拍車をかけるだけではないか。
 沖縄には、日本にある米軍基地の7割が集中する。政府は負担軽減を着実に図るとともに、振興策を推進することが求められる。

・産経新聞「辺野古へ土砂投入 普天間返還に欠かせない」
 https://www.sankei.com/column/news/181215/clm1812150002-n1.html

 市街地に囲まれた普天間飛行場の危険を取り除くには、代替施設への移設による返還が欠かせない。
 日米両政府による普天間飛行場の返還合意から22年たつ。返還へつながる埋め立てを支持する。
 (中略)
 沖縄の島である尖閣諸島(石垣市)を日本から奪おうとしている中国は、空母や航空戦力、上陸作戦を担う陸戦隊(海兵隊)などの増強を進めている。北朝鮮は核・ミサイルを放棄していない。沖縄の米海兵隊は、平和を守る抑止力として必要である。
 普天間返還を実現して危険性を取り除くことと、日米同盟の抑止力の確保を両立させるため、日米は辺野古移設で合意した。
 安倍晋三首相ら政府は反対派から厳しい批判を浴びても移設を進めている。県民を含む国民を守るため現実的な方策をとることが政府に課せられた重い責務だからだ。沖縄を軽んじているわけではない。
 そうであっても、政府や与党は辺野古移設がなぜ必要なのか、県や県民に粘り強く説明しなければならない。
 来年2月24日には辺野古移設の是非を問う県民投票が予定されている。普天間返還に逆行し、国と県や県民同士の対立感情を煽(あお)るだけだ。撤回してもらいたい。

・北海道新聞「辺野古土砂投入 沖縄の声無視する暴挙」
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/258132?rct=c_editorial

 国は県側が納得できる説明を何一つできていない。
 岩屋毅防衛相は早ければ2022年度とされてきた普天間返還に関し、県の埋め立て承認撤回などを理由に困難との認識を示した。
 返還が遅れる責任を県に転嫁するとは驚くほかない。
 日米両政府が1996年に普天間返還に合意後、20年以上たつ。その間に沖縄の米海兵隊の大幅削減も決まった。日米間で辺野古移設の必要性を再考するのが筋だ。

・山形新聞「辺野古土砂投入 『唯一の策』か再検証を」
 http://yamagata-np.jp/shasetsu/index.php?par1=20181215.inc

 戦後、本土各地にあった米軍基地は反対運動のために沖縄に移され、集中が進んだ。沖縄が投げ掛けているのは、安全保障の負担は全国で公平に担うべきではないかという当たり前の問いだ。沖縄の過重な負担、地元の民意を顧みずに進められる政策。この事態を見過ごすことは、安全保障は沖縄県民の犠牲によって実現されるべきであると言うに等しい。

・信濃毎日新聞「辺野古に土砂 民意顧みない無理押し」
 https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20181215/KT181214ETI090002000.php

 県は辺野古の賛否を問う県民投票を来年2月に予定している。改めて反対の民意を明確に示し、政府に断念を迫る考えだ。
 賛否を巡り地域の分断、亀裂が深まる恐れもある。ここまでしなければならない状況を生み出した罪深さを政府は自省すべきだ。
 国政選挙を含め、繰り返し示されてきた沖縄の民意を顧みることなく、国の政策が力ずくで推し進められている。地方の声を無視する政治の在り方は沖縄だけの問題ではない。
 政府は埋め立てを進めて既成事実化することで県民を諦めさせたいのだろう。こんなやり方を許すことはできない。沖縄の人たちとともに政府に異を唱え続けたい。

・新潟日報「辺野古土砂投入 民主主義の危機を感じる」
 http://www.niigata-nippo.co.jp/opinion/editorial/20181215438967.html

 沖縄の民意と向き合わず、対立する意見を話し合いで調整する政治の役割を放棄したと言っていい安倍政権のやり方には民主主義の危機を感じる。
 辺野古移設に反対する沖縄県は反発を強め、県民投票や規制強化で対抗する方針だ。
 「沖縄の心に寄り添う」。安倍晋三首相は沖縄の基地問題についてそう繰り返してきた。
 9月の知事選では移設反対を掲げた玉城氏が与党系候補を破った。移設反対が直近の沖縄の民意、沖縄の心といえる。
 政権は11月から1カ月余、玉城氏の求めに応じて県側と協議を続けてきた。しかし結局は土砂投入を強行した。
 埋め立てが実際に始まったことで、後戻りは困難になる。沖縄の心は踏みにじられたと言っていい。

・中日新聞・東京新聞「辺野古に土砂 民意も法理もなき暴走」
 http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2018121502000108.html

 群青の美(ちゅ)ら海とともに沖縄の民意が埋め立てられていく。辺野古で政権が進める米軍新基地建設は法理に反し、合理性も見いだせない。工事自体が目的化している。土砂投入着手はあまりに乱暴だ。
 重ねて言う。
 新基地建設は、法を守るべき政府が法をねじ曲げて進めている。なぜそこに新基地が必要か。大義も根底から揺らいでいる。直ちに土砂投入を中止し虚心に計画を見直す必要があろう。
 (中略)
 あらゆる民主的な主張や手続きが力ずくで封じられる沖縄。そこで起きていることは、この国の民主主義の否定でもある。
 これ以上の政権の暴走は、断じて許されない。

・北國新聞「辺野古埋め立て やむを得ない政治決断」

 安全保障に責任を負う政府としては、外交を含めた多角的な観点からの判断が必要である。「普天間飛行場の危険性を除去し、日米同盟の抑止力を維持するための現実的な解決策は辺野古移設」という政府の見解は、総合的、大局的に考えた末の結論として是認できるのではないか。中国との関係は表面上、改善に動いているとはいえ、軍事的な脅威が薄れることは考えられず、米海兵隊が沖縄に駐留する意義はなお大きい。
 県民投票に反対の意見書には、国全体に影響を及ぼす安保政策は住民投票になじまないとの見解も盛り込まれている。一自治体の意向だけで国の安保政策を決められないことを理解する県民は少なくないのだろう。政府が沖縄県民の苦悩を真摯に受けとめ、基地負担の軽減に努めなければならないことは論をまたない。

・福井新聞「辺野古土砂投入 沖縄の民意を葬る光景だ」
 https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/760124

 土砂を投入する区域は今のところ、予定面積の4%にすぎず、沖縄県側は法的手段などあらゆる手を使って阻止する構えだ。ただ、県民投票にしても一部自治体が実施に否定的とされる。県民は「われわれはいつまで、県民同士で対立しなければならないのか。政府は沖縄の悲しみを知らない」と憤る。反対派と容認派の分断を促してきたのが政府であり、その罪は重い。
 国土面積の1%しかない沖縄に在日米軍基地の7割が集中する。本土各地にあった基地が反対運動により沖縄に移された結果である。全国で公平に負担してほしいと沖縄は投げ掛けている。この声に本土も応える責任があるはずだ。
 土砂投入までには、法治国家とも思えないような政府の強引な姿勢があった。行政不服審査法で防衛省案件を国土交通省が扱ったことなどは最たるものだ。沖縄の民意が葬られる過程を国民も目の当たりにしてきた。対等であるべき国と地方の関係が一方的に崩される事態は、どの自治体でも起こりうることを肝に銘じなければならない。

・京都新聞「辺野古土砂投入 民意背く強行許されぬ」
 https://www.kyoto-np.co.jp/info/syasetsu/20181215_3.html

 普天間返還の日米合意から22年。その後、返還後の県内移設が決まり、県民は反発した。早期返還を求める一方で、移設を「新たな基地」負担と受け止めている。
 悲惨な沖縄戦を経験し、米軍基地に県土の多くを占有される県民にとって、やむにやまれぬ反発だろう。本土で同じように移設強行できるのか、との声も聞こえる。
 玉城氏を知事選で大勝させたのは、保守層も含めた民意だ。このまま辺野古移設に突き進めば、安全保障の土台が不安定になりかねないことを、安倍政権は真剣に考えるべきだ。

・神戸新聞「辺野古土砂投入/民意踏みにじる実力行使」
 https://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/201812/0011906120.shtml

 そもそも政府は、新基地が完成すれば直ちに普天間が返還されると明言していない。
 2013年に日米が合意した返還計画では、辺野古以外に七つの条件が課せられた。緊急時の那覇空港使用などが問題となるが、政府は踏み込んだ見解を示そうとしない。
 空域の使用制限などで、沖縄のみならず日本の空全体に影響を及ぼす日米地位協定も、見直す動きは見られない。
 民意を軽んじて国策を押し通す。地方に従属を求めるが、米国には忖度(そんたく)の姿勢を示す。沖縄の怒りと反発は、安倍政権の対応に向けられている。日本全体の問題として受け止めたい。

・山陰中央新報「辺野古土砂投入/『唯一の策』か再検証を」

・愛媛新聞「辺野古土砂投入 民意を無視した暴挙 工事中止を」
 https://www.ehime-np.co.jp/article/news201812150008

 菅義偉官房長官は「全力で埋め立てを進めていく」とさらに強硬な姿勢を示している。県は今後、土砂採取の規制強化を目的とする「県土保全条例」の改正や、来年2月の県民投票で改めて民意を示すことなどで対抗する構えだ。政府は強引な手法を続ければ続けるほど、県民の怒りを増幅させ自らが重視する日米同盟にも影を落とすと自覚すべきだ。米国に移設先の現状や沖縄の民意を説明し、交渉によって基地負担の軽減を実現することにこそ力を注がなければならない。

・大分合同新聞「辺野古土砂投入 新基地必要性の再検証を」

・佐賀新聞「辺野古土砂投入 『唯一の策』か再検証を」=筆者は共同通信
 https://www.saga-s.co.jp/articles/-/314873

 政府は、市街地にある普天間飛行場の危険性除去のためには辺野古移設が「唯一の解決策」だと主張する。しかし本当に唯一の策なのか。計画が浮上して以降の沖縄県民の民意や安全保障環境の変化、国と地方の関係など、さまざまな観点から疑問が尽きない。
 政府が年内の土砂投入に踏み切ったのは、来年2月に予定される辺野古埋め立ての賛否を問う県民投票や夏の参院選の前に、工事の既成事実化を図るのが狙いだろう。
 しかし、まだ後戻りはできる。当面土砂を投入する区域は埋め立て予定面積の約4%にすぎない。土砂投入を即時停止し、移設計画を再検証するよう重ねて求めたい。
 (中略)
 戦後、本土各地にあった米軍基地は反対運動のために沖縄に移され、集中が進んだ。沖縄が投げかけているのは、安全保障の負担は全国で公平に担うべきではないかという当たり前の問いだ。沖縄の過重な負担、地元の民意を顧みずに進められる政策。この事態を見過ごしていいのか。本土の側の責任が問われている。

・熊本日日新聞「辺野古土砂投入 『新基地』本当に必要なのか」
 https://kumanichi.com/column/syasetsu/758777/

 政府はなぜ県民投票や係争処理委員会の判断を待てないのか。国と地方は「対等・協力」の関係のはずだ。政府の強圧的とも言える姿勢には、同じ地方に身を置く立場としても危ぐを禁じ得ない。
 政府は辺野古移設の理由に、普天間飛行場の危険性除去のほか日米同盟による抑止力維持を挙げる。朝鮮半島や台湾海峡に近い沖縄に米海兵隊が駐留することが抑止力につながるという理屈だ。
 日米両政府が合意した在沖縄米海兵隊のグアム移転計画には、沖縄を射程に入れる中国のミサイル攻撃を避ける狙いがあるとされる。米軍は危険回避のため、分散配置で兵力を機動的に巡回させるのが基本戦略だ。沖縄には極東最大級の嘉手納基地もあり、抑止力の中核となっている。そうした観点からも辺野古「新基地」は不要だというのが玉城氏の主張だ。
 それでも普天間飛行場の代替施設が不可欠というのであれば、安全保障面での説得力のある説明が必要だろう。県民感情の悪化は、日米同盟の安定的な維持にも影響しかねない。政府はそのこともしっかり認識する必要がある。

・南日本新聞「[辺野古土砂投入] 後世に取り返しつかぬ」/県民の反発は強まる/基地負担の在り方は
 https://373news.com/_column/syasetu.php?storyid=99698

 政府は、日米同盟の維持や普天間飛行場の危険性除去を理由に、辺野古移設が「唯一の解決策」と強調している。
 果たしてそうだろうか。今年9月の選挙で移設に反対する玉城デニー知事が過去最多の得票で当選し、沖縄の民意は明確である。
 日米とも民主主義を標榜(ひょうぼう)する。日本政府に求められるのは、沖縄の民意を背景に、米政府と移設の是非を再検討することである。
 沖縄は、戦後一貫して米軍基地問題に翻弄(ほんろう)され続けてきた。在日米軍専用施設の大半が集中する県土に新たな基地負担を強いるのは理不尽だ。
 全ての国民が主権者として沖縄の現状を見据え、安全保障の負担の在り方に向き合う必要がある。

 

※追記=2018年12月16日11時10分

 沖縄タイムスが12月16日付紙面に、14日の土砂投入を東京発行の新聞各紙が15日付朝刊でどのような扱いで報じたかをまとめた記事を掲載しています。沖縄県外、日本本土でこの問題がどのように報じられているのかは、日本本土に住む主権者がこの問題をどのように考え、自らの意思を決定するかという問題と密接にかかわります。日本本土のマスメディアのありようは、沖縄の人たちにとっても重要な情報です。

https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/360055

www.okinawatimes.co.jp

 

※追記2=2018年12月16日16時45分
 目に止まった16日付の社説、論説を書きとめておきます。
 日経新聞は辺野古への新基地建設は容認しつつ、安倍政権を全面的に擁護はせず、日米地位協定の改定を含めて、過重な基地負担の解消策を分かりやすく沖縄県民に示すように求めています。また、日本本土の国民が沖縄の基地問題の歴史を知ることの重要さも指摘しています。
 同じように辺野古への新基地建設を容認する読売新聞や産経新聞は、沖縄県や県民に新基地建設の意義や必要性を粘り強く説明するよう安倍政権に求めていますが、日経新聞は日米地位協定の改定という具体策を挙げることで、読売、産経とは少し異なった趣きを感じさせます。

【12月16日付】
・日経新聞「沖縄に理解求める努力を」
 https://www.nikkei.com/article/DGXKZO39006900V11C18A2EA1000/

 普天間移設が政治課題になって20年以上がたつ。いまさら移設計画を白紙に戻すのは現実的ではない。だからといって、力ずくで反対運動を抑え込めばよいのか。本土から多くの機動隊員が名護市に送り込まれているが、ずっと居続けるのだろうか。
 土砂が投入されたことで、大浦湾の豊かな自然がもとに戻ることはなくなった。安倍政権内に「これで県民も諦めるだろう」との声があることは残念だ。
 いま国がすべきなのは、沖縄の過重な基地負担がどう解消されていくのかを、わかりやすい形で県民に示し、少しずつでも理解の輪を広げることだ。
 過重な負担には、広大な基地面積だけでなく、騒音、振動、悪臭や米軍人の犯罪をきちんと取り締まれない日米地位協定の不平等性という問題もある。

 地位協定の改定に取り組む姿勢をみせれば、県民が抱く「東京はワシントンの言いなり」という不信感を和らげるだろう。
 責任は本土の国民にもある。「沖縄は借地料をもらっておいて文句をいうな」という人がいる。基地用地のほとんどは、戦時に収奪されたものだ。対等に結んだ契約とは話が違う。歴史を知れば、そんな悪口は出ないはずだ。

・神奈川新聞「辺野古土砂投入 この日、決して忘れない」

・西日本新聞「辺野古埋め立て 民意聞かない政治の劣化」
 https://www.nishinippon.co.jp/nnp/syasetu/article/473431/

 玉城知事は土砂投入を受けて「工事を強行すればするほど、県民の怒りは燃え上がる」と語った。政府は直ちに土砂投入を中止し、沖縄県との対話を再開する必要がある。さらに土木の専門家も交えて工事の全体像について協議するとともに、県民投票で示される民意を尊重すると県側に約束すべきである。
 政治の本旨とは、謙虚な姿勢で民意に耳を傾け、実現に力を尽くすことだ。それどころか、ブルドーザーさながらに民意を押しつぶし、立ち止まって話し合う度量もない。心が寒くなるような政治の劣化ではないか。