セクハラを話し始めたメディアの女性たちに、自身の無知を恥じ入る

 4月12日発売の週刊新潮が報じた財務省の福田淳一事務次官のセクシャルハラスメントの問題は、まず財務省が、セクハラを次官本人が否定していることを明らかにするとともに、セクハラの被害者に対して、財務省が指定する弁護士に名乗り出て調査に協力するよう求めました。18日になって次官は辞意を表明。国会の混乱などの責任を取るということのようでしたが、それでもなおセクハラは否定しました。その夜、テレビ朝日が、次官のセクハラの被害者は自社の女性社員であることを公表。翌19日には財務省に対して正式に抗議しました。しかし、それでも次官はセクハラを否定し、財務省もその主張の側に立つ、という姿勢を変えていません。これが、このブログ記事を書いている4月22日夜の時点の状況です。
 わたし自身、マスメディアで35年間働いてきた一人として最初に思ったのは、記事の詳細さに鑑みて、週刊新潮が伝えた次官のセクハラは恐らく本当だろう、記事が伝えるような状況で、記事が伝えるような言葉のやり取りはあったのだろうし、次官本人の認識はともかく、それはセクハラと呼ぶほかないということでした。そして、セクハラの被害者本人に名乗り出るよう要求した財務省の感覚に大きな疑問を感じました。次いで、テレビ朝日が被害者は自社の社員であることを公表し、財務省に抗議したことには、遅まきながらも評価されていいと考えた一方で、被害の申告が当初、社内ですくい上げられなかったことには、批判は当然だろうと思いました。ここまでは、わたしの受け止めは、各メディアのこの問題の報道の基本的なトーンとほぼ一致していたと思います。

 問題はそれからです。現時点でわたしは、この問題は、新聞社や通信社、テレビ局のマスメディア企業にとって、例外なく当事者性があると考えています。テレビ朝日と財務次官、財務省との間の主張の対立がどう決着するのかを見極め、報じればそれで終わりということではありません。どの社も、社員が取材先でハラスメントの被害に遭っていることにどう向き合うのか、認識や対応が問われることは、テレビ朝日と何ら変わりはないだろうということです。
 考えてみれば当たり前のことなのだろうと思います。しかし正直に言って、週刊新潮の報道に最初に接した時には、明示的には理解できていませんでした。はっきりと自覚するようになったのは、マスメディアで働く女性たちが、自分の所属する企業の内外で様々に声を上げ始めたのを知ってからです。それはこの週末にかかる3日ほどの間のこと、わずかここ数日のことです。
 実名で自社媒体に記事を書いた人、匿名で他の媒体の取材に応じた人、労働組合の場で経験を語り合った人たち、SNSで思いを表明する人―。共通しているのは、取材の中でセクハラを受けながらも、それを所属企業の中では明らかにできなかった実体験です。それらの証言が示しているのは、社外でのセクハラ被害そのものとともに、社内の理解のなさにも苦しめられているのは、テレビ朝日の社員だけではない、ということです。そのことを、それらの実体験を知ることでようやくはっきりと理解するようになりました。自らの無知と鈍感さを恥じ入るばかりです。

 わたしは1983年にマスメディア企業(通信社)に入社し、記者の仕事に就きました。以来35年間、途中で計3年間の労働組合専従の期間はありましたが、一貫して取材・報道の職場に身を置いてきました。雇用機会均等法の制定は1985年。以後年々、報道の職場に女性がわずかずつながらも身を置くようになった中で、女性記者のセクハラ被害を知らなかったわけではありません。わたしたちの世代の記者の間でよく知られているのは、例えば官舎に夜、取材に訪れた女性記者へのセクハラ行為が報じられた秋田地検次席検事が1994年に更迭され停職処分を受けた例や、2003年にホテルで女性記者に抱き着くなどのセクハラ行為をした大阪府警の副署長の警視が懲戒処分を受け依願退職した例があります。
 わたしの認識はと言えば、こうしたセクハラ行為に対しては、記者から被害の申告を受けた所属企業が相手先の組織に抗議するなりの対応をきちんと取っていると思っていました。でも、こうした対応が取られていたのは、極端とも言える度を越えた被害に限られていたのでしょう。そうした例は氷山のほんの一角に過ぎない。現実にはおびただしい被害があり、しかもそれらの被害を被害者が自分の所属企業内でも口にできない実態があることには、ほとんど考えが及んでいませんでした。
 後悔の念とともに、わたしの一つの例を書きとめておきます。労働組合の専従役員当時、わたしはわたしなりに、新聞産業での男女共同を考えていたつもりでした。職場には、男性だけでやってきた長年の慣習から男性偏重のマインドが随所にあり、それを変えていくことがいかに大変なことか。その大変さの中には、その変化を率先して担っていくべき労働組合が、これもまた長年の経緯があって男性偏重になっていることもあると感じていました。当時、男女共同の課題の難しさを説明するとき、このような言い方をしていました。「新聞社の職場は長らく『男の世界』でやってきています。労働運動も実はそうです。新聞の世界には『二重の男の壁』があるのです」―。わたしとしては、決して楽な取り組みではないことを分かりやすく表現しようとしていたつもりでした。しかし、セクハラ被害に苦しんでいた女性の労働組合員が耳にして、何と感じたでしょうか。「これでは労働組合にも相談できない」と感じ、愛想が尽きる思いをした人もいたのだろうと思うと、わが身の無知と考えの浅はかさを恥じるばかりです。

 マスメディア企業の中では、いまだに経営幹部、編集幹部も圧倒的に男性の比重が高いままで、テレビ朝日で起こったこと、セクハラ被害の申告が組織として受け止められなかったことの要因は、テレビ朝日ただ1社の固有事情というわけではないように思えます。そうではないからこそ、マスメディアで働く女性たちが声を上げ、自らの体験を明かし始めているのだと感じます。この流れは止まらないでしょうし、止めようとしてはならないと思います。今はまず何よりも、女性たちの訴えに男たちが心して向き合うことが必要です。問題はその後、これからなのでしょう。どう変わるのか、変わることができるのか。日本のマスメディアにとって、かつてなかった大波、ここで変われなければ将来はない、というぐらいの大波だと感じています。

 以下に、ネット上で読める女性たちの発信の記事をいくつか紹介します。マスメディアで働く男性たち、経営幹部や編集幹部に属する男性たちがまず読むべきだと考えています。
 なお、セクハラ被害を考えるときに、一番悪いのはセクハラをする当人、加害者です。議論の際には、あるいは報道でも、折に触れそのことを明示して確認を繰り返す方がいいと思います。セクハラを受ける方にも落ち度がある、などというそれ自体がハラスメントの言辞を許さないためです。 

▼4月19日
・毎日新聞「財務次官辞任 『今こそ連携する時』メディアの枠超え女性結束」
 ※元朝日新聞記者で経済誌「ビジネスインサイダー」編集長の浜田敬子さん、元日本経済新聞記者で「上司の『いじり』が許せない」などの著書がある中野円佳さん、元毎日新聞の上谷さくら弁護士、元日経BP社のジャーナリスト、治部れんげさんらに取材

mainichi.jp

▼4月20日
・朝日新聞「取材現場、セクハラに『NO』明言できず罪悪感」
 ※通信社に勤める女性記者らに取材

www.asahi.com

・共同通信=47news「【特集】彼女は反省する必要などあるのか 財務事務次官のセクハラ疑惑」

 ※共同通信の編集委員が自らの体験を交えて

this.kiji.is

・神奈川新聞:時代の正体590「#You Too」と言う

 ※セクハラ被害を取材した男性記者から

www.kanaloco.jp

▼4月21日
・BuzzFeedNEWS「特ダネのためにすり減った私。記者たちの #MeToo」

 ※民放局の女性記者、全国紙で警察を担当している20代の女性記者ら女性記者6人に取材

www.buzzfeed.com

・HUFFINGTONPOST「85年、私はアナウンサーになった。 セクハラ発言『乗り越えてきた』世代が感じる責任」

 ※筆者は長野智子さん

www.huffingtonpost.jp

・HUFFINGTONPOST「取材先からのセクハラ、語り始めた女性記者たち 苦悩と後悔、メディアへの提言」

 ※新聞労連全国女性集会のリポート

www.huffingtonpost.jp 

・毎日新聞「『勇気ある行動、感謝』女性記者がエール」

 ※新聞労連全国女性集会のリポート

mainichi.jp

▼4月22日
・東京新聞「新聞労連集会 セクハラの課題を議論 女性記者『相談できる場を』」

 ※新聞労連全国女性集会のリポート

www.tokyo-np.co.jp 

 報道でも紹介された新聞労連の全国女性集会は、4月22日にアピール「セクハラに我慢するのはもうやめよう」と「活動報告」をまとめ、公表しています。まずは職場の中の男性、管理職、経営幹部、編集幹部がこうした声を知ることが重要だと思います。

▼「セクハラに我慢するのはもうやめよう」

http://www.shinbunroren.or.jp/seimei/180422-1.html

▼「新聞労連主催『女性集会』活動報告」

http://www.shinbunroren.or.jp/seimei/180422-2.html

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 財務次官のセクハラ問題でもう一つの焦点は、夜間の1対1の取材です。情報を持つキーパースンに食い込みを図ることは、記者の仕事の基本だとわたし自身、教え込まれてきて、そのことを疑うことはありませんでした。そうした取材は間違いではないし絶対に必要だとなれば、女性記者のセクハラ被害をなくす一つの方法は、担当者を男性記者にすること、となります。しかし、それでは女性は記者になってはいけない、と言うのも同然となります。記者の仕事に就いて初めてのことですが、この1対1の取材を疑うことも今は必要なのかもしれない、という気もしています。この点については、考えがまとまったところで、また改めて書いてみたいと思います。

 以下に、東京発行の新聞各紙のうち、財務次官がセクハラを否定していることが報じられた4月17日付朝刊と、次官の辞職が報じられた19日付朝刊の各紙1面の様子を写真で残しておきます。

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【4月17日付朝刊】

 

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【4月19日付朝刊】

南洋に眠る平安丸が問い掛けるもの~企画展「グランブルーの静寂~もうひとつの氷川丸~」

 横浜市の山下公園に係留されている貨客船「氷川丸」は戦前の1930年に建造されました。シアトルへの北太平洋航路に就航しますが、太平洋戦争では海軍に徴用されて病院船に。戦後は引き上げ船として運航された後に太平洋航路に復帰し、1960年に引退しました。
 ※日本郵船:船の歴史「氷川丸」
  http://www.nyk.com/rekishi/knowledge/history_luxury/01/
 その氷川丸には、ほぼ同じ設計で同じ時期に建造された姉妹船「平安丸」「日枝丸」がありました。そのうち平安丸は戦時中、特設潜水母艦となり1944年2月、南洋の日本海軍の根拠地だったトラック諸島に停泊中に米軍の大空襲に遭い、他の多数の艦船とともに沈没しました。その海底の現在の平安丸の様子を紹介する企画展「グランブルーの静寂~もうひとつの氷川丸~」が4月22日(日)まで横浜市の「日本郵船歴史博物館」で開催。先日、見学してきました。
 ※日本郵船歴史博物館・日本郵船氷川丸
  http://www.nyk.com/rekishi/

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 トラック諸島の現在の呼び名はチューク諸島。ミクロネシア連邦に属しています。ウイキペディア「チューク諸島」によると、歴史的にはスペイン、次いでドイツの植民地を経て、第1次世界大戦終結後に日本の委任統治領となり、南洋庁の支庁が置かれました。武装化は禁止されていましたが、1933年の日本の国際連盟脱退、36年のワシントン軍縮条約失効などにより、加速度的に基地の整備が推進されました。米海軍の本拠地のハワイと米植民地のフィリピンの間に位置し、戦略上の要衝でした。一帯は広大な環礁で、ウイキペディア「トラック島空襲」によると、沈んでいる日本の艦船は約40隻に上り、うち30隻以上は平安丸のように徴用された民間の商船です。
 これらの沈没艦船は、原形をとどめているものも多く、現在はダイビングスポットになっているそうです。企画展では、貨客船時代の平安丸の写真や関連資料とともに、海底に眠る現在の様子の水中写真も数多く展示されていました。静寂に包まれた青色の光の中に浮かぶ平安丸の船体は、73年前に日本の敗戦で終結した戦争が確かにあったことを改めて訴えかけているような気がしました。

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 写真:横浜港の氷川丸


 印象に残ったのは、戦争を生き延びた氷川丸とそうならなかった平安丸の違いの解説です。氷川丸は徴用後、病院船になりました。船体に大きく十字が描かれ、戦時であっても攻撃は禁じられていました。戦場から日本本土へ傷病兵を輸送しました。対して平安丸は特設潜水母艦として、潜水艦へ魚雷や物資を補給し、簡単な修理も行うほか乗組員の休養も担当していました。直接の戦闘には参加しない補助艦ではあったものの、敵の攻撃目標でした。その船種の違いが運命を分けました。戦争では、ちょっとした偶然が生死の別を分けた例は数多くあったことと思います。船にも、人間にも似た運命の別と呼ぶべきものがあるのだと感じました。
 戦争は人間の個々、一人一人の運命を弄びます。自分で自分の未来を決めることができない。だから戦争は悲惨であり、決して正当だと認めることができないのです。見学を終えて、そんな思いも新たにしました。
 このブログでも以前、紹介したことがありますが、太平洋戦争では民間船舶や船員の大半が軍事徴用され物資輸送や兵員の輸送などに従事した結果、1万5518隻の民間船舶が撃沈され、6万609人の船員が犠牲となりました。軍人の死亡比率を大きく上回るとのことです。
 船員でつくる個人加盟の労働組合「全日本海員組合」は、それらの船の在りし日の姿を記録した施設「戦没した船と海員の資料館」を神戸市に設けています。ネット上のサイトでは、都道府県別の戦没船員の数、インド洋から太平洋にかけての戦没船のおおよその位置を見ることができます。平安丸を始めトラック諸島の沈没船も網羅しています。
 ※沈没した船と海員の資料館
  http://www.jsu.or.jp/siryo/

 ひとたび戦争となると何が起きるのか、民間船と船員の戦争被害の歴史は貴重な教訓ですし、その教訓を生かすこと、2度と戦争をしないことこそが、犠牲者の慰霊の唯一の方策だろうと思います。

富士フイルムが白黒フィルムの出荷終了へ~感慨を覚えるニュース

 感慨を覚えるニュースが目に止まりました。富士フイルムが、白黒フィルムの出荷を今年10月に終了すると、4月6日に発表しました。白黒フィルム用の印画紙も2020年3月までに販売を終えるとのことです。デジタルに押されて需要の低迷が続き、採算が合わなくなったことが理由のようです。

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 今や写真はスマホで撮るのが当たり前の光景で、その中ではよく今まで持っていたと言うべきかもしれません。他メーカーの製品もあるようなので、白黒フィルムが完全になくなるわけではないようですが、それでもかつて、業務で大量に富士フイルムの白黒フィルムを使っていた身としては思うところがあれこれあります。
 現在の勤務先に入社して記者職に就いたのは、ちょうど35年前の1983年4月でした。新聞の紙面の文字数は1行15字の時代。今の紙面と比べれば豆粒みたいな活字です。カラー印刷はまだまだ一般的ではありませんでした。紙面には白黒写真で十分だったのと、撮影から現像、電送までを、支局勤務の記者でもできる手軽さで、写真はもっぱら白黒の時代でした。
 当時、携帯電話はなく、呼び出しはポケットベル。鳴ると慌てて公衆電話を探し、支局に連絡を入れていました。いつも10円玉を切らさないようにしていました。最初に使ったポケベルは文字表示も何もなく、ただピーピーピーと音が鳴るだけ。騒がしいところでは聞き漏らすことも珍しくなく、赤いライトが点滅するタイプに更新された時には「ずいぶん便利になった」と喜びました。パソコンはおろか、ワープロがやっと出始めた時期で、原稿は紙に手書きでした。ボールペンを使っていましたが、長い記事になると手が疲れました。今もボールペンはなるべく手に負担が少ない太いタイプを選びます。インターネットはもちろんなく、手書きの記事はファクスでデスクに送っていました。そして写真はフィルムカメラ。どこに行くのにも、愛用のニコンF3に白黒フィルムを詰めて持ち歩いていました。
 新聞労連の専従役員だった2006年1月、ニコンがフィルムカメラから撤退しデジタルカメラに特化するとのニュースがありました。そのときも感慨深く、思うことを当時運営していたブログ「ニュース・ワーカー」に書きました。そのことを思い出して、久しぶりに読み返してみました。未熟で、粗雑で、それでも新聞記者の仕事をしていることを誇りに思っていました。思えば新聞の発行部数はまだ右肩上がりを維持していた時代。新聞も新聞社も、新聞記者も元気だったように思います。

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18日間秘匿されたオスプレイ横田配備~自国民より米国の意向優先

 4月3日の火曜日、在日米軍が突然の発表を行いました。米空軍の垂直離着陸機CV22オスプレイ5機が週後半に東京・横田基地に到着するとの内容。オスプレイは到着後に訓練を行い、そのまま横田基地を拠点に運用を開始するとのことでした。正式配備は夏ごろとされています。CV22の横田基地配備計画については、米国防総省が昨年3月、当初予定の17年後半より最長で3年遅れ、19年10月~20年9月になると発表していました。
 共同通信が初報を速報したのは午後零時半ごろ。いきなりの配備前倒しに驚きましたが、さらに驚いたのは、その日の夕方にオスプレイ5機を積んだ輸送船が横浜港の米軍専用埠頭ノースドッグに到着し、機体が陸揚げされたことです。つまり、在日米軍の発表が行われたころには、輸送船はもう横浜入港まであと5~6時間という近海に到達していたことになります。輸送船の出航地は米国フロリダとの報道(5日付東京新聞朝刊)もありますが、何日間もの航海の末に日本に到着する、そのギリギリの直前まで、日本国民には配備前倒しも5機の輸送も、何も知らされていなかったことになります。
 気になったのは、では日本政府が知ったのはいつか、ということでした。報道でこの点に触れたのは、東京発行の新聞各紙では朝日新聞の5日付朝刊が最初です。社会面トップの「突然オスプレイ なぜ」の記事の中で短く、以下のように触れています。

 政府関係者によると、米側から連絡があったのは3月16日。ただ「こちらから連絡するまで、日本国内の公表は控えてほしい」と要請があったという。

 3月16日から4月3日の発表まで半月余り、18日間、日本政府は米国の意向を優先して自国民に何も知らせずにいました。沖縄で墜落を含めてトラブルが相次いでいるオスプレイが、タイプは異なるとはいえ首都圏の空を飛び回ることになる危険性と住民の不安もさることながら、今回のオスプレイ横田配備でいちばんの問題はここにあると、わたしは考えています。
 米軍は今後数年間で計10機と運用の要員ら約450人を順次配備する予定で、中国や北朝鮮への抑止力を高める狙いがあるとみられています。菅義偉官房長官も4日の記者会見で「日本の防衛、アジア太平洋地域の安定に資する。地元への影響を最小限にするよう日米で協力する」と述べたと報じられています。日本社会にもそれだけの大きな意味のある配備であるなら、事前に配備情報を公表して然るべきです。当然に反対の声が巻き起こり、機体の横浜到着当日は横浜港周辺でも反対運動が展開されたでしょう。しかし、そうした反対の声も含めて、横田配備前倒しが広く社会に報じられ、そうする中で社会的な議論が行われるべきでした。市街地上空を飛行中に何かトラブルがあれば大きな被害も予想される、そういう問題もありますし、国土の一部を米国の主権下にある軍事基地に提供しているそのありように根本的にかかわる問題というとらえ方もできるかと思います。この「オスプレイ横田配備」は、日本で広く社会的な議論があって然るべきテーマです。
 しかし、政府が18日間にわたって情報を伏せた結果はどうだったでしょうか。突然の発表でマスメディアも浮足立ち気味の中、輸送船が粛々と横浜に入港し、粛々と機体が陸揚げされる、その様子が粛々と報じられる―。わたしにはそのように感じられました。仮に、事前に情報が公表されていたなら、「あす到着」「きょう陸揚げ」といった事前報道もあったでしょうし、時間をかけて専門家に取材した記事なども準備できたはずです。その違いは歴然だと思います。反対の声に包まれることなく粛々と機体が日本到着を果たしたことで、「配備は既定の方針」「反対しても無駄だ」といったムードが日本社会に醸し出されるのだとすれば、日本政府が情報を出さなかったことの意味合いが分かります。そうした「反対の声の封じ込め」が目的だったと断定はできませんが、仮説として留意しておきたいと思います。
 軍事情報を国民に伏せることは、さかのぼれば太平洋戦争中の「大本営発表」報道に行き着くと思います。最後は戦果をねつ造し虚偽の事実を発表するところまで行ったのが、かつての日本でした。今回は戦闘、つまり兵士の人命にかかわる作戦行動でもありません。米国の意向だからといって秘匿がまかり通っていってしまえば、今後一切、米軍に関わる情報は事前には公表されない、ということになることを危惧します。今、こうしている間にも米軍が日本を巻き込んで何事か進めていることがあるのに、日本政府が秘匿していて国民、住民には何も分からない、というようなことが常態化していいわけがありません。
 18日間にわたる日本政府の情報秘匿は、マスメディアとしても焦点に絞り込んで検証すべきテーマだと思いますが、6日までの在京紙各紙の報道では、ようやく6日付の東京新聞朝刊が取り上げた程度です。同じような情報秘匿が今後、繰り返されることを危惧します。

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 オスプレイ配備の発表の前日4月2日には、防衛省がいったんは昨年「存在しない」としていたイラク派遣陸上自衛隊部隊の業務日報が見つかったと、小野寺五典防衛相が明らかにしていました。3日以降、その関連記事が連日、大きく報じられています。防衛省担当記者を始め防衛や安全保障の専門知識を持つ記者は、そちらの取材、報道にも大きな労力を割かざるを得ず、結果的、相対的にオスプレイ横田配備の扱いが小さくなっているようにも思えます。
 東京発行の新聞各紙をみると、初報段階の4日付朝刊で、オスプレイ横田配備を1面で扱ったのは毎日新聞と東京新聞だけでした。両紙は社会面にも関連記事を展開していますが、朝日新聞、産経新聞は第2社会面に本記のみ、写真もなしで、小さな扱いが目立ちました。
 備忘を兼ねて、各紙の4日付朝刊の関連記事の扱いを書きとめておきます。毎日、日経、産経、東京の4紙は、いずれも本記は共同通信の配信記事です。

【4月4日付朝刊】
・朝日新聞
本記:第2社会面「オスプレイ5機 横田に今夏配備/在日米軍 沖縄以外で初」見出し2段、写真なし
・毎日新聞
本記:1面準トップ「オスプレイ今夏横田配備/週内5機到着 沖縄以外で初」見出し3段、写真(CV22オスプレイの資料写真)、地図
社会面「オスプレイ『なぜ今』/突然の前倒し 住民、怒りと不安」写真(横浜ノースドッグに入るオスプレイを積載したとみられる輸送船)
社会面「首都圏 低空飛行か」
・読売新聞
本記:2面「オスプレイ前倒し配備/米空軍5機、横田に今夏」見出し2段、写真(CV22オスプレイの資料写真)
・日経新聞
本記:4面(政治)「オスプレイ 横田配備へ/今週後半にも5機到着」見出し3段、写真(CV22オスプレイの資料写真)
・産経新聞
本記:第2社会面「オスプレイ 週内に横田着/今夏正式配備、沖縄以外で初」見出し2段、写真なし
・東京新聞
本記:1面準トップ「オスプレイ5機 横田配備/今週 延期一転、前倒し」見出し3段、写真(横浜ノースドッグに入る米空軍の輸送機CV22オスプレイを積んだとみられる輸送船)、地図(日本国内のオスプレイ関係地)、「CV22オスプレイ」(とはもの)
社会面トップ:「突然の通告『ひどい』」「首都圏の空…『なぜ今』『安全性は』」「夜間、低空飛行の懸念も/CV22 過酷条件での運用想定」写真(CV22オスプレイの資料写真)、地図(横田配備のオスプレイCV22の移動イメージ)

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 以下は、5日付以降の各紙紙面で目に付いた記事です。朝日新聞は5日付で社会面の半分以上を割く大きな扱いでした。

【4月5日付朝刊】
・朝日新聞
社会面トップ「突然オスプレイ なぜ/横田配備前倒し」「米の安保戦略 協議対象外」「市民団体『国民軽視だ』」「事故・騒音絶えぬ沖縄『我慢の限界』」
・東京新聞
社会面準トップ「『いつ飛行』米軍情報乏しく/防衛省困惑」
24、25面(特報)「首都上空で わがもの顔/日本の空は誰のもの?/事故、騒音…住民に広がる不安」「航空法及ばない米軍/沖縄では低空飛行相次ぐ/『日米地位協定 正すべき』」
社説「オスプレイ配備 住民の懸念伝えたのか」

【4月6日付朝刊】
・東京新聞
1面トップ「横田にオスプレイ18日間未公表に怒り/住民『国は信用できない』」
社会面トップ「『いつも米のいいなり』/『守られない合意』嘆く地元/配備・訓練 政府否めず」
社会面準トップ「『情報独占おかしい』識者ら/陸自日報問題・オスプレイ配備」

 

証言拒否56回、佐川前国税庁長官の不誠実

 少し時間がたちましたが、備忘を兼ねて書きとめておきます。大阪の学校法人森友学園への国有地売却を巡る財務省の決裁文書改ざん問題で、佐川宣寿・前国税庁長官の証人喚問が3月27日、衆参両院の予算委員会で行われました。国有地が不当に安く森友学園に売却された疑惑が昨年2月に表面化し、国会でも取り上げられた当時の財務省理財局長。麻生太郎財務相からは、改ざん問題の責任者と名指しされる立場でしたが、決裁文書に関わる質問に対しては証言拒否を連発しました。その一方で、安倍晋三首相や妻の昭恵氏、首相官邸の指示はなかったと断言しました。最後は「国民が知りたい真相が解明されたと思うか」と問われ「どういう経緯でだれがやったか答えていないので、満足できないだろう」と答えざるを得ず、この証人喚問では疑惑は解明されていないことを自ら認めるありさまでした。各マスメディアは証言拒否の回数を独自にカウントしました。共同通信が報じた「56回」が最多のようです。

 安倍晋三政権や自民党は以前から、全ての責任を佐川前長官に押し付けようとする姿勢を示していました。例えば15日の参院財政金融委員会では、安倍首相に近い西田昌司自民党参院議員は「『佐川事件』の真相解明が第一だ」と「佐川事件」と言い、麻生財務相は前長官を呼び捨てにして「この一連の佐川の件」と呼んだと報じられていました。その中での証言拒否の連発は、自ら進んで政権と自民党が描く構造を受け入れようとするかのようにも感じます。

 もとより証言拒否は、議院証言法で認められています。憲法38条が「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」と定めていることに鑑みれば、刑事訴追を受ける恐れがあることを理由とした証言拒否権もまた、誰であれ認められてしかるべきものでしょう。しかし、そのことを踏まえてもなお、この乱発としか言いようのない証言拒否にわたしは釈然としません。それは、佐川前長官に証言が求められた事柄が、公務員が手掛けた公務そのものだからです。

 一方で憲法は15条2項で「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」と定めています。既に職を辞したとはいえ、公務員として手掛けた公務のことについて、全体の奉仕者としての自覚が残っているのであれば、包み隠さず話すべきではないのかと思います。ましてや、舞台は主権者である国民の負託を受けた国会です。もちろん、証言拒否は法で認められた権利ですので、この「包み隠さず話すべきだ」というのは、公務員としての職業倫理のような論点にとどめるべきなのかもしれません。しかし一方で、証言拒否は自分や近親者が刑事訴追や有罪判決を受けるおそれがある場合にしか認められていません。財務省の局長だったキャリア官僚が、それを国会で話してしまえば自分が罪に問われるかもしれないということを理由に挙げて、自らが手掛けた公務について国会の場で口を閉ざしてしまうことは、つい最近まで「全体の奉仕者」だった者として、少なくとも「立派な態度」とはわたしには思えません。あくまでも公務員の道義上、倫理上の観点からの個人的な感想ですが、不誠実としか言いようがないように思います。 

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 写真は3月28日付の東京発行の朝刊各紙です。

 朝日、毎日、東京、日経は前長官の「証言拒否」を主見出しに取りました。読売は、前長官が、改ざんは理財局の中で行ったと話したことを、産経は首相官邸から改ざんの指示はなかったと証言したことを、それぞれ主見出しにしました。

 ニュースバリューは証言拒否か、首相や官邸の指示を否定したことかで、各社の判断が二つに分かれました。

はてな版「ニュース・ワーカー2」年譜(2)=随時更新

 

※はてな版「ニュース・ワーカー2」年譜(随時更新) - ニュース・ワーカー2の続きです。「はてなダイアリー」当時からのトータルアクセスを引き継いでいます。


▽2017年6月26日 はてなブログに移転
 6月26日午前1時をもって、「はてなダイアリー」から「はてなブログ」に移転しました。トータルアクセスは41万2887件、ユニークアクセスは35万6267人でした。

▽2017年10月1日
 はてなブログ移転後のトータルアクセスは10月1日0時現在、10592件でした。通算42万3479件です。

▽2018年1月1日
 はてなブログ移転後のトータルアクセスは1月1日0時現在、20460件でした。通算43万3347件です。

▽2018年4月1日
 はてなブログ移転後のトータルアクセスは4月1日0時(3月31日24時)現在、35750件でした。通算46万9097件です。

特捜検察が主導したリニア談合立件に違和感~公取委の内情をマスメディアが報じる意味

 わたしは30代半ばの一時期、社会部記者として公正取引員会の取材を担当し、「寝ても覚めても独禁法」という生活を送りました。その後の公取委と独禁法のことをつぶさにフォローしているわけではありませんが、基本はそう大きく変わるものではないだろうと考えていますし、今日でも独禁法の記事には自然に目が行きます。報道などで一般に「独禁法」、ないしは少し丁寧に「独占禁止法」と呼ばれる法律は、正式には「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」という名前です。「私的独占」という耳慣れない言葉が第一に来ているために略称は「独占禁止法」となっていますが、この法律とわたしたちの社会生活の関わりから言えば、略称は正式名称の後段から取って「公正取引法」とした方がよほどなじみが持てるのではないかと、担当記者だった当時から考えてきました。
 その独占禁止法を巡って、個人的には少なからず違和感と危惧を覚えるニュースがあります。東京地検特捜部によるいわゆるリニア談合の起訴です。

※47news=共同通信「大手ゼネコン4社起訴/リニア談合、東京地検特捜部」2018年3月23日
 https://this.kiji.is/349816202803840097?c=39546741839462401

 リニア中央新幹線の駅新設工事を巡る談合事件で、東京地検特捜部は23日、独禁法違反(不当な取引制限)の罪で、大林組、鹿島、清水建設、大成建設の法人4社と、鹿島、大成の幹部ら2人を起訴した。
 国の巨額融資が投入された「国家プロジェクト」を支える大手ゼネコンの刑事責任が、司法の場で追及されることになった。民間発注工事に絡み、同法違反の罪で起訴するのは初めて。
 個人で起訴されたのは、独禁法違反の疑いで2日に逮捕された大成の元常務執行役員大川孝容疑者(67)と鹿島の土木営業本部専任部長大沢一郎容疑者(60)。関係者によると、いずれも否認しているとみられる。

 談合を認めた大林組と清水建設は、法人としては起訴されましたが担当者個人は起訴猶予。談合を否定して担当者が逮捕され起訴された大成建設と鹿島との間で、扱いに大きな差が出ました。一般には、6月から施行される司法取引の先取りとして論議があるようですが、わたしは特捜検察が終始一貫して前面に出た捜査と、その結果として事業者の間に大きな扱いの差を付けた起訴に違和感があります。そこに、独禁法を主管する公正取引委員会の意向はどう反映されているのか。この間の報道は大きな扱いでしたが、公取委がどう考えているのかはまったくと言っていいほど報じられませんでした。仮に公取委の意向を顧みることなく、立件ありきの姿勢で終始一貫、東京地検特捜部が捜査を主導していったのであれば、そこに尊大さを感じずにはいられません。かつて特捜検察は、証拠物に手を加えて、犯罪の嫌疑をねつ造する事態を引き起こしました。2010年に発覚した大阪地検特捜部の証拠改ざん事件です。逮捕、起訴された厚生労働省の村木厚子さん(後に厚労省次官)は裁判で無罪が確定しました。この一件は証拠改ざんに手を染めた検事個人の問題にとどまるものではなく、自らの尊大さを制御できなかった果ての、特捜検察の極限の堕落だったのではないかとわたしは考えています。その尊大さが再び頭をもたげているということはないのか。それがわたしが危惧する点です。

 まず、独占禁止法とはどんな法律なのか、一般の人はよく分からないのではないかと思います。わたしなりに整理すると以下の通りです。

 ▼独禁法は「競争政策」という国家上の経済政策を規定する法律であり、その運用や改正は一義的には、独立の行政委員会である公正取引委員会が担っています。
 ▼「競争政策」とは、事業者の経済行為に対して、価格やサービスを常に競わなければいけないとする経済政策です。競争している状態にあるということが主眼なので、例えば価格がいくら安くなったとか、逆にいくら高かったというのは二義的な問題です。価格が問題になるのは刑法の談合罪です。談合によってつり上げた分を発注者である自治体や公共事業体からだまし取ったとする犯罪です。
 ▼競争しようとしない形態で、刑事罰が定められているものの一つがカルテルや入札談合の「不当な取引制限」と呼ばれるものです。独禁法3条が禁じています。しかし公取委はいきなり刑事罰の適用を考えるわけではありません。事業者や業界に対して、まず行政手続きで臨みます。行政処分である排除措置を命じて、ペナルティとして、カルテルや入札談合によって得た売り上げに最高10%の課徴金を課します。利益ではなく売り上げに課すのが特徴です。課徴金も行政処分です。
 ▼このような行政措置では是正や再発防止が期待できないと判断した場合に、刑事手続きへと進みます。過去に何度も排除措置を命じている業界や事業者、違反の規模が大きく国民生活に広範な影響を与えるケースなどでは、調査段階から刑事告発を想定して臨むこともありますが、独禁法を適用する以上、主管は公取委であって、検察といえども公取委の意向は無視できません。
 ▼経済官庁としての公取委は伝統的に「間違った方向に進もうとする事業者を正しい方向に導く」との発想が強く、捜査官庁というよりも監督官庁です。様々な取引について、どんなことをやったら独禁法違反になるか、どこまでならセーフかを事細かく解説したガイドラインをいくつも公表しています。違反事件の行政処分や行政指導の前例と組み合わせて、事業者に参考にするように促しています。事業者はその事例の積み重ねとガイドラインを参考にしながら事業活動を行っています。

 独禁法と公取委とは以上のような法律であり官庁なのですが、今回のリニア談合では、独禁法を主管している公取委がどう考えているのかが、報道からは見えてきません。報道の主語は「東京地検特捜部」ばかりです。
 独禁法違反を刑事事件として立件する場合、オーソドックスなケースでは、公取委がまず違反事件を調査し、概要を解明した上で検察当局と協議し、刑事罰が必要と判断した場合は検察に告発して、以降は検察庁が捜査を開始します。ケースによっては、公取委が最初から検察と協議しながら調査を進めるケースもありますが、今回はまず東京地検特捜部が独自に受注調整の疑いを把握し、刑法違反なども検討した上で、独禁法違反を問うこととし、公取委を巻き込んだという順番のようです。報道を基にした限りですが、民間発注工事ということで刑法の談合罪に問えない中で、何とか立件したかった特捜検察が独禁法に目をつけ、公取委を従わせた可能性はないのか、という点が気になっています。
 違和感を覚えることの一例を挙げれば、独禁法違反となるための構成要件の一つである「一定の取引分野」についてです。典型的な違反の形態は、一定の分野でプレーヤー同士が基本ルールを定め、それに従って受注調整を繰り返す、というものです。今回のリニア事件なら、JR東海を発注者とするリニア工事全体がそれに当たるとするのであればごく自然です。しかし、報道を見るとどうもそうではなく、受注調整を認定した3件の工事をもって「一定の取引分野」としている節があります。リニアの工事契約はこの3件だけではありません。なぜこの3件だけを抽出するのか。そのことに対して、公取委の内部に異論はないのか。もしも、こうした立件のやり方が従来の独禁法運用方針と異なるのであれば、例えば従来のガイドラインとの整合性も問題になります。仮にガイドラインの書き換えが必要になるほどの方針転換ということであれば、ガイドラインに従っていたつもりの事業者は混乱します。
 独禁法の運用を主管している公取委は、刑事罰の以前に行政手続きの具体例を様々に積み上げてきています。東京地検特捜部の捜査と起訴は、そうした部分をも踏まえても、独禁法の運用という観点から整合性が保たれたものと言えるのかどうか。仮に公取委が「問題ない」と考えているのであれば、それはそれでいいのですが、報道からは公取委の考え、判断が伝わってきません。もちろん、23日の起訴に先立って、公取委は告発を行っているので、それは公取委の最終的な見解、判断だとは言いうるのですが、では本当に公取委の内部に異論はないのでしょうか。仮に、独禁法を主管する公取委が示した異論を押し切り、東京地検特捜部が事実上、独禁法の運用の根幹にかかわるような転換を図ったに等しいのであれば、それは尊大に過ぎるのではないかと感じます。
 かつての大阪地検特捜部の証拠隠滅・改ざん事件の際に思ったことですが、特捜検察が極限まで堕落したことの要因の一つとして、特捜検察を無批判にもてはやし続けたマスメディアの存在があったと、これは自分自身がかつて検察担当記者としてその一員であったことの反省を含めて、そう考えています。その意味で、このリニア談合でも、あるいは森友事件でも、マスメディアは特捜検察の捜査を「権力の監視」を意識してウオッチしなければならないと思います。公取委の内部で今回の事件がどのように受け止められているのか、建前ではなくホンネを探り、報じるべきだと思うのも、そうした観点からでもあります。

 3月24日付の東京発行新聞各紙朝刊は、リニア事件の起訴を大きく報じました。各紙ともおおむね、大成建設と鹿島が容疑を否認していることをきちんと伝えており、司法取引を先取りするかのように、検察官の起訴便宜主義によって大林組と清水建設の担当者は起訴が見送られたことに対しては批判的な論調もあって、かつての「特捜検察礼賛」の報道とはしっかり一線を画しています。しかし、公取委の内部の反応などに触れた記事は極めてわずかです。その中で、きちんと取材しているという意味で目を引いたのは、産経新聞が社会面トップに掲載した記事です。社会面に「異例の検察主導」の見出しを立て、長文のサイド記事には「公取委を置き去り」の小見出しのもとに、以下のように報じています。 

 「うちがまだ事情聴取していないのに、まさか先に逮捕するとは」。独禁法を運用する公取委の幹部は、特捜部の捜査手法に戸惑いを隠せない。
 特捜部は昨年12月8、9日、リニアの非常口新設工事の入札で不正があったとして偽計業務妨害容疑で大林組を家宅捜索。同18、19日には独禁法違反容疑で公取委とともに4社を捜索したが、別の公取委幹部は「事件のスタートからして異例だった」と振り返る。
 談合事件は、公取委が数カ月かけて調査を進めた上で特捜部が本格捜査に乗り出すのが一般的だが、今回は当初から特捜部が主導し、家宅捜索からわずか2カ月余りで大成と鹿島の幹部を逮捕。起訴に至るまで3カ月という“スピード捜査”だった。「市場の番人」といわれる公取委がゼネコン側の聴取にもあまり携わっておらず、最後まで“置き去り”にされた。
 異例の検察主導は、談合の端緒をつかんだのが検察側だったことなどがあったためとみられる。 

 独禁法を主管する公取委を置き去りにしての特捜検察の捜査には、やはり「尊大さ」の存在を疑ってかかった方がいいように思います(もちろん、思い過ごしならそれに越したことはないのですが)。ほかには、起訴の対象工事が3件に限られたことの意味を問う読売新聞の記事も、独禁法とはどういう法体系なのか、そのことを特捜検察はどう考えているのか、との問題意識が伝わってくるように思いました。
 この事件の報道はこれで終わりではありません。公判では大成建設と鹿島は徹底抗戦する構えのようです。「権力の監視」を念頭に、これまでの捜査報道以上に注視して報道する必要があると思います。

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写真:見出しに「異例の検察主導」が並ぶ24日付産経新聞の社会面

※参考
 2010年の大阪地検特捜部の証拠改ざん事件を受けて、メディア総合研究所が翌2011年2月に「提言・検察とメディア」を公表しました。このブログでも紹介しました。権力とマスメディアのありようを考える一助として、なお今日性を持っている提言だと思います。

news-worker.hatenablog.com

※追記 2018年3月25日22時40分
 コンプライアンスの専門家として活動する弁護士の郷原信郎氏は、検事として公正取引員会事務局に出向した経験があり、独禁法や公取委に精通した法曹実務家です。
 リニア談合事件でも自身のブログに、検察の捜査に批判的な観点からの論考をいくつかアップしており、とても参考になります。
 「郷原信郎が斬る」 https://nobuogohara.com/
 最新の記事は3月25日アップの「『リニア談合』告発、検察の“下僕”になった公取委」です。タイトルの通り、公取委に極めて厳しい評価を下しています。