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先例を破る「国葬」強行、手続きに疑義~「閣議決定」と政治利用、在京紙報道の記録

 岸田文雄政権は7月22日の閣議で、安倍晋三元首相の国葬を9月27日に行うことを決めました。野党からは反対の声が上がっています。戦前は「国葬令」がありましたが、1947年限りで失効。以後は日本の法令に「国葬」は存在していません。吉田茂元首相の国葬(1967年)については、その後は国葬が行われていないこと自体が先例と考えた方がいいように思います。佐藤栄作元首相のように、検討しながら断念した例もあったからです。その先例を破って再び国葬を行うというのであれば、その重大さに見合う手続きが不可欠です。国会で立法措置を経るのが筋であり、少なくとも与野党の間で一定の合意形成が必要なはずです。今回の国葬への反対理由として、安倍元首相の評価が功罪半ばしていることの指摘が目に付きます。しかしその以前に、対象がだれであれ、閣議決定だけで国葬を行っていいのかどうか、わたしは手続き面について大きな疑義を持っています。

 閣議決定で国葬を行うことができるとの政府見解について、朝日新聞は23日付朝刊1面トップの記事「安倍元首相国葬 閣議決定/9月27日 国費で全額負担」の中で、以下のように伝えています。

 政府は今回の国葬を、内閣府設置法で内閣府の所掌事務とされている国の儀式として実施するとしている。戦前は、「国民は喪に服す」と記した国葬令があったが、47年に失効。対象や形式を定めた法令はなく、吉田氏の国葬も今回と同様、当時の佐藤栄作内閣が総理府設置法に基づいて、国の儀式として国葬を閣議決定している。
 一方、安倍氏に次ぐ7年8カ月首相を務め、ノーベル平和賞を受賞した佐藤元首相は、政府、自民党、国民有志の主催で一部国費負担の「国民葬」だった。国葬でなかったのは、明確な法的根拠がないことや野党への配慮、吉田氏と比較し、歴史的な評価が定着していなかったことなどが理由とされる。80年に死去した大平正芳元首相以降は「内閣・自民党合同葬」が慣例になっていた。

 また総合面の時時刻刻「首相指示 国葬こだわり」の中には、以下のような記述があります。

 内閣府設置法は、あくまで国の儀式は政府だけの判断で実施できると定めたものだ。今回、岸田政権は国葬を「国の儀式」と定義。「閣議決定を根拠に開催できる」と解釈した。時の政権の政治判断で、国葬が実施できるのが現状だ。

 毎日新聞も23日付朝刊2面掲載の焦点「安倍氏『国葬』首相が主導」の中で、以下のように報じています。

 ネックは法的根拠の脆弱さだった。戦後に「国葬令」が廃止されて以降、新たな国葬開催の基準などを定める法律がないためだ。
 首相の意向を受けた政府は、安倍氏の死の直後から水面下で国葬開催が可能かどうかの検討を進めた。その結果示されたのは、内閣府設置法の内閣府の所掌事務として記される「国の儀式」として閣議決定により開催できる、との法的解釈だった。これを受けて首相と松野氏ら政権中枢で開催を決断した。
 松野氏は会見で「国葬を含む国の儀式の執行は行政権に属することが法律上明確になっている」と強調。同様の判断で2019年の「即位礼正殿の儀」など皇室の代替わりの関連行事を行った実績を上げた。

 政府が法的な手続きの根拠に挙げている内閣府設置法の関係条文を見てみました。「所掌事務」を定めた第4条第3項33号に、以下のような規定があります。

三十三 国の儀式並びに内閣の行う儀式及び行事に関する事務に関すること(他省の所掌に属するものを除く。)。

 内閣府の所掌事項として「国の儀式」が定められているのだから、何を「国の儀式」とするかは内閣が閣議で決めればよい、との理屈のようです。しかし、わたしは疑問を持っています。
 条文では「国の儀式」と「内閣の行う儀式及び行事」が並列で記されています。内閣が決めることができるのは、内閣が自ら行う儀式や行事に限定されると解釈できるように思います。「他省の所掌に属するものを除く」と丸かっこで補足されているのも、「国の儀式」については別の法令に記載があるものが想定されているからではないかと感じます。
 松野官房長官は会見で、同様の事例として2019年の「即位礼正殿の儀」など皇室の代替わりの関連行事を挙げて、この解釈の正当性を主張したようです。皇室の代替わりに伴う儀式については、皇室典範の第24条に「皇位の継承があつたときは、即位の礼を行う」と規定されています。皇室の代替わりの儀式のことは法令に書かれているのです。しかし国葬のことはどの法令にも書かれていません。それなのに閣議決定で決めるだけで良いとするのは、いわば「無から有を生む」ようなものではないか。あまりに乱暴であり、法の拡大解釈が過ぎるように思います。
 内閣府設置法の目的は、第1条で次のように規定されています。

第一条 この法律は、内閣府の設置並びに任務及びこれを達成するため必要となる明確な範囲の所掌事務を定めるとともに、その所掌する行政事務を能率的に遂行するため必要な組織に関する事項を定めることを目的とする。

 この法律は「内閣」の権限ではなく、「内閣府」の任務と所掌事務を定めたものです。普通に考えれば、「内閣の権限」はこの法律の上位にあるはずです。この法律に内閣の権限の根拠を求めるのは順序が逆で無理がある、というのが普通の感覚ではないでしょうか。
 もとより、「普通の感覚=素人考え」のわたしの疑問は当を得ていないかもしれません。しかし、疑義や異論に対して「いや、そうではない。この解釈で正しい」と言うのであれば、国権の最高機関である国会で説明を尽くし、合意形成を図るのが筋です。手続きを厳格に行うなら、法案を政府が提出して立法措置を取るべきです。「その時間はない」ということなら、議会制民主主義に悪い先例を残さないために国葬は断念し、内閣葬や自民党葬とすればいい。故人を追悼する場にふさわしくない、ということにはならないと思います。
 なぜそんなに国葬にこだわるのか。23日付朝日新聞の時時刻刻には、以下のような記述もあります。

 首相が急いだ背景には、安倍氏が長期政権で外交関係を築いた外国要人への対応もあった。要人来日の準備には時間がかかる。政府高官は「要人を招待するためには早めに決めなければいけなかった」と明かす。
「国葬という高い評価をすることで、日本に派遣される要人のレベルも高くなり、『弔問外交』につながる。合同葬だったらそうはいかない」。首相は周囲にそう説明した。
 国葬発表後、安倍氏に近い自民党議員は「首相らに『保守派はみんな国葬にするべきだと言っている』と働きかけた。首相はよく判断した」と語った。首相は、党内外の保守派からの評価も手に入れた。

 「なるほど」と思います。こうしたインサイドストーリーは新聞の政治報道の真骨頂の部分です。安倍元首相の暗殺事件が岸田首相によって“政治利用”されていることがよく分かります。

 全国紙5紙のうち、23日付朝刊で政府見解についてある程度掘り下げて触れているのは朝日新聞と毎日新聞だけで、ほかの3紙(読売新聞、日経新聞、産経新聞)にはこうした記述は見当たりません。
 東京新聞は社説面の「ぎろんの森」に「『国葬』閣議決定の問題点」の見出しの記事を掲載。以下のように疑義を示しているのが目を引きました。

 「国葬令」は戦後、新憲法施行に伴って効力を失っており、首相は国葬の根拠を、国の儀式に関する事務を内閣府の所掌とする「内閣府設置法」に求めています。
 同法を根拠に、閣議決定に基づいて国葬を行うことは可能だとする論法ですが、国葬を行う対象人物や功績の基準に関して、法律に明確な規定があるわけではありません。
 閣議決定のみによる国葬実施は唯一の立法府である国会が定めた法律に従って行政を行う法治主義に反します。費用は全額国費を充て、一般予備費から拠出するとしていますから、国会の議決を経ず財政民主主義にも反します。

 なお、朝日新聞、毎日新聞がそれぞれ7月16、17日の週末に実施した世論調査では、いずれもこの国葬に関する質問がありませんでした。16~18日のNHK調査では「国葬の方針を評価するか」との質問がありました。結果は「評価する」49%、「評価しない」38%でした。
 安倍元首相の国葬を民意はどのように見ているのかは、社会で共有すべき重要な情報です。これからでも世論調査の都度、賛否を尋ねてほしいと思います。

 以下に、22日の閣議決定を東京発行の新聞各紙がどのように報じたかを書きとめておきます。1面トップは朝日新聞のみ。ほかに1面に掲載したのは読売新聞だけでした。全文で29行の短い本記です。国葬がはらむ問題の深刻さに比べると、総じてここまでの報道は淡泊であるように感じます。
 16日付で早々に国葬を容認する社説を掲載していた毎日新聞は、2回目の社説であらためて疑問や懸念を表明しています。日経新聞も社説を掲載。「今回の国葬が世論の分断をさらに広げないように努めるのも政府・与党の役割である」と指摘しています。

【7月23日付朝刊】
■朝日新聞
1面トップ「安倍元首相国葬 閣議決定/9月27日 国費で全額負担」
2面・時時刻刻「首相指示 国葬こだわり」「内閣府設置法を理由『できるならいこう』」「野党は批判『なし崩し』『内心の自由侵害』」/「吉田氏国葬も是非巡り議論/サイレン鳴り各地で黙祷・ハチ公前で反対演説」
 9面(国際)「国葬 海外では/遺族の意向・限定的・細かく規定」米国、英国、南アフリカ、韓国
 第2社会面「安倍氏『国葬』街は/費用は 是非は 弔いのあり方に意見様々」

■毎日新聞
・2面・焦点「安倍氏『国葬』首相が主導/明確な法令基準なく/9月27日正式決定/戦前の国葬令『国家に偉功ある者』」/「文科相、国葬日『休校想定せず』」
・社説「安倍氏『国葬』を決定 なぜ国会説明しないのか」

■読売新聞
・1面「安倍元首相国葬決定/9月27日、日本武道館」(見出し3段、全文29行)
・4面(政治)「国葬 担当部局を設置/内閣府、外務省、警察庁に/政府、準備本格化」/「プーチン氏出席認めず 政府調整」

■日経新聞
・4面(総合)「『無宗教形式、簡素に』/安倍氏国葬、休日にはせず」/「立民・泉代表が国葬に反対表明」/「プーチン氏の出席認めず 政府調整」
・社説「広く国民の理解を得る国葬に」

■産経新聞
・2面(総合)「安倍氏国葬 閣議決定/9月27日、日本武道館」/「吉田茂氏踏襲 準備を加速」/「プーチン氏出席 政府認めぬ方針」
・5面(総合)「国葬 海外要人の対応課題/トランプ氏来日? 台湾の参列者は?」/「『説明ない』泉氏、反対明言」

■東京新聞
・3面(総合)「安倍氏国葬9月27日と決定/全額国費負担、戦後2例目」/「反対・容認 野党割れる」/「被爆者ら抗議/『税金使用は疑問』『改憲向け意図?』」
・5面(社説・発言)ぎろんの森「『国葬』閣議決定の問題点」

 

※追記 2022年7月24日15時50分

 閣議決定で国葬の実施を決める手続きの適法性についてあれこれ考えていて、憲法が規定する「天皇の国事行為」の問題に思い至りました。国葬を天皇の国事行為と位置付ければ、今回の手続きは適法と言えるように思います。それ以外に適法性は見いだしがたいようにも。別の記事をアップしました。よろしければ、お読みください。 

news-worker.hatenablog.com

 

民意は早急な改憲を求めていない~「安倍元首相の悲願」強調に危惧

 7月10日の参院選後にマスメディアが実施した世論調査の結果が報じられています。憲法改正について、岸田文雄首相が前のめりの姿勢をあらわにしていますが、各調査の結果からは、民意は早急な改憲を求めていないことが明確に読み取れます。参院選で自民党は大勝しましたが、有権者から白紙委任を得たのではありません。

 対象の調査は、7月11、12日実施の読売新聞、共同通信の2件と、16、17日実施の毎日新聞、朝日新聞の2件、16~18日実施のNHKの計5件です。
 共同通信調査を除く4件の調査はいずれも、岸田文雄内閣に優先して取り組んでほしいこと、力を入れて取り組むべきだと考えていることを、選択肢を上げて尋ねています。共同通信調査も、参院選で何を重視したかを尋ねていますので、同趣旨の質問とみなしていいと思います。
 各調査の回答状況に共通しているのは、「憲法改正」に対する関心の低さです。NHKの調査では、選択肢6項目のうち最多は「経済対策」38%で、以下「社会保障」16%、「外交・安全保障」14%と続き、「憲法改正」は最下位の6%です。朝日新聞調査でも、選択肢5項目のうち最多は「物価対策」30%で、「憲法改正」はやはり最下位の6%です。毎日新聞調査では、6項目のうち5番目で10%、共同通信調査では9項目のうちの5番目ですが、割合は5.6%と、NHKや朝日新聞調査とほぼ同じ水準です。
 興味深いのは読売新聞調査です。優先して取り組んでほしい課題として10項目もの選択肢を並べて、「いくつでも選んでください」としています。トップは「景気や雇用」の91%で、以下「物価高対策」80%、「外交や安全保障」76%と続きます。6位の「原発などエネルギー対策」63%からは、7位「地方の活性化」62%、8位「財政再建」61%、9位「新型コロナウイルス対策」57%と差はわずか。しかし、最下位の「憲法改正」は9位と20ポイントもの差がついて37%でした。「いくつ選んでもよい」との条件でも、3分の1余りの人しか選んでいません。
 以上の結果だけでも、民意が早急に憲法改正を求めているとは言えない状況であることは明らかだと思います。
 共同通信の調査は、参院選では憲法改正に前向きな「改憲勢力」が3分の2以上の議席を維持したことに触れた上で、憲法改正を急ぐべきだと思うかどうかを尋ねています。回答は「急ぐべきだ」37.5%、「急ぐ必要はない」58.4%でした。「急ぐべきだ」の37.5%が、読売新聞調査で優先事項に「憲法改正」を上げた37%と同水準という点も興味深く感じます。

 参院選前から岸田文雄首相は早期の憲法改正に向け、前のめりと言ってもいいほどの積極姿勢を示すようになっています。選挙直後の11日の記者会見では、できる限り早く憲法改正の発議ができるように取り組むと表明。安倍晋三元首相が銃撃され殺害された事件に触れながら「思いを受け継ぎ、拉致問題や憲法改正など、ご自身の手で果たすことができなかった難題に取り組む」(産経新聞)と語っています。しかし、憲法改正に対する民意は上記の通りです。
 懸念されるのは安倍元首相の国葬です。功罪の「功」だけが強調されるような雰囲気の中で、憲法改正が安倍元首相の悲願だったことがことさらに強調され、民意に反してでも、なし崩し的に改憲を進めようとする機運が国会の中で醸し出されるような恐れはないでしょうか。

 憲法改正を巡って安倍元首相には、96条改変のようなフェアとは言い難い策謀を試みる側面があったことを忘れずにいたいと思います。
 ※参考過去記事

news-worker.hatenablog.com

 以下、読売新聞、共同通信、毎日新聞、朝日新聞、NHKの5件の調査のうち、憲法改正にかかわる部分の質問と問いを書きとめておきます。

■読売新聞 7月11、12日実施
「今後、岸田内閣に、優先して取り組んでほしい課題を、次の中から、いくつでも選んでください」
 景気や雇用 91%
 物価高対策 80%
 財政再建 61%
 新型コロナウイルス対策 57%
 年金など社会保障 73%
 少子化対策 71%
 外交や安全保障 76%
 原発などエネルギー政策 63%
 地方の活性化 62%
 憲法改正 37%

「あなたは、今後、国会の憲法審査会で、憲法改正に向けた議論が活発に行われることを、期待しますか、期待しませんか」
 期待する 58%
 期待しない 37%

■共同通信 7月11、12日実施
「この選挙で、あなたは何を最も重視しましたか」
 新型コロナウイルス対策 5.6%
 物価高対策・経済政策 42.6%
 原発・エネルギー政策 5.5%
 年金・医療・介護 12.3%
 子育て・少子化対策 10.4%
 外交や安全保障 9.6%
 政治とカネ 2.2%
 憲法改正 5.6%
 地域活性化 3.4%

「参院選では、憲法改正に前向きな『改憲勢力』が3分の2以上の議席を維持しました。あなたは、憲法改正を急ぐべきだと思いますか、急ぐ必要はないと思いますか」
 急ぐべきだ 37.5%
 急ぐ必要はない 58.4%

■毎日新聞 7月16、17日実施、社会調査研究センターと合同
「参院選では与党が勝利し、これからしばらく大きな国政選挙の予定はありません。岸田政権に最優先で取り組んでほしいと思う政策を一つ選んでください」
 景気対策 31%
 物価対策 24%
 少子化対策 10%
 社会保障 9%
 外交・安全保障 11%
 憲法改正 10%
 その他 5%

「参院選では、憲法改正に前向きな政党が議席を伸ばしました。憲法改正の議論を進めてほしいと思いますか」
 進めてほしいと思う 53%
 進めてほしいとは思わない 30%
 わからない 16%

■朝日新聞 7月16、17日実施
「あなたは、岸田首相に一番力を入れてほしい政策は何ですか。(択一)」
 物価対策 30%
 景気・雇用 22%
 社会保障 23%
 憲法改正 6%
 外交・安全保障 15%
その他・答えない 4%

■NHK 7月16~18日実施
「岸田政権が、今後、最も力を入れて取り組むべきだと思うことは何か」
経済対策 38%
社会保障 16%
外交・安全保障 14%
新型コロナ対策 9%
エネルギー・環境 9%
憲法改正 6%

「国会で、憲法改正に向けた議論を進める必要があるか」
進める必要がある 45%
進める必要はない 13%
どちらともいえない 33%

国葬への疑義に加え、民意に向き合おうとしない岸田政権、自民党への危惧も~地方紙で続く疑念、懸念の社説掲載

 安倍晋三元首相の国葬に対して、地方紙を中心に社説、論説の掲載が続いています。ネット上の各紙のサイトでわたしが目にする限り、7月17日付以降は強い疑念と懸念を示す内容ばかりです。岸田文雄首相が記者会見で「国葬」を明らかにしたのは14日。この間、自民党の茂木敏充幹事長が19日の記者会見で「国民から『国葬はいかがなものか』との指摘があるとは、私は認識していない」と言い放つ、という出来事もありました。ここに来て、国葬そのものへの疑義に加えて、民意に向き合おうとせずに強行しようとする岸田政権と与党自民党への危惧も高まっているように感じます。
 安倍元首相の国葬に「反対」を明記した社説は琉球新報(17日付)だけですが、「納得できない」「再考を求める」などの表現で事実上、国葬の撤回を求めていると読み取ることができる社説、論説もあります(信濃毎日新聞、京都新聞、神戸新聞、沖縄タイムス)。中日新聞・東京新聞(20日付)は「安倍氏が民主主義の根幹である選挙運動中に銃撃され死亡した経緯を考えれば、自民党こそが葬儀の主催者となるべきだ。それが政党政治の常道ではないのか」と指摘しています。

 以下にあらためて、国葬に対して反対ないし強い疑念と懸念を表明している各紙の社説、論説を紹介します。見出しだけでも、主張の内容は容易に分かると思います。ネット上で全文が読めるものは、内容の一部を書きとめておきます。

【7月21日付】
■北日本新聞「安倍元首相の国葬/弔意を強制せぬように」
■徳島新聞「安倍氏の『国葬』 異例の決定に疑問拭えぬ」
■高知新聞「【安倍氏の国葬】国民の納得へ説明足りぬ」
 https://www.kochinews.co.jp/article/detail/580209

 なぜ安倍氏は国葬なのか。法の根拠がなく、国民全体の合意や納得感も十分でないとすれば、岸田首相はなお説明を尽くす必要がある。
(中略)
自民党の茂木敏充幹事長は、国葬に反対する一部野党に対し「国民から、いかがなものかとの指摘があるとは認識していない。国民の声とはかなりずれている」と述べた。
 果たしてそうだろうか。国葬に理解を示す野党にも、「賛成する人ばかりではない」との声がある。聞く耳を持たず、異論を聞こうとしないのであれば、ここにも巨大与党のおごりが表れてはいないか。
 野党は国会での閉会中審査の開催を求めている。岸田首相には国葬の意義や基準を丁寧に説明し、国民の納得を得る責任がある。

■南日本新聞「[安倍元首相国葬] 根拠を明確にすべきだ」
 https://373news.com/_column/syasetu.php?storyid=159887

 岸田文雄首相は14日の記者会見で国葬実施の理由に、経済再生や日米外交など安倍氏の「実績」を挙げた上で「わが国が暴力に屈せず、民主主義を守り抜く決意を示す」と強調した。
 ただ、吉田氏の死去は辞任から10年以上経過していた。安倍氏は首相在任期間が歴代最長だった一方、「安倍1強」といわれた政権運営や森友・加計学園、「桜を見る会」を巡る問題での批判は少なくなく、評価が定まるにはしばらく時間を要するだろう。それでも早々に国葬と決めたのはなぜか。
 さらに、国葬によって安倍政治の功罪を検証することさえ、はばかられる空気が生まれることを懸念する声も聞かれる。政府には合同葬ではなく国葬とした根拠を明確にしてもらいたい。

【7月20日付】
■朝日新聞「安倍氏を悼む 『国葬』に疑問と懸念」
 https://digital.asahi.com/articles/DA3S15362160.html

 在任期間は憲政史上最長となったが、安倍元首相の業績には賛否両論がある。極めて異例の「国葬」という形式が、かえって社会の溝を広げ、政治指導者に対する冷静な評価を妨げはしないか。岸田首相のこれまでの説明からは、そんな危惧を抱かざるをえない。
(中略)
 今回の国葬には、共産党、れいわ新選組、社民党が反対を表明し、立憲民主党は閉会中審査での説明を求めるとしている。こうした異論も予想された中、首相は早々に方針を打ち出した。安倍氏を支持してきた党内外の保守勢力への配慮だとしたら、幅広い国民の理解からは遠ざかるだけだ。

■神奈川新聞「安倍元首相の国葬 『異例』説明が不可欠だ」
■中日新聞・東京新聞「安倍氏『国葬』 国民の分断を懸念する」
 https://www.chunichi.co.jp/article/511262

 政府は、参院選の応援演説中に銃撃され死亡した安倍晋三元首相の国葬を今秋に行う方針だ。だが、反対論もある中で、なぜ国葬なのか、岸田文雄首相が説明を尽くしたとは言い難い。安倍氏の葬儀を巡って、国民の分断がさらに深まらないか懸念する。
 (中略)
 五十五年ぶりの国葬には、自民党保守派への配慮という岸田首相の政治判断があったのだろう。
 しかし、通算八年八カ月にわたる安倍政権には評価の一方、根強い批判があることも事実だ。
 安倍氏は歴代内閣が堅持した憲法解釈を変更して「集団的自衛権の行使」を一転容認。森友・加計学園や桜を見る会を巡る問題では権力の私物化も指摘された。
 費用の全額を税金で賄う国葬への反対意見が出るのは当然だ。
 安倍氏が民主主義の根幹である選挙運動中に銃撃され死亡した経緯を考えれば、自民党こそが葬儀の主催者となるべきだ。それが政党政治の常道ではないのか。

■神戸新聞「安倍氏の国葬/国民への説明が不十分だ」
 https://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/202207/0015485321.shtml 

 岸田首相は「民主主義を断固として守り抜く決意を示す」と国葬の意義を強調した。だが、安倍氏が民主主義を象徴する政治家だったと考える国民ばかりではないだろう。国葬は違和感を覚える人々の反発を招き、国民の分断を深める恐れがある。
 法的根拠も国民的合意も曖昧なまま、国葬を党内基盤の安定や憲法改正などの推進力に利用する思惑があるとすれば、それこそ民主主義とは相いれない。事件の背景も不明な部分が多く、性急な決定は疑問だ。
 最近では、2020年の中曽根康弘氏の「内閣・自民党合同葬」に、政府が総費用のほぼ半分に当たる約9600万円を支出し、異論が出た。今回の全額国費負担が妥当なのか、国会の閉会中審査などで議論する必要がある。
 何より弔意は国が求めたり、強要したりするものではない。政府は国葬にこだわらず、政治的な立場の違いを超えて元首相への哀悼を静かに表明できる場を再考すべきだ。

【7月19日付】
■中国新聞「安倍元首相の『国葬』 決定の理由、説明足りぬ」
 https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/189998

 そもそも国葬にする法的根拠が曖昧だ。戦前は、皇族や「国家に偉功ある者」など対象者を定めた「国葬令」があったものの、戦後廃止された。今は、国葬の対象者や実施要領を明文化した法令は存在しない。
 岸田首相は、国の儀式を所掌するとした内閣府設置法があり、閣議決定により国葬は可能だと説明する。しかし国葬にする基準もないのに、行政府だけの判断でいいのか、疑問だ。
 吉田氏の国葬も閣議決定で決めている。その際も内閣の権限だけで決めたことが国会で批判された。にもかかわらず再び閣議決定だけで済ませるのは国会軽視と言わざるを得ない。国権の最高機関である国会の意見もしっかり聞くべきである。

【7月18日付】
■愛媛新聞「安倍元首相国葬 一人一人の思い尊重する配慮を」

【7月17日付】
■熊本日日新聞「安倍氏『国葬』 特例でもルールは必要だ」
■沖縄タイムス:7月17日付「[安倍氏の国葬]異例の扱い 疑問が残る」
 https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/992870

 国論を二分した安倍氏の政策は評価が定まっているとは言えない。なぜ国葬なのか。政府は追悼の在り方を再考すべきだ。
 とりわけ沖縄において安倍氏への評価は厳しい。
 安倍氏は、サンフランシスコ講和条約の発効日を「主権回復の日」として首相在任中の2013年、初めて政府主催で式典を開催した。
 沖縄は講和条約で米国の施政権下に置かれることになった。発効の日は「屈辱の日」と呼ばれ、式典開催については世論調査で県民の7割が「評価しない」と回答した中での強行だった。辺野古の新基地建設をはじめ、こと沖縄政策に対しては強硬姿勢が目立つ政治家でもあった。
 戦後唯一、国葬で送られた吉田氏について、当時の佐藤首相は追悼の辞で「戦後史上最大の不滅の功績」として講和条約の締結を挙げた。
 吉田氏に続いて安倍氏が国葬で送られることに対し、県民からは反発の声が上がっているが当然だ。
 (中略)
 憲法は「内心の自由」を定めている。喪に服すも、服さないも個人の自由である。政府はそのことを重んじるべきだ。

【7月16日付】
■北海道新聞「安倍氏『国葬』 幅広い理解得られるか」
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/706435

 非業の死を殊更に強調して、国を挙げて功績ばかりを称賛するような葬儀に、国民の幅広い理解が得られているだろうか。
 国葬でなくとも、弔意と暴力を許さぬ決意を示すことはできる。国民の税金を投じるのなら、国会でその妥当性を議論すべきだ。

■信濃毎日新聞「安倍氏国葬に 特例扱いは納得がいかぬ」
 https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2022071600106

 安倍氏急死の衝撃が冷めやらない。一部の野党は国葬に反対する談話を出したものの、「静かに見守りたい」「賛成する人ばかりではない」と、はっきりした見解を示せていない党も目立つ。
 国葬になれば海外から多くの要人が訪れる。外交の場として、あるいは自民党内を掌握する機会として、現政権に「追悼の空気」を利用する意図はないか。
 コロナ禍に加え、物価高が国民の暮らしを圧迫している。窮状を尻目に、政権の意向を優先すれば政治との溝は深まる。賛否を巡り社会の分断も生じかねない。
 なぜ、慣例を破って国葬にしなくてはならないのか。岸田首相の説明では納得がいかない。

■新潟日報「安倍元首相『国葬』 納得のいく説明が必要だ」
 https://www.niigata-nippo.co.jp/articles/-/87280

 岸田首相が国葬の決断をしたのは、自民党役員会で「国葬にしたらどうか」との意見が複数上がったのを受けてのことだとされる。党幹部と方向性を確認し、安倍氏の妻・昭恵さんに電話で伝えて了承を取ったという。
 安倍氏は党内最大派閥を率い、保守層の支持も厚かった。岸田首相には、国葬にすることで党内対立を避ける狙いもあるのではないか。政治的な意図が透ける。
 安倍氏が志半ばで凶弾に倒れたことに、多くの国民は衝撃を受け、深い悲しみを抱いていることは事実だろう。
 一方で、国葬とすることにより懸念される点もある。安倍氏の負の側面に向き合わず、ふたをしてしまうことにつながらないか。
 言論の自由と民主主義を守る意義をもう一度確認したい。

■京都新聞「安倍氏の国葬 法の根拠がなく疑問だ」
 https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/837989

 国民の賛否は分かれるのではないか。岸田文雄首相は、参院選の街頭演説中に銃撃されて死去した安倍晋三元首相の「国葬」を今秋に行う方針を発表した。
 国葬は法的根拠がなく、費用は全額が公費負担となる。首相経験者では1967年の吉田茂元首相以来、実施されていない。
 岸田氏は「暴力に屈せず、民主主義を断固として守り抜く決意を示す」と強調したが、事件の衝撃とは切り離して冷静に判断せねばならない。安倍氏に国民の同情が集まる一方、政権運営を巡っては評価だけでなく批判も根強い。
 ムードに乗じて岸田氏の判断で決めていいのか。政治利用ともみえるだけに疑問と危うさを禁じ得ない。再考を求めたい。

■琉球新報「安倍元首相『国葬』 内心の自由に抵触する」
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1550385.html

 岸田文雄首相が、街頭演説中に銃撃を受けて死去した安倍晋三元首相の「国葬」を9月に実施すると発表した。史上最長の在任期間、国際社会からの高い評価、国内外から追悼の意が寄せられていることを理由として挙げたが、全く納得できない。憲法が保障する内心の自由に抵触する国葬には反対する。
 (中略)
 安倍元首相の功績の評価も疑問だ。在任期間の長さは功績といえるのか。米国と軍事的一体化を進めたことを米政府関係者が高く評価するのは当然だが、国内には根強い批判がある。誰もが認めるような外交成果はあるだろうか。
 沖縄の立場からはさらに厳しい評価をせざるを得ない。安倍元首相は、沖縄の民意を踏みにじりながら辺野古新基地建設を力ずくで進めてきた。地位協定見直し要求も無視し続けた。「台湾有事は日本有事」などの発言は、沖縄を再び戦場にしようとするものとして批判された。
 岸田首相は「暴力に屈せず、民主主義を断固として守り抜く決意を示す」とも述べた。しかし安倍元首相は民主主義を空洞化させた。安全保障関連法などで強行採決を重ね、森友・加計問題、桜を見る会問題では、長期政権のおごり、権力の私物化と批判された。国会でうその答弁を積み重ね、公文書改ざんなどを引き起こした。数々の疑惑に口を閉ざしたままだった。
 銃撃は民主主義への挑戦であり、今求められることは民主主義の精神を守ることだ。「国葬令」が失効した歴史をかみしめるべきである。

※参考過去記事

 国葬を積極的に支持しているのは産経新聞(14日付)、容認しているのは毎日新聞、読売新聞、西日本新聞(いずれも16日付)です。

news-worker.hatenablog.com

「国葬」の決定強行は「法治」の逸脱~安倍・菅政治の負の遺産の根深さを感じる

 岸田文雄首相は、殺害された安倍晋三元首相の国葬を9月27日に行うことを、7月22日の閣議で決めると報じられています。このブログの一つ前の記事でも書いたように、国家としての葬送だから全額を国費で、ということは、主権者の国民すべてがその費用を分担することを意味します。政府が「必ず喪に服してください」などと言おうが言うまいが、すべての日本国民が費用を分担することを強いる意味合いがあります。費用の負担を希望しない人にとっては、服喪の強制に当たります。だから、対象がだれであっても、わたしは国葬そのものに反対です。政治家にどんな風に弔意を示すかは、個人の自由です。弔意を持たない国民がいたとしても、それもまた個人の自由です。
 安倍元首相の国葬に野党からも反対が出ていることを考慮すれば、先例にならった内閣と自民党の合同葬でもなく、自民党葬として、自民党の党費で執り行えば済むことです。それが政党政治の本来の姿だと思います。
 国葬は法律に規定がありません。しかし、岸田文雄首相は国会での説明もないままに閣議決定を急ぐようです。法に規定がないことであっても時の政権の政治判断でどうにでもなるとなれば「法治」の逸脱です。それは安倍・菅政治の負の遺産を継承することです。少なくとも、国会で何がしかの合意形成が必要だと思います。

 国葬を巡っては、耳を疑うようなニュースもありました。自民党の茂木敏充幹事長が19日に記者会見した際の発言です。

 野党の一部には安倍氏の政治的評価が割れているなどとして、国葬に反対する意見がある。これに対し茂木氏は「国民から『国葬はいかがなものか』との指摘があるとは、私は認識していない」と指摘。「野党の主張は聞かないとわからないが、国民の認識とはかなりずれているのではないか」と反論した。

※毎日新聞「茂木幹事長『国葬反対は国民の認識とずれている』 野党の一部に反論」=2022年7月19日

mainichi.jp

 安倍元首相の国葬に対して、「いかがなものか」どころではなく、反対や強い懐疑を示す新聞の社説、論説が16日付、17日付でいくつも掲載されていることは、このブログの一つ前の記事で紹介した通りです。

news-worker.hatenablog.com

 数で言えば、国葬を支持ないし容認する社説よりも多いのが実態です。容認の社説の中にも「多くの国民の理解を得られる形にすることが望ましい」(毎日新聞)、「岸田首相は多様な国民感情に留意し、国葬の詳細を冷静に議論すべきだ」(西日本新聞)などと、岸田政権にクギを刺すものもあります。
 またNHKが7月16~18日に実施した世論調査では、国葬の方針への評価を尋ねたところ、「評価する」が49%、「評価しない」が38%だったと報じられています。
 ※NHK「岸田内閣『支持』59% 『不支持』21% NHK世論調査」=2022年7月19日
 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220719/k10013725571000.html

www3.nhk.or.jp

 「評価する」が過半数に達しない一方で、「評価しない」が4割弱。民意の理解と支持があると言える状況ではありません。
 国民の声や認識と「かなりずれている」のは茂木幹事長です。それでも「国葬はいかがなものかとの指摘があるとは認識していない」と強弁するのであれば、国葬に反対したり懐疑を示したりする者は国民とみなさない、と言っているに等しいことになります。社会の分断をさらに広げたいのでしょうか。安倍・菅政治の負の遺産の根深さを思わずにはいられません。

 安倍元首相の国葬に対する新聞の社説、論説は、18日付以降も反対や懐疑の論調のものが掲載されています。神戸新聞は「政府は国葬にこだわらず、政治的な立場の違いを超えて元首相への哀悼を静かに表明できる場を再考すべきだ」としています。同感です。

【7月19日付】
・中国新聞「安倍元首相の『国葬』 決定の理由、説明足りぬ」
 https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/189998

 そもそも国葬にする法的根拠が曖昧だ。戦前は、皇族や「国家に偉功ある者」など対象者を定めた「国葬令」があったものの、戦後廃止された。今は、国葬の対象者や実施要領を明文化した法令は存在しない。
 岸田首相は、国の儀式を所掌するとした内閣府設置法があり、閣議決定により国葬は可能だと説明する。しかし国葬にする基準もないのに、行政府だけの判断でいいのか、疑問だ。
 吉田氏の国葬も閣議決定で決めている。その際も内閣の権限だけで決めたことが国会で批判された。にもかかわらず再び閣議決定だけで済ませるのは国会軽視と言わざるを得ない。国権の最高機関である国会の意見もしっかり聞くべきである。

【20日付】
・朝日新聞「安倍氏を悼む 『国葬』に疑問と懸念」
 https://digital.asahi.com/articles/DA3S15362160.html

 在任期間は憲政史上最長となったが、安倍元首相の業績には賛否両論がある。極めて異例の「国葬」という形式が、かえって社会の溝を広げ、政治指導者に対する冷静な評価を妨げはしないか。岸田首相のこれまでの説明からは、そんな危惧を抱かざるをえない。
(中略)
 今回の国葬には、共産党、れいわ新選組、社民党が反対を表明し、立憲民主党は閉会中審査での説明を求めるとしている。こうした異論も予想された中、首相は早々に方針を打ち出した。安倍氏を支持してきた党内外の保守勢力への配慮だとしたら、幅広い国民の理解からは遠ざかるだけだ。

・神戸新聞「安倍氏の国葬/国民への説明が不十分だ」
 https://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/202207/0015485321.shtml 

 岸田首相は「民主主義を断固として守り抜く決意を示す」と国葬の意義を強調した。だが、安倍氏が民主主義を象徴する政治家だったと考える国民ばかりではないだろう。国葬は違和感を覚える人々の反発を招き、国民の分断を深める恐れがある。
 法的根拠も国民的合意も曖昧なまま、国葬を党内基盤の安定や憲法改正などの推進力に利用する思惑があるとすれば、それこそ民主主義とは相いれない。事件の背景も不明な部分が多く、性急な決定は疑問だ。
 最近では、2020年の中曽根康弘氏の「内閣・自民党合同葬」に、政府が総費用のほぼ半分に当たる約9600万円を支出し、異論が出た。今回の全額国費負担が妥当なのか、国会の閉会中審査などで議論する必要がある。
 何より弔意は国が求めたり、強要したりするものではない。政府は国葬にこだわらず、政治的な立場の違いを超えて元首相への哀悼を静かに表明できる場を再考すべきだ。

 

「国葬」は弔意の強制であり「内心の自由」の侵害、だから吉田茂を最後に執り行われていない~地方紙から反対、懐疑の表明

 耳を疑うニュースでした。岸田文雄首相は7月14日の記者会見で、参院選の街頭演説中に銃撃され殺害された安倍晋三元首相の国葬を秋に行うことを表明しました。当日14日付の産経新聞朝刊が1面トップで「安倍氏『国葬』待望論」と大きく報じていました(東京本社発行紙面)。安倍元首相の支持基盤だった右派層からはそういう声はあるだろうな、それは理解できるな、と思っていましたが、まさか本当に岸田首相が国葬の実施を口にするとは思いませんでした。

 ▼そもそも首相が決めていい、首相の一存で決められることなのでしょうか。1945年の敗戦までは、法的な根拠である「国葬令」がありました。しかし1947年に失効しています。「国葬」は現在、法律上は存在しません。それを内閣が閣議決定しさえすれば実施できる、ということになれば法治の根幹が崩れます。しかも、費用、列席者をはじめとして、具体的なことは何も示されていません。「国葬ありき」のこの姿勢は、いくら何でも乱暴に過ぎます。
 ▼費用を全額公費で賄うことの意味は、その費用をすべての国民、つまり主権者で分担することです。民主主義の社会では、故人に対してどんな感情を持つのも主権者個々人の自由です。だから費用の分担を強制する国葬は、弔意を強制するに等しく、内心の自由の侵害に当たると考えざるを得ません。憲法に反します。
 ▼戦後の国葬の例として吉田茂元首相が引き合いに出されますが、これを先例として、「だから安倍元首相も」とするのは、あまりに短絡的です。むしろ吉田元首相以後、国葬は実施されていないことに留意すべきです。民主主義と憲法に照らして、国葬は実施するべきではないとの判断が広く社会で共有されてきたのだと、わたしは考えています。吉田元首相を最後に、国葬はただの一度も行われていないことこそが「先例」です。その先例を破っていい事情は何も見当たりません。
 ▼安倍元首相の政治的な評価に賛否が相半ばするのは、ここでわたしが言うまでもないことだと思います。突然の、非業の死であっただけに、安倍元首相に対する評価が定まるには長い時間がかかるはずです。国葬によって、安倍元首相の功績が称賛されるだけとなることを危惧します。
 安倍元首相をどう見送るかは、主権者がそれぞれの思いに応じてそれぞれが選べば良いと思います。国葬には反対です。岸田首相に再考を求めます。

 マスメディアの論調を注視していますが、全国紙の社説、論説の中に反対の主張が見当たらないことを危惧しています。この記事を書いている7月18日午前の段階で、朝日新聞、日経新聞は社説で取り上げていません。毎日新聞、読売新聞は容認、産経新聞は岸田首相の記者会見前に、国葬を求める内容の社説を掲載しています。朝日新聞の沈黙と、毎日新聞の腰の引けたトーンが気になります。
 地方紙については、ネット上で読める限りですが、安倍元首相の国葬の問題点を明確に指摘している社説、論説がいくつかあります。琉球新報は「反対」を明記。信濃毎日新聞は「納得がいかない」、京都新聞、沖縄タイムスは「再考を求めたい」「再考すべきだ」との表現で、反対を表明しています。とりわけ琉球新報、沖縄タイムスの2紙は、安倍元首相が沖縄にどのようなスタンスで臨んでいたかをあらためて指摘しています。日本本土に住む主権者にぜひ一読してほしいと感じます。

 以下に、ネット上の各紙のサイトで無料で読める社説、論説について、一部を書きとめておきます。わたしの判断で【反対ないし懐疑的】【容認】【積極支持】の三つに分けています。

【反対ないし懐疑的】
▼北海道新聞:7月16日付「安倍氏『国葬』 幅広い理解得られるか」
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/706435

 非業の死を殊更に強調して、国を挙げて功績ばかりを称賛するような葬儀に、国民の幅広い理解が得られているだろうか。
 国葬でなくとも、弔意と暴力を許さぬ決意を示すことはできる。国民の税金を投じるのなら、国会でその妥当性を議論すべきだ。

▼信濃毎日新聞:7月16日付「安倍氏国葬に 特例扱いは納得がいかぬ」
 https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2022071600106

 安倍氏急死の衝撃が冷めやらない。一部の野党は国葬に反対する談話を出したものの、「静かに見守りたい」「賛成する人ばかりではない」と、はっきりした見解を示せていない党も目立つ。

 国葬になれば海外から多くの要人が訪れる。外交の場として、あるいは自民党内を掌握する機会として、現政権に「追悼の空気」を利用する意図はないか。
 コロナ禍に加え、物価高が国民の暮らしを圧迫している。窮状を尻目に、政権の意向を優先すれば政治との溝は深まる。賛否を巡り社会の分断も生じかねない。
 なぜ、慣例を破って国葬にしなくてはならないのか。岸田首相の説明では納得がいかない。

▼新潟日報:7月16日付「安倍元首相『国葬』 納得のいく説明が必要だ」
 https://www.niigata-nippo.co.jp/articles/-/87280

 岸田首相が国葬の決断をしたのは、自民党役員会で「国葬にしたらどうか」との意見が複数上がったのを受けてのことだとされる。党幹部と方向性を確認し、安倍氏の妻・昭恵さんに電話で伝えて了承を取ったという。
 安倍氏は党内最大派閥を率い、保守層の支持も厚かった。岸田首相には、国葬にすることで党内対立を避ける狙いもあるのではないか。政治的な意図が透ける。
 安倍氏が志半ばで凶弾に倒れたことに、多くの国民は衝撃を受け、深い悲しみを抱いていることは事実だろう。
 一方で、国葬とすることにより懸念される点もある。安倍氏の負の側面に向き合わず、ふたをしてしまうことにつながらないか。
 言論の自由と民主主義を守る意義をもう一度確認したい。

▼京都新聞:7月16日付「安倍氏の国葬 法の根拠がなく疑問だ」
 https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/837989

 国民の賛否は分かれるのではないか。岸田文雄首相は、参院選の街頭演説中に銃撃されて死去した安倍晋三元首相の「国葬」を今秋に行う方針を発表した。
 国葬は法的根拠がなく、費用は全額が公費負担となる。首相経験者では1967年の吉田茂元首相以来、実施されていない。
 岸田氏は「暴力に屈せず、民主主義を断固として守り抜く決意を示す」と強調したが、事件の衝撃とは切り離して冷静に判断せねばならない。安倍氏に国民の同情が集まる一方、政権運営を巡っては評価だけでなく批判も根強い。
 ムードに乗じて岸田氏の判断で決めていいのか。政治利用ともみえるだけに疑問と危うさを禁じ得ない。再考を求めたい。

▼琉球新報:7月16日付「安倍元首相『国葬』 内心の自由に抵触する」
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1550385.html

 岸田文雄首相が、街頭演説中に銃撃を受けて死去した安倍晋三元首相の「国葬」を9月に実施すると発表した。史上最長の在任期間、国際社会からの高い評価、国内外から追悼の意が寄せられていることを理由として挙げたが、全く納得できない。憲法が保障する内心の自由に抵触する国葬には反対する。
 (中略)
 安倍元首相の功績の評価も疑問だ。在任期間の長さは功績といえるのか。米国と軍事的一体化を進めたことを米政府関係者が高く評価するのは当然だが、国内には根強い批判がある。誰もが認めるような外交成果はあるだろうか。
 沖縄の立場からはさらに厳しい評価をせざるを得ない。安倍元首相は、沖縄の民意を踏みにじりながら辺野古新基地建設を力ずくで進めてきた。地位協定見直し要求も無視し続けた。「台湾有事は日本有事」などの発言は、沖縄を再び戦場にしようとするものとして批判された。
 岸田首相は「暴力に屈せず、民主主義を断固として守り抜く決意を示す」とも述べた。しかし安倍元首相は民主主義を空洞化させた。安全保障関連法などで強行採決を重ね、森友・加計問題、桜を見る会問題では、長期政権のおごり、権力の私物化と批判された。国会でうその答弁を積み重ね、公文書改ざんなどを引き起こした。数々の疑惑に口を閉ざしたままだった。
 銃撃は民主主義への挑戦であり、今求められることは民主主義の精神を守ることだ。「国葬令」が失効した歴史をかみしめるべきである。

▼沖縄タイムス:7月17日付「[安倍氏の国葬]異例の扱い 疑問が残る」
 https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/992870

 国論を二分した安倍氏の政策は評価が定まっているとは言えない。なぜ国葬なのか。政府は追悼の在り方を再考すべきだ。
 とりわけ沖縄において安倍氏への評価は厳しい。
 安倍氏は、サンフランシスコ講和条約の発効日を「主権回復の日」として首相在任中の2013年、初めて政府主催で式典を開催した。
 沖縄は講和条約で米国の施政権下に置かれることになった。発効の日は「屈辱の日」と呼ばれ、式典開催については世論調査で県民の7割が「評価しない」と回答した中での強行だった。辺野古の新基地建設をはじめ、こと沖縄政策に対しては強硬姿勢が目立つ政治家でもあった。
 戦後唯一、国葬で送られた吉田氏について、当時の佐藤首相は追悼の辞で「戦後史上最大の不滅の功績」として講和条約の締結を挙げた。
 吉田氏に続いて安倍氏が国葬で送られることに対し、県民からは反発の声が上がっているが当然だ。
 (中略)
 憲法は「内心の自由」を定めている。喪に服すも、服さないも個人の自由である。政府はそのことを重んじるべきだ。

【容認】
▼毎日新聞:7月16日付「安倍元首相の『国葬』 国民の思い尊重する形に」
 https://mainichi.jp/articles/20220716/ddm/005/070/154000c

 衝撃的な事件で命を落とした安倍氏の通夜には多くの人々が訪れ、自民党本部に置かれた献花台に行列ができた。国民が弔意を示す場を設ける必要はある。
 国葬となれば全額が国費で賄われる。多くの国民の理解を得られる形にすることが望ましい。
 (中略)
 退陣から2年弱で、現役の政治家だった安倍氏の歴史的評価は定まっていない。野党は「公文書改ざん問題や国会での虚偽答弁などがあったことも忘れてはならない」と指摘している。
 こうしたことから、政府・与党内にも慎重論があった。銃撃事件の捜査も続いている。落ち着いた状況の中で、世論を見極めながら決めるべきではなかったか。
 (中略)
 大切なのは遺族の意向にも配慮し、静かに見送れる環境を整えることだ。
 さまざまな国民の思いを尊重し、世論の分断を招かぬよう丁寧に進めなければならない。

▼読売新聞:7月16日付「安倍氏国葬に 内外の悼む声を踏まえた判断」
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20220715-OYT1T50277/

 国葬には、海外の多くの首脳や要人が出席する見通しだ。外交上も重要な場となる。国家的行事として、責任を持って執り行おうという政府の姿勢は理解できる。
 安倍氏が銃撃された奈良市の現場では、今も花を手向ける人が後を絶たない。東京都内で行われた通夜と葬儀には、多くの一般の人たちが詰めかけた。
 国葬という最高の形式に、異論がある人もいよう。だが、不慮の死を遂げた元首相の追悼方法を巡って日本国内が論争となれば、国際社会にどう映るか。そんな事態を、遺族も望んではいまい。
 政府は、不必要な混乱を招かないよう、国葬の規模や運営方法などについて、丁寧に説明を尽くしてもらいたい。支出の透明性を確保することも大切だ。

▼西日本新聞:7月16日付「安倍氏の国葬 首相は国民に説明尽くせ」
 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/957396/

 参院選の街頭演説中に銃撃を受けて亡くなった安倍晋三元首相の「国葬」を秋に行うと岸田文雄首相が発表した。戦後、首相経験者の国葬は吉田茂氏しか例がない。極めて異例である。
 安倍氏を静かに送ることができるように、賛否を巡って国民が激しく対立する事態は避けたい。そのためにも、首相は国葬の意義を丁寧に説明しなければならない。
 (中略)
長期政権は毀誉褒貶(きよほうへん)相半ばし、安倍氏の国葬に疑問を持つ人もいる。一部野党は反対や懸念を表明した。私たちの社説も安倍氏の政治判断や言動を批判することがあった。
 安倍氏の命を奪った事件が国民に与えた衝撃は大きい。岸田首相は多様な国民感情に留意し、国葬の詳細を冷静に議論すべきだ。できるだけ多くの賛同が得られる結論を導き出してほしい。
 よもや、安倍氏を支えてきた自民党内の保守派への配慮など政治的思惑がのぞくようなことがあってはならない。

【積極支持】
▼産経新聞:7月14日付「安倍元首相 心込めた国葬で送りたい」※岸田首相の表明前
 https://www.sankei.com/article/20220714-CNZTX56NYRJ4PLKUDQVWAUPTIA/

 近年の首相経験者の葬儀は、内閣と自民党による合同葬が主流となっている。
一方、安倍氏の葬送では、憲政史上最長の首相在任による業績を踏まえることに加え、国際社会が示してくれた追悼にふさわしい礼遇を示すことが大切だ。
(中略)
 戦後の首相経験者の国葬には立派な前例がある。昭和42年10月の吉田茂元首相の国葬だ。日本を占領から独立させ、日米安保条約締結で自由主義陣営の国として歩む基盤をつくった首相だった。安倍氏の功績は吉田氏に劣らない。
 「法律の不備」を理由に安倍氏の国葬を肯(がえ)んじない向きがあるが、前例無視の暴論である。
 首相官邸は11日になって弔意を示す半旗を掲げた。米国やインドの政府施設よりも遅かった。恥ずかしくないのか。心を込めた国葬で安倍氏を送りたい。

 

民意は早期の憲法改正を求めていない~参院選後の世論調査結果から

 参院選投開票直後の7月11、12日に実施された共同通信と読売新聞の2件の世論調査の結果が報じられています。憲法改正に対する民意が鮮明に示されていると感じますので、書きとめておきます。

 共同通信の調査では「参院選で何をもっとも重視したか」を尋ねています。回答状況は次の通りです。
 物価高対策・経済政策 42.6%
 年金・医療・介護 12.3%
 子育て・少子化対策 10.4%
 外交や安全保障 9.6%
 続いて「新型コロナウイルス対策」「原発・エネルギー政策」「憲法改正」が各5.6%で並びます。さらに「憲法改正を急ぐべきだと思うか」を尋ねたのに対し、「急ぐべきだ」は37.5%、「急ぐ必要はない」58.4%でした。

読売読売新聞の調査では、今後、岸田内閣に優先して取り組んでほしい課題を尋ねています。複数回答を可能としてします。回答は以下の通りです。
 景気や景気や雇用 91%
 物価高物価高対策 80%
 外交や安全保障 76%
 年金など社会保障 73%
 少子化対策 71%
 以下、「原発などエネルギー政策」63%、「地方の活性化」62%、「財政再建」61%、「新型コロナウイルス対策」57%と続いて、「憲法改正」は10項目ある選択肢の10番目、37%です。複数の項目を選んでも構わないのに、それでも3割強にとどまっています。
 国会の憲法審査会で憲法改正に向けた議論が活発に行われることを期待するかどうかの質問では、「期待する」58%、「期待しない」37%でした。

 参院選前から岸田文雄首相は早期の憲法改正に向け、前のめりと言ってもいいほどの積極姿勢を示すようになっています。選挙直後の11日の記者会見では、できる限り早く憲法改正の発議ができるように取り組むと表明。安倍晋三元首相が銃撃され殺害された事件に触れる中でも「思いを受け継ぎ、拉致問題や憲法改正など、ご自身の手で果たすことができなかった難題に取り組む」(産経新聞)と語ったと報じられています。
 憲法改正についての民意は、上記の世論調査の結果に表れている通りです。首相であるならば、故人を悼む気持ちはともかくとして、政策、政治課題については民意の求めに沿って進めていくべきです。参院選で自民党は大勝しましたが、それは岸田政権への白紙委任ではありません。

参院選 自民大勝~早急な改憲は必要なのか

 参院選は7月10日投票が行われ、11日にかけての開票で全議席が確定しました。自民党は改選前から8議席増の63議席を獲得し、単独で改選125席の過半数に達しました。大勝です。次いで、各党の獲得議席は以下の通りでした。
 立憲民主党17議席(改選前から6減)、公明党13議席(同1減)、日本維新の会12議席(同6増)、国民民主党5議席(同2減)、共産党4議席(同2減)、れいわ新選組3議席、NHK党、社民党、諸派各1議席、無所属5議席
 8日に安倍晋三元首相の殺害事件が起きる以前から、マスメディアの情勢調査では自民が優勢と報じられていました。共同通信の新聞向け配信記事「表層深層」によると、「期日前出口調査では9日、比例代表で自民に投票したとの回答が前日に比べ約5ポイント増えた」とのことです。事件で一定の票が自民党に流れたことがうかがえますが、情勢が大きく動いたわけではなく、大勢は事件発生の前に決まっていたように感じます。

 11日付の朝刊各紙を東京・世田谷区内で買い求めました。1面トップの見出しは以下の通りです(同じ東京都内でも、地域によっては見出しが異なっている場合があるかもしれません)。
・朝日新聞「自民 改選過半数/1人区 野党4勝28敗/維新伸長 立憲減 第2党は維持/改憲4党 2/3超す」
・毎日新聞「自公堅調 改選過半数/改憲4党 3分の2維持/立憲伸びず 維新は増」
・読売新聞「与党大勝 改選過半数/自民1人区28勝4敗/立民 改選割れ 維新伸長」
・日経新聞「自民大勝 与党改選過半数/改憲勢力2/3維持/参院選 首相、内閣改造へ」
・産経新聞「改憲勢力3分の2維持/自公 改選過半数/麻生・茂木両氏再任へ/維新は議席大幅増」
・東京新聞「自公 改選過半数/1人区 野党4勝28敗/改憲勢力3分の2維持」

 各紙の社説、政治部長の署名評論の見出しは以下の通りです。
【社説】
・朝日新聞「自公勝利後の政治 民主主義 実践が問われる」/多様な意見を認め合う/フリーハンドではない/野党の役割を忘れるな
・毎日新聞「参院選で与党過半数 国民の不安ぬぐう政治を」/問われた民主主義の力/岸田政権は針路明確に
・読売新聞「与党改選過半数 安定基盤で懸案の解決に挑め/経済再生と防衛力強化が急務だ」/様々な危機が背景に/旧民主党勢力は低迷/難題取り組む環境整う
・日経新聞「民主主義の重みかみしめ政治を前に」/激動に安定求めた民意/負担の議論も逃げるな 
・産経新聞「参院選で与党勝利 首相は憲法改正の実現を/効果見極め物価高に対処せよ」/『防衛費増額』も急務だ/感染拡大の対策万全に
・東京新聞「参院選で与党過半数 暮らしの安定最優先に」/物価高に柔軟対応を/『白紙委任』ではない/野党共闘再構築急げ

【署名評論】
・朝日新聞「『聞くだけ』政治は許されない」林尚行・政治部長
・毎日新聞「今こそ岸田カラーを」中田卓二・政治部長
・読売新聞「ひるまず政策遂行を」村尾新一・政治部長
・日経新聞「民主主義応える政治を」吉野直也・政治部長
・産経新聞「次は改憲掲げ信を問え」大谷次郎・政治部長
・東京新聞「物価高直撃 東京は『伯仲』」高山晶一・政治部長

 殺害された安倍元首相は憲法改正が悲願であり、軍事力の強化にも熱心でした。事件を「卑劣なテロ」と呼ぶことの裏返しのように、安倍元首相への称賛が自民党内を中心に高まっている中で、安倍政権当時に安倍首相への支持が鮮明だった読売新聞は選挙結果を受けて軍事力強化の必要性を強調し、産経新聞は憲法改正を主張しています。
 ただし、今回の選挙の情勢調査では、有権者の主要な関心は物価高対策でした。憲法改正については、早急に必要な事情(立法事実)があるのか疑問ですし、もとより自民大勝は白紙委任を意味しているわけではありません。
 安倍元首相が突然いなくなったことで、自民党内のパワーバランスにどんな変化が生じるのか。就任以来、重要課題を先送りしてきたと指摘されている岸田文雄首相が、どう独自色を出すのか、出さないのか。衆院解散がなければ、次の参院選まで国政選挙がないことから、岸田政権にとってこれからの3年は「黄金の3年間」になる、との比喩をたびたび目にします。その間、有権者の審判がないのであれば、マスメディアによる公権力の監視は一層重要になります。

 安倍元首相の殺害事件は、11日で発生から4日目です。報道されている範囲内のこととはいえ、容疑者の供述内容からは政治的な意図を持った動機はうかがえません。この事件を「テロ」と呼ぶことには、わたしには違和感があります。
 11日付の各紙社説で事件を「テロ」と位置付けているのは日経新聞(「テロには決して屈しない」)と産経新聞(「卑劣なテロ」)でした。政治部長の署名評論では読売新聞(「卑劣なテロ」)と日経新聞(「テロの衝撃」)でした。

非業の死を悼む、しかし「安倍政治」の評価は変わらない、変えてはいけない~安倍晋三元首相殺害、在京紙の報道の記録

 安倍晋三元首相が7月8日、奈良市で参院選の応援演説中に撃たれて亡くなりました。つつしんで哀悼の意を表します。

 容疑者の41歳の男がその場で取り押さえられ、逮捕されました。凶器は手製の銃でした。民主主義の根幹である選挙と言論が、暴力によって攻撃を受けました。到底許されない、容認できない行為であることは、わたしが言うまでもないことです。犠牲になったのは安倍元首相という圧倒的な存在の政治家であり、社会への衝撃はすさまじく、影響はさまざまに広がることと思います。
 動機を巡っては、特定の宗教団体に恨みがあり、安倍元首相がその団体に深く関係していると思い殺そうと考えた、との趣旨の供述をしていると報じられています。安倍元首相の政治信条に反対してのことではない、との趣旨のことも話しているとのことです。母親が入信し、多額の寄付で破産したなど、この供述内容に沿うような情報も伝えられています。容疑者に対する捜査はまだ始まったばかりで、分からないことが多々あります。事件の意味を考え、評価するのには慎重であるべきですが、仮に供述通りだとすれば、安倍元首相殺害の動機は極めて私的、個人的なことになります。結果として言論が封殺されたとしても、それが容疑者の当初の目的だったのかどうかは、控え目に言っても現状では分からないとしか言いようがないように思います。現時点でわたしは、この事件を「テロ」と位置付けるのは留保しておきます。
 安倍晋三元首相はこの10年ほど、日本の社会で圧倒的な存在でした。同時に、政策、政治手法には批判が付いて回りました。世論が割れる中を最後は数の力で押し切ったケースがあります。例えば集団的自衛権の憲法解釈を変更した安保法制であり、特定秘密保護法です。「自民1強」「安倍1強」が続く中で行った衆院解散は大義を欠き、極めて恣意的に見えました。森友学園、加計学園、桜を見る会の疑惑に対しては、説明が十分だったとは思えません。そうした安倍元首相への評価は、その後の本人の振る舞いと時間の経過とともに定まっていくのだと思っていました。
 しかし、安倍元首相は突然、凶弾に斃れました。だれも想像もできなかったことです。一方的な暴力で人の生命を奪うのは到底許されないことですが、非業の死を迎えたからといって、政治家としての評価がすべて肯定されるとなるのも、民主主義を危うくすることと感じます。非業の死と業績の評価は分けて論じられるべきだと思います。今回の事件が、その全容がはっきりしないうちから「民主主義への愚劣な挑戦」「卑劣な言論封殺」「卑劣なテロ」などと強調されてしまえば、容疑者への憎悪の感情がことさらにかき立てられていくことになりかねません。その反動のように、安倍元首相の業績が美化されてしまうことはないか、あるいは批判があったことがかき消されていくことはないか、危惧しています。
 わたしが定点観測を続けている東京発行の新聞各紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)は当然のこととして、事件翌日の9日付朝刊で安倍元首相殺害のニュースを大きく扱いました。6紙の紙面の記録と、それぞれの報じぶりに現時点で感じていることを若干書きとめておきます。

■「テロ」なのか

 各紙の1面トップの主見出しは「安倍元首相撃たれ死亡」で、一字一句の違いもなく6紙全てそろいました。地方紙に届く共同通信の配信記事でも同様だったようですので、全国各地で同じ見出しの地方紙があったのではないかと思います。強いて違いがあるとすれば「安倍元首相」と「撃たれ死亡」の間に、わずかにすき間を入れているかどうかのみ。ここまで新聞の主見出しがそろう例は、ほかに記憶がありません。
 各紙とも社説で取り上げ、多くの新聞が編集幹部の署名入りの論評を掲載。もう一つ故人の人となりの紹介を主眼にした「評伝」も多く載っています。それぞれの見出しを書き出してみます。

▽社説
・朝日「民主主義の破壊許さぬ」※1面掲載
・毎日「安倍元首相撃たれ死去 民主主義の破壊許さない」/選挙演説狙った卑劣さ/政権返り咲き歴代最長
・読売「安倍元首相銃撃 卑劣な犯行に怒り禁じ得ない/要人警護の体制不備は重大だ」/民主主義への挑戦だ/動機や背景の解明急げ/参院選の円滑な実施を
・日経「絶対に許されぬ民主主義への凶行」/言論への深刻な挑戦だ/選挙への影響最小限に
・産経(「主張」)「安倍氏の死去 卑劣なテロを糾弾する/計り知れぬ損失だ」※1面掲載
・東京「安倍元首相銃撃 言論は暴力に屈しない」/民主主義の土台破壊/歴史の教訓を生かす/違う意見認めてこそ

▽署名評論
・毎日「民主主義への愚劣な挑戦」前田浩智・主筆 ※1面掲載
・読売「卑劣な言論封殺 許されぬ」前木理一郎編集局長 ※1面掲載
・日経「許されざる蛮行」芹川洋一・論説フェロー ※1面掲載
・産経「『天職』を持った稀有な政治家」阿比留瑠比・論説委員兼政治部編集委員
・東京「許さぬ。民主主義の破壊」金井辰樹・編集局長 ※1面掲載

▽評伝
・朝日「『現実主義』求めた保守/安倍氏『敵・味方』深めた溝」
・毎日「座談名手 気配りの人」
・読売「強い信念 難題に挑む/政権運営 硬軟織り交ぜ」
・日経「時代を画した保守政治家/安保関連法・アベノミクスで功績」
・東京「分断生んだ『闘う政治家』」

 事件について、民主主義に対する卑劣なテロと位置付けるトーンが目立ちます。この記事の冒頭にも書いたことですが、民主主義の根幹である選挙と言論が、暴力によって攻撃を受けたことは間違いがありません。絶対許されないことも、その通りです。しかし、では容疑者の目的が、民主主義を否定することなのかどうかとなると、現在報じられている供述との間には落差があるように感じます。この事件は「テロ」なのか、容疑者は「テロリスト」なのかと言えば、「テロ」「テロリスト」をどう定義するのかの問題もあって、「そうだ」と断じるには、わたしは躊躇を覚えます(一般論として、民主主義や言論に対する暴力やテロは容認できないのはその通りですが)。

■「思い込んで」の違和感

 容疑者の供述を巡る報道に対しても、なぜ安倍元首相を狙ったのか、を巡る部分について違和感を覚えることがあります。一例として、朝日新聞の本記の関係部分を書き出してみます。

 捜査関係者らによると、山上容疑者は特定の宗教団体の名称を挙げて「恨む気持ちがあった」と説明。その上で「団体のトップを狙おうとしたが難しく、安倍氏が(その団体と)つながりがあると思い込んで狙った」という趣旨の供述をしている。一方で「(安倍氏の)政治信条に恨みはない」とも話しているという。

 この「思い込んで」の部分です。普通に読めば「そう思って襲撃したが、今は思い込みに過ぎなかったことが分かった」とのニュアンスを含んだ供述をしていると受け取れます。逮捕直後に思い込みに過ぎないと分かるなどということがあるのでしょうか。毎日新聞も「思い込んで襲った」と、日経新聞、産経新聞も「思い込んで犯行に及んだ(およんだ)」と書いています。
 一方で読売新聞は以下のような書き方です。

 動機について、特定の宗教団体の名前を挙げて不満を述べ、安倍氏も関係していると独自の主張をしている。一方で「安倍氏の政治信条に対する恨みではない」とも供述している。

 東京新聞も「思い込んで」とは書いていません。

 「特定の団体に恨みがあり、安倍元首相がつながりがあると思って犯行に及んだ」と話し、「(安倍氏の)政治信条への恨みでやったわけではない」と供述しているという。

 やはり逮捕後も、容疑者は安倍元首相がこの宗教団体とつながりがあると考えている、ということの方が納得できます。
 なぜ「思い込んで」という表現で報じたのか。わたしは奈良県警のバイアスがそこに反映されている可能性があるように思います。
 事件をめぐっては、奈良県警の警備陣と警視庁から派遣されていたSPの警備が適切だったのか、強い疑問が投げかけられています。安倍元首相の殺害を防げなかっただけでなく、容疑者の供述とはいえ、さらに安倍元首相の名誉にかかわるような事態になることは避けたい、との県警のバイアスが「思い込んで」の報道に作用している可能性、ある種の忖度が働いている疑いはないのか。供述の裏付け捜査として、なぜ容疑者がそう考えるのか、実態として安倍元首相とこの団体とに関係はあるのかないのかを調べることは必要だと思います。
 この宗教団体については、大手出版社系のサイトが10日朝に実名を報じているのを目にしました。少し詳しい方なら、「ああ、あそこか」と分かる名前です。この宗教団体とのつながりが指摘されている団体が別にあり、以前から保守政治家との関係も取り沙汰されています。そうした背景事情があるのであれば、警察も容疑者の供述の扱いには神経を使わざるを得ません。マスメディアは取材に際しては、そうした事情も念頭に置き、情報の扱いには十分に気を配る必要があると思います。

■「こんな人たち」

 各紙の記事を一つひとつ読みながら、いちばん違和感を覚えたのは評伝です。もともと評伝は、故人を知る記者が、人柄や人徳を偲びながら書くのがほとんどで、厳しい評価はそもそもなじまないのかもしれません。しかし、最長政権を維持した元首相です。仮にも報道、ジャーナリズムとしては、それだけでいいのかと思います。
 そんな中で、「分断生んだ『闘う政治家』」の見出しの東京新聞の評伝はちょっと違っていました。一部を引用します。 

 数々の政策遂行や行動について、本人は国家、国民のためと信じて疑わなかったのかもしれない。しかし、安保法は憲法の平和主義を揺るがし、市民らが連日のように国会前で抗議する中での強行採決となった。政権批判の声を上げる聴衆に向かって「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と声を荒げたこともある。支持層を固め、反対意見を遠ざける政治手法は社会に分断やあつれきを生んだ。

 「こんな人たちに負けるわけにはいかない」は、2017年都議選の演説での発言です。正確には「私たちは負けるわけにはいかない」と話していました。「こんな人たち」と「私たち」を対置して、自分を批判する人たちを明確に敵と位置付けました。首相であれば、仮に自らを批判する人であっても、国民として、あるいは社会の一員として守らなければならないはずです。「こんな人たち」を「私たち」と分断して敵視するその手法は、やはり安倍元首相の固有の特徴の一つとして明記されるべきことだと思います。このエピソードを他紙がどのように取り上げたかを書き出しておきます。
・朝日:4面(総合)掲載の「主な発言」の表
・毎日:第2社会面サイド「最長政権 功罪相半ば」で紹介
・読売:4面(政治面)「退任後も中傷続く」の記事中で紹介
・日経:(見当たらず)
・産経:5面(総合面)の「主な発言」

 10日投票の参院選は同日夜、開票が進み、自民党、公明党の与党の勝利が報じられています。安倍元首相の死が選挙にどう影響したのかは分かりませんが、その死を悼むことと、政治家としての業績を判断する、評価することとは、厳に分けられるべきだろうと思います。

 以下に記録のために、9日付の各紙の関連記事の主な見出しを書きとめておきます。

【朝日新聞】
▽1面
「安倍元首相撃たれ死亡/参院選 街頭演説中/容疑者『宗教団体に恨み』」/「岸田首相『卑劣な蛮行』」
社説「民主主義の破壊許さぬ」
▽2面(総合)「民主主義へ銃口」
時時刻刻「閣僚ら遊説取りやめ/『暴力に屈しない』最終日は再開も」/「政権運営に影響必至/内政・外交 議論をリード」
「繰り返される政治家襲撃/伊藤博文・原敬・犬養毅ら標的に」
▽3面(総合)「首相2度 最長政権」
「外交・安保 集団的自衛権を一部容認」
「改憲 国民投票法成立 4項目掲げる」
「森友・加計・桜 国会での追及 関与否定」
「アベノミクス 円安・株高『官製春闘』を主導」
「通商 TPPなど自由貿易拡大」
▽4面(総合)
「各党幹部 怒り・悲しみ深く/対立超え 安倍氏への哀悼表明」
評伝「『現実主義』求めた保守/安倍氏『敵・味方』深めた溝」
表・安倍晋三元首相の主な発言 ※「こんな人たちに負けるわけにはいかない」
▽8面(経済)「銃撃 経済界に驚きと怒り」
「『安倍氏 日本を牽引』『断腸の思い』」/「『脱デフレ実現向け成果』黒田総裁」/「アベノミクス 経済指標動かす」
▽13面(国際)「安倍外交 各国強い印象」
「アメリカ トランプ時代に蜜月」「中国 『戦略的互恵関係』を提唱」「ロシア 領土で行き詰まる」「韓国 徴用工判決で悪化」「インドや台湾 連携強化」
▽17面(オピニオン)政治とテロリズム
「『暴力でなく言葉』暗殺と戦争の先に実践した戦後日本」「民主主義を守り屈しない社会へいま決意示す時」インタビュー・政治学者御厨貴さん
▽25面(スポーツ)
「五輪関係者 悼む声/バッハ会長『安倍氏なしでは実現できず』」
※アンダーコントロール発言「国内では根拠に欠けると批判も受けた」
▽34面「白昼の駅前 凶行」
写真5枚(「倒れた安倍晋三氏」一部加工)、ドキュメントなど
▽社会面見開き「聴衆の眼前 凶弾」「元首相標的 憤り」
「マイク握り2分 背後から/手製の銃 破裂音2回」/「心臓に大きな穴 失血死」
「『政治信条に恨みはない』/元海自隊員の容疑者供述」
(第2社会面)
「『民主主義の世で、許されない』」※親交があった人らの反応
「銃撃『また繰り返された』/2代続けて被害の長崎市長」
「警察庁『警備態勢を確認』」/「『全容解明・捜査尽くす』/奈良県警 警備の詳細は答えず」

【毎日新聞】
▽1面
「安倍元首相撃たれ死亡/奈良で選挙演説中/41歳元海自隊員逮捕/殺人未遂容疑」「『拳銃たくさん作成』」
「民主主義への愚劣な挑戦」前田浩智・主筆
▽2面(総合)「政界混迷の選挙戦」
「各党 一時活動を自粛」「自民 実力者失い動揺」
「野党 追悼と憤り、交錯」
▽3面(総合)「狙われた街頭演説」
「背後突かれた警備」「ローンウルフ型犯行?」「手製銃事件 過去にも」
「繰り返される要人襲撃」
▽5面(総合)
評伝「座談名手 気配りの人」
社説「安倍元首相撃たれ死去 民主主義の破壊許さない」/選挙演説狙った卑劣さ/政権返り咲き歴代最長
▽6面(総合)「レガシー 光と影」
「安保法制推進 対中露に課題」「『アベノミクス』2度消費税増」
▽7面(経済)
「経済回復先導 功績悼む/経済界 驚きと怒り」
▽8面(国際)
「各国 哀悼相次ぐ」※米国、中国、韓国、台湾、インド、欧州、ロシア
▽22面(スポーツ)
「東京五輪開催に尽力/招致・延期 随所に政治力」
※アンダーコントロール発言「被災者ら国内関係者から反発を招いたが、国のトップが打ち消したことで流れが変わった」
「スポーツ界にも衝撃」
▽27面「銃声 白昼の暗転」
写真6枚
▽社会面見開き「聴衆面前 響く銃声」「有権者 広がる怒り」
「応援演説1、2分後」/「大きな音2度の後、白煙」※現場に居合わせた記者
識者談話7人
(第2社会面)
「ゆかりの人々『残念』/『言論自由守りたい』」
「最長政権 功罪相半ば/『美しい国』保守層支持/『1強』確立『政権私物化』批判も」
 ※「こんな人たちには負けるわけにはいかない」発言:「相手をやゆするような論法を批判されたこともある一方で、『対決姿勢』を示すことで岩盤支持層である保守層を結束させ、安定した政権運営につなげた」

【読売新聞】
▽1面
「安倍元首相 撃たれ死亡/奈良で選挙演説中/殺人未遂容疑 41歳男逮捕」
「首相在職 最長3188日」
「卑劣な言論封殺 許されぬ」前木理一郎編集局長
▽2面(総合)「政策 影響必至」
「安倍氏 安保・経済で指導力」
評伝「強い信念 難題に挑む/政権運営 硬軟織り交ぜ」
▽3面(総合)「遊説 警備に穴」
スキャナー「容疑者接近 制止なし」「要人テロ 戦前から相次ぐ」
社説「安倍元首相銃撃 卑劣な犯行に怒り禁じ得ない/要人警護の体制不備は重大だ」/民主主義への挑戦だ/動機や背景の解明急げ/参院選の円滑な実施を
▽4面(政治)
「首相退任後も中傷続く/批判先鋭化・演説を妨害」
 ※「安倍氏はその場で『こんな人たちに負けるわけにはいかない』と応酬。野党は『国民の声を聞かないのか』と批判を浴びせた」
「『民主主義への挑戦』『大きな存在失われた』/安倍氏 与野党から悼む声」
「『長期政権が招いた事件』立民・小沢氏が持論」
▽5面(特別面)「安倍氏 内外に手腕」
「アベノミクス 経済再生に力」「トランプ氏と蜜月」「国政選『6連勝』最長政権」「退任後、最大派閥会長に」
「第1次政権は挫折」
語録
▽7面(国際)「安倍外交 世界が評価」
「日米同盟を強化」
「中台が哀悼」「『尊敬される政治家』韓国大統領」「米欧も報道『最も安全な国に衝撃』」
▽8面(経済)
「経済界 悼む声相次ぐ」
▽9面(経済)
「デフレ脱却 安倍氏注力/積極財政 日銀と連携」
▽18面(スポーツ)「スポーツ発展 尽力」
「五輪招致、延期を決断」
 ※「『状況はコントロールされている』と安全な開催を確約した」
「長嶋・松井両氏に栄誉賞」
▽28面「聴衆の目前…暗転」
 写真5枚
▽社会面見開き「背後に迫り 凶弾2発」「『日本でこんなことが』」
「『ドーン』広がる白煙 悲鳴/容疑者か 聴衆に紛れ拍手」
「銃自作 自宅からも数丁/山上容疑者『たくさん作った』」
「海自に3年間勤務」
(第2社会面)
「関係者ら『強い怒り』」
識者談話2人、ドキュメント

【日経新聞】
▽1面
「安倍元首相 撃たれ死亡/奈良で応援演説中/67歳 容疑の41歳男逮捕」
「『特定の団体に恨み』/容疑者 安倍氏関係と思い込む」/「『思い継ぐ』首相」
「許されざる蛮行」芹川洋一・論説フェロー
▽2面(総合)「要人警護に綻び」
「元自衛官、手製の銃使用/演説時 海外より態勢甘く」
「死因『失血死とみられる』/安倍元首相 搬送先の病院会見」
社説「絶対に許されぬ民主主義への凶行」/言論への深刻な挑戦だ/選挙への影響最小限に
▽3面(総合)「テロ 民主主義の根幹揺らす」
「元首相銃撃 選挙中に/岸田氏『自由・公正な選挙』指示」
評伝「時代を画した保守政治家/安保関連法・アベノミクスで功績」
▽4面(総合)「『ぼうぜん』『無二の指導者』」
「バイデン氏らが哀悼/海外メディア、相次ぎ速報」
「参院選直前 与野党に衝撃/自民・立民、党幹部の演説中止/党首ら『許されない』非難」
「国内、戦前に現役首相暗殺/首脳狙うテロ 米では現職大統領」
▽5面(総合)「アベノミクス 日本の転換点」
「『3本の矢』で円安・株高/日銀総裁『デフレ脱却へ成果』/消費税2度引き上げ」
「政局、安倍氏死去で激変/政権運営・政策に影響」
▽6面「最長宰相 残した足跡」
写真6枚、年表(小サイズの写真4枚)
▽33面(スポーツ)
「五輪関係者、安倍氏悼む」※「アンダーコントロール」の記述なし
▽社会面見開き「懸命の救命実らず」「自宅に手製銃 数丁」
「急行医師『シビアな状況』/AED探し回る人も」
「拉致被害者家族も動揺/突然の悲報『打ちのめされた』」/「地元・山口の支援者ら涙」
「安全な国はどこへ」坂口祐一・編集委員
(第2社会面)
「捜索に爆発物処理班/住民に一時避難呼びかけ」
「『凶行』拡散 瞬時に/SNSに大量の現場映像」
「警備責任 明確に答えず/奈良県警会見『捜査尽くす』」

【産経新聞】
▽1面
「安倍元首相 撃たれ死亡/奈良で演説中 背後から/殺人未遂容疑 元海自の41歳男逮捕/聴衆面前 距離わずか5メートル」
主張(社説)「安倍氏の死去 卑劣なテロを糾弾する/計り知れぬ損失だ」
▽2面(総合)「民主主義 根幹の現場で」
「首相『絶対に許せぬ行為』」/「言論封殺 野党にも衝撃」
▽3面(総合)「安倍氏『強い日本』牽引」
「外交 『戦後レジーム』から脱却」
「内政 国政選6連勝で最長政権」
「経済 『三本の矢』アベノミクス」
「『天職』を持った稀有な政治家」阿比留瑠比・論説委員兼政治部編集委員
▽5面(総合)「防衛費増・改憲 推進力に影」
「外交など 首相も助言あおぐ」
「具体案で低調世論に穴/タブー視の改憲『私がやる』」
「卑劣な蛮行 公正な選挙に万全」
主な発言
 ※「状況はコントロールされている」「こんな人たちに負けるわけにはいかない」
「小沢氏『むしろ自民に有利に』」
▽9面(国際)
「『暗殺』世界が動揺/政治家標的『日本で異例の銃撃』」
▽13面(経済)
「経済界『偉大な功績』/強力なリーダーシップ 惜しむ声相次ぐ」
▽14、15面「不屈の再登板 国益追った安倍氏」
写真12枚、年表
▽21面(スポーツ)
「東京五輪開催に尽力/安倍元首相、延期も提案」
 ※「『状況はコントロールされている』とスピーチ。招致成功をたぐり寄せた」
「原監督が哀悼の意/『尊敬できるリーダー』」
▽社会面見開き「『ドン』爆発音2回」「無事の祈り届かず」
「『AEDを』飛び交う怒号」
「容疑者宅から複数の銃か/5月に勤務先退職」
「警備体制を検証 警察庁」
「銃の自作 容易に/ネット上に製造方法も」/「厳しい銃規制で発砲事件少なく」
(第2社会面)
「『身内失ったような気分』」/「拉致家族『一心同体』」「同級生『思いやりの塊』」
「櫻井よしこ氏『心から憤り』」
「政治家襲撃 過去にも」/「『教育再生 大きな損失』麗澤大 八木教授」

【東京新聞】
▽1面
「安倍元首相 撃たれ死亡/参院選の街頭演説中/奈良 元海自の容疑者逮捕」
「許さぬ。民主主義の破壊」金井辰樹・編集局長
▽3面「『安倍一強』世論を二分」
核心「解釈改憲で安保法制定/アベノミクス 果実まだ」
「モリカケ 国民に疑念■自己責任論を指向 識者に聞く」
▽4面(国際)
「『銃犯罪まれな国 信じ難い』/国際社会の主役 中日関係に貢献 台湾にとり親友 韓日改善に思い/各国で速報」
▽5面
社説「安倍元首相銃撃 言論は暴力に屈しない」/民主主義の土台破壊/歴史の教訓を生かす/違う意見認めてこそ
▽7面(総合)
評伝「分断生んだ『闘う政治家』」
 ※「政権批判の声を上げる聴衆に向かって『こんな人たちに負けるわけには行かない』と声を荒げたこともある。支持層を固め、反対意見を遠ざける政治手法は社会に分断やあつれきを生んだ」
「『言論封殺許さない』/与野党、怒りと悲しみ」
▽16面(スポーツ)
「五輪開催推進 悼む声/安倍元首相死亡にスポーツ界」
 ※「『状況はコントロールされている』とスピーチ。実態と異なるとの批判もあったが、招致成功をたぐり寄せた」
▽20、21面(特報)「参院選 『変えるのは言論』」「戦前想起 力の支配 懸念」
「批判封殺の時代に?/投票行動に影響か」
 ※「こんな人たちに負けるわけにはいかない」
「閉塞感背景、昭和にかけ暗殺次々…戦争へ/『今こそ冷静な議論を』」
▽社会面見開き「参院選2日前 白昼凶弾」「不意の暴力 怒り」
「『ドーン』2回 聴衆悲鳴」
「『しんどい』5月に退職/容疑者 20代で海事に3年」
「街頭演説『非常に警戒』要人警護」
(第2社会面)
「首都圏の陣営 演説中止や警備見直しも」
「『選挙中なのに…』『あまりに物騒』」

「『ノーモア戦争』の声を」(沖縄タイムス)、「『前夜』を拒絶する日に」(琉球新報)~沖縄慰霊の日の地元紙社説

 参院選公示の翌日、6月23日は沖縄の慰霊の日でした。第二次世界大戦末期の沖縄戦で、日本軍の組織的戦闘が終わったとされる日です。ロシアによるウクライナ侵攻のさなか、23日付の沖縄タイムス、琉球新報の社説は、新たな戦争への危惧と、歴史から学ぼうとしない日本への不信を突き付けています。

 5月15日には日本復帰から50年を迎えましたが、基地の過重な集中は解消されず、むしろ台湾有事をにらんだ最前線として自衛隊の展開も進んでいます。そうした中で、生活の場が戦場になっているウクライナの人々の辛酸は、沖縄戦を経験し、あるいはその経験を語り継ぐ沖縄の人たちにとっては他人事ではないのだと思います。そして、沖縄戦で軍は住民を守らなかった歴史の事実があるからこそ、「台湾有事」の想定に軍事力の増強で対応しようとする日本に、いざとなれば再び沖縄を切り捨てようとする危うさを見て取っているのだと思います。その視線は日本政府だけでなく、政府を成り立たせている日本国の主権者一人ひとりに向けられていることを、あらためて自覚しておこうと思います。

 両紙の社説の一部をそれぞれ書きとめておきます。

■沖縄タイムス「[慰霊の日に]『ノーモア戦争』の声を」
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/979509

 私たちはいま、過去・現在・未来にまたがる三つの戦争に直面している。
 77年前の沖縄戦と、現在進行中のウクライナ侵攻と、米中対立を背景にした台湾有事という名の未来の戦争の三つである。
 このような事態はこれまでなかった。現在を「戦前」と呼ぶ人もいる。
 人は「平和」という抽象的な言葉よりも「安全」という言葉に敏感だ。
 「まことに『安全の脅威』ほど平和を掘り崩すキャンペーンに使われやすいものはない」と著名な精神医学者の中井久夫さんは指摘する(「戦争と平和 ある観察」)。
 ロシアもそうだった。「安全の脅威」を前面に押し立てて戦争準備を始め、侵攻を開始したのである。
 南西諸島の軍事要塞(ようさい)化や軍事費の増大、敵基地攻撃能力の保有などが、矢継ぎ早に打ち出されているのも「安全の脅威」を根拠にしている。
 空気によって流され、気が付いたら後戻りのできない地点にいた、というのが一番怖い。
 戦争が引き起こされるときは、言論が統制され、戦争を正当化するプロパガンダが繰り返されることが多い。
 二度と同じ過ちを繰り返してはならない。
 緊張をつくり出すのではなく、緊張を緩和する取り組みが必要だ。

■琉球新報「慰霊の日 『前夜』を拒絶する日に」
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1537645.html

 1944年の初頭まで沖縄には本格的な軍事施設はなかった。ワシントン軍縮条約によって、沖縄本島および離島沿岸部の要塞基地計画が廃止されたからだ。多国間による外交努力によって軍縮を実現させ、沖縄が戦場になる危険性が回避されたわけだ。
 やがて日本はこの条約を破棄して沖縄と台湾方面の軍備強化に乗り出す。44年3月、沖縄に第32軍を創設した。沖縄戦を目前にした同年12月、長勇参謀長は県に対し、軍は作戦に従い戦をするが、島民は邪魔なので、全部山岳地方(北部)に退去させ自活するように伝えた。
 軍の方針について泉守紀知事が県幹部にこう漏らした。「中央政府では、日本の本土に比べたら沖縄など小の虫である。大の虫のために小の虫は殺すのが原則だ。だから今、どうすればいいのか。私の悩みはここにある」
 (中略)
安倍晋三元首相は昨年、「台湾有事は日本有事」と述べた。ロシアのウクライナ侵攻後は核共有議論を提起した。岸田文雄首相も台湾を念頭に「ウクライナは明日の東アジアかもしれない」と発言し、防衛費大幅増を目指す。
 台湾や尖閣諸島で不測の事態が発生した場合、沖縄が戦場になる可能性が高まる。しかし、島しょ県である沖縄では、有事の際の島外避難に大量の航空機や船舶が必要で、全住民の避難は不可能だ。
 なぜ日本は歴史から学ばないのか。私たちは、再び国家にとって「小の虫」とされることを拒否する。

 

参院選の争点は「物価高」「安保」「改憲」、根底で問われるのは「非戦の国是」

 参議院議員選挙が6月22日、公示されました。
 折しも、2月24日に始まったロシアのウクライナ侵攻は終わりが見えず、ロシアへの経済制裁は原油の高騰、物価高となって日本の社会にも跳ね返ってきています。ロシアは日本の隣国でもあり、不安を感じる人は少なくないだろうことは想像に難くありません。繰り返される北朝鮮のミサイル実験や、中国が台湾へ武力侵攻するのではないかとの臆測が流れていることも相まって、自民党からは軍事費予算の倍増や敵基地攻撃能力の保有などの軍拡路線の主張が声高に聞こえます。
 そういうさなかで迎えた参院選です。試みに東京発行の新聞各紙の23日付朝刊と前日22日夕刊の1面の見出しからキーワードを拾ってみました。

■23日付朝刊
朝日新聞「物価高・円安・安保」
毎日新聞「物価高・安全保障」「改憲」
読売新聞「物価高・安保」
日経新聞「物価高・安保」
産経新聞「安保・物価高」「改憲」
東京新聞「物価高」

 

■22日夕刊 ※産経新聞は夕刊発行なし
朝日新聞「物価高・コロナ対策」
毎日新聞「物価高・安保」「改憲」
読売新聞「物価高・安保」
日経新聞「物価高・安保」
東京新聞「物価高」

 

 新聞各紙がこの参院選の争点と位置づけたのは第一に「物価高」、次いで「安全保障」「憲法改正」ということです。
 物価高の大元はロシアのウクライナ侵攻です。だから、物価高をこの選挙の争点として考えることは、この戦争をどう考えるのかということと無関係ではありません。安全保障については、この戦争との関係は一層明白です。報道で「防衛費」と呼ぶ軍事費の倍増も、政府や与党が「反撃能力」と呼び方を変えた敵基地攻撃能力も、ロシアのウクライナ侵攻後にいっそう声高に叫ばれるようになった観があります。ロシアに不安をかきたてられたのか、あるいはこの機に乗じてと考えてのことなのか。いずれにしても、熟慮の末に出てきたものではありません。安倍晋三元首相が言い始めた米軍の核兵器の共有などは、思いつきのレベルでしかないでしょう。「憲法改正」も、ここにきて岸田文雄首相が強い意気込みを見せています。自民党案の内容は「改憲のための改憲」であって、この時期に無理を重ねて急がなければいけないようなものではありません。
 物価高にしても、安全保障や憲法改正にしても、ロシアのウクライナ侵攻と直接的、間接的に結びついています。そうした視点で見ていけば、根底にあるのは、非戦と戦力不保持を国是と定める憲法9条をどうするのか、という問いであることに気付きます。明示され、可視化された争点にはなっていないかもしれませんが、この選挙に際して、日本国の主権者、有権者として考えなければならないのは、憲法9条をどうするのか、との問いにどう答えるか、だろうと思います。ロシアのウクライナ侵攻や、北朝鮮、中国の軍拡はわたしも不安です。だからと言って、熟慮、熟議を欠いたまま一時のムードで憲法をいじり、非戦の国是を変えてしまうようなことは避けねばなりません。
 憲法9条で国を守れるのか、との疑問形の言説があります。では軍事力で国を守れるのか。守れなかった歴史の事実が日本には厳然とあります。つい77年前のことです。きょう6月23日は沖縄慰霊の日。沖縄の地上戦で、どれだけの住民が犠牲になったか。軍は住民を守りませんでした。そうした歴史の事実から目をそらすべきではありません。
 この参院選では、そういうことも考えながら投票先を選ぶようにしたいと思います。そして、そうした有権者に対して幅広く判断材料を提供することも、マスメディアの役割のはずです。各党の主張をそのまま報じるだけで、ことが足りるわけではないだろうと思います。

 

※追記 2022年6月24日0時40分

 沖縄の地元紙の沖縄タイムスと琉球新報は6月23日付で、新たな戦争を危惧し、歴史に学ばない日本に不信を突き付ける社説を、それぞれ掲載しています。新しい記事をアップしました。

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