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「政治の堕落」と「『粛々と』の上から目線」〜翁長知事発言を本土マスメディアが報じることの意味

 米軍普天間飛行場名護市辺野古地区への移設計画をめぐり、日本政府の菅義偉官房長官が5日、那覇市内で沖縄県の翁長雄志知事と初めて会談しました。
辺野古移設で平行線、対話は継続 菅氏と沖縄知事初会談」(47news=共同通信)2015年4月5日
 http://www.47news.jp/CN/201504/CN2015040501001277.html

 菅義偉官房長官は5日午前、沖縄県の翁長雄志知事と那覇市のホテルで初めて会談し、米軍普天間飛行場宜野湾市)の名護市辺野古移設について「日米同盟と抑止力の維持、危険性除去を考えたときに唯一の解決策だ」と理解を求めた。翁長氏は安倍晋三首相との面会を要請するとともに反対方針を重ねて示し、会談は平行線をたどった。双方とも対話を継続する方針だが、歩み寄りへの突破口は開けず、協議の難航は必至だ。会談は約1時間行われた。

 3月12日に日本政府が辺野古沖のボーリング調査再開を強行して以降、翁長知事がこの作業の停止を指示し、さらに農水相がその指示を無効とした、一連の沖縄県と日本政府の間の動きは、本土のマスメディアでも大きく報じられてきました。このブログに以前書きましたが、結果として、日本政府の沖縄に対する強圧的、強権的な姿勢が広く知られることとなり、さすがに日本本土の世論も疑問を示すようになってきて、安倍首相や政権側も対応を取らざるを得なくなったのが、この菅氏の沖縄訪問と翁長氏との初会談だったのだろうと思います。
 両者の主張が平行線になることは会談前から分かっていました。その意味では会談の最大の焦点は、沖縄の人々を代表して翁長知事がどんな言葉で「辺野古移設反対」を語るかだろうと、わたしは考えていました。直接は菅氏に向けられる言葉ですが、それにとどまらず、沖縄に過重な基地負担を引き受けさせたままの日本本土全体に向けられるものだろうとも思っていました。ですから、この会談のもようを伝える本土マスメディアが翁長氏の言葉をどのように扱うかは、本土マスメディアがマスメディアとしての責任を自覚し、その機能を十分に果たすかどうかが直接問われることでもあると考えています。
 会談は1時間のうち前半30分はマスメディアの取材の前でオープンに行われ、残り30分は菅氏と翁長氏の2人きりだったと伝えられています。少し先回りして言えば、マスメディアの前での翁長氏の発言は、練りに練った内容だったのだろうと思います。そして、中でも翁長氏がもっとも訴えたかったのは、「日本の国の政治の堕落」ということだったのではないかと思います。
 会談の前半30分間の両者の発言について、琉球新報沖縄タイムスも自社サイトに全文をアップしています。琉球新報の発言全文から「政治の堕落」に関する部分を引用すると以下の通りです。

 今日まで沖縄県が自ら基地は提供したことはないということを強調しておきたい。普天間飛行場もそれ以外の取り沙汰される飛行場も基地も全部、戦争が終わって県民が収容所に入れられている間に、県民がいる所は銃剣とブルドーザーで、普天間飛行場も含め基地に変わった。
 私たちの思いとは全く別に全て強制接収された。自ら奪っておいて、県民に大変な苦しみを今日まで与えて、そして今や世界一危険になったから、普天間は危険だから大変だというような話になって、その危険性の除去のために「沖縄が負担しろ」と。「お前たち、代替案を持ってるのか」と。「日本の安全保障はどう考えているんだ」と。「沖縄県のことも考えているのか」と。こういった話がされること自体が日本の国の政治の堕落ではないかと思う。

 もう一つ、翁長氏の発言の中で強烈だったのは、菅氏の口癖のようになっていた「政府は粛々と移転に向けた調査を進める」の「粛々と」という言い回しに対し、「上から目線だ」と強く批判したことです。少し長くなりますが、これも琉球新報の発言全文から引用します。

 一昨年、サンフランシスコ講和条約の発効の時にお祝いの式典があった。日本の独立を祝うんだという、若者に夢と希望を与えるんだという話があったが、沖縄にとっては、あれは日本と切り離された悲しい日だ。そういった思いがある中、あの万歳三唱を聞くと、沖縄に対する思いはないのではないかと率直に思う。
 27年間、サンフランシスコ講和条約で日本の独立と引き換えに米軍の軍政下に差し出されて。そして、その27年の間に日本は高度経済成長を謳歌(おうか)した。その間、私たちは米軍との過酷な自治権獲得運動をやってきた。想像を絶するようなものだった。
 官房長官と私は法政大学で一緒だが、私は22歳までパスポートを持ってドルで送金受けて日本に通った。そういったものなどを思い浮かべると、あの27年間、沖縄が支えたものは何だったのかなと思い出される。
 そして、官房長官が「粛々」という言葉を何回も使う。僕からすると、埋め立て工事に関して問答無用という姿勢が感じられる。その突き進む姿は、サンフランシスコ講和条約で米軍の軍政下に置かれた沖縄。その時の最高の権力者だったキャラウェイ高等弁務官は「沖縄の自治は神話である」と。「自治は神話」だとあの当時に言った。
 私たちの自治権獲得運動に対し、そのような言葉で、キャラウェイ高等弁務官が言っていて、なかなか物事は進まなかった。
 官房長官の「粛々」という言葉がしょっちゅう全国放送で出てくると、何となくキャラウェイ高等弁務官の姿が思い出される。何か重なり合う感じがして、私たちのこの70年間、何だったのかなと率直に思っている。
 そして、この27年間の苦しい中で強制接収された土地を、プライスさんという人がきて、プライス勧告というもので強制買い上げをしようとした。とても貧しい時期だったから、県民は喉から手が出るほどお金がほしかったと思うが、みんなで力を合わせてプライス勧告を阻止した。
 今、私たちは自分たちの手の中に基地(の土地)が残っている。こういった自治権獲得の歴史は「粛々」という言葉には決して脅かされない。そう思っている。上から目線の「粛々」という言葉を使えば使うほど、県民の心は離れて、怒りは増幅していくのではないのかと思っている。私は辺野古の新基地は絶対に建設することができないという確信を持っている。

 あえて端的に言えば、この日の翁長知事の発言の中で、「日本国の政治の堕落」と「『粛々と』との上から目線」の二つは、本土マスメディアが会談を報じる上で欠いてはならない最重要のキーワードではなかったかと感じます。かたや「銃剣とブルドーザー」と形容される軍政下での過酷な土地の強制接収と結びついており、もう一方も「沖縄の自治は神話である」と言い放った軍政下の最高権力者と重なり合っています。日本本土に住む日本国民が、どこまでそうした沖縄の過酷な戦後史を知っているでしょうか。本土の日本国民が過ごした戦後70年の時間と、沖縄の人々が過ごした70年の時間に、かくも大きな違いがあるということに本土の日本国民が気付き、思いをはせることができるかどうか。そこから始めなければ、この普天間飛行場の移設問題は展望が見えないのではないかと思います。
 会談は東京発行の新聞各紙の6日付朝刊では、朝日、毎日、読売、産経の4紙が1面トップ、東京新聞は1面準トップ、日経新聞も1面に入れました。

 1面に掲載した本記で「政治の堕落」と「『粛々と』の上から目線」の二つともに触れているのは朝日、東京の2紙。毎日、読売は「粛々」のみ、日経、産経は「政治の堕落」のみでした。「粛々」に触れた4紙の中で、東京新聞はキャラウェイ高等弁務官にも触れました。以下の通りです。

東京新聞:沖縄知事「上から目線の『粛々』 怒り増幅」 初会談、平行線に
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2015040602000123.html

 翁長氏は、菅氏が繰り返す「粛々」という発言に対し、米統治下にあった一九六〇年代の沖縄の最高責任者を引き合いに「キャラウェイ高等弁務官の姿と重なる」と指摘。「琉球における自治は神話」と公言して住民の反発を招いた人物で、翁長氏は「粛々という言葉には問答無用という姿勢が感じられる。上から目線の粛々という言葉を使えば使うほど、県民の心は離れて怒りは増幅される。絶対に建設することができないという確信を持っている」と訴えた。
 普天間飛行場の危険性除去をめぐっても「戦争が終わって、強制接収されて普天間飛行場も含めて基地に変わった。普天間は世界一危険だから、除去のために沖縄で負担しろということ自体、政治の堕落だ」と主張した。

 他紙の1面本記の表現も書きとめておきます。

朝日新聞

 また、全国の面積の0・6%に過ぎない沖縄県に、米軍が日本に持つ専用施設の74%が集中している現状を訴え、「沖縄県が自ら基地を提供したことはない。私たちの思いとは全く別にすべて強制接収された」と指摘。「『お前たち、代替案を持っているのか』と。『日本の安全保障をどう考えているんだ』と。こういった話がされること自体が日本の国の政治の堕落だ」と非難した。
 さらに、辺野古の移設工事をめぐり菅氏が記者会見や国会審議で繰り返し使った「粛々と工事を進める」との言葉を取りあげ、「上から目線の『粛々』という言葉を使えば使うほど、県民の心は離れて、怒りは増幅していくのではないか」と強く訴えた。

毎日新聞

 菅氏は冒頭で「辺野古移設を断念することは普天間の固定化につながる。関係法令に基づき、環境に配慮しながら工事を粛々と進めている」と述べ、政府が現場海域で実施中の海底ボーリング調査の正当性を強調した。
 これに対し、翁長氏は「上から目線の『粛々と』という言葉を使えば使うほど県民の心は離れ、怒りは増幅していく」と反論。「辺野古に移設できなければ本当に普天間は固定されるのか」とただしたが、菅氏は「移設を進めなければ、今の状況が改善することは難しい」と答えた。

▼読売新聞

 菅氏は会談の公開部分で、「日米同盟の抑止力の維持、普天間飛行場の危険除去を考えた時に、辺野古移設は唯一の解決策と考えている。政府としては、住民の生活や環境に配慮し、工事を粛々と進めている」と述べ、2013年末に同県の仲井真弘多ひろかず前知事が出した辺野古の埋め立て承認に基づき、移設を進める政府方針に変更がないことを伝えた。
 また、13年末に安倍首相が前知事に表明した21年度まで3000億円台とする沖縄振興予算の確保について「約束は守っていきたい」と述べた。また、基地負担の軽減に努力する考えにも時間を割くなど、沖縄への配慮を随所に示した。
 これに対し、翁長氏は、「上から目線の『粛々』という言葉を使えば使うほど、県民の心は離れ、怒りは増幅していくのではないか」と反発。その上で、「辺野古の新基地は絶対に建設することができないという確信を持っている」と述べ、移設計画の中止を求めた。

日経新聞

 会談は約1時間。菅氏は「最重要なのは普天間の危険除去だ。移設断念は普天間の固定化につながる」と述べた。日米が合意した嘉手納基地以南の米軍の施設・区域返還などの成果に触れ「ひとつひとつ負担を軽減し、信頼を取り戻したい」と強調した。
 翁長氏は「沖縄は自ら基地を提供したことはない。辺野古に基地は絶対に建設できないと確信している」と反論。「危険除去のために負担しろ、代替案はあるのか、という話をすること自体、日本の政治の堕落だ」と批判した。昨年の知事選や衆院選での移設反対派の勝利で「辺野古反対の圧倒的な考えが示された」との認識を示した。

産経新聞

 菅氏は、普天間飛行場辺野古移設について「国の安全を守るのは国の責務だ。日米同盟と抑止力の維持、危険性除去を考えたときに辺野古移設は唯一の解決策だ」と述べた。また「一つ一つ負担を軽減し、沖縄と連携しながら信頼を取り戻したい」とも述べ、沖縄の基地負担軽減に努めていくことも伝えた。
 翁長氏は「(辺野古に移設しなければ)本当に普天間の固定化につながるのか。危険除去のために負担しろという話をすること自体が日本国の政治の堕落だ」と反論、「辺野古の新基地は絶対に建設できないと確信を持っている」と主張した。さらに「首相に会う機会があればありがたい」と述べた。

 主に地方紙に掲載されている共同通信の配信記事では、関係部分は以下の通りです。

共同通信

 翁長氏は会談で「県民に大きな苦しみを与え、世界で一番危険だから危険性除去のために(新たな基地を)負担しろという話をすること自体が日本国の政治の堕落だ」と訴えた。 粛々と移設作業を進めるとする菅氏の発言について「上から目線だ」と反発した。
 菅氏は「一つ一つ負担を軽減し、沖縄と連携しながら信頼を取り戻したい」と呼び掛けた。


 翁長知事、菅氏の発言全文へのリンクは以下の通りです。

沖縄タイムス
翁長知事と菅官房長官の会談 冒頭発言の全文
http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=110519

琉球新報
翁長知事冒頭発言全文
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-241475-storytopic-3.html
官房長官冒頭発言全文
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-241474-storytopic-3.html


 以下に、東京発行の新聞各紙6日付朝刊の主な記事と見出しを書き留めておきます。

朝日新聞
1面トップ「辺野古移設『絶対できない』」「翁長知事、菅氏と平行線」「菅氏『唯一の解決策』」
2面・時時刻刻「攻めた翁長氏」「『沖縄が負担しろと。政治の堕落ではないか』」「菅氏『話し合い、第一歩』」/「国と県の攻防 今後は…」
社会面トップ「『粛々、沖縄の怒り増幅』」「翁長知事『上から目線の言葉』」/「県民『来訪、常に押しつけ』」/冒頭発言の要旨
社会面「基地と向き合った元知事は」/「政府の歩み寄り これからもない」大田昌秀氏/「長い年月見れば大きな一歩かも」稲嶺恵一氏
社説「菅・翁長会談 『粛々と』ではすまない」

毎日新聞
1面トップ「『辺野古』会談 平行線」「菅氏と沖縄知事 対話継続は一致」「政策協再開も検討」
2面・クローズアップ「対立の出口 見えず」「知事『沖縄の民意』発信」/「1500人が抗議行動」

▼読売新聞
1面トップ「『辺野古』初会談 平行線」「菅長官と翁長知事」「対話継続では一致」
1面「辺野古移設 評価二分」「本社世論調査 内閣支持 横ばい57%」
3面「政府 沖縄配慮を強調」「菅長官 低姿勢で理解求める」「翁長知事 強硬姿勢崩さず」

日経新聞
1面「辺野古巡り平行線」「官房長官 沖縄知事と初会談」
2面「原則論、双方が応酬」「首相と会談へ調整」「菅・翁長氏、対話継続は一致」/「『会わないこと異常だった』菅・翁長氏会談で枝野氏」
社会面「『沖縄の声 真剣に聴け』」「反対派住民ら訴え」

産経新聞
1面トップ「辺野古 初会談は平行線」「官房長官『唯一の解決策』」「知事、首相との面会要望」
1面「国の安保『広い視点』訴え」「抑止力論争で理解促す」
2面「日米同盟深化へ環境整備」「翁長氏と会談、関門クリア」
社説(「主張」)「菅―翁長会談 対話継続で一致点を探れ」

東京新聞
1面準トップ「初会談、平行線に」「沖縄知事『上から目線の「粛々」怒り増幅』」「菅氏『普天間の危険性除去』」
2面「『この期に及んで』に知事反論」「『移設 問答無用か』」「沖縄の怒り 菅氏に」
2面「米統治時、沖縄で圧政」「知事言及『菅氏と重なるキャラウェイ氏』」/「基地負担軽減 沖縄は疑問視」「政府自賛にクギ」/「辺野古対話継続 名護市長が期待」/菅氏、翁長氏の発言要旨
社会面準トップ「『菅さん理解しないふり』」「知事と初会談 辺野古反対派、憤る」
社説「翁長・菅初会談 民意の重さ受け止めよ」