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「女性の広報官として期待」発言と「飲み会を絶対断らない」働き方が示す日本のジェンダー状況~菅首相の「女性」強調を報じきれないマスメディア

 総務省の幹部ら11人が、菅義偉首相の長男が勤める「東北新社」から国家公務員倫理規定に違反する接待を受けていたとして2月24日に処分を受けました。公務員が業者から受ける接待は過去には贈収賄事件として立件されたこともあるのに、総務省官僚の倫理感覚のマヒぶりには驚きます。加えて、放送行政にゆがみが生じていなかったか、その調査が後回しというのもおかしな話です。菅首相の長男が絡み、舞台は菅首相がかつて大臣を務め、今も大きな影響力を持つ総務省ということで、菅首相と政権への波及を最小限にとどめたい、との思惑が早期の処分に透けて見えます。以上のことはここでわたしがあれこれ言及するまでもなく、マスメディアでも厳しい論調が目立ちます。わたしが書きとめておきたいのは、総務省総務審議官当時に東北新社から1回7万円超もの接待を受けていた山田真貴子・内閣広報官のことです。

 ▽なぜ「女性」を強調

 一つは、菅首相が山田広報官を更迭していないないことについてです。山田広報官が職を降りる事態となれば、当然、総務省の現職官僚たちの進退も焦点になります。広報官に任命した菅首相自身の責任問題も浮上します。菅首相としてはあくまでも総務省の問題であることにして収めたいということなのでしょう。見過ごせないのは、菅首相がその理由に「女性」を挙げたことです。
 24日に菅首相は記者団の取材に応じ、山田内閣広報官の留任を問われて「深く反省して、お詫び申し上げています。そういう中で、やはり女性の広報官として期待しておりますので、そのまま専念してほしい。私はこういうふうに思っています」と答えました。
 ※首相官邸「山田真貴子内閣広報官の任命責任等についての会見」=2021年2月24日
 https://www.kantei.go.jp/jp/99_suga/statement/2021/0224kaiken.html
 (動画では開始5分あたりにこの発言があります)

 この発言を最初に見たのは東京新聞のサイトの記事でした。
 ※「菅首相『女性広報官として期待』/7万円接待の山田真貴子氏を続投の考え」=2021年2月24日
 https://www.tokyo-np.co.jp/article/87916

 どうしてここで「女性」を強調するのか。強く違和感を覚えました。
 国家公務員が利害関係者から接待を受けてはならないことに男女の別は関係ありません。ましてや1回で7万円超の金額は、処分を受けた11人と比べても突出した高額です。懲戒処分相当の、しかも公務員倫理に反した違反行為があった官僚が、内閣の広報部門の責任者に適格かどうか、社会一般の感覚は極めて厳しいはずです。総務省勤務当時のことであって現在の職務とは関係ない、との理屈では収まらないことは、菅首相もよく分かっているはずです。折しも、森喜朗・前五輪組織委員会会長の「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などの発言で、ジェンダーに対する社会の関心が高まっているさなかです。「女性」の広報官はほかにおいていない、と「女性」を強調すれば、批判をかわせると考えたのでしょうか。自分の都合に合わせて「女性」を持ち出し強調する、そのこと自体が「女性」を下に見る発想です。菅首相のジェンダーの意識、自覚はその程度であることをさらけ出した発言です。

 ▽本当に必要な働き方改革

 もう一つは、山田広報官が昨年、若者向けの動画メッセ―の中で「飲み会を絶対に断らない女としてやってきた」と話していたとの逸話についてです。「イベントやプロジェクトに誘われたら絶対に断らない。飲み会も断らない。出会うチャンスを愚直に広げてほしい」とも話していたと報じられています。東北新社の7万円超の接待は、動画配信の約7カ月前だったとのことです。
 ※時事通信「『飲み会絶対断らない女』/山田真貴子氏、昨年の動画で公言」=2021年2月24日
 https://www.jiji.com/jc/article?k=2021022400547&g=pol 

 山田広報官は1984年4月に旧郵政省に入省しています。男女雇用機会均等法の制定は翌85年、施行は86年でした。女性のキャリア官僚の先駆者の一人であり、これまでの職業人の歩みには様々なことがあったのだろうと思います。同世代の男性として、その点は軽く考えてはいけないと思っています(わたしが通信社に記者職で入社したのは83年でした。同期に女性の記者職はいません)。そのことを踏まえた上なのですが、「飲み会」を絶対に断らないことができる働き方とはどんな働き方でしょうか。
 酒席で培った人間関係が仕事に役立つ、あるいは仕事に必須であるのは、男は外で仕事、女は専業主婦で家事・育児を担う、という家族モデルが一般的だったころに定着した、いわば古い働き方ではないのでしょうか。人にはそれぞれ事情があります。しかし、事情のいかんによらず、仕事で能力を発揮でき、やりがいも得られること。自分の時間、家庭・家族の時間とのバランスを保って働き続けることができること。男女の別なく、そうした働き方を目指し、必要な公助も整えていくのが、今、本当に必要な「働き方改革」のはずです。決してだれもができるわけではない「飲み会を絶対に断らない」働き方を実践することができた山田広報官を、菅首相が「女性」として評価する構図を俯瞰して眺めるとき、日本社会のジェンダー平等に向けたハードルの高さを感じます。

 ▽マスメディアのジェンダー意識

 先述の通り、菅首相の「女性の広報官として期待している」との発言にわたしは強い違和感を覚えました。それ以上に衝撃を受けたのは、ごく一部の新聞しかこの発言を伝えていないことです。
 翌25日付の東京発行各紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)朝刊の紙面で「女性の広報官として期待している」との発言を明記したのは、わずかに朝日新聞だけでした。サイトには記事を載せていた東京新聞も、紙面には見当たりませんでした。
 民主主義社会では政治家が何を考え、何を話すのかは重要なニュースです。それによって有権者の投票行動が決まるからです。中でも首相の発言は極めて重要です。在京のマスメディアが首相官邸に相当数の記者を配置して取材しているのも、突き詰めれば有権者の投票行動に資する情報を取材して、提供するためです。先述のように「女性の広報官として」のひと言は菅首相のジェンダー意識がどの程度のものかが分かる重要な発言でした。伝えるに値するニュースだったと思います。
 ジェンダー平等を巡っては、新聞社も経営幹部、編集幹部の女性比率が極めて低いことが指摘されています。その改善も課題です。

【追記】2021年3月2日1時15分 ※3月2日8時に一部を加筆修正しました

 山田真貴子内閣広報官が3月1日付で辞表を提出し、持ち回り閣議で辞職が決まりました。2月28日に体調不良で入院し、入院先から杉田和博官房副長官に辞意を伝えたとのことです。
 症状や容態は明らかではありませんが、辞職の理由が「体調不良」だけなのかどうか、いろいろ憶測を呼ぶのは仕方がないと思います。
 7万円超の接待が明らかになった当初、本人は辞職の意思を固めていた、との報道がありました。それが本当なら、続投は首相の命令だったのでしょうし、山田広報官は不本意だったかもしれません。国会でも野党に追及を受け、本当に体調を崩してしまったのか。あるいは、山田広報官の続投へ強い批判があるのを見て、首相官邸サイドが何事かを画策したのか。いずれにせよ、接待問題の責任を取っての辞任ではないので、総務省の他の接待官僚の更迭を迫られることにはなりそうもなく、その意味では菅首相へのダメージは限定的かもしれません。
 国家公務員は公僕であり、社会全体への奉仕が職責です。山田広報官にはぜひとも、東北新社と自身や総務省の間で何があったかを、後日で構わないので証言してほしいと思います。

【追記2】2021年3月2日9時10分

 「菅首相『女性の広報官として期待』発言と『飲み会を絶対断らない』働き方」から改題しました。

【追記3】2021年3月2日9時40分

 高度経済成長を推進した旧経済産業省の官僚たちがモデルの小説です。佐橋滋がモデルの主人公の信念は「国家の経済政策は政財界の思惑や利害に左右されてはならない」。かつての官僚機構が良かったかどうかは別として、すっかり変質したのは間違いがないように思います。 

官僚たちの夏 (新潮文庫)

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