沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移転、新基地建設を巡り、沖縄県の玉城デニー知事は11月25日、沖縄防衛局が辺野古沖の地盤改良工事のために申請していた設計変更を不承認としました。この海域には軟弱な地盤があることが明らかになっていました。琉球新報の報道によると、玉城知事は記者会見で沖縄防衛局に対して「事業実施前に必要最低限の地盤調査を実施せず、不確実な要素を抱えたまま、見切り発車した」と指摘し、現在、進められている工事を含め、全ての埋め立てを中止するよう求めています。
※琉球新報「辺野古新基地の設計変更、沖縄県が不承認 軟弱地盤の調査不備を指摘」=2021年11月26日
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1428992.html
岸田文雄政権も安倍・菅政権の方針を踏襲し、普天間飛行場の危険性除去は辺野古移転が唯一の解決策という立場を公言しています。沖縄県が設計変更を不承認としたことに対し、岸田政権もこれまでと同じように行政不服審査法に基づく審査請求など、対抗措置を取る、というのが大方の見方です。その場で県の判断が否定されることになれば、県は対抗措置の違法性を訴え、法廷闘争に移行する見通しだとも報じられています。
県はこれまで、最終的に司法の場で勝つことができませんでした。埋め立てを承認したのは仲井真弘多知事の時代。翁長雄志知事に変わっても、埋め立て承認という行政行為の主体が県知事であることは変わらず、行政手続きの上では、いわば自分の過去の行為を自分で無効であると言うような矛盾を指摘されてしまう側面がありました。
今回は様相が異なっているように思います。不承認の理由の軟弱地盤の調査不足は、もっぱら国の責任です。折しも27日、埋め立て開始3年前の2015年に、地盤に問題があることを、地質を調査した業者が沖縄防衛局に報告していたと共同通信が報じました。軟弱地盤の存在をとうに知っていながら、公表しないまま建設計画を推し進めていたことになります。仲井真元知事が埋め立てを承認した当時には伏せられていた事実が表面化し、状況が決定的に異なっています。
※共同通信「辺野古沈下の懸念把握、防衛局/埋め立て3年前、業者が報告」
https://nordot.app/837433192472592384
米中関係の緊張や台湾情勢を理由に、沖縄に駐留する米軍の抑止力維持のために工事を続行すべきだとの主張もあるようですが、軟弱地盤の埋め立ては難工事であり、ただでさえ大幅に遅れている工事の完成はいつになるのか。仮に軍事的な合理性の観点から考えてみても、辺野古の埋め立て工事は中止して、別の方策を検討することは現実的な選択肢です。
地元紙の沖縄タイムス、琉球新報とも、玉城知事の判断を支持する社説を掲載しています。
▼沖縄タイムス
・11月26日付社説「[辺野古 知事不承認]民意背負い『自治』貫く」
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/869118
「2022年度またはその後」へと先送りされた普天間飛行場の返還時期は、軟弱地盤が見つかったことで「早くても30年代半ば」へと大幅にずれ込んだ。
どことどこを比べて辺野古に決めたのか明確な説明もなく政府は「辺野古が唯一の選択肢」と繰り返す。今回の不承認は、そのように思考停止する政府への異議申し立てでもある。
いつまで沖縄の犠牲を前提にした安全保障政策を続けるつもりなのか。国会でも徹底的に議論すべきだ。
・11月29日付社説「[軟弱地盤15年に把握]隠蔽に不信募るばかり」
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/870489
公有水面埋立法にも基づく埋め立ては、国と県の信頼関係が大前提である。にもかかわらず長期の沈下という核心的な事実を伏せていたのだ。
新基地建設のために隠したとみられても仕方ない。不誠実という言葉を通り越し、不信が渦巻く。
▼琉球新報
・11月26日付社説「辺野古設計変更不承認 知事の決定を支持する」
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1428930.html
沖縄全体で米軍、自衛隊の基地機能が強化され、演習が激化している。「抑止力」の名の下に県民の民意を無視して、沖縄が戦争に巻き込まれる危険性が高まっている。住民の安全を守るためにも、新たな軍事基地を受け入れるわけにはいかない。玉城知事の不承認の決定を支持する。
・11月29日付社説「軟弱地盤15年把握 直ちに辺野古を断念せよ」
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1430306.html
普天間飛行場の全面返還が発表された当初、県民には沖縄の基地負担軽減を象徴する出来事と受け止められた。しかし県内移設などの条件が明らかになるにつれ、期待は失望へと変わった。
返還合意から四半世紀を過ぎても普天間飛行場は動かず、部品落下や深夜の爆音など住民の恐怖は消えない。
「危険性除去」と言うなら米国との交渉、国内での訓練移転地や代替地探しなど政府がやるべきことは山ほどある。沖縄への基地押し付けに無駄な労力を割く必要はない。
いずれにせよ、岸田政権は沖縄県と真っ向から争うことになりそうです。このタイミングで特に留意が必要だと思うのは、10月31日に投開票が行われた衆院選のことです。自民党は普天間飛行場の辺野古移設推進を公約にしていました。対して立憲民主党、共産党、社民党、れいわ新選組の4党の共通政策は、辺野古の新基地建設中止を掲げていました。結果は自民党が大勝。岸田政権は信任を受けました。つまり辺野古の工事継続も選挙で信任を受けたことになります。だから工事を進めるべきだ、と言いたいのではありません。民主主義の適正な手続きを踏んで岸田政権の公約が信任を得たのですから、その結果は日本国の主権者の総意です。個々人が自民党以外の候補、政党に投票していようが、あるいは投票に行かず棄権していようが、日本政府が沖縄県の反対を押し切って工事を強行しようとすることに、少なくとも沖縄県以外の地域に住む日本国の主権者は当事者性があります。そのことが先の衆院選ではっきりしました。それが民主主義の仕組みです。
そうした沖縄県外、日本本土の住民にとって、沖縄で何が起きているかを知ることは極めて重要であり、その意味で、沖縄県外、日本本土のメディアが何をどう伝えているかが問われます。
後掲しますが、この問題を取り上げた日本本土の新聞の社説、論説は、わたしが目にした限りですが、産経新聞を除いて、日本政府と岸田政権の「辺野古移転が唯一の解決策」との姿勢に批判的です。しかし、ただ批判するだけでいいのか。岸田政権の工事推進の方針は衆院選で承認されているとみなさざるを得ない点をどう考えるのか、きちんと整理して提示する必要があると思います。その観点を欠いたまま、衆院選前と同じように、日本政府に対し工事の中断や沖縄県との対話を求めても、その主張が社会に届かないことを危惧します。
以下に、11月26日付の東京発行新聞各紙朝刊が、設計変更の不承認をどう報じたか、その扱いと主な見出しを書きとめておきます。朝日新聞と東京新聞は1面トップでしたが、他紙は総合面や政治面での掲載にとどまりました。
▼朝日新聞:1面トップ「辺野古 国の設計変更認めず/沖縄知事『軟弱地盤 調査不足』」写真、図解/2面・時時刻刻「辺野古 さらに泥沼化」「『最終カード』切った知事」「国、対抗 知事選も照準」「地盤改良 消えぬ疑念」/2面・いちからわかる!「沖縄・辺野古のうみ なぜ埋め立てるの? 米軍飛行場を移設する計画だよ。来秋知事選でも焦点に」
▼毎日新聞:2面(総合)3段「沖縄知事、設計変更不承認/辺野古『地盤調査不十分』」
▼読売新聞:2面(総合)3段「設計変更 知事が不承認/政府、対抗措置を検討 辺野古工事」写真、図解/4面(政治)3段「政府、法廷闘争辞さず/辺野古不承認 知事、求心力回復狙う」
▼日経新聞:4面(政治・外交)3段「辺野古 設計変更認めず/沖縄知事、防衛省に通知」
▼産経新聞:5面(総合)2段「設計変更 不承認を発表/辺野古 軟弱地盤で沖縄知事」
▼東京新聞:1面トップ「辺野古 設計変更を不承認/沖縄知事、工事阻止へ/政府 対抗措置を検討」写真、図解/2面(総合)「沖縄の声軽視 岸田政権も/安倍・菅時代と変わらず」経過表 ※記事は自社/社説「設計変更不承認 『辺野古』見直す契機に」
東京発行紙のほかブロック紙や地方紙も含めて、社説、論説でどう扱っているかも見てみました。ネット上の自社・自紙の公式サイトで読めるものに限っていますが、以下に書きとめておきます。
【11月27日付】
▼朝日新聞「辺野古不承認 国の強権が招いた混迷」
https://www.asahi.com/articles/DA3S15124507.html
辺野古にこだわり続けるかぎり、原点である「普天間の危険除去」は放置されたままだ。先日も所属するオスプレイが金属製の水筒を住宅地に落下させる事故を起こした。政府の試算でも辺野古の工事完了に12年はかかる。それまで住民は、墜落の危険やくらしを脅かす騒音を甘受せよというのか。
今回の知事の判断に政府は対抗措置をとる構えだが、そんなことをすれば、安倍・菅政権時代に刻まれた県との溝はさらに深まる。首相が交代したいまこそ、「原点」に立ち返り、米国および県とともに、実効ある負担軽減策を探るべきだ。
▼産経新聞「辺野古の設計変更 知事は不承認を撤回せよ」
https://www.sankei.com/article/20211127-FDF7VAVJPZJA5L2EVQUZ4PE4HQ/
またも不毛な法廷闘争を繰り返すのか。辺野古移設をめぐる国と県との訴訟で、これまで最高裁を含め計9回の判決が下されているが、いずれも県が敗訴している。これ以上、裁判で移設を遅らせることは許されない。
国にも問題はある。そもそもの原因は、事前の地質調査が十分でなく、埋め立て開始後に設計変更を余儀なくされたことだ。当初5年と見積もっていた工期が9年3カ月に延び、3500億円以上だった総工費の試算が、9300億円に膨れ上がった。
国は猛省し、移設工事の意義を丁寧に説明するとともに、一日も早く、確実に完成させなければならない。そのためには県の協力が不可欠である。
肝心なことは、日米同盟の抑止力を維持したまま、普天間飛行場を移設し、その危険性を除去することだ。玉城氏が無益な対決姿勢を改めない限り、解決が遅れることを忘れてはならない。
▼北海道新聞「辺野古『不承認』 無理筋の移設は中止を」
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/616141
日米が1996年に普天間返還で合意した当時、橋本龍太郎首相は「5年ないし7年以内」を言明したが、既に四半世紀がたった。このままでは普天間の危険性はいつまでも除去されまい。
玉城知事は記者会見で「完成の見通しが立たず、無意味な工事をこれ以上継続することは許されない」とし、政府に対話を求めた。
安倍晋三、菅義偉両政権は県民投票などで示された移設反対の民意を無視してきた。岸田文雄政権も「辺野古移設が唯一の解決策だ」との姿勢を示している。
来年1月の名護市長選や秋の知事選を見据え、県と政府の対立は今後ますます激化しかねない。
首相は「聞く力」をアピールしてきたはずだ。沖縄の声にも真摯(しんし)に耳を傾け、対話による解決を県とともに模索する必要がある。
▼秋田魁新報「辺野古移設計画 国は沖縄の民意尊重を」
https://www.sakigake.jp/news/article/20211127AK0008/
政府は設計変更区域外で工事を進めるとみられる。「既成事実」を積み重ねようとする姿勢は、力で沖縄をねじ伏せようとしているようにしか見えない。
岸田文雄首相は「人の話をしっかり聞く」ことが特技のはずだ。対立姿勢を改めて沖縄の民意と向き合い、話し合いによる問題解決に力を注ぐべきだ。
▼信濃毎日新聞「辺野古不承認 国は沖縄との協議に臨め」
https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2021112700113
沖縄の地元紙を読むと、中国との有事を想定してか、米軍による傍若無人な訓練が日常化している状況が伝わってくる。
「聞く力」をうたう岸田文雄政権は、安倍・菅政権と同様に「普天間飛行場の危険性の除去を考えると、辺野古移設が唯一の解決策だ」と繰り返している。
与那国島、宮古島、石垣島は中国をにらんだ最前線基地の様相を呈し始めている。米軍が、発がん性があるとされる有機フッ素化合物を放出している問題も解決のめどは立っていない。
沖縄県民の基地負担は軽減どころか、むしろ増している。
政府は、今回の不承認を法廷闘争に持ち込んではならない。まずは沖縄県が求める日米両政府との協議の場をつくり、基地負担軽減策や住民をないがしろにする日米地位協定を見直すべきだ。
「日米同盟の抑止力維持」と政府は主張する。安全保障政策が沖縄をはじめ基地自治体で暮らす人々の被害と不安を不可避とするなら、本末転倒と言うほかない。
▼中国新聞「『辺野古』不承認 計画見直す契機にせよ」
https://www.chugoku-np.co.jp/column/article/article.php?comment_id=812002&comment_sub_id=0&category_id=142
「普天間飛行場の5~7年以内の全面返還」としていた日米合意からすでに25年が過ぎた。海上ヘリポートの建設だった当初の計画は2本のV字滑走路建設などに大きく変容した。普天間返還と代替施設とする辺野古の埋め立てが一体という政府の論拠は整合性を欠いている。
玉城氏が「工事は完成しない。政府は計画を全て中止し、沖縄県が求めている対話による解決の場を設定してほしい」と求めたのももっともだ。
来年は沖縄の本土復帰50年を迎える。国土のわずか0・6%である沖縄に米軍専用施設の7割強が押しつけられてきた事実は重い。
政府は辺野古の計画をいったん白紙に戻し、代替施設の建設とは切り離して、普天間の即時返還に取り組むべきだ。
【11月26日付】
▼中日新聞・東京新聞「設計変更不承認 『辺野古』見直す契機に」
https://www.chunichi.co.jp/article/372175
仮に国が勝訴しても、米軍による新基地使用開始は裁判決着時点から十二年以上先になる。現段階で九千三百億円と見積もられる総事業費もさらに膨らむだろう。
二〇一三年、当時の仲井真弘多(なかいまひろかず)県知事が辺野古埋め立てを承認して以降、安倍、菅両政権は、県民投票などで繰り返し示された辺野古反対の民意を無視して工事を強行してきた。岸田政権も普天間返還には「辺野古移設が唯一の解決策」との姿勢を堅持している。
当初は五~七年とされた普天間返還も、日米合意から二十五年が経過する。もはや辺野古に固執していては、普天間飛行場の一日も早い危険除去は実現しない。
この際、辺野古での新基地建設は白紙に戻し、代替施設の建設とは切り離し、普天間返還を検討してはどうか。米海兵隊の戦術転換や部隊再編の流れを見極め、現行計画とは異なる新たな解決策を見つけるべきだ。
■追記■ 2021年11月30日21時
毎日新聞が11月30日付で社説を掲載しました。工事の中断を求めています。
「知事が『辺野古』不承認 首相は対話にかじ切る時」
https://mainichi.jp/articles/20211130/ddm/005/070/053000c
政府は「一日も早い普天間返還実現のため」と説明し、工事を強行してきた。だが、その主張はもはや説得力を失っている。普天間の危険性をどうすれば速やかに取り除くことができるのか、再考すべきだ。
来年は1月に名護市長選、秋には知事選が控えている。普天間を巡る政治対立が地元の分断をさらに深めることが懸念される。
5月には沖縄が本土に復帰してから50年という節目も迎える。
首相は今こそ「聞く力」を発揮すべきだ。知事との対話を通じて、自身が掲げる「丁寧で寛容な政治」を実践しなければならない。