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石破元幹事長「日米地位協定見直す」発言のニュースバリュー ※追記:本土メディアに役割と責任

 自民党総裁選で9月17日、「おやっ」と思うニュースがありました。那覇市で開かれた候補者9人の演説会で、石破茂元幹事長が、日米地位協定の見直しに着手することを表明しました。
 共同通信の速報がネット上に流れたのは午後4時半ごろ。見出しは「日米地位協定の見直しに着手すると石破氏」でした。その後、詳しい内容を盛り込んだ記事が配信されています。

※「石破氏『日米地位協定見直す』 高市、小泉氏は産業振興」=2024年9月17日(同内容の記事がヤフーニュースでは16時59分にアップロードされています)
 https://nordot.app/1208684210481397955?c=39550187727945729

 自民党総裁選の9候補が17日、那覇市内で演説会に臨んだ。石破茂元幹事長(67)は米軍の法的な特権を認めた日米地位協定について「見直しに着手する」と表明した。「基地は自衛隊と(米軍の)共同管理だ。日本の責任も重くなるが、主権国家としての責任を果たさなければならない」と述べた。
(中略)
 石破氏は2004年の沖縄国際大(宜野湾市)に米軍ヘリコプターが墜落した事故に触れ「沖縄の警察は(現場に)入れず、機体の残骸は米軍が回収していった」と説明。「どれほど難しいかは承知しているが、運用の改善だけで事が済むとは思わない」と指摘した。

 日米地位協定とは、日米安全保障条約に基づき、日本に駐留する米軍と米軍人らの法的地位を定めた取り決めです。協定が定める日米の地位は対等ではなく、米軍機の墜落事故では、墜落現場が米軍施設外であっても、日本の捜査機関は独自に捜査や検証ができません。石破元幹事長が触れた沖縄国際大のヘリ墜落事故は代表例です。日本の警察が米兵の逮捕状を取っても、起訴前に身柄を引き渡すかどうかの決定権は米国にあります。1960年の締結以降、一度も改定されておらず、米軍や米軍人による事件事故をめぐって、しばしば是正が必要と指摘されてきましたが、運用面の見直しにとどまっています。
 その地位協定について、防衛大臣や党幹事長の経験を持つ自民党の政治家が「見直し」を言明しました。同党のいわゆる有力政治家では初めてです。しかも、発言の場所は在日米軍の専用施設の7割が集中する沖縄。石破元幹事長は今回の総裁選では有力候補であると伝えられています。速報を知って、「これは大きなニュースかもしれない」と思いました。
 ただちに見直しに至るかは別としても、米軍に有利な内容の地位協定が、沖縄の基地負担を量的な側面だけでなく、質的にもより過酷なものにしていることに、日本本土に住む人たちの目が向き、真剣な社会的議論が始まる契機になるかもしれない、とも感じました。仮に石破元幹事長が総裁になり、首相となれば、この発言は重みを増します。
 一方で、こうも考えています。沖縄の過酷な基地負担の軽減、さらには解消のためには、基地そのものを減らし、なくすことが第一義的に必要です。沖縄県と日本政府の対立が続く辺野古の新基地建設は即座に工事を中断し、あらためて沖縄県と話し合いのテーブルに着くべきです。早期の普天間飛行場閉鎖に向けて、日本政府の責任で米国と協議することも必要です。そうしたことを欠いたまま、ただ地位協定の見直しだけをやる、ということなら、沖縄の過剰な基地負担の固定化にしかならないのではないか、と。
 そもそも石破氏が総裁になったとしても、地位協定の見直しがただちに自民党の選挙公約になるとは限りません。それでも、曲がりなりにも自民党の一角から「地位協定見直し」の声が公然と上がったことに、何らか積極的な意味を見出したいとの気持ちがあります。しかし消極評価として、沖縄での演説会だったのに、総裁候補が9人もいながら、地位協定見直しに踏み込んだのはわずか1人だった、と受け止めた方がいいのかもしれません。沖縄の基地負担の解消、軽減のために、自民党に何かを期待するのは無理なのかもしれない、とも思います。

 全国紙5紙(朝日、毎日、読売、日経、産経)が、石破元幹事長の発言をどう扱ったか、デジタルでの扱いをまとめました。産経新聞は通信社並みに当日夕方に速報。他紙はおおむね17日夜ないし18日未明には記事をアップし、見出しに石破元幹事長の発言を取っています。その中で、朝日新聞は丸1日おいた特集記事の中で触れただけなのが目を引きました。発言の当日は、まったくニュースバリューを認めていなかったということのようです。

 自民党総裁選の沖縄での演説会に対して、沖縄タイムス、琉球新報はそれぞれ社説で厳しく論評しています。一部を書きとめておきます。

【沖縄タイムス】
9月18日付社説「自民総裁選 沖縄演説会 負担軽減ほぼゼロ回答」

 自民党総裁選の地方演説会が那覇市でも開かれた。複数の候補者が県民所得の向上や子どもの貧困解消を訴えた一方、米兵による事件事故や米軍普天間飛行場の閉鎖・返還など基地問題解決に向けての具体策への言及はほとんどなかった。
 総裁選は過去最多の9人が立候補。事実上、次期首相を決める選挙でもある。それにもかかわらず県内で開催された演説会で基地負担の軽減について語られなかったことは非常に残念だ。
 (中略)
 石破茂元幹事長は辺野古新基地建設について「十分に沖縄の理解を得て決めたかというと必ずしもそうではなかった」との認識を示した。
 加えて石破氏は、日米地位協定改定について「見直しに着手する」と初めて踏み込んだ。「米軍基地を自衛隊と共同管理する」とも主張した。
 小泉進次郎元環境相、河野太郎デジタル相、加藤勝信元官房長官、高市早苗経済安全保障担当相、小林鷹之前経済安保相は、基地負担の軽減について全く触れなかった。

【琉球新報】
9月19日付社説「自民党総裁選演説会 及第点はあげられない」

 9氏に聞きたい。米軍基地の存在が沖縄振興の障害になっている事実をどれほど直視しているのだろうか。1972年の施政権返還後も残された広大な米軍基地が県経済発展の足かせとなっている。それは自民党支持者も含む県民多数の共通認識である。
 大規模な基地返還を含む負担軽減が進まない限り、沖縄振興策も効果を持ち得ない。具体的な基地負担軽減策を示さない限り、首相を目指す9氏の沖縄施策に及第点を与えることはできない。演説会の開催意義も問われよう。
 (中略)
 外相の上川陽子氏は「基地関係者の性犯罪、性暴力は二度と起こさせないという厳しい姿勢で交渉に臨む」と述べ、地位協定の問題に取り組む考えを示した。明確に地位協定見直しに踏み込んだのは元党幹事長の石破茂氏だけであった。本来ならば9氏全員が地位協定改定を目指すべきである。それが主権国家のあるべき姿ではないか。

■追記■ 2024年9月23日10時
 日米地位協定を巡って、ブロック紙である東京新聞の記事が目にとまりました。自民党総裁選の候補者9人と、立憲民主党代表選の候補者4人に行った政策アンケートの中で、日米地位協定の見直しをするかどうかを尋ねた結果です。
※「日米地位協定の見直し交渉 自民は『する』候補ゼロ、立民はおおむね賛成 基地集中の沖縄は『抜本改定を』」=2024年9月23日6:00
 https://www.tokyo-np.co.jp/article/355937

www.tokyo-np.co.jp

 記事によると、自民党で「しない」との姿勢を明確にしたのは、小林鷹之前経済安全保障担当相、林芳正官房長官、小泉進次郎元環境相、河野太郎デジタル相の4人です。石破茂元幹事長はこのアンケートでは「改定の検討に着手する」との回答だったことが紹介されています。
 総裁候補が9人もいながら、地位協定を見直すとしたのは石破元幹事長だけ。あとの8人のうち4人は「しない」と言明する。これが自民党の実像です。右派層の支持が高い高市早苗経済安保相は「改定自体が政治問題化することは避ける必要がある」との回答だったのことで、自国内の訴えより米国の意向を優先する、というスタンスだと受け止めました。

 結局、自民党総裁選では地位協定見直しは主要なテーマになっていないと感じざるを得ません。ただし、防衛相経験者でもある石破元幹事長の見直し発言は、あたかも存在しなかったかのように扱われてはならないと思います。だれが自民党総裁、さらには次の首相になろうとも、地位協定見直しを政治課題としてうやむやにさせてはいけません。大きな役割と責任を負っているのは、日本本土のマスメディア、中でも東京で政治取材を展開している全国紙や放送局の政治報道です。