読売新聞グループ本社の渡辺恒雄・代表取締役主筆の訃報が伝えられました。新聞の発行部数が減少の一途とはいえ、618万部余(2023年7月~12月平均、「読売新聞MEDIA GUIDE2024-2025」より)で日本最大の部数の同紙は、12月20日付の朝刊では1面準トップの扱いでした。全文で100行を超える本記の見出しは以下の3本。写真付きです。
「渡辺恒雄氏死去/98歳 読売新聞主筆/現実路線 各界に影響力」
ちなみに1面トップは、北九州市の中学生殺傷事件の容疑者逮捕でした。渡辺主筆の訃報の関連では、1面にはほかに石破茂首相と長嶋茂雄・巨人終身名誉監督のコメントを掲載。総合面のほか政治、国際、経済、スポーツ、社会の各面にも関連記事があります。「各界」でいかに大きな影響力があったか、読者はページをめくるたびに繰り返し目にすることになったと思います。
98歳で人生を閉じる瞬間まで、社論を握り、代表権を手放しませんでした。わたしの知る限りでは、組織の中で名前ではなく「主筆」とポジションで呼ばれる絶対的なカリスマ。あえて言えば、異論や批判を許さない個人崇拝の対象だったと思います。そのことは、死去に際しての読売新聞の紙面からも色濃くうかがえます。
20日付の朝刊では、東京発行の新聞各紙も1面のほか複数のページに関連記事を掲載しました。興味深いのは、朝日、毎日、日経、産経、東京の5紙がそろって1面のコラムで取り上げたことです。新聞人でありながら、現実政治を動かすほどに政治と同化していたことに批判的に触れたものもありますが、総じて存在感の大きさをしのぶトーンです。評伝を始めとする各紙の記事も、おおむね同じだと感じました。もともと新聞の訃報には、故人のことを辛辣に書くのを控える傾向があります。
その中で、元共同通信記者で、フリーランスとして「渡邊恒雄 メディアと権力」の著書がある魚住昭さんによる評伝は、おそらくはそのまま歴史的な評価として後世に残っていくに違いない、その価値があると思う内容でした。共同通信が配信し、在京紙では東京新聞が掲載しました。全国の地方紙にも載っています。
書き出しと一部を引用します。
新聞とは何か。戦後民主主義とは何か。渡辺恒雄さんの訃報を聞いて、私の胸にとっさに浮かんだのは素朴な疑問だった。
渡辺さんが戦後マスコミ界を代表する存在だったのは間違いない。1991年の社長就任後は「1千万部」突破の目標を達成。94年に「読売憲法改正試案」を発表するなど巨大な発行部数をバックに政治や世論に大きな影響を与え続けた。
しかし社論に反する記事掲載を許さず、異を唱える者は徹底的に排除した。かつて「才能のあるやつなんか邪魔だ。俺にとっちゃ、俺の言うことに忠実に従うやつだけが優秀な社員だ」と漏らしたことも。晩年は「俺は最後の独裁者だ」と言ってはばからなかった。
(中略)
「世の中を思う方向にもっていこうとしても力がなきゃできないんだ。俺には幸か不幸か1千万部ある。それで総理を動かせる。政党勢力も思いのまま、所得税や法人税の引き下げも読売が書いた通りになる。こんなうれしいことはないわね」
恐ろしいほどの率直さだった。「国家を監視する新聞」から「国家と一体の新聞」への転換。そこには憲法の自由・平等・絶対平和の理念が息づく余地はない。発言からは、多様な言論と権力のチェックが新聞の生命だという意識はみじんも感じられなかった。
東京新聞は「『俺は独裁者』巨大部数で権力化」の見出しを立てています。
ちなみに、読売新聞は「評伝」とは銘打っていませんが、2面に足跡を紹介する長文の記事を掲載しています。見出しは「戦後、言論界を牽引/主筆の責任、最後まで」です。
他の全国紙4紙の「評伝」の見出しと筆者は以下の通りです。
・朝日新聞「こだわった権力 政界動かす」薬師寺克行東洋大教授・元朝日新聞政治部長
・毎日新聞「畏敬された悪役」山田孝男客員編集委員
・日経新聞「戦後政治と生きた新聞人/『終生一記者』貫く」芹川洋一客員編集委員
・産経新聞「強い信念に毀誉褒貶」阿比留瑠偉論説委員兼政治部編集委員
■反面教師の「たかが選手が」発言
直接の面識はおろか、会ったことすらないとはいえ、わたしも新聞の仕事の中で、とりわけ労働組合に身を置く中で、その存在を強く意識したことが何度かありました。
一つはわたしが新聞労連の委員長職に就いた2004年のこと。プロ野球界の再編を巡る「たかが選手が」発言です。各紙とも訃報の中で触れています。よく知られている出来事なのですが、読売新聞の20日付紙面には見当たりません。
近鉄とオリックスの合併協議を契機に、プロ野球は10球団による1リーグ化への移行が取り沙汰されました。記者団に囲まれ、選手会がオーナー側と会談を望んでいるが、と質問を向けられ「無礼なことを言うな」「たかが選手が」と言い放ち、大きく報道されました。後にプロ野球選手会によるストライキへ発展。ストに世論の共感は広がり、1リーグ化構想はついえました。
この発言は字義通りだったのだろうと思います。プロ野球はオーナーの文字通りの所有物であって、選手はコマでしかない。どう運営するかはオーナーたちの専権であって、選手ごときの口出しは許さない、と。選手会がストライキの準備に入ると、読売新聞は社説で批判しました。
しかしストライキは世論の支持を得ます。高給や好待遇を求めてのことではなく、プロ野球のあり方を巡る議論に自分たちも当事者として加わりたい、とのやむにやまれぬ気持から、ということがファンのみならず、社会に広く届いたからだと感じました。「たかが選手が」発言や読売新聞の選手会批判の社説は、ファンや社会の受け止め方を見誤っていました。選手会がストライキに込めた思いが理解できていなかったのだと思います。
通信社の編集職場を休職して産別労組の専従役員になって間もなかったわたしは、選手会のストライキから労働組合のあり方について大きな示唆を得ました。労働組合は経営者に賃上げをはじめとして、労働条件の向上のためのさまざまな要求を出します。一義的には生活を守るためです。では、生活を守ることで、ひいては何をどうするのか。新聞を仕事にしている人たちの労組であれば、突き詰めた先には「新聞を守る」という目的があるのではないかと思い至りました。
新聞の編集権、新聞社の経営権は経営者にあるのかもしれません。しかし、実際に日々、新聞を作って社会に届けているのは、そこで働いているわたしたち。労働組合を通じて生活や健康を守り、そうすることを通じて、日々、きちんと新聞を作って社会に届ける。そうやって新聞と新聞の仕事を守ることで、社会の平和と民主主義を守ることに貢献する-。新聞労連の委員長に在職中は、常にそのことを意識していました。「たかが選手が」発言は、当時の新聞労連の運動にとっては反面教師だったのだと思います。
■「権力に助け船」
もう一つはその少し前、2002年当時のことです。わたしは勤務先の通信社の企業内労働組合の委員長でした。国会に上程された個人情報保護法案には、新聞やテレビのマスメディアの取材を規制する内容が露骨に盛り込まれていました。新聞協会など新聞界の経営側も反対を表明。新聞労連加盟の各労働組合も反対運動に取り組んでいました。
わたしも反対運動に加わる中で、マスメディアの取材だけではなく、広く表現活動全体に規制が広がりかねない危険があることこそが本質だととらえていました。団体交渉でも、会社の見解を問いました。「新聞協会の方針のもとに」との回答でした。経営側も足並みをそろえて、「表現の自由」に対する権力の規制に反対していくものと理解していました。
そのさなか、読売新聞は紙面で法案の修正試案を発表。新聞やテレビの報道分野を適応除外とすることなどの内容でした。当時の新聞協会会長は渡辺読売新聞社社長。新聞界の足並みが乱された、と感じました。元共同通信社編集主幹の原寿雄さんが「まさに権力にとっては渡りに船。読売新聞による権力への助け船だ」と、厳しい言葉で批判していたことを覚えています。結局、政府が読売新聞の試案を丸呑みにしたのも同然の形で、翌2003年に個人情報保護法は成立しました。
権力との近さというより、権力と同化することもためらわない、そうやって影響力を保持する-。そのことがまざまざと分かった出来事でした。この一件は、毎日新聞が訃報の社会面サイド記事「権力との距離 批判も/『終生一記者』自任」の中で触れています。
ただ、この「政治力」は時に、新聞業界全体が恩恵を受けることもあったはずです。例えば独占禁止法の適応除外である再販指定の問題です。
独禁法では、商品の小売価格は原則として小売業者が自由に決めることができます。製造業者や卸売業者が小売価格を指定し、守らない事業者には商品を卸さないなどの手段で拘束すると独禁法違反になります。ただし、新聞はその例外として、公正取引委員会から指定を受けています。発行本社が新聞販売店に販売し、さらに購読者に「再販売」するので「再販売価格」、略して「再販」と呼びます。新聞が民主主義社会に不可欠の情報商品であったことに鑑みての、独禁法の適応除外措置です。
1990年代はまだ新聞販売が右肩上がりでした。2000年代にかけて公取委は、再販指定の見直しに意欲を見せていましたが、新聞界は反発。再販指定の維持を紙面を通じて世論に訴えるとともに、政界にも働きかけていました。中でも渡辺・読売新聞主筆の政治力はずば抜けていたはずです。
■新聞の大きな曲がり角
1千万部超という前代未聞の部数を成し遂げ、社内では一切の異論を許さず、時に政治をも左右する権力者でありえたのは、新聞が社会の情報流通の主役だったからこそだと思います。今や社会情勢は様変わりしました。ことし、東京都知事選、衆院選、兵庫県知事選と三つの選挙を経て、SNSが有権者の情報収集や投票行動に大きな影響力を持つに至っていることが明白になりました。選挙をめぐる報道の主役が、新聞やテレビからSNSに交代した節目の年、との指摘も目にします。その2024年の年の瀬の訃報は、新聞というメディアの大きな曲がり角を象徴する出来事のように思えます。
以下に、読売新聞のほか東京発行の新聞5紙の12月20日付朝刊に掲載された主な関連記事の見出しを書きとめておきます。朝日、毎日、日経、産経、東京の5紙の本記については、経歴の記述の前に、どのような肩書、業績を記しているかも書きとめておきます。
【読売新聞】
▽1面
準トップ「渡辺恒雄氏死去/98歳 読売新聞主筆/現実路線 各界に影響力」/「『まだまだ教え 頂きたかった』 首相」/「『笑顔しか浮かばない』読売巨人軍・長嶋茂雄終身名誉監督」
▽2面(総合)
「戦後、言論界を牽引/主筆の責任、最後まで」/「『父親という感じ』『時代先導の論客』『生粋の愛国者』『指導者の指南役』政財界悼む声」
▽4面(政治)
「歴代首相と深い親交/与野党に幅広く」
▽9面(国際)
「米中韓要人と交流/海外メディアも追悼」
▽11面(経済)
「『新聞界象徴するリーダー』/経済界・官庁に人脈」
▽19面(スポーツ)
「球界発展 情熱注ぐ/歴代G監督と本音議論」/「『大相撲に愛情』八角理事長」/スポーツ庁・室伏広治長官、日本スポーツ協会・遠藤利明会長、日本サッカー協会・川淵三郎相談役
▽30面(第2社会)
「スポーツ・活字振興 尽力」「FA・ドラフト改革 主導」「『出版文化守り発展』中公支援」/「『取材の自由』判例に功績/西山事件 弁護側で出廷/外交交渉取材 実情明かす」/「カズ『実はサッカーを尊重』/媒酌人務める」/「類を見ぬGファン■口は悪いが心は優しい」王貞治・福岡ソフトバンクホークス会長、読売巨人軍・阿部慎之助監督、読売巨人軍や大リーグ・ヤンキースなどで活躍した松井秀喜さん、海老沢勝二・元NHK会長、日本新聞協会の中村史郎会長(朝日新聞社会長)
【朝日新聞】
▽1面準トップ「渡辺恒雄氏 死去/98際 読売新聞主筆」
プロ野球読売巨人軍取締役最高顧問も務め、歯に衣着せぬ発言で存在感を放った。「ナベツネ」の通称で知られ、政局や政策決定に大きな影響力を持った。
▽4面(総合)評伝「こだわった権力 政界動かす」薬師寺克行東洋大教授・元朝日新聞政治部長/「改憲試案 安部氏と蜜月」/「小沢氏『大連立 鋭い政治感覚』」
▽15面(スポーツ)「誰よりも巨人に情熱/王氏・長嶋氏悼む」/「川淵氏『Jの恩人』」/「『大相撲に深い愛』八角理事長」
▽26面(第2社会)「耳目集めた発言/『たかが選手』波紋」/「影響力『稀有なメディア人』/従軍経験 戦前政治を強く批判」/「『新聞界に尽力』新聞協会・中村会長」
【毎日新聞】
▽1面「渡辺恒雄氏死去/読売新聞グループ主筆 98歳」
戦後の政治報道で存在感を発揮し「プロ野球界のドン」としても知られた渡辺恒雄(わたなべ・つねお)読売新聞グループ本社代表取締役主筆が19日、肺炎のため死去した。
▽5面(総合)「政界に渡辺氏悼む声/首相『歴史観教わった』」
▽16面(スポーツ)「『ナベツネさん』影響力多岐に/剛腕 球界再編で反発」/「犬猿の仲・川淵さん『Jの恩人』」/「横審を角界お目付け役に/横綱・貴乃花に『出場勧告』」/談話 長嶋茂雄・元巨人監督、王貞治・ソフトバンク球団会長/「歯に衣着せぬ ナベツネ語録」「たかが選手が/カネさえあればいいってもんじゃない/1位じゃなきゃダメ。巨人の宿命」
▽22面(第2社会面)「権力との距離 批判も/『終生一記者』自任」/評伝「畏敬された悪役」山田孝男客員編集委員
【日経新聞】
▽1面「渡辺恒雄氏が死去/読売新聞主筆 政界に影響力」
日本の新聞界を代表する重鎮として知られる読売新聞グループ本社主筆の渡辺恒雄(わたなべ)氏が12月19日午前2時、肺炎のため東京都内の病院で死去した。
▽4面(政治・外交)評伝「戦後政治と生きた新聞人/『終生一記者』貫く」芹川洋一客員編集委員/「日本のあり方 教え欲しかった 首相」「厳しい一面や優しい人柄 岸田前首相」
▽41面(スポーツ)「長嶋元監督『頭は白紙の状態』/スポーツ界から悼む声」巨人・長嶋茂雄元監督、巨人・原辰徳前監督、ソフトバンク・王貞治球団会長、日本サッカー協会・川淵三郎相談役、日本相撲協会・八角理事長
【産経新聞】
▽1面「渡辺恒雄氏死去/98歳 読売新聞主筆」
読売新聞グループ本社代表取締役主筆で、プロ野球巨人のオーナーや日本新聞協会会長も務めた渡辺恒雄(わたなべ・つねお)氏が19日、肺炎のため死去した。
▽5面(総合)評伝「強い信念に毀誉褒貶」阿比留瑠偉論説委員兼政治部編集委員/「岸田氏『心温まる存在だった』/同じ開成高出身」/「石破首相『まだまだ教えをいただきたかった』/立民・野田代表『日本言論界の巨星』」
▽19面(スポーツ)「巨人を、プロ野球を愛した『独裁者』」/「長嶋さん『巨人が勝ったときの笑顔が…』/スポーツ界 悼む声」巨人・長嶋茂雄終身名誉監督、巨人・阿部慎之助監督、DeNA・南場智子オーナー、川淵三郎・日本サッカー協会相談役
▽24面(第2社会面)「新聞社の枠超え存在感/『活字』守る意志強く」/「長年の貢献に感謝」日本新聞協会の中村史郎会長/「歯に衣着せぬナベツネ節/『たかが選手』『長嶋は総理大臣より偉い』」
【東京新聞】
▽1面「渡辺恒雄さん死去/98歳、読売新聞主筆」※共同通信配信
読売新聞グループ本社代表取締役主筆で、プロ野球巨人のオーナーや日本新聞協会会長も務めた渡辺恒雄(わたなべ・つねお)さんが19日、肺炎のため死去した。
▽2面(総合)評伝「『俺は独裁者』巨大部数で権力化」魚住昭元共同通信記者、本紙新聞のあり方委員会委員/「『戦後政治の生き証人』/政界から悼む声」
▽17面(スポーツ)「球界引っ張った 巨人愛/再編騒動 流れ変えた『たかが選手』発言」「大相撲、Jリーグでも存在感」/「長嶋さん『多くの思い出』王さん『熱烈なファン』原さん『恩師』八角理事長『大相撲に理解と愛情』/スポーツ界から追悼の声」