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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

宮内庁長官「拝察」報道の記録

 宮内庁の西村泰彦長官が6月24日の記者会見で、「天皇陛下は現下の新型コロナウイルス感染症の感染状況を大変心配されている。国民に不安の声がある中で、開催が感染拡大につながらないか、懸念されていると拝察している」(共同通信)と述べ、万全の対策を取るよう求めたことが報じられています。そうした発言を直接耳にしたわけではなく、あくまでも西村長官の受け止めとのことですが、会見では「陛下はそういうふうにお考えではないかと、本当に私は思っている」と強調しました。
 日本国憲法の規定に基づき、政治的な言動は避けるのが戦後の象徴天皇制の原理原則です。東京五輪は、日本社会の民意の大勢は今夏開催に反対であるにもかかわらず、菅義偉首相がG7首脳会議で各国首脳に支持を求めるなど、政治色を強く帯びています。菅首相は五輪開催を自らの政権浮揚に結び付けようとしていると報じられており、五輪が政治利用されている状況です。そのさなかの発言です。仮に長官の口を借りて、五輪開催の可否にコメントしたということになれば、政治的な意味合いが問題になります。長官が「拝察」を強調したのは、そうしたことを意識してのことだと思います。ただし、自然災害などに対しては、先代天皇はしばしば発言し、被災地も繰り返し訪問しています。コロナの感染拡大への危惧自体は、「日本国民統合の象徴」(憲法1条)の立場として、ごく自然なことだろうと思います。

 東京発行の新聞各紙では、翌25日付朝刊に記事が掲載されました。1面の掲載はなし。大勢は社会面や総合面で、記者会見での西村長官の発言を淡々とコンパクトに伝える報じ方でした。
 各紙の中では、朝日新聞が有識者の談話を2本掲載しているのが目を引きました。1本は、実質的に天皇の姿勢を国民に示したものだ、とする内容。強いて言えば肯定的な評価だと感じました、もう1本は、政治問題に言及するものであり国民主権の原則を侵害する、とする内容です。否定的な評価です。有識者の見方を紹介するのは、ひとつの方法です。肯定的な評価の有識者については、共同通信も同趣旨の談話記事を配信しています。

 東京五輪の開催強行は、日本社会の民意の大勢に反しているのは明らかだとわたしは受け止めています。それをやろうとしているのは私人の立場である国際オリンピック委員会(IOC)や大会組織委員会だけでなく、民主的な手続きで合法的に成立している日本国政府もです。菅首相はG7首脳会議では「主催国」という言葉を用い(「開催国」ではありません)、主催者然として振る舞いました。民意に反することを政府が強行するという、日本の民主主義の深刻な機能不全が起きているように感じます。
 仮に「天皇の意向」が示されることで事態に変化が生じ、民意に沿う方向に改まるとしても、そのことを肯定的に評価することには躊躇を覚えます。原理的には、逆のことも起きかねないからです。
 民主主義の機能不全の是正は民主主義の手続きに即して行われるべきです。具体的には、まず主権者が選挙で個々の意思を明確にすることだろうと思います。

 以下に25日付の東京発行各紙の扱いと主な見出しを書きとめておきます。
 26日付では読売新聞だけが続報を掲載しました。有識者のコメントも織り交ぜながら、宮内庁長官がこのような発言をするのは越権行為で問題だとのトーンを強く感じさせます。

【25日付朝刊】
▼朝日新聞 第2社会面 5段
「『開催で感染拡大 ご懸念されていると拝察』/陛下の様子 宮内庁長官が説明」/会見 主なやり取り
「憲法に配慮して国民に姿勢示す」名古屋大の河西秀哉准教授(歴史学)/「政治問題に言及 国民主権を侵害」一橋大の渡辺治名誉教授(政治学)

▼毎日新聞 社会面 2段
「『陛下、五輪で感染拡大を懸念』/宮内庁長官『拝察』」

▼読売新聞 2面 3段
「『五輪で感染拡大 陛下懸念』/記者会見 宮内庁長官が胸中言及」/「『長官の考え方述べたと承知』官房長官」

▼日経新聞 社会面 3段
「陛下、五輪で感染増懸念/宮内庁長官が『拝察』」/「『宮内庁長官の自身の考え方』加藤官房長官」

▼産経新聞 第2社会面4段
「『五輪開催で感染拡大 陛下がご心配と拝察』/宮内庁長官会見」/「加藤氏『長官自身の考え』」

▼東京新聞 2面 2段 ※ワッペン・「五輪リスク」
「『天皇陛下 開催で感染拡大懸念』/宮内庁長官が受け止め表明/加藤氏『長官自身の考え』」

【26日付朝刊】
▼読売新聞 4面(政治)5段(見出し3段)
「宮内庁長官発言が波紋/陛下、五輪懸念 政治利用の恐れ」/「『私の拝察』『肌感覚』一問一答」