「復興五輪」を口にしなかった安倍首相、「ウイルスに打ち勝った証しの五輪」に違和感

 ことし7~8月に予定されていた東京五輪と、8~9月のパラリンピックの延期が3月24日に決まりました。新型コロナウイルス感染の世界的な拡大を見れば、もう少し早く決めても良かったように思うのですが、報道によれば、安倍晋三首相が24日夜に国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長と電話で話し、1年程度の延期を提案。バッハ会長も全面的に同意し、その直後のIOCの臨時理事会で正式に決めたと伝えられています。
 24日付の東京発行新聞6紙(朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日経新聞、産経新聞、東京新聞)の朝刊は、このニュースが1面トップでそろいました。各紙の報道を見ながら感じたことをいくつか書きとめておきます。

f:id:news-worker:20200326082045j:plain

▽「ウイルスに打ち勝った証し」に違和感
 安倍首相はバッハ会長との電話を終えた後、記者団に対し「今後、人類が新型コロナウイルス感染症に打ち勝った証しとして、完全な形で、東京オリンピック・パラリンピックを開催するために、IOC・バッハ会長と緊密に連携をしていくということで一致をしたところだ」と話しました。この「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証し」という言い回しを安倍首相は気に入っているのか、少し前から口にするようになっていますが、わたしは強い違和感を覚えます。
 まず、何をもって「ウイルスに打ち勝った」と言えるのか、その定義が不明です。人類とウイルスは「勝った」「負けた」の関係なのでしょうか。勇ましく力強い感じがして、耳には心地よい表現かもしれませんが、実体を伴っていません。その意味では空疎な言葉です。
 この点について、東京新聞が25日付朝刊の特報面で取り上げているのが目を引きました。記事では、感染症専門家の「私たちはウイルスに対して『打ち勝つ』という言葉を軽々しく使わない。政治家のアピールの言葉だ」(長崎大感染症共同研究拠点の安田二朗教授)とのコメントを紹介しています。
 そもそも、1年延期とは言いながら、1年後に新型コロナウイルスの感染拡大が収まっているかどうかは全く分かりません。

▽主役は安倍首相
 「政治家のアピール」ということでは、24日の一連の動き自体が、意図的かどうかは分かりませんが、少なくとも結果的には安倍首相の政治的アピールになった、との印象を受けます。
 24日は安倍―バッハ協議に続いてIOCの臨時理事会で延期が正式に決定されました。連続する短時間のうちの出来事だったために、安倍首相の政治決断によって延期が決まった、という雰囲気がかなり濃厚に醸し出されたのではないかと思います。それは東京発行各紙の紙面からも感じます。1面の「延期」の大見出しとともに掲載されている写真は、安倍首相が主役です。五輪の中止や延期を決めるのは開催国ではなくIOCなのですが、バッハ会長の写真を載せたのは2紙だけです。仮に、電話協議から1日なり2日なりの時間を置いてIOCの正式決定があったとしたら、全体の印象は随分と違っていた可能性があるのではないかと思います。「安倍首相の決断による延期決定」という雰囲気が意図的に演出された可能性はないのか、気になります。
 この点に関連して興味深く読んだのは読売新聞25日付朝刊3面(総合面)の「『21年』首相が直談判」の記事です。まさに、東京五輪・パラリンピックを自らの「政治遺産(レガシー)」としたい安倍首相が、IOCの判断が遅れて中止に追い込まれることを懸念し、自ら率先して動いたことを明らかにしています。一気にIOCの正式決定まで進んだ舞台裏について、IOC側の事情なのか、あるいは日本側の何らかの力学が働いたのかなど、さらに深掘りした報道を期待したいと思います。

▽「復興五輪」を忘れない
 安倍首相の頭の中は、今や「新型コロナウイルスに打ち勝った証しの五輪」を自身の政治遺産とすることでいっぱいだとしても、そもそも東京五輪は「復興五輪」だったはずです。しかし24日は首相の口からはこの言葉は聞かれなかったようです。東京発行新聞各紙の25日付朝刊紙面でも、東日本大震災の被災地は、聖火リレーの関連で福島県の人たちの様子が紹介されているにとどまっています。
 マスメディアにとって、今は新型コロナウイルスを巡る報道の優先度が高いとしても、「復興五輪」の掛け声で何か見えなくなっていたものはないのか、「コロナ勝利五輪」で何か見えなくされようとしているものはないのかを探り、報じることが課題だろうと思います。

 以下に、25日付朝刊各紙の1面、総合面、社会面の主な記事の見出しを書きとめておきます。

【朝日新聞】
1面トップ「五輪延期1年程度/首相・IOC会長合意/新型コロナ 理事会も承認/五輪史上初」
1面「聖火リレー見送り」
2面・時時刻刻「延期へ 流れ一気」「IOC、突き上げ続き決断」「世界陸上も調整 環境整う」「追加の負担 都は警戒」
第2社会面「五輪延期『残念』/『中止にならず希望出た』」
第2社会面「1年ならイメージ」バルセロナ銀。アトランタ銅メダリスト 有森裕子さん/「来年の秋が妥当では」首都大学東京 舛本直文特任教授(五輪論)/「ワクチン開発が必要」東京医大病院渡航者医療センター 浜田篤郎教授(渡航医学)
第2社会面「感染者数 東京都が最多に」

【毎日新聞】
1面トップ「東京五輪延期/首相『1年程度』/パラも IOC正式承認/新型コロナ 聖火も中止」
1面「チケットの権利 組織委が『配慮』」
2面「首相『開催国の責任果たす』」発言全文
3面・クローズアップ「IOC追い込まれ/日程・費用・会場 棚上げ」「政権『来年夏前』視野」
3面「招致から多事多難/国立競技場 エンブレム 不正疑惑」
社会面トップ「夏の希望 消えた/五輪延期 列島衝撃/『仕方がない』の声も」「代表選手ら戸惑い」「小池都知事歓迎」
社会面「聖火 寂しき福島入り/地元 再開願う」「当面は現地に」
第2社会面「1年後でも難題/世界水泳と日程重複」

【読売新聞】
1面トップ「東京五輪1年延期/来夏までに開催/首相・IOC会長合意 電話会談/IOC臨時理事会承認」
1面「聖火リレーも延期」
3面・スキャナー「『21年』首相が直談判/中止論に危機感 早期決着」「世界水泳など調整急務」
7面(国際)「五輪延期 世界に衝撃/各国報道 今夏開催に逆風 指摘」
社会面トップ「五輪延期ショック/『チケット無効やめて』『グッズ用意したのに』」「聖火走者『来年ぜひ』/マラソン『札幌変わらず』森会長」
社会面「『復興の火』15秒ルール」
第2社会面「新教科書『五輪』ずらり/出版社 修正余儀なく」
第2社会面「パラ委員会委員長『延期は正しい』」

【日経新聞】
1面トップ「東京五輪 21年夏に延期/IOC、首相提案を承認/大会名称『2020』は維持/新型コロナ 収束見通せず」
3面「延期 空前の難事業/準備、振り出しに/会場確保・選手ケア急務」「巨額の追加費用 不可避」「聖火リレーも延期」
社会面トップ「五輪延期『やむをえない』/関係者ら落胆の声/『完全な形へ努力』」

【産経新聞】
1面トップ「東京五輪 来夏に延期/『コロナで年内困難』/首相と会談、IOC承認/マラソンは札幌」「東京2020 名称は維持」「パラも歓迎」
1面「聖火リレー中止 福島で保管」
2面「海外『歴史的な瞬間』速報」
3面「1年延期 最善シナリオ/世界選手権 日程譲歩も/代表選考は混乱避けられず」
3面「東京五輪延期 首相発言全文」
5面「与党 中止回避を評価/野党『十分な経済対策必要』」
社会面トップ「祭典延期 安堵と失望/小池知事『中止なくクリアに』/聖火ランナー『とてもつらい』」
社会面「識者『やむを得ない判断』」

【東京新聞】
1面トップ「東京五輪 来夏に延期す拉す首相提案 IOC承認/史上初 パラリンピックも/聖火リレー中止」
1面・核心「予定白紙 不安噴出/チケット有効? ホテルキャンセル料は?」
3面「首相主導の五輪 難局/1年延期 在任中に開催」/首相発言要旨
3面「1年後 消去法の選択」谷野哲郎・運動部長
特報面(26、27面)「『ウイルスに打ち勝つ』時とは/東京五輪1年延期へ 『完全な形』と首相は言うけれど」/「時期決定 感染収まり状況見定めて」/「少ない国内検査『収束見極め困難』」「撲滅無理なのに『政治的アピール』」「薬には10カ月?ワクチンは数年後」
社会面トップ「延期決着 驚きと困惑/代表選手ら『整理つかぬ』『実力上げる時間に』」「都知事『ゴール具体的に』」
社会面「街の声『提案評価』『やむを得ぬ』」/「森会長 複雑『残念と、やれやれ』」/「危機克服の象徴に」トーマス・バッハIOC会長の話
第2社会面「ランナー『それでも走りたい』」「聖火リレー中止/被災地『早く決めてほしかった』」「聖火、当面福島に『来年は参加できない人も』」