ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「慎太郎節」「石原節」が薄めてしまう実像~マスメディアの報道は歴史の記録 ※追記・東京新聞編集局長「責任を痛感」

 少し時間がたちましたが、同時代の記録として書きとめておきます。
 2月1日午後に明らかになった石原慎太郎元東京知事の訃報を、東京発行の新聞各紙は翌2日付の朝刊で大きく扱いました。「正論」執筆陣に迎え、コラムの枠も提供していた産経新聞は1面トップ。憲法改正(石原元知事自身は「自主憲法制定」との言葉を用いていました)をともに求めていた間柄でした。社説(「主張」)も含めて計6面に関連記事が載っており、一貫して業績をたたえるトーンです。朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、東京新聞の4紙はそろって1面準トップ。日経新聞も1面ですが、二つ折りにするとほとんど見えないぐらいの下の位置です。
 都知事としてディーゼル車の排ガス規制を導入したことなど、プラスに評価していい業績ももちろんあります。しかし、石原元知事の足跡を振り返るなら、際立って特徴的なのは、差別の意識に根差すと考えるほかない言動の数々です。それらが報道の中でどう扱われたのかが気になりました。
 「ニュースは歴史の第一稿」という言葉があります。マスメディアの報道は同時代を生きる人たちに向けた情報共有ですが、それにとどまらず後世に残す歴史史料にもなります。特に、マイクロフィルムで国会図書館に保存される新聞は、後世の研究者にとっては第一級の史料です。また人は死を迎えた時に歩みを止め、その足跡は時の経過とともに歴史になっていきます。訃報の記事に何が書かれているか、あるいは書かれていないかは、まさに歴史に何を残すのかの問題です。石原元知事の過去の言動を今一度、マスメディアが訃報の中で書きとめておくことは、亡くなった人のことは悪く言うものではない、とのマナーの問題とは質が異なります。事実をどう記録し、歴史として残すかの問題です。
 そういう目で在京各紙の関連記事を見ていくと、歯切れの悪さが目立ちます。その象徴が「慎太郎節」ないしは「石原節」との表現だと感じます。
 差別意識に根差すとしか受け取れない言動は、言い換えれば、他者へ優しいまなざしを持ち得なかった、ということだったのではないかと感じます。自分とは異なった立場の人たち、自分は決してそういう立場にはならないと思っている人たちに対して、「仮に自分が同じ立場だったら」とは考えることがなかったのだろうとも思います。
 そうした発言ですぐに思い出すのは、いわゆる「ババア発言」です。他人の言説の紹介としつつ、生殖能力がなくなった高齢の女性は生きていても無駄だ、との趣旨のことを発言していました。ウイキペディアに「ババア発言」の項があり、経緯がまとめられています。
 ※ ババア発言 - Wikipedia

 発言を巡って裁判にまでなったというのに、在京各紙の紙面には見当たりませんでした。「物議を醸した」として実際に紹介された発言は、「三国人」や津波の「天罰」程度です。高齢女性にあらためて不快感を与えることは避けたい、という配慮もあるのかと思いますが、それで後世に、“石原慎太郎”の実像をありのままに伝えることができるかどうか。歴史の記録を残す、という意味ではジャーナリズムの責任を果たせないと感じます。
 そして、個々の言動を記さないでいて、「これで分かってくださいね」と言わんばかりに使われているのが「慎太郎節」「石原節」であるように感じます。
 各紙が何回使ったか数えてみました。毎日新聞は政治面の記事、社会面の見出しに「石原節」2回。読売新聞は第2社会面の見出しに「慎太郎節」1回。東京新聞は「石原節」が語録の見出し、社会面のリード、サイドと計3回も出てきます。
 朝日新聞は「慎太郎節」「石原節」こそありませんが、他紙がその用語を使っている場所に「歯に衣着せぬ発言(物言い)で物議を醸した」との表現が政治面と社会面に計2カ所。具体的な言動を紹介する代わりに、という意味では「慎太郎節」「石原節」と同じです(余談ながら政治面では「歯にきぬ着せぬ」、社会面では「歯に衣着せぬ」と表記に不統一までありました)。
 日経新聞には「節」は見当たりません。産経新聞は1カ所「慎太郎節」があります。総合面のサイドの見出し「国動かした慎太郎節/尖閣購入『何か文句ありますか』」です。肯定的評価の文脈ですので、他紙とは使い方が異なっているようです。
 昨年は、東京五輪組織委員会の会長だった森喜朗元首相が、女性蔑視発言と「わきまえる」発言で会長辞任に追い込まれました。都知事として「ババア」発言はいくら何でもひどすぎでした。本人もそれは分かっていた節があります。2001年当時でも職を辞してもおかしくなかったのに、そうなりませんでした。朝日新聞に御厨貴・東大名誉教授の「影響力が大きい人ゆえに政治家の失言が許される世の風潮を作ってしまった。それは負の遺産だ」とのコメントが載っていました。その通りだと思うとともに、責任の一端は、けじめを迫ることをしなかった、できなかった在京マスメディアにもあるだろうと、同時代をその一員として過ごした一人として、自責の念と共に思います。

 なお、「ババア」発言については、電子版の有料会員向け記事では紹介している新聞もあります。紙の新聞ではスペースに制約があるために掲載していないのかもしれません。ネット空間を膨大な情報が日々、行き交っている時代にあって、紙面には掲載しなかった電子版だけの記事は、どう後世に残していくのか。組織ジャーナリズムを100年、200年の時間軸で考えるときに、論点の一つになるのではないかと思います。

f:id:news-worker:20220206091404j:plain

 以下に、在京紙各紙が2月2日付朝刊に掲載した主な記事の見出しや扱いを書きとめておきます。

▼朝日新聞
1面準トップ「石原慎太郎氏 死去/89歳 元都知事、『太陽の季節』」
4面「国家観・改憲…政界に足跡」
15面(スポーツ)「『招致、石原さんがいたから』/東京五輪、森・組織委前会長が語る」
社会面トップ「石原都政 直言も放言も」「ディーゼル車規制 五輪招致活動」「尖閣国有化を推進 反日感情招く」/「『太陽族』流行語に」
第2社会面・評伝「改憲 こだわり続けた末」/「大きな影響力 失言許す風潮作る」御厨貴・東京大名誉教授(政治学)/「妥協できない『ぶれない政治家』」ジャーナリスト田原総一朗さん

▼毎日新聞 ※「石原節」2回
1面準トップ「石原慎太郎さん死去/89歳 作家・元都知事」
5面「『戦後の概念に挑戦』/石原さん死去 政界から悼む声」※
18面(スポーツ)「理念なき『復興五輪』/石原元都知事死去 招致再挑戦 課題残す」
社会面トップ「『石原節』物議醸す/尖閣、新銀行 混乱も」/「人生演じきった/言葉に魅力」※(見出しのみ)
社会面・評伝「敵がい心が根底に」
社会面「下積みなし文壇デビュー/『太陽の季節』『弟』『天才』」/「『右翼の政治屋』中国のメディア」

▼読売新聞 ※「慎太郎節」1回
1面準トップ「石原慎太郎さん死去 89歳 作家・元都知事」
4面(政治)「『戦後の既成概念に挑戦』/石原氏死去 与野党から悼む声」
11面(文化)「現代人への『生』の檄文/開口一番『インテリヤクザ同誌』/胸中の人 石原慎太郎氏を悼む」西村賢太氏寄稿
17面(スポーツ)「五輪招致 2度尽力/石原慎太郎さん 東京マラソン創設」
社会面トップ「都政13年 東京変えた/ディーゼル規制、マラソン、新銀行/強引な手法 功罪」
社会面・評伝「『言葉の世界』生き切った」/「『最期まで作家』『一時代築いた』/4兄弟 父への思い」
第2社会面「『太陽の季節』嵐呼ぶ/創作意欲 晩年まで」/「『裕次郎の兄でございます』『若い人しっかりしろよ』/慎太郎節 時に物議」※(見出し)

▼日経新聞
1面「石原慎太郎氏死去/89歳、都知事や運輸相歴任 芥川賞作家」
4面(政治・外交)「首相『大きな足跡残した』/亀井氏『最高の地の巨人』」
38面(第2社会)評伝「作家・政治家 強烈な個性/タカ派言動で度々物議」/「長男伸晃氏『最期まで作家』」/「生涯若者のまま」作家高樹のぶ子さん

▼産経新聞 ※「慎太郎節」1回
1面トップ「石原慎太郎氏 死去/89歳 作家・元都知事。元運輸相/保守派論客 正論メンバー」
1面「自主憲法追求した政治家人生」
3面「国動かした慎太郎節/尖閣購入『何か文句ありますか』」「『既成概念に挑戦』政界悼む声」※(見出し)
8面「日本を憂え 正論貫く/本紙1面にコラム掲載 読者に響いた国家論」/「五輪招致 担った旗振り役」
社会面トップ「都政13年半『日本変える』/強い指導力、気遣いも/ディーゼル車を規制/震災がれきを受け入れ」
第2社会面「人生への好奇心 源泉/政治と両立 行動する肉体派作家」/「小池都知事『功績はレガシーに』/猪瀬元都知事『自分の言葉で話した』」
社説(「主張」)「石原慎太郎氏死去 憲法改正の意志をつなげ」

▼東京新聞 ※「石原節」3回
1面準トップ「石原慎太郎さん死去/89歳 都知事13年、作家」
2面・核心「石原都政 功罪半ば/排ガス規制リード/新銀行失敗…」
2面「石原節 波紋/津波は天罰/東京が尖閣守る/暴走老人」語録※
2面「小池知事『思い受け継ぐ』」/「『豊かな表現力』『本当はシャイ』 猪瀬元都知事」/「『既成概念に挑み続けた』政界から悼む声」/「『右翼政治屋が死去』中国機関紙が速報」
社会面トップ・評伝「硬軟巧み 慎太郎流/演じ続けた『ポピュリスト』」※(リード)
社会面「戦争取材が原点→総裁選 落選→都政で存在感」※/「4兄弟『最期まで作家』」
第2社会面「『東京の都市構造変えた』/石原都政 大学統合では反発も」/「東京五輪 再招致を決意」/「同窓・佐々木信也さん『やんちゃな才能の塊』」/「文学で戦後文化彩る/ベストセラーを連発」
社説「石原元知事死去 東京から国を動かした」

 

※追記 2022年2月14日0時40分

 「石原節」の表現多様に対して、東京新聞の大場司・編集局長が2月13日付の紙面で「責任を痛感」と表明しました。差別発言を「石原節」として報じることが「この人だから仕方がない」と発言を容認することにつながること、新聞がその表現を繰り返してきたことによって、政治家の暴言や失言を容認する風潮を生み出していったことへの反省が込められていると受け止めました。別記事をアップしました。

news-worker.hatenablog.com