ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

25年前に日米が合意したのは「辺野古移設」ではなかった(沖縄タイムス社説)~岸田政権、松野官房長官も「唯一の解決策」強調 ※追記 「新基地見直し聞き流すな」(琉球新報社説)

 松野博一官房長官が11月6日、沖縄県で玉城デニー知事と会談しました。同県宜野湾市の米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古の新基地建設について、玉城知事が「直ちに中断し、問題解決に向け国と県の協議の場を設けてほしい」と求めたのに対し、松野官房長官は「辺野古移設が唯一の解決策」と従来の政府方針を繰り返したとのことです。
 ※琉球新報「松野官房長官『辺野古移設が唯一の解決策』強調 玉城知事と初会談 軽石対策に支援へ」=2021年11月7日
 https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1419754.html

ryukyushimpo.jp

 岸田文雄政権発足から1カ月余り。衆院選で自公与党が大勝した後ということもあって、岸田政権としては辺野古新基地建設を推し進める方針を見直すつもりはないということでしょうか。松野官房長官は玉城知事との会談に先立ち、名護市の渡具知武豊市長、宜野湾市の松川正則市長らとも面談したほか、宜野湾市では普天間飛行場周辺の自治会長らと「車座集会」を開いたとのことです。岸田首相が自賛する「聞く力」を官房長官もアピールしたつもりなのかもしれません。
 しかし、辺野古の埋め立て予定海域には軟弱地盤があり、早期の完成は見込めません。そのような状況でほかの選択肢を探ることもないままで、「辺野古移設が唯一の解決策」としか言わないのは、住民の生命と安全に責任を負う政府として、あまりに無責任です。
 沖縄タイムスは7日付の社説で「そもそも25年前の1996年、日米両首脳が合意したのは『普天間飛行場の5~7年以内の全面返還』である。『辺野古移設』ではなかった」と指摘しています。目的は普天間飛行場の閉鎖と返還なのに、さながら今は辺野古移設が自己目的化しているかのようです。
 沖縄タイムスの社説はまた、辺野古の軟弱地盤改良のため、埋め立て工期が大幅に延び、普天間の返還は早くても2030年代半ばにずれ込むこと、計画自体が破たんしていることを挙げ、以下のように指摘しています。

 第2次安倍政権以降、辺野古問題を仕切ってきた菅義偉前首相と和泉洋人前首相補佐官が官邸を去った。この間、目立ったのは有無を言わさぬ強権的な手法である。
 岸田文雄首相は総裁選で「求められるのは、自分のやりたいことを強引に押し付ける政治ではない」と語っていた。松野氏も「対話による信頼を地元と築きたい」と話す。
 新しい首相と基地負担軽減担当相の下で国がなすべきは従来の姿勢の踏襲ではない。
 知事が要請したように、工事をいったん止め、話し合いの場を設け、打開の道を探ることである。

 ※沖縄タイムス「社説[知事・官房長官会談]協議の場設け打開策を」=2021年11月7日

https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/859431 

www.okinawatimes.co.jp

 普天間移設と辺野古新基地建設を巡る「今」を凝縮したような社説です。岸田首相がこのまま「辺野古移設が唯一の解決策」としか言わないようなら、沖縄の住民の自己決定権を認めようとしなかった、沖縄に一貫して差別的に対した安倍・菅政権と何も変わりません。わたしを含めて、その岸田政権を合法的に成立させ、衆院選で圧倒的な信任を与えた主権者が、沖縄に対する差別の責任を免れ得ないことも、安倍・菅政権の当時と変わりません。

【追記】2021年11月9日21時45分
 琉球新報も11月9日付の社説で、松野官房長官と玉城知事の会談を取り上げました。安倍・菅政権は沖縄の住民の自己決定権を認めないばかりか、沖縄社会の分断策を進めました。岸田政権も同じことを繰り返すのでしょうか。

 ※琉球新報「社説 知事・官房長官会談 新基地見直し聞き流すな」=2021年11月9日
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1420526.html

ryukyushimpo.jp

 岸田文雄首相は、自身の政治信条を「聞く力」であると強調してきた。ならば、協議の場を求める知事の声を「聞き入れる」のか「聞き流す」のか、岸田政権の本質が問われている。
 (中略)
 沖縄社会の分断は第2次安倍政権から顕著になっている。2013年12月、安倍政権は仲井真弘多知事(当時)から辺野古埋め立ての承認を得る際、沖縄関係予算について「毎年3千億円台確保する」と閣議決定した。辺野古新基地建設に反対する翁長県政が誕生した15年度以降は一転して予算の減額傾向が続く。県を通さず国が市町村や民間に直接交付できる特定事業推進費の創設も分断策の一つと懸念されている。
 今回の衆院選の小選挙区で新基地建設が進む3区は、建設容認の自民党候補が当選した。この結果をもって、建設が受け入れられたと判断するのは早計である。なぜなら今回の選挙で新基地建設の是非は最大の争点にならなかったからだ。
 これまでの選挙で新基地建設容認の自民党候補が落選すると、政権側は「選挙の争点は(基地問題)一つではない」と解釈し、新基地建設を強行してきた。あいまいさを払拭するため、19年に新基地建設の是非に絞って県民投票が実施された。投票者の7割が「反対」の明確な意思を示した。

 

「敵を想定しその敵地を侵攻するという狂気」(保坂正康さん)~戦争体験の風化と軍拡公約の承認 衆院選報道振り返り②

 今回の衆院選で自民党は、軍事費の大幅な増加と敵基地攻撃能力の保有を公約に明記しました。そのことが何を意味するのか、わたしはこのブログの以前の記事(「『軍事優先社会』で何が起こるかを伝えることが衆院選報道に必要~マスメディアにも『表現の自由』の当事者性」「自民党公約が明示する『軍拡』~政権選択の最大論点」)に考えを書きました。ひとことで言えば、軍事優先社会への転換です。そして、その是非が衆院選の最大論点であるべきだったと思うのですが、実際には主要争点として扱われず、さしたる論戦もないまま、自民党が単独で絶対安定多数の議席を得るに至りました。自民党の公約はすんなりと承認されたことになります。そのことに、大きな危惧を抱いています。

 自民党の公約集「令和3年政策BANK」の「安全保障」の項には以下の記載があります。

 ○自らの防衛力を大幅に強化すべく、安全保障や防衛のあるべき姿を取りまとめ新たな国家安全保障戦略・防衛計画の大綱・中期防衛力整備計画等を速やかに作成します。NATO諸国の国防予算の対GDP比目標(2%以上)以上も念頭に、防衛関係費の増額を目指します。
 ○周辺国の軍事力の高度化に対応し、重大かつ差し迫った脅威や不測の事態を抑止・対処するため、わが国の弾道ミサイル等への対処能力を進化させるとともに、相手領域内で弾道ミサイル等を阻止する能力の保有を含めて、抑止力を向上させるための新たな取り組みを進めます。

 敵基地攻撃能力については「相手領域内で弾道ミサイル等を阻止する能力」との表現を用いていますが、こちらに飛んでくるミサイルを迎え撃つのではなく、相手領域内でミサイルを阻止する能力です。ミサイル発射前にたたく、つまり相手領域への先制攻撃です。国家の自衛権として先制攻撃が認められるのか、との論点はさておいて、仮に日本が中国なり、北朝鮮なりを敵と想定して、先制攻撃能力の保有に乗り出したら、相手は黙って見ているのでしょうか。相手から見れば、日本が自分たちへの攻撃準備を始めたということになり、今度は日本の能力を上回る攻撃力の保有に乗り出し、果てしない軍拡競争に陥ることになりかねません。
 敵基地攻撃能力にしても、敵が間違いなくこちらを攻撃しようとしていることを探知し、その上でミサイル発射を阻止すべく、先制攻撃を仕掛けることになります。その技術を開発するだけでも、いったいどれほどの費用がかかるのか。仮に軍事費(防衛費)を現在の倍にすれば足りるのか。その分、どこかの予算を削らなければなりません。とても「分配」どころではありません。軍事費だけは聖域化されることになれば、軍国主義とまでは言わないものの、軍事優先の国家です。
 1945年8月に日本の敗戦で終わった米国との戦争について、無謀な試みであったことに今日では異論はないと思います。それが歴史の教訓です。あの対米戦争も軍拡競争の帰結でした。国力では太刀打ちできないのに軍事力で対抗しようとした挙げ句のことでした。
 翻って今日、北朝鮮はともかく、国力ではかなうはずもない中国を相手に軍拡競争を始めて、その先に何が待っているのでしょうか。国を守るのに軍事力には頼らない、ということが76年前の敗戦の教訓であり、悲惨な戦争体験の共有があったからこそ、戦争放棄だけでなく戦力不保持を定めた日本国憲法が敗戦直後の日本社会で受け入れられた、とわたしは理解しています。軍事優先の国家へ道を開く自民党の公約が、さして議論のないままに受け入れられたことは、戦争体験が日本の社会で風化していることと無関係ではないとも感じます。

 そうしたことを考えていたときに、朝日新聞が11月5日付の朝刊に掲載したノンフィクション作家保坂正康さんの長文のインタビュー記事が目に止まりました。
 衆院選の結果をどうとらえているかを語った内容で「哲理なき現状維持」「ないがしろの憲法/無力化する立法府/戦後は終わるのか」「戦争した社会は現代とも地続き/危うい行政独裁」の見出し。三つの分析として①国民は何より現状維持を望んだ②維新の会や国民民主党など自民党に近接した政党が伸びた③立法府の無力化がさらに進むのではないか―を挙げています。
 中でも②について「総体的に保守勢力の追認という枠内にあり、護憲・戦後体制の崩壊、あるいは空洞化という結果になった。戦争体験などは検証されず、戦後が死んでいくのか、という思いを強く持ちます」と語る中での「戦後が死んでいく」という例えは、今のわたしの危惧と重なるように感じました。
 自民党が軍事費の大幅増と敵基地攻撃能力の保有を公約に掲げたことに対しても、聞き手の「中国の軍事的台頭や北朝鮮の核ミサイル開発を考えると、敵基地攻撃論も一定の説得力がありそうですが」との問いに答えて、以下のように批判しています。 

 「かつて、中国国民党トップの蒋介石の養子で日中戦争に携わった蒋緯国から対日戦略を聞いたことがあります。彼は『日本は必ずナポレオンやモンゴル帝国と同じ末路をたどるとみていた。侵略を始めると際限なく繰り返していく。なぜなら、反撃されることへの恐怖が深化して残酷になり、最後は崖から落ちてしまうのだ。だから直進一方の日本軍を奥地に引き込んで、兵站が切れた時に徹底してたたこうと考えた』と」
 「歴史は、まさにその通りになったわけですが、敵を想定しその敵地を侵攻するという狂気は、一度始めると際限がなくなるのです。そうした魔性を分析し抜いていれば敵地攻撃論などという考えが出てくるはずがありません」

 歴史への真摯で深い洞察に基づく言葉だと思います。今日の中国や北朝鮮の動向は、確かに心穏やかではいられないかもしれません。それでも正気を保てるだけの心の強さを持つために、あらためて歴史の教訓に向き合う。そんなことをあらためて考えたインタビュー記事です。

「不発」野党共闘の意義~自民「絶対安定多数」を読めなかったマスメディア 衆院選報道振り返り①

 10月31日投開票の衆院選は、終わってみれば自民党が261議席(無所属からの追加公認2人を含む)を得て、全ての常任委員会で委員長ポストを独占し、なおかつ全委員会で過半数の委員を確保する「絶対安定多数」に達しました。改選前から15議席減とはいえ、岸田文雄首相は十分に信任を得たと言うべきでしょう。連立与党の公明党も3議席増の32議席でした。
 野党は立憲民主党、共産党、社民党、れいわ新選組の4党が市民グループ「市民連合」の仲立ちで共通政策に合意し、小選挙区で候補者を調整して、政権交代を目指して臨みましたが、立憲民主96(改選前から13減)、共産10(同2減)、社民1(同変わらず)、れいわ新選組3(同2増)でした。立憲民主、共産両党は議席を減らす結果に終わりました。一方で日本維新の会は改選前11議席から41議席に躍進し、国民民主党も8議席から11議席になりました。
 選挙の結果は与党の圧勝。立民、共産など4党の共闘は及びませんでした。議席数の変動で見る限りは、自民党と野党が減らした分は主として維新の会に流れた、つまり維新の会は、自公政治は支持しないが野党共闘でもないという有権者の受け皿になったように見えます。こうした結果をもって、野党共闘を失敗ととらえる見方もあるようですが、共闘がなければ自民党がもっと議席を得ていたことは間違いがありません。
 野党4党が候補を一本化した選挙区は214ありました。うち自民党候補に勝った選挙区が62、敗北したものの惜敗率(自民党候補の得票との比率)が90%以上だった選挙区が33あります。北海道4区、長崎4区、大分2区では、その差はわずか1000票以内でした。

※しんぶん赤旗「激戦制した一本化 62小選挙区で野党勝利」=2021年11月2日 

https://www.jcp.or.jp/akahata/aik21/2021-11-02/2021110203_01_0.html

 仮にこの33選挙区で野党統一候補が競り勝っていれば、選挙結果全体のイメージは相当に変わっていたはずです。また自民党の現職幹事長だった甘利明氏や、元幹事長の石原伸晃氏らが選挙区で敗北したのも、野党共闘があったことが大きな要因の一つです。競り負けた選挙区の要因を詳しく探ることで、次の機会に向けた野党共闘の強化を図ることも可能でしょう。今回の選挙で、政権交代への野党共闘の有効性が実証されたとの見方にもうなずけるものがあるように感じます。

 以下に、マスメディアの選挙報道について、現在感じていることを書きとめておきます。
 投票日までを振り返ると、この野党共闘によって選挙区では激戦区が多くなっていました。また最後まで、与野党の双方にこれといった風が吹くことがなく、そのことが選挙結果を読みづらくしていました。新聞各紙の情勢調査や、投票日当日のNHKや新聞各紙の出口調査でも、ここまで自民党が目減りを小幅に抑えるとは、なかなか読み取ることはできませんでした。
 以下に東京発行の新聞各紙の開票日翌日、11月1日付朝刊の1面に掲載された主な見出しと、その時点で獲得党派が決まっていなかった議席数、各紙編集幹部らの署名評論の見出しを並べてみます。
 ※いずれもわたしが住む東京都区部西部に配達された紙面です。同じ東京でも地域によっては違った見出しになっている可能性があります。

f:id:news-worker:20211103224340j:plain

 ▼朝日新聞
 「自民伸びず 過半数は維持/立憲後退 共闘生かせず/岸田首相続投 維新3倍超」残り15議席
「『聞く力』忖度やめてこそ」坂尻信義・ゼネラルエディター兼東京本社編集局長
 ▼毎日新聞
 「自民堅調 安定多数/立憲伸びず 維新躍進/首相『政権に信任』」残り28議席
 「勝者なしという民意」中田卓二政治部長
 ▼読売新聞
 「自民 単独過半数/野党共闘振るわず/維新躍進 第3党に」残り30議席
 「『聞く力』に『行う力』も」村尾新一政治部長
 ▼日経新聞
 「自民、単独で安定多数/立民は議席減、共闘不発/維新躍進、第3党 公明堅調」残り29議席
 「争点なき政治の危機」吉野直也政治部長
 ▼産経新聞
 「自民 単独過半数維持/立民『共闘』不発 維新は躍進/与党競り勝ち政権維持」残り51議席
 「一定の信任 実績挙げよ」大谷次郎政治部長
 ▼東京新聞
 「自民後退 過半数は維持/野党共闘伸び悩み」残り66議席

 新聞は配達に要する時間を見込んで、読者の手元に紙面が届く時間から逆算して制作工程を決めます。通常より遅い時間までニュースを紙面に収容する態勢を取ったとしても、開票の最終結果が判明する前に紙面を組まなければなりません。締め切り時間があります。そのため各紙とも15~66の未確定議席を残しての紙面になっています。自民党が259議席を得て、追加公認2人を加えて261議席の絶対安定多数に達したことが分かった後になって各紙の紙面を見れば、やはり自民党の“勝ちっぷり”の表現が控え目だと感じます。
 その一方で、野党4党の共闘には「振るわず」「不発」「伸び悩み」のネガティブな表現が並びました。選挙区の勝敗はおおむね判明しており、「政権交代」という目標に照らせばまさに「不発」でした。ただ、最後まで競り合った選挙区が決して少なくなかったことをどうとらえるかで、別の評価もなしうるのではないかと感じることは前述の通りです。
 それはともかく、上記のような「タイムラグ」はメディアとしての紙の新聞の宿命です。このタイムラグがあるために、新聞社は選挙区ごとに担当記者を当てて事前の情勢取材に力を入れ、最近では期日前投票でも投票所で出口調査を行い、また開票所でも開票の進捗状況をチェックしながら、独自に当落の判定を行ってきました。選挙取材にそのような大変な労力をかけてきたのも、選挙管理委員会の最終発表を待たずに結果を独自に判定して紙面作成の締め切り時間に間に合わせるためです。選挙が民主主義の根本をなす手続きであるからこそ、その労力を惜しまずに今日まで来ました。今後、締め切り時間がないデジタルの世界にシフトして、新聞社が報道を本格的に展開しようとするとき、選挙報道も大きな変化が避けられないように感じます。

 野党共闘については、もう少し考えていることがあります。共闘の意義がどこまで社会に、有権者に伝わっていただろうか、ということです。マスメディアの政治報道とも密接な関連があるのではないかと感じています。後日、このブログで書いてみたいと思います。

伝えるべきは「皇族の人権」~小室眞子さん、圭さんの結婚が可視化させたこと

 秋篠宮家の長女眞子さんが10月26日、小室圭さんと結婚して皇籍を離れ、小室眞子さんとなりました。記者会見では眞子さん、圭さんがそれぞれ心境などを述べましたが、質疑応答はなく、報道側が事前に提出した質問に文書で回答する形式が取られました。眞子さんは回答書の中で、質問の中に「誤った情報が事実であるかのような印象を与えかねない」ものが含まれており、口頭で答えることを想像すると恐怖心が再燃し心の傷がさらに広がりそうだったと、その理由を記しています。その書面回答ですが、憶測でしかない質問には答える必要はない、プライバシーにかかわることにも答える必要はない、との強い意志を感じます。
 しかしどうやら、メディアの中には「皇族としての説明責任を果たしていない」「これでは国民は祝福できない」との考えもあるようです。28日発売の週刊新潮の新聞広告は「世紀の“腰砕け会見” 『小室眞子さん・圭さん』質疑拒絶の全裏側」との大きな見出しが目に付きました。「世紀の」「腰砕け」との表現には、2人に対する悪意を感じざるを得ません。同日発売の週刊文春の広告も「眞子さん小室さん『世紀の会見』全真相」の見出し。週刊新潮ほどの悪意かどうかはともかくとして、「世紀の会見」との強調表現には、祝福とは異なる感情の含みを感じます。

f:id:news-worker:20211031102958j:plain

 小室さん夫婦の結婚が報道に値する公共性を持つのは、天皇制や皇室の在り方を考える上での情報を社会で共有する、という意味合いの一点です。そして、マスメディアの報道にとって、この結婚を巡るあれこれの出来事の本質は「皇族の人権」だとわたしは考えています。「皇族なのだから聞かれたことすべてに答えよ、さもなければ祝福できない」というのは、皇族に個人の自由意思は存在しない、という発想が大元にあるように思います。個人の生き方の自己選択権の否定、つまり人権の否定です。そのことに眞子さんが断固として抗い、結果として、現在の象徴天皇制が内包してきた人権をめぐる構造的な危うさが可視化されたのが、この結婚会見であったように思います。

 27日付の東京発行の新聞各紙の中にも、「皇族の人権」に明確に焦点を当てた記事がいくつか目に付きました。朝日新聞は1面の「視点」に「続いた異例 問われた『皇族の人権』」の見出しを立てました。もっとも重要なポイントだと感じたのは以下のくだりです。 

 象徴天皇制のあり方も国民の総意によって決まるものであることを前提にすれば、「金銭トラブル」をめぐる報道や、結婚相手としてふさわしいかといった議論にも一定の公共性がありうるだろう。今回の記者会見の機会に、指摘された問題に対する説明を尽くすべきだったという主張もあるだろう。

 ただ、忘れてはならないのは、皇室の制度もまた生身の人間によって担われているということだ。
 (中略)
 記者会見で「誹謗中傷」という強い言葉が出てきた意味も考えたい。眞子さんとしては、ただ好きな人と結婚したいという気持ちだったのに、憶測を含む批判で否定され続け、傷ついたということになる。
  一人ひとりの人権や尊厳がないがしろにされるようでは、皇室をめぐる諸制度の「持続可能性」にも影響しかねない。

 日経新聞の社会面に掲載された「皇室は人間が担っている」との井上亮編集委員の評論も以下のように指摘しています。

 眞子さんが結婚の意思を貫いたのは、小室さんへの愛情は当然のことながら、「皇室から抜け出したい思いが強くあったから」と宮内庁関係者は言う。
 皇室の人々は制約された立場ではあるが、それを上回る使命感、やりがいをもって活動を続けてきたと思う。しかし、いまやその境遇はプラスよりもマイナスの要素が上回ってしまったのか。そうしてしまったのは誰なのか。

 週刊誌を中心にメディアが“疑惑”を報じる、当事者がそれを否定すると、今度は「質問にちゃんと答えろ」と批判する―。そのありようを見ていて思い出すのは、1980年代から90年代にかけてのいわゆる「ロス疑惑」です。

 ※ウイキペディア「ロス疑惑」
 夫による妻への保険金殺人が疑われ、妻が襲われけがをした事件は有罪が確定したものの、疑惑の核心とされた銃撃事件(妻が死亡)は無罪で決着しました。わたしは公判段階で取材担当記者として、この“事件”の報道の裏側を事後、かなり詳細に知る機会がありました。当初は週刊誌報道を静観していた新聞各紙も、警察の捜査が始まった途端に洪水のような報道を展開しました。それらの記事の中には後日、司法によって公益性が認められない、単なる興味本位のプライバシー侵害でしかないと指摘されたものすらありました。
 「ロス疑惑」はメディアに大きな教訓を残しました。仮説と先入観や偏見とを厳然と区別し、決めつけを排除すること。突き詰めれば人権擁護、人権の尊重です。それは新聞、テレビ、雑誌の媒体を問わなかったはずです。しかし、眞子さんの結婚では、おしなべて週刊誌は「ロス疑惑」を書き立てていた当時に戻っているかのような感があります。マスメディアに身を置く一人として、「週刊誌がやっていることだから」と傍観していていいことではないだろうと考えています。

 眞子さんと圭さんに対する追及・糾弾モードの報じ方を巡っては、当事者が公人中の公人なのだから問題はない、という主張もあるかもしれません。しかし、選挙を経た政治家を典型として、自らの意思でその位置を選び取ったのならともかく、皇族の皇族たるゆえんは「出生」です。そこに制度としての天皇制、皇室の問題の核心があると思います。
 天皇制に向き合う時には、制度をどう考えるかの問題と、天皇や皇后、皇族の個々人をどう考えるかの感情面を含む問題との二つの側面があります。「皇族にも人権があるはず」「眞子さんにも国民と同じ自由があるはず」というだけで、皇族個人への感情というところにとどまっていては、わたしは象徴天皇制を考えるには不十分ではないのか、と感じています。
 明治維新を経て、天皇は国家の絶対的な君主に位置付けられました。幕末の戊辰戦争から明治の西南戦争までの内乱も、その後の対外戦争も、およそ戦争はすべて天皇の権威の元で行われた歴史があります。戦後、日本国憲法の下で天皇は政治的な実権は持たないこととされ、象徴天皇制が始まりました。それが支持されたのは、戦争を繰り返してはいけないとの教訓が広く社会で共有されていたからだったのだろうと思います。
 1868年の明治維新から1945年の敗戦まで77年です。ことしはその敗戦から76年です。そうした時間軸の物差しで見れば、眞子さんの結婚は1945年の敗戦にも匹敵する出来事かもしれません。明治維新から敗戦までとほぼ同じ長さの時間が象徴天皇制にも流れています。そこで明らかになってきたのが「皇族の人権」という問題であり、それは天皇制と皇族が「出生」によって規定されていることと結びついています。76年前の敗戦を契機とした絶対的な君主からの転換に匹敵するぐらいのことが、眞子さんの結婚を機に、象徴天皇制にも起こり得るのではないか。それぐらいの時間的、歴史的な視点が必要なのかもしれないと感じています。
 象徴天皇制のありようを巡る社会的議論には今後、制度の持続だけではなく、天皇や皇后、皇族の個々人の人権の問題の二つを合わせて考えることが必要だろうと思います。その議論に資する材料を提供するのがマスメディアの役割です。

 以下に、10月27日付の東京発行新聞各紙が小室さん夫婦の結婚をどう報じたか、その記録として各記事の見出しを書きとめておきます。

f:id:news-worker:20211031103134j:plain

▼朝日新聞
1面トップ「『心を守るために必要な選択』/眞子さん・小室圭さん結婚」
1面・視点「続いた異例 問われた『皇族の人権』」
 ※1面に呼称変更の「おことわり」
3面「公務担う皇族 先細り/有識者『確保、喫緊の課題』」※系図「女性皇族は12人に」
5面(国際)「『皇室女性への圧力 浮き彫り』/眞子さん結婚 海外報道」※フランス、米国、英国
25面・会見要旨、質問と回答要旨
社会面(27面)
 トップ「前を見つめ 読み上げた決意/眞子さん・小室さん会見/10分 質疑応答はなく」
 「退路を断ち 示した覚悟」斎藤智子・元朝日新聞記者(皇室担当)
 「『皇室として類例を見ない結婚』秋篠宮ご夫妻」
 「『弱さ』も見せる皇室 ネット進展できしみ」メディアでの皇室の描かれ方などを研究する茂木謙之介・東北大准教授(日本近代文化史)/「早く語る機会あれば 印象は違ったのでは」危機管理に詳しい広報コンサルタントの石川慶子さん
社説「皇室の『公と私』 眞子さん結婚で考える」

▼毎日新聞
1面トップ「眞子さん小室さん 結婚/海外に拠点 眞子さん『私から』/圭さん 冒頭で『愛しています』/会見 口頭の質疑なし」
 ※呼称変更の「おことわり」
9面(国際)「眞子さん 自由に生きて/米CNN生中継 海外も注目」※米国、タイ、英国
25面・特集
 「生きるための選択/眞子さん 力を合わせ歩いていく/小室さん 人生、愛する人とともに」発言全文
 「誹謗中傷 大きな不安」文書回答抜粋
 「類例を見ない結婚 秋篠宮ご夫妻」/「支え合う姿見てきた 佳子さま」
社会面(27面)
 トップ「変わらぬ思い 結実/記者会見 目合わせ」
 「『質問に誤った情報』文書回答」
 「金銭問題『私が対応』小室さん」
 「今後の生活 説明はなし」
 「本音隠した言葉」社会学者・東洋大研究助手鈴木洋仁さん/「『亡命宣言』だった」作家北原みのりさん
第2社会面「国民と絆 深める契機に」編集編成局 江森敬治

▼読売新聞
1面トップ「眞子さま・小室さん結婚/『心守り生きるための選択』/皇籍離脱 渡米へ準備」
2面「祝福の形 守るには」沖村豪編集委員/「海外でも関心」※英国、米国、中国/「岸田首相が祝福」
3面・スキャナー「結婚当日まで曲折/会見10分 口頭質疑は取りやめ」/「皇位の安定継承策 急務」
18面・特集「結婚記者会見 発言と回答文書全文」/「力を早生 共に歩くきたい」「皇族としての時間 宝物」「解決金 気持ち変わらない」
19面・特集「眞子さんと小室圭さんの歩み」/「美術史専攻 海外経験豊か 眞子さま」/「小室さん NYの法律事務所就職」※写真計9枚
社会面(35面)
 トップ「婚約内定4年 支え感謝/新生活 誹謗中傷に不安」/「秋篠宮邸 ご家族見送り」
 「『いつか岩手再訪を』『米国で幸せに』 ゆかりの人祝福」
 「『心』の言葉印象的」エッセイストの小島慶子さん/「口頭説明あれば」名古屋大の川西秀哉准教授(日本近現代史)/「恐怖に耐える姿」精神科医の斎藤環筑波大教授
社説「眞子さま結婚 2人の門出をお祝いしたい」

▼日経新聞
1面「眞子さん小室圭さん結婚/『応援に感謝』『誤った情報 悲しい』」
社会面(45面)
 トップ「『困難あっても共に歩む』/眞子さん 門出の誓い/結婚は『心を守る選択』」
 「皇室は人間が担っている」井上亮編集委員
 「『二人の考え揺るがず』/秋篠宮ご夫妻『幸せな家庭を』」
 眞子さん・圭さん発言要旨
第2社会面
 「『国際経験生かし活躍を』/眞子さんに祝福の声」/「眞子さんの心情気遣う 海外メディア報道」
 「皇室、時代とともに変化を」象徴性天皇研究者でポートランド州立大学日本研究センター長のケネス・ルオフ氏

▼産経新聞
1面「眞子さま ご結婚/『全ての方々に感謝』皇籍離脱」
 ※おことわり:27日付朝刊まで従来通り「さま」呼称
3面「公務担い手減少 重い課題/前役職ご退任 分担先未定も」/戦後結婚の女性皇族9方に/「女系天皇分かれる賛否/各党にじみ出る国家観」政策を問う 衆院選2021(7)皇位継承
26面・眞子さま 結婚会見お言葉/事前質問へのご回答全文
社会面(29面)
 「眞子さま 思い実らせ/ご家族の見守り支えに」
 「渡米まで都内にご滞在」/「列島祝福『末永くお幸せに』」/「首相『お幸せ祈る』」/「英紙『類を見ない皇族の結婚』」※英国、米国
 「結婚後も活動続けられる選択肢を」国際政治学者 三浦瑠麗氏
社説(「主張」)「眞子さまご結婚 静かに見守りお幸せ願う」

▼東京新聞
1面「『心を守りながら生きるため必要な選択』/眞子さん 小室さん結婚会見」
 ※呼称変更の「おことわり」
2面「週刊誌過熱 一線越えた」/「憶測と事実を混同 宮内庁対応も時代遅れ」メディア研究者・森暢平氏/「解明なく一方的批判 他の皇族の心理にも影響」皇室研究者・高森明勅氏/「皇室は17人に 未婚女性5人/安定継承が課題」
7面・小室眞子さん・圭さん 報道陣へ書面回答全文
特報面(20、21面)「過度のバッシング=人権侵害」「親族巡る報道=身元調査」/「家柄重視?根強い反対」/「憲法の婚姻の自由『皇族にも』」/「同和問題専門家 差別意識醸成を懸念」/「夫婦別姓など 多様な選択肢 容認を」
社会面(23面)
 トップ「眞子さん『圭さんはかけがえのない存在』/小室さん『愛する人と共に過ごしたい』/結婚への思い真摯に」会見全文
 佳子さまの文書全文「支え合う姿を近くで見てきた」
 秋篠宮ご夫妻の文書全文「二人の考え 揺らぐことはなかった」
第2社会面
 「人生選択できる社会に/ジャーナリスト浜田敬子さんに聞く」
 「金銭トラブルは『私が対応』明言/会見で圭さん」/「都心マンションに一時滞在 手続き整えNYへ」

「軍事優先社会」で何が起こるかを伝えることが衆院選報道に必要~マスメディアにも「表現の自由」の当事者性

 衆院選が10月19日、公示されました。自民党、公明党連立の岸田文雄内閣は10月4日に発足したばかり。一方で野党は、立憲民主党、共産党、社民党、れいわ新選組の4党が市民連合との間で共通政策に合意し、選挙区での候補者一本化を進めるなど共闘体制を組んでいます。国民民主党や日本維新の会も含めて、それぞれの政党が掲げる公約やその実行可能性を有権者が判断し、自公連立の政治の継続か、新しい枠組みの政治か、どちらかを選ぶことになります。政権選択です。
 新型コロナウイルス対策が与野党とも重点課題になるのは当然として、岸田首相は「新しい資本主義」を掲げて「分厚い中間層の再建」を訴え、野党もそれぞれに富の再分配として税の見直しや給付金などを訴えています。経済政策や格差の是正が主要争点と位置付けられており、東京発行の新聞各紙の20日付朝刊紙面でも、見出しに「コロナ」のほか「格差」「分配」「経済」などのキーワードが目立ちます。しかし、具体論となるとよく分からないことが少なくなく、有権者からは、与野党の主張の違いが見えにくいのではないかと思います。
 そういう中で、自民党の政策の中で他党と際立った違いがあるのは、例えばジェンダーや多様性の問題です。公示前日に開かれた日本記者クラブ主催の党首討論会では、選択的夫婦別姓、LGBT法案の賛否を問う質問に対し、与野党の党首9人のうち8人は挙手して賛意を示しましたが、自民党の岸田総裁は手を挙げませんでした。
 しかし、もっとも際立っているとわたしが考えるのは、このブログの一つ前の記事(「自民党公約が明示する『軍拡』~政権選択の最大論点」)でも書きましたが、これまでとは質、量ともまったく異なる軍事力強化、異次元と言ってもいいような自民党の軍拡路線です。公約集「令和3年政策BANK」の「安全保障」には以下の2項目が記載されています。

 ○自らの防衛力を大幅に強化すべく、安全保障や防衛のあるべき姿を取りまとめ新たな国家安全保障戦略・防衛計画の大綱・中期防衛力整備計画等を速やかに作成します。NATO諸国の国防予算の対GDP比目標(2%以上)以上も念頭に、防衛関係費の増額を目指します。
 
 ○周辺国の軍事力の高度化に対応し、重大かつ差し迫った脅威や不測の事態を抑止・対処するため、わが国の弾道ミサイル等への対処能力を進化させるとともに、相手領域内で弾道ミサイル等を阻止する能力の保有を含めて、抑止力を向上させるための新たな取り組みを進めます。

 かつて自民党政権は、防衛費はGDP比1%以内を上限とすることを定めていました。今はその制限はないとはいえ、1990年度以降で1%を超えたのはリーマン・ショックでGDPが落ち込んだ2010年度だけです。GDP比2%以上というのは、現在の防衛費を倍以上に増やすという意味を持ちます。国家の中で防衛費の扱いを根本的に変えてしまうことです。
 また、「相手領域内で弾道ミサイル等を阻止する能力の保有」とは、いわゆる敵基地攻撃能力のことであり、先制攻撃できる軍事力を保有することを意味します。憲法違反との指摘が出るのは当然です。
 折しも公示当日の19日午前、北朝鮮が弾道ミサイル2発を発射したと報じられました。同日午後の国家安全保障会議の後、岸田首相は記者団に、防衛力の抜本的な強化策として「敵基地攻撃能力の保有も含め、あらゆる選択肢を検討するよう確認した」と述べたと報じられています。公示前日の18日には、中国軍とロシア軍の艦艇計10隻が津軽海峡を通過したとのニュース(防衛省発表)もありました。
 中国や北朝鮮のこうした動きには確かに不安を感じます。しかしだからと言って、軍事力に軍事力で対抗しようすれば、果てしない軍拡競争に陥ります。その果てに何が起こるかは、1945年の敗戦が教訓として示しています。
 そもそも財源はどうするのでしょうか。2021年度の日本の防衛費は5兆3422億円です。仮にそれを倍増させようとするなら、増税などで新たな財源を見出すか、別の支出を削るかのどちらかです。とても「再分配」「格差の是正」どころではないでしょう。
 また一口に「敵基地攻撃能力」と言っても、日本がまさに攻撃を受けようとしていることをどうやって探知するのか、それに対してどのような手段で先制攻撃をするのかなど、技術的なハードルは極めて高く、その能力の保有までに巨額の資金と膨大な社会的資源が必要なことはおのずと明らかです。
 それでもこの防衛力(軍事力)拡張に乗り出すのだとすれば、防衛費(軍事費)を国家の中で聖域扱いにし、すべてに優先して予算を確保しなければ実現できないでしょう。そうなると軍国主義とまでは言わないまでも、軍事国家への変容、転換です。そしてこの衆院選でも自民党中心の政権が続くなら、この軍拡路線も国民の承認を得た、ということになるのです。公約に明記してある以上、そうなります。

f:id:news-worker:20211021084853j:plain

 20日付の東京発行各紙の紙面では、読売新聞の1面が目を引きました。トップの見出しは「岸田政権の信任問う」。その横に「北、弾道ミサイル2発」の3段見出し、さらにその下に1段ながら「敵基地攻撃能力検討を政府確認」の見出しが並んでいます。岸田政権への信任とは、まさに上記のような軍事優先の社会、今までとは質的にも量的にも次元の異なる軍事力拡張を進める社会を選択することなのだと感じます。
 北朝鮮のミサイル発射や、中国軍艦艇の日本近海航行などのニュースに、不安を感じることもあります。しかし、軍事の世界では、こちらが考えるようなことは相手も同じように考えているはずです。北朝鮮や中国も、在日米軍や自衛隊のありようや行動に対して言い分はあるでしょう。仮に日本が敵基地攻撃能力を保有するに至ったとして、北朝鮮や中国がそれを黙って見ているはずもありません。次は日本のその能力を上回る攻撃能力を持とうとするはずです。
 複数のマスメディアがあるのですから、多様な価値観、考え方を担保する意味で、軍拡を是とする論調があるのは当然かもしれません。一方で、GDP比2%以上も辞さない防衛費(軍事費)の増額と、敵基地攻撃能力の保有に乗り出した時に、日本社会はどう変わるのか、その近未来の予想図を提示することもマスメディアの役割ではないかと思います。投票権を行使する有権者の判断に資するはずですし、他国の動きに不安にかられることがあっても、軍事力で対抗することの危うさに思いを致せるだけの心の強さを保つことに寄与できるはずです。
 軍事が聖域となる社会で、例えば格差の是正や多様性の尊重はどこまで実現できるでしょうか。自民党内で敵基地攻撃能力の保有を主張する人たちが、選択的夫婦別姓やLGBTの問題ではどんなことを主張しているのかを見ることも、判断のひとつの手掛かりになると思います。また、このブログでも何度も繰り返し触れている通り、軍事優先の発想は表現の自由や、自由な情報流通とは相いれません。
 自民党が公約に明記しているこの軍事力増強を是とするか非とするかは、有権者がどのような社会を選び取るのかに端的に結び付く争点です。マスメディアは「表現の自由」という自らの当事者性も自覚しながら、多角的、多面的な判断材料を選挙報道の中で示していかなければならないと思います。

 以下に、10月20日付の東京発行の新聞各紙朝刊のうち、目に付いた衆院選関連の主な記事の見出しを書きとめておきます。

▼朝日新聞
1面トップ「コロナ・格差・多様性 問う/岸田・菅・安倍政権に審判/5野党、217選挙区で共闘/衆院選公示」
社説「衆院選 経済対策 財政規律も忘れずに」
▼毎日新聞
1面トップ「コロナ・経済 各党競う/安倍・菅・岸田政権に審判/衆院選公示 31日投開票」
1面「政治を変える1票を」佐藤千矢子・編集編成局総務
社説「日本の選択 『脱炭素』への戦略 原発の位置付けが焦点だ」
▼読売新聞
1面トップ「岸田政権の信任問う/衆院選公示/自公vs野党共闘 31日投開票/立候補最少1051人」
1面「政権選択に参加を」望月公一・編集委員
(1面準トップ「北、弾道ミサイル2発/日本海に 1発SLBMか」「敵基地攻撃能力検討を政府確認」/2面「北ミサイルに危機感/首相 敵基地攻撃力『選択肢』」)
社説「衆院選公示 将来への責任感が問われる」
▼日経新聞
1面トップ「候補者多様化 道遠く/20~30代 初の1割未満/衆院選公示 1051人立候補」
1面「責任ある分配議論を」藤井彰夫・論説委員長
社説「高齢化に耐える社会保障改革案を示せ」
▼産経新聞
1面トップ「衆院選公示 日本の進路は/1051人立候補 コロナ・経済争点/自民 単独過半数なるか」
1面「リーダー選択『一票』に託そう」大谷次郎・政治部長
社説(「主張」)「衆院選公示 国民を守り抜くのは誰か 『台湾危機』への備えを語れ」/論戦から投票先選ぼう/野党4党合意は危うい
▼東京新聞
1面トップ「あすの社会を選ぶ/衆院選公示 1051人届け出/4年ぶり政権選択」
社説「分配と格差是正 実現への道を訴えて」「選挙戦始まる 有権者の声を届けたい」

自民党公約が明示する「軍拡」~政権選択の最大論点

 衆議院が10月14日、解散されました。衆院選は19日公示、31日に投開票されます。憲法70条は、衆院選の後に初めて国会の召集があったときは、内閣は総辞職をしなければならないと規定しています。自民党、公明党連立の岸田文雄内閣は10月4日に発足したばかりですが、衆院選後に総辞職します。首相は国会議員の中から国会の議決で指名することになっており、衆院の議決が参院に優越するため、衆院選は有権者による事実上の政権選択の選挙です。では、今回の衆院選で問われるのは何なのでしょうか。
 解散翌日の15日付の東京発行新聞各紙の朝刊1面の記事から、主な見出しを書きとめてみます。
▼朝日新聞
「岸田・菅・安倍政権の4年 問う/衆院解散 31日投開票/首相、最大争点は『コロナ対策』」/「『悪弊』断ち切る覚悟 見極めを」坂尻顕吾政治部長
▼毎日新聞
「衆院解散 総選挙/31日投開票 戦後最短 19日公示/首相『与党で過半数目標』」/「国会軽視 国民の審判は」中田卓二政治部長
▼読売新聞
「コロナ・経済 争点/衆院解散 総選挙/31日投開票 短期決戦」
▼日経新聞
「コロナ・成長 争点に/衆院解散、岸田政権の信任問う/31日投開票」
▼産経新聞
「首相『奇襲』道開けるか/衆院解散 31日投開票」/「寝耳に水の党幹部 焦る野党」
▼東京新聞
「社会 つくり直す機会に/衆院解散 総選挙へ 19日公示31日投開票」/「分配・多様性・コロナ…問う」高山晶一政治部長

 「コロナ」「成長」「分配」といったキーワードが散見されます。岸田首相は「新しい資本主義」「分厚い中間層の再建」を強調しています。一方で野党第一党の立憲民主党は公約で「1億総中流社会の復活」を掲げています。格差社会の是正を巡って「成長」「分配」は大きな論点なのですが、政権選択の観点から見た時に、与野党の主張の違いは、有権者には分かりにくいのではないでしょうか。

 この衆院選で、わたしが自民党と野党との違いがもっとも具体的に、明確に表れていると思うのは、自民党の軍拡志向です。軍国主義とまでは言わないにしても、軍事優先の国家像を目指していることが、自民党の公約からは読み取れます。この点こそが、政権選択のもっとも先鋭的で具体的な論点だと考えています。
 自民党の公約集は公式サイトにアップされています。
 ※自由民主党「令和3年政策BANK」
https://jimin.jp-east-2.storage.api.nifcloud.com/pdf/pamphlet/20211011_bank.pdf

 「安全保障」の項目の中で、とりわけ以下の二つの項目は看過できません。

 ○自らの防衛力を大幅に強化すべく、安全保障や防衛のあるべき姿を取りまとめ新たな国家安全保障戦略・防衛計画の大綱・中期防衛力整備計画等を速やかに作成します。NATO諸国の国防予算の対GDP比目標(2%以上)以上も念頭に、防衛関係費の増額を目指します。

 ○周辺国の軍事力の高度化に対応し、重大かつ差し迫った脅威や不測の事態を抑止・対処するため、わが国の弾道ミサイル等への対処能力を進化させるとともに、相手領域内で弾道ミサイル等を阻止する能力の保有を含めて、抑止力を向上させるための新たな取り組みを進めます。

 かつて日本の防衛費はGDP比1%以内が政府の正式方針であり、1986年に中曽根康弘内閣が撤廃を決めた後も、1%をわずかに超えた事例があっただけのようです。
 ※参考 ウイキペディア「防衛費1%枠」

 「相手領域内で弾道ミサイル等を阻止する能力の保有」とは、安倍晋三元首相が退陣間際に置き土産のように残した「敵基地攻撃能力」のことと思われます。一口に「敵基地攻撃能力」と言っても、その技術開発のハードルは高く、膨大な社会的リソースと資金を必要とします。こうした「先制攻撃」の能力を含めて、これまでとは次元の異なる発想で軍事力の強化に努めることを明確に掲げています。
 確かに、北朝鮮がミサイル開発をやめないこと、あるいは中国が軍事力を増強し、その力を背景に一方的に現状変更を迫っていることが強調されれば、自衛のために限定して日本が敵基地を先制攻撃できる能力を持つのも致し方ないと考える人もいることと思います。そうでなければ国は守れない、それも独立国家の自衛権の行使だという主張には、なるほど説得力がありそうに見えます。
 しかし、問われるのはその先の想像力です。仮に日本が北朝鮮、さらには中国の軍事拠点を先制攻撃できる能力を保持する、あるいは保持に向けて軍事力の強化に乗り出したとしたら、北朝鮮や中国は黙って見ていてくれるのでしょうか。今度は、日本のその先制攻撃能力を無力化するための軍事力強化に乗り出すはずです。こちらが考えることは、相手も当然考えます。そうやって、果てしない軍拡競争に陥ります。それがわたしたちの社会にとって最善の道なのでしょうか。
 相手と国力に圧倒的な差があるにもかかわらず、軍拡競争の果てに戦争に至ってしまえばどうなるかは、1945年の敗戦で、わたしたちの父や祖父の世代は骨身に沁みて理解しました。直接はあの戦争を体験していない世代でも、歴史に学ぶ姿勢を持ち、少し想像力を働かせれば、そのことは容易に分かります。
 現在の視点で見て、米国を相手にあの戦争を戦ったことがいかに無謀だったかには、異論はないと思います。歴史から何を学ぶかは、なぜあの戦争を避けることができなかったのかを考えることだろうと思います。
 強調しておきたいのは、対米開戦前に、米国と戦争すれば必ず負ける、国が存亡の危機に陥ると予告していた軍人がいたことです。日本海軍の「最後の大将」として知られる井上成美(いのうえ・しげよし)は海軍航空本部長当時の1941年1月、及川古志郎・海軍大臣宛てに「新軍備計画論」という建白書を提出しました。その中の「日米戦争の形態」の一節で、仮に日米が戦った場合のこととして「日本が米国を破り、彼を屈服することは不可能なり」「米国は、日本国全土の占領も可能。首都の占領も可能。作戦軍の殲滅も可能なり。又、海上封鎖による海上交通制圧による物資窮乏に導き得る可能性大」と述べていました。東京のほか日本全土の占領、陸軍部隊の相次ぐ玉砕、連合艦隊の壊滅、海上封鎖による物資窮乏等は、ことごとく現実のものになりました。開戦前から結果を見通した慧眼の軍人もいたのに、その指摘は顧みられることなく開戦に至り、自国とアジア各地におびただしい住民、非戦闘員の犠牲を生んだ末に国家は破局を迎えました。
 軍事力増強はしばしば「抑止」が目的であって、戦争することが目的ではないかのように語られますが、そこを疑う必要があります。「今なら勝てる、勝負できる」と自国の軍事力と国力を過信すれば、戦争は止めることができなくなります。敗戦の経験と教訓が社会で受け継がれていれば、軍事力による抑止を「疑う」ことができると思いますし、そこに戦争放棄にとどまらず戦力不保持を定めた日本国憲法の歴史的な価値と意義があります。

※参考過去記事。井上成美に触れています

news-worker.hatenablog.com

 衆院選の自民党公約に戻れば、今の日本社会で、軍拡の一方で分厚い中間層を再建などと、本当に両立できるのでしょうか。1960年代の高度成長も、軽武装だから実現できたことです。今は60年代と違って少子高齢化社会であり、就労構造も非正規雇用が増大して様変わりしています。軍拡競争に充てる社会的資源を別の用途に充てる選択肢もあるはずです。
 各党の公約の違いによって、社会観や将来の国家像にどんな差異があるのか、そのことを具体的にイメージできる最大の論点が、自民党のこの軍拡路線を是とするか非とするかではないかと思います。衆院選では、その是非を考えるのに資する報道が、マスメディアの組織ジャーナリズムの役割と責任だと思います。このブログで繰り返し書いてきたことですが、軍事優先の発想は、自由な表現活動と相いれません。表現の規制や監視の強化も危惧されます。そこにマスメディアの当事者性もあります。

 以下は自民党が公約を発表した翌日の13日付の東京発行各紙の関連記事の見出しです。朝日新聞が総合面でも大きく展開しているのが目を引きましたが、焦点を当てているのは、「経済重視、軽武装」を伝統としてきた派閥・宏池会の領袖である岸田首相の「変節」のようです。組織ジャーナリズムの検証はそこで終わりではなく、自民党の軍拡路線が現実のものとなったときに、わたしたちの社会では何が起きるのかを探ることが必要ではないか、と思います。
▼朝日新聞
1面トップ「自民公約 力での対抗重視/防衛費『GDP比2%以上も念頭』/財政規律確保の文言 消える」
2面・岸田文雄研究「敵基地攻撃能力・憲法9条改正 前向きに/平和主義 名門派閥の理念封印」「『手段』か『変節』か」
▼毎日新聞
5面(総合)「自民公約『高市色』濃く/総裁選時の主張ふんだん」
▼読売新聞
1面「『中期防改定 前倒し』/自民公約 防衛力を大幅強化」
4面「自民公約『挙党』演出/高市氏政策 色濃く反映/『令和版所得倍増』は見送り」
▼日経新聞
2面「公約 党内主張寄せ集め/自民 コロナ・経済安保で法整備/防衛費『GDP比2%も念頭』」
▼産経新聞
1面「感染症 国の権限強化/『分厚い中間層』再構築」
▼東京新聞
1面トップ「自民 明記せず姿勢後退/立民 『早期実現』掲げる/『選択的夫婦別姓』巡る公約」

岸田首相の所信表明に地方から懐疑、批判~「『みんな』に沖縄は含まれるのか」(琉球新報)、「被災者にどう寄り添う」(福島民報)、「被爆地の期待、裏切られた」(中国新聞)

 岸田文雄首相が10月8日、国会で就任後初の所信表明演説を行いました。総じて具体性に乏しく、就任以来盛んに強調している「新しい資本主義」「成長と分配の好循環」についても、何がどう新しいのかよく分かりません。実質的には、安倍晋三元首相が進め菅義偉前首相が受け継いだアベノミクスを基本的に継承するようです。格差拡大を是正し、分厚い中間層を再興させようとするなら、不安定で低賃金の非正規雇用がこの20年間、増大を続けていることをどうするのか、そのことを抜きにはできないと思うのですが、その点についても見るべき言及はなかったと感じています。
 9日付の新聞各紙の社説、論説もこの所信表明演説を取り上げています。やはり、具体論を欠いていることへの批判的なトーンが目立ちます。所得税の累進性を高めることや、金融所得への課税強化など、富裕層や企業の不評を買いそうなテーマに触れなかったのは、衆院選が控えているためではないか、との指摘も多く目に付きました。
 地方紙、ブロック紙の社説、論説はネット上の各紙サイトで読める範囲で見てみました。それぞれの地域の視点からの厳しい論評が目立ち、全国的に期待よりも懐疑、批判が上回っているように感じます。地方からこうも厳しい視線が注がれていることは、岸田政権の大きな特徴かもしれません。

 ■沖縄の民意より日米同盟
 わたし自身、所信表明演説で「たったこれだけか?」と感じたことの一つは、沖縄・辺野古の新基地建設です。外交・安全保障の項で、以下のように触れただけです。

 日米同盟の抑止力を維持しつつ、丁寧な説明、対話による信頼を地元の皆さんと築きながら、沖縄の基地負担の軽減に取り組みます。普天間飛行場の一日も早い全面返還を目指し、辺野古沖への移設工事を進めます。

 これに対して琉球新報の社説は以下のように疑問を投げ掛けます。

 首相はアフリカのことわざを引用し「遠くまで行きたければみんなで進め」と国民の協力を呼び掛けた。
 しかし基地なき沖縄という戦後ずっと続く目標に向かっては「みんなで」進むつもりはなさそうだ。沖縄に言及した部分で最初に抑止力維持を掲げたように、あくまで日米同盟の強化が主である。「みんな」に沖縄は含まれるのか。

 沖縄タイムスの社説も「『沖縄に寄り添う』と言いながら、新基地建設を強行に進めてきたのが『安倍・菅政権』だった」と振り返り「岸田首相が本当に沖縄と信頼関係を築きたいなら、そのための道筋をしっかりと示すべきだ」と指摘しています。

 ■被災地の声をどうするのか
 東日本大震災も短く触れただけでした。
 「東日本大震災からの復興なくして日本の再生なし。この強い思いの下で、被災者支援、産業・生業(なりわい)の再建、福島の復興・再生に全力で取り組みます」―。わずか66字。ツイッターのツイート1回の上限の半分もありません。東京電力福島第一原発事故を巡る現状や課題にも触れていません。
 福島民報の社説は「拍子抜けの感が強い。被災者にどう寄り添い、被災地の声を政策に反映させるのか。具体策が聞きたかった」とし「『車座対話を積み重ね』の言葉の通り、各閣僚が現地に足を運び、住民目線で課題の解決策を見いだすべきだ」と指摘しています。
 河北新報の社説も「復興支援に関して聞くべき内容はなかった。被災地は震災と原発事故を美談にすることなど望んでいない」として「課題を直視した対応」を求めています。
 東京電力の巨大原発が地元に立地する新潟日報も「極めて残念なのは原発政策に対する言及がなかったことだ」としています。

 ■核兵器禁止条約に触れず
 岸田首相は被爆地・広島の選出であることに強いこだわりがあるようです。そのこと自体には期待もあるのですが、所信表明演説では踏み込みが浅いと感じました。口にしたのは、以下のようなことです。

 被爆地広島出身の総理大臣として、私が目指すのは、「核兵器のない世界」です。私が立ち上げた賢人会議も活用し、核兵器国と非核兵器国の橋渡しに努め、唯一の戦争被爆国としての責務を果たします。
 これまで世界の偉大なリーダーたちが幾度となく挑戦してきた核廃絶という名の松明(たいまつ)を、私も、この手にしっかりと引き継ぎ、「核兵器のない世界」に向け、全力を尽くします。

 これに対して、地元の中国新聞の社説は、以下のように失望が露わです。

 「唯一の戦争被爆国としての責務を果たす」と言うなら、なぜ今年1月に発効した核兵器禁止条約に触れないのだろう。来年春に初めて開かれる禁止条約締約国会議へのオブザーバー参加を打ち出すべきではなかったか。被爆地で高まっていた期待は、あっさり裏切られた。

 他地域でも、福井新聞の論説が「『核兵器国と非核兵器国の橋渡しに努める』では安倍、菅政権と何ら変わらない」と批判的に評しているのが目に止まりました。
 ほかに外交では、北方領土を巡って北海道新聞は「首相は自民党総裁選で四島返還を目指す意向を示し、事実上の2島返還路線に転換した安倍氏との違いをにじませる。ならば、四島返還を実現するための具体的な戦略を語るべきだろう」と指摘しています。

 ■民主主義の危機
 ほかにも地域を問わない大きな論点があります。民主主義に対する姿勢それ自体です。
 中日新聞・東京新聞は「岸田氏は首相就任後、民主主義の危機に直接言及しなくなった」として、森友学園への土地払い下げ問題、日本学術会議会員の任命拒否、河井克行元法相夫婦の選挙を巡る自民党の1億5千万円の支出などの再調査にいずれも消極的であることを挙げて「首相交代とは思えない『安倍・菅政治』の継続だ。総裁選で示した覚悟は何だったのか」と強く疑問を呈しています。
 信濃毎日新聞も「これらを放置したままでは『丁寧な説明』とはいえまい。岸田首相は『言葉』と『行動』が一致していない。これでは政治への信頼回復の道は遠いままである」と批判しています。「政治の信頼回復には、十分な説明と国民の納得が欠かせないと肝に銘じてほしい」(神戸新聞)、「『負の遺産』とどう向き合うのかも政権の評価に影響する」(高知新聞)などの指摘もあります。

※首相官邸「第二百五回国会における岸田内閣総理大臣所信表明演説」2021年10月8日 

https://www.kantei.go.jp/jp/100_kishida/statement/2021/1008shoshinhyomei.html

 以下に9日付の新聞各紙の社説・論説の見出しと、本文の一部を書きとめておきます。ネット上の各紙サイトで読めるもの(10日午前の段階)は、リンクを張っています。

▼朝日新聞「初の所信表明 信頼と共感 遠い道のり」
 https://www.asahi.com/articles/DA3S15070670.html

 総裁選の期間中に首相が繰り返したキーワードで、演説にはなかった言葉がある。「寛容な政治」だ。「我が国の民主主義が危機に陥っている」という現状認識と、それを踏まえた信頼回復策も示されていない。
 コロナ禍や社会の分断を乗り越え、「絆の力」で新しい時代を切り開く――。演説では前向きなメッセージに重きを置いたのかもしれないが、初志をおろそかにすれば、「信頼と共感」は得られないと心すべきだ。

▼毎日新聞「岸田首相の所信表明 転換への踏み込み足りぬ」
 https://mainichi.jp/articles/20211009/ddm/005/070/131000c

 「絆」「やさしさ」などの言葉をちりばめ、独自色を打ち出そうという姿勢はうかがえた。だが、安倍晋三、菅義偉両政権の路線を見直すとは明言せず、踏み込み不足だった。転換への意気込みが伝わらなかった。
 首相は、両政権を念頭に「国民の信頼が大きく崩れ、民主主義の危機にある」と繰り返してきた。問われるのは、その問題意識を実行に移すことができるかだ。
 ところが、国民の信頼を大きく損なってきた「政治とカネ」や、公文書改ざん・廃棄などの問題には、演説で一切触れなかった。これでは本気度が疑われる。

▼読売新聞「所信表明演説 成長と分配の具体策が肝心だ」
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20211008-OYT1T50319/

 首相は、自身が提唱した「新しい資本主義」について、「成長も分配も実現するため政策を総動員する」と説明した。実現会議を創設して構想をまとめるという。
 新自由主義的とされた小泉政権以来の規制改革路線は、所得格差を拡大し、国民の分断を招いた、という認識があるのだろう。
 経済成長を重視するアベノミクスを基本的に継承しつつ、さらに分配に力を入れる姿勢を鮮明にしたと言える。働く人の所得を増やし、消費や投資の拡大につなげる方針を示したのは理解できる。
 安倍内閣も「成長と分配の好循環」を掲げていたが、成長戦略は不発に終わり、分配は道半ばだった。経済政策の柱とする以上、実効性のある施策を明示し、目に見える成果を出すことが重要だ。

▼日経新聞「首相はビジョンの中身にもっと踏みこめ」

▼産経新聞「首相の所信表明 中国問題を正面から語れ」
 https://www.sankei.com/article/20211009-OVLI33WFVRI6TKKIUOZUYGEGC4/

 物足りないのは、演説で北朝鮮の核・ミサイルや拉致問題を取り上げた一方で、中国の覇権主義的行動を問題視する言葉を発しなかった点だ。これは歴代首相の演説と同様の対応だが、中国に気兼ねしている時代ではもはやない。首相の語る外交・安全保障政策の大部分は中国への備えである。分かりやすい説明をしてほしい。
 中国は尖閣諸島(沖縄県)を狙い、台湾への軍事的威嚇を重ね、南シナ海では国際法無視の人工島の軍事拠点化を進めている。日本の首相として、これらへの明確な「ノー」を代表質問などの機会に発信するのは当然だ。

▼北海道新聞「岸田首相所信 路線転換の道筋見えぬ」
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/598145

 ただ、富の再分配の具体策としては賃上げを行う企業の税制優遇、看護師や保育士らの待遇改善などを挙げるにとどまった。
 その一方で、大企業や富裕層に恩恵が偏ったと指摘されるアベノミクスの三本柱である「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「成長戦略の推進」を改めて経済政策の軸に据えた。
 これで効率と競争を重視する新自由主義を修正できるのか。そこからこぼれ落ちる人を救う手だてが後回しになる懸念は拭えない。
 (中略)
 外交では日ロ関係について「領土問題の解決なくして、平和条約の締結はない」と強調した。
 首相は自民党総裁選で四島返還を目指す意向を示し、事実上の2島返還路線に転換した安倍氏との違いをにじませる。ならば、四島返還を実現するための具体的な戦略を語るべきだろう。

▼河北新報「岸田首相が所信表明/『成長』への具体策見えぬ」
 https://kahoku.news/articles/20211009khn000005.html

 演説冒頭で東日本大震災の際に発揮された日本社会の絆については言及したが、復興支援に関して聞くべき内容はなかった。被災地は震災と原発事故を美談にすることなど望んでいない。課題を直視した対応を求めたい。

▼東奥日報「信頼築く具体策を示せ/岸田首相初の所信表明」
 https://www.toonippo.co.jp/articles/-/704757
▼秋田魁新報「岸田首相所信表明 『分配』の財源明示せよ」
 https://www.sakigake.jp/news/article/20211009AK0016/

▼福島民報「【首相所信表明】具体策がまだ見えない」
 https://www.minpo.jp/news/moredetail/2021100991025

 東日本大震災と東京電力福島第一原発事故に関しては「東日本大震災からの復興なくして日本の再生なし。この強い思いの下で、被災者支援、産業・生業の再建、福島の復興・再生に全力で取り組む」という短い文言のみだった。これは、政府が四日に閣議決定した基本方針の中の「東日本大震災からの復興、国土強靱化」の本文の文面とほぼ同じだ。
 前首相が就任直後に出した基本方針には復興の文字はなかった。今回の基本方針は「福島」の固有名詞まで挙げて力点を置くことを強調しており、演説に注目していたが拍子抜けの感が強い。被災者にどう寄り添い、被災地の声を政策に反映させるのか。具体策が聞きたかった。
 (中略)
 過去の政権が地元の訴えを無視してきたとは言わないが、形式的な対話のみに終わっていた印象は拭えない。「車座対話を積み重ね」の言葉の通り、各閣僚が現地に足を運び、住民目線で課題の解決策を見いだすべきだ。

▼福島民友新聞「所信表明演説/『成長と分配』の具体策示せ」
 https://www.minyu-net.com/shasetsu/shasetsu/FM20211009-660444.php

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故からの復興は、まだゴールが見えない。歴代首相も口にしてきた「復興なくして日本の再生なし」の言葉を、どう行動で示していくのか注視していきたい。

▼信濃毎日新聞「’21衆院選 所信表明演説 『丁寧な説明』には程遠い」
 https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2021100900099

 政治手法では、新型コロナウイルス対策で「国民に納得感を持ってもらえる丁寧な説明を行う」と強調するなど、各所に「対話」と「説明」の言葉をちりばめた。
 ならば聞きたい。所信表明演説だけで衆院選挙に臨む姿勢を、どう説明するのか。
 岸田首相が説明すべきことは数多い。自民党幹事長に起用した甘利明氏の金銭授受問題や、参院選広島選挙区の買収事件で党が1億5千万円を送金したこと、日本学術会議の会員候補を菅義偉前首相が任命拒否した問題、森友学園問題の再調査などである。
 これらを放置したままでは「丁寧な説明」とはいえまい。岸田首相は「言葉」と「行動」が一致していない。これでは政治への信頼回復の道は遠いままである。

▼新潟日報「首相所信表明 信頼の獲得実現できるか」
 https://www.niigata-nippo.co.jp/opinion/editorial/20211009646462.html

 所信表明は首相が重視する中長期的な目標を列挙し、政策を網羅的にまとめた印象が強い。そうした中で極めて残念なのは原発政策に対する言及がなかったことだ。
 菅前首相は昨年10月に行った初めての所信表明演説で「グリーン社会の実現」の章を立て、温暖化防止へ脱炭素を進めるため再生可能エネルギーを最大限導入し、安全最優先で原子力政策を進めると述べた。
 10年前の東京電力福島第1原発事故以降、本県では原発への不安感は根強い。柏崎刈羽原発を巡る相次ぐ失態で、県民の東電不信はさらに高まっている。
 それだけに、首相には自らの考えを語ってほしかった。

▼中日新聞・東京新聞「民主主義の再生 首相の覚悟が見えない」
 https://www.chunichi.co.jp/article/344458

 岸田氏は首相就任後、民主主義の危機に直接言及しなくなった。森友問題の再調査に否定的で学術会議会員の任命拒否も撤回せず、自民党は選挙違反事件があった参院選広島選挙区への支出一億五千万円の再調査もしないという。
 首相交代とは思えない「安倍・菅政治」の継続だ。総裁選で示した覚悟は何だったのか。
 岸田氏は所信表明で「私をはじめ全閣僚が車座対話を積み重ね、国民のニーズに合った行政を進めているか、徹底的に点検する」と述べたが、民主主義を危機に陥らせた誤りを正さずして、危機を克服することはできない。

▼福井新聞「岸田文雄首相所信表明 具体策、痛みをなぜ語らぬ」
 https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1413941

 「被爆地広島出身の総理大臣として、私が目指すのは『核兵器のない世界』」と大上段に振りかぶりながら「核兵器国と非核兵器国の橋渡しに努める」では安倍、菅政権と何ら変わらない。地元からは核禁止条約締約国会議へのオブザーバー参加を求める声が上がっているのに、どうこたえるのか。外交・安全保障でも路線継承にとどまらず、緊迫化する台湾情勢を含め総合的な外交戦略を早急に示す必要があるだろう。

▼京都新聞「首相所信表明 政策の根拠が見えない」
 https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/654191

 人の話をよく聞くことを長所と自認するだけに、「丁寧な説明を大切にする」と繰り返し、「車座対話」を行うなどコミュニケーション重視の姿勢を見せた。
 説明不足を批判された菅義偉前首相との違いを際立たせたといえる。
 ただ、岸田氏が力説した「新しい資本主義の実現」は、具体策に乏しい印象が残った。

▼神戸新聞「所信表明演説/政策実現への道筋を示せ」
 https://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/202110/0014745696.shtml

 首相には政策実現への道筋を明確に語る責務がある。ところが演説では、山積する政権の課題に対し、総花的に政策を羅列した印象が拭えない。衆院選を控え、痛みを伴う政策への言及を避けるのではなく、財政再建策や国民負担の方向性も併せて示さなければ説得力に欠ける。
 (中略)
 安倍、菅両政権で相次いだ「政治とカネ」問題も重要事案だが、言及は一切なかった。政治の信頼回復には、十分な説明と国民の納得が欠かせないと肝に銘じてほしい。
 岸田首相は「国民の声を真摯(しんし)に受け止める信頼と共感を得られる政治が必要だ」と力説した。対話重視を貫けるかどうかは、政権の命運を握る。国会軽視の姿勢を改め、丁寧な議論を尽くすことを求めたい。

▼山陽新聞「首相所信表明 政策実現への道筋見えぬ」
 https://www.sanyonews.jp/article/1184085

 一方、自民党総裁選と新政権発足までの動きが注目を集める中、野党が埋没したことも否めない。与党が分配政策にかじを切れば、野党は独自色を出しにくくなる。与党以上に実効性のある生活保障案を示せるかが鍵となろう。

▼中国新聞「岸田首相の所信表明 課題解決へ具体策欠く」
 https://www.chugoku-np.co.jp/column/article/article.php?comment_id=798928&comment_sub_id=0&category_id=142

 自民党総裁選でも掲げた「新しい資本主義」については、実現していこうと呼び掛けた。被爆地広島から選出された首相として「核兵器のない世界に向け全力を尽くす」とも誓った。
 聞こえの良さと裏腹に、物足りなさが募った。課題解決や目標達成への道筋が示されていないからだ。例えば核なき世界の目標では、米国など核兵器を持っている国と、持っていない国との橋渡しに努めるとの従来の方針を繰り返しただけだった。
 「唯一の戦争被爆国としての責務を果たす」と言うなら、なぜ今年1月に発効した核兵器禁止条約に触れないのだろう。来年春に初めて開かれる禁止条約締約国会議へのオブザーバー参加を打ち出すべきではなかったか。被爆地で高まっていた期待は、あっさり裏切られた。

▼山陰中央新報「所信表明演説 信頼築く具体策を示せ」
 https://www.sanin-chuo.co.jp/articles/-/105504

▼高知新聞「【岸田首相所信】『丁寧な説明』はできたか」
 https://www.kochinews.co.jp/article/493176/

 所信表明で触れなかったのは、忘れていたわけではないだろう。「負の遺産」とどう向き合うのかも政権の評価に影響する。
 森友学園問題を巡る財務省の決裁文書改ざんについて、世論調査では6割以上が再調査を求めている。自民支持層でも5割を超える。
 「政治とカネ」問題の解明も怠れない。参院選広島選挙区の買収事件を巡る資金問題や、「桜を見る会」前日の夕食会を巡る問題の説明も十分とは言い難い。甘利明幹事長の現金授受問題もくすぶる。

▼西日本新聞「新首相所信表明 有権者の判断材料足りぬ」
 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/813189/

 国民や党内の賛否が分かれることは慎重に扱い、異論も聞く柔軟性を示したのであれば、従来政権とひと味違う「岸田カラー」と言えるかもしれない。国民との車座対話もそうだろう。
 一方で、菅義偉前首相の「自助・共助・公助」のように、物議を醸しながらも政権の方向性を明確にする言葉はない。岸田政権の姿はまだ像を結ばない。
 こだわりがのぞいたのは「核兵器のない世界」への言及だ。被爆地・広島出身という使命感がうかがえる。それだけに、核兵器禁止条約に触れず、日本の役割についても従来方針を繰り返すにとどまったのは残念だ。

▼佐賀新聞「所信表明演説 信頼築く具体策を示せ」※共同通信
 https://www.saga-s.co.jp/articles/-/752041

▼南日本新聞「[所信表明演説] 『選択』へ具体策提示を」
 https://373news.com/_column/syasetu.php?storyid=144826

 さらに安倍・菅政権が信頼を損なう一因となった「政治とカネ」や森友学園を巡る財務省の決裁文書改ざんの問題に言及はなかった。独善的な姿勢が際立った両政権の「負の遺産」を清算する姿勢がうかがえなかったことは残念だ。
 首相は総裁選でも国民への説明を重視する姿勢を強調してきた。それならば、野党が開催を求める臨時国会での予算委員会に応じ、政策論争を通じて国民に選択肢を示すよう求めたい。

▼沖縄タイムス「[岸田首相 所信表明]美辞ではなく具体策を」
 https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/844194

 沖縄には、外交・安全保障政策の中で言及している。
 「丁寧な説明、対話による信頼を地元の皆さんと築きながら、沖縄の基地負担の軽減に取り組む」とし、前政権同様、「辺野古沖への移設工事を進める」と明言した。
 県内移設では、沖縄の負担軽減は実現しない。
 2019年の県民投票では、県民の7割超が辺野古移設に反対し、民意はすでに示されている。辺野古移設推進では「信頼関係を築く」ことにはならない。
 来年は復帰から50年になるが、「世界一危険」といわれる普天間飛行場の返還は、日米合意から25年が経過した今も、実現していない。
 「沖縄に寄り添う」と言いながら、新基地建設を強行に進めてきたのが「安倍・菅政権」だった。
 岸田首相が本当に沖縄と信頼関係を築きたいなら、そのための道筋をしっかりと示すべきだ。

▼琉球新報「岸田首相所信表明 沖縄だけを取り残すな」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1404996.html 

 所信表明で首相は「日米同盟の抑止力を維持しつつ、丁寧な説明、対話による信頼を地元の皆さんと築きながら、沖縄の基地負担軽減に取り組みます。普天間飛行場の一日も早い全面返還を目指し、辺野古沖への移設工事を進めます」と述べた。
 新基地の土台を文字通り揺るがす軟弱地盤の存在に目を背け、工事を強行するのにどうして信頼が得られよう。
 歴代政権が呪文のように唱えた「丁寧な説明」という言葉を使ったが、これまで果たされたことがあったか。地元の信頼を得たいのであれば、まずは辺野古新基地を断念し、普天間飛行場の閉鎖へ米政府と交渉するのが筋だ。
 首相はアフリカのことわざを引用し「遠くまで行きたければみんなで進め」と国民の協力を呼び掛けた。
 しかし基地なき沖縄という戦後ずっと続く目標に向かっては「みんなで」進むつもりはなさそうだ。沖縄に言及した部分で最初に抑止力維持を掲げたように、あくまで日米同盟の強化が主である。「みんな」に沖縄は含まれるのか。
 同時に安全保障政策で海上保安能力やミサイル防衛能力の強化も挙げた。
 いずれも沖縄にとって見過ごせない問題だ。
 (中略)
 米国追従の歴代政権は核兵器禁止条約への参加も消極的だったが、「広島出身の総理大臣」として核兵器のない世界を目指すとも述べた。
 広島は、沖縄、長崎とともに国内でも特に平和を希求する地域である。広島から誕生したリーダーであればこそ、平和という芯に貫かれた政権運営に当たってもらいたい。

 

支持率45~59%、岸田政権“ご祝儀”少な目~「新しい資本主義」は耳当たりがいいが「雇用の質」をどう考えるのか

 自民党の岸田文雄総裁が10月4日、国会で第100代首相に選出され、自民、公明両党連立の新内閣が発足しました。岸田首相は同日夜の記者会見で、臨時国会会期末の14日に衆院を解散し、19日公示、31日投開票とすることを表明。これまでは自治体などの準備期間を考慮して11月7日か14日の投開票の公算と報じられていたこともあって、「随分と急ぐんだな」と、ちょっと驚きました。5日付の東京発行の新聞各紙によると、新内閣の刷新感をアピールできる間に衆院選に持ち込むのが得策として、岸田首相自身が決めたことのようです。表向きの理由としても、新型コロナウイルスの感染が今のところは収まっていること、10月21日に衆院議員が4年間の任期を満了するため、衆議院の空白期間をなるべく短くすることなどもあるようです。
 果たして目論見通りに進むのかどうか。新内閣発足に対する世論調査がさっそく5日夕方から夜にかけてネット上で報じられました。いずれも4~5日に実施。朝日新聞調査では、支持率は5割を下回る45%、不支持率は20%でした。毎日新聞と社会調査研究センターの調査でも支持率は49%と5割に届かず、不支持率は40%。以下、読売新聞:支持56%、不支持27%/日経新聞・テレビ東京:支持59%/共同通信:支持55.7%、不支持23.7%―となっており、目にした限りでは支持率が60%を超えた調査結果はありません。
 昨年9月の菅義偉内閣発足時の支持率は、60%台半ばから70%超でした。今回の岸田内閣の支持率は始動時としては低いと感じます。岸田首相が意気込むほどには、民意は「刷新」と受け止めていない可能性があるようです。高い支持を得てスタートした菅政権はこの1年、コロナ対応で失政を繰り返した上に、民意の反対や懐疑に正面から向き合うことなく五輪パラリンピック開催を強行。挙げ句に、一時は「制御不能」と言われるほどに感染が急拡大したことは、記憶に新しいところです。この1年の経験を経て、政権の表紙が変わったぐらいでは、民意はそう簡単に“ご祝儀”をはずむことはなくなった、ということでしょうか。

 さて、岸田内閣の発足を5日付の東京発行新聞各紙はそろって1面トップに据え、総合面や政治面、経済面、社会面にも関連記事を大量に掲載しています。雑駁な印象になるのですが、新内閣や報道に対して感じたことを若干書きとめておきます。

f:id:news-worker:20211006004606j:plain

 ■「新しい資本主義」と雇用の質
 昨年の菅内閣発足時のキーワードは、安倍晋三政権の「継承」でした。岸田内閣については、新型コロナウイルスへの対応が当面の最重要課題である点は当然だとして、政権のキーワードという点で各紙の1面を見渡したところでは「新しい資本主義」がチラホラと目に止まります。岸田首相は会見で「分配なくして次の成長はない」「成長と分配の好循環を実現し、豊かに生活できる経済をつくり上げる」と強調し、「新しい資本主義実現会議」を立ち上げることを表明しました。岸田氏が率いる派閥「宏池会」の創始者、池田隼人首相(当時)が「所得倍増計画」を掲げて1960年代に高度経済成長をもたらしたことをほうふつとさせます。
 在京紙各紙も、この「新しい資本主義」に焦点を当てたサイド記事を総合面や経済面に掲載しています。安倍政権のアベノミクスが格差の拡大を招いたとの指摘があることを意識して、岸田政権の独自色を出そうと意気込んでいる、との見方がおおむね共通しています。
 富の分配は政治の役割であり、そのことを重視するのはいいのですが、具体策となるとまだこれからのようです。懸念は、衆院選です。内容がはっきりしないまま「成長と分配の好循環」という耳当たりの良いスローガンだけが目玉政策のように強調されることになりはしまいか。野党が掲げる格差の縮小・解消策との差異、さらには求める社会観の違いが目に見えるように示され、有権者がはっきり理解できるようでなければならないと思います。マスメディアの役割も重要であり、大きな責任があります。
 アベノミクスでは、企業や富裕層からのトリクルダウン効果は期待外れに終わりました。当たり前だと思います。昭和の高度成長期とは社会の就労構造が大きく様変わりしています。小泉純一郎政権期の雇用・労働面での規制緩和以降、不安定で低賃金の非正規雇用が増え続けています。かつてのように社会に分厚い中間層を復活させたいというのなら、この「雇用の質」の問題をどう考えるのか。岸田首相にそのことを問うてみたいと思います。そもそも、岸田氏はアベノミクスからの脱却を明確にするのかどうか。そうだとしたら、岸田首相は総裁選で大きな借りができた形の安倍元首相に面従腹背で臨むことになります。その胆力があるのかどうか。衆院選を前に、「新しい資本主義」にはいろいろな意味で警戒が必要だと感じています。

 ■抜てきの一方で77歳初入閣が2人
 自民党の役員人事では、麻生太郎氏を副総裁、甘利明氏を幹事長に据え、総裁選で安倍元首相が強力に支援した高市早苗氏を政調会長に就かせるなど、およそ刷新感、清新さは感じられませんでした。「岸田カラー」は組閣で、というつもりなのか、閣僚20人のうち初入閣は13人に上りました。うち3人は衆院当選3回の“若手”です。この点をマスメディアはおおむね好意的に取り上げているようです。
 ただ、少し引いて新内閣の全体を俯瞰して眺めてみると、違った様相が見えてくるように思います。
 一つは女性閣僚がわずか3人という点です。東京五輪組織委員会の森喜朗会長(当時)の女性蔑視、「わきまえる」発言以降、日本社会でもジェンダーバランスに対する意識が高まっています。もっと大胆に女性閣僚を増やしてもいいはずです。
 初入閣組も前述の若手3人に注目が行きがちですが、13人のうち77歳が2人、65歳以上の高齢者は計6人に上ります。民間企業の一般的な定年年齢の60歳で線引きすれば8人。年齢は問題ではなく肝心なのは資質と能力かもしれません。ただ、失礼な言い方かもしれませんが、この年齢になるまで当選回数は積み上げたものの入閣の機会がなかった政治家が、これを機に格段の能力を発揮する、となるのでしょうか。正直なところ疑問です。果たして岸田首相自身の人選なのか。仮に、各派閥の意向が反映された人選なのだとすれば、いつもながらのことで、自民党の変革、改革とはほど遠いと思います。

 ■「不愉快だ」
 党役員人事や組閣の内幕をめぐる各紙のリポートでは、日経新聞総合面の「岸田体制『3A』不協和音/安倍氏 要望通らず不満/麻生氏 甘利氏 人事に影響力」の記事を興味深く読みました。
 「3A」は安倍、麻生、甘利の長老3氏の頭文字を取った表記です。3人それぞれに岸田氏の総裁選勝利に寄与しており、今や「3A」が岸田氏の後ろ盾という党内力学は、新聞各紙もおおむね共通した見方です。麻生氏は副総裁、甘利氏は幹事長と中枢重要ポストに就き、さぞや満足だろうと思います。安倍氏にしても、支援した高市氏が政調会長に就き、安倍氏が影響力を持つ細田派から4人が入閣、うち実弟の岸信夫防衛相は再任と、“陰の実力者”としては十分満足ではないかと思ったら、そうではないとのことです。
 日経新聞の記事によると、安倍氏は側近の萩生田光一氏のポストについて党幹事長か官房長官を求めていたのに、萩生田氏は文部科学相から経済産業相に横滑りでした。安倍氏は周辺に「正直、不愉快だ」とつぶやいたとのこと。一方で岸田派では、無派閥ながら安倍氏に近い高市氏を含めて、党3役のうち2人に加え官房長官まで細田派が占めているとの認識があり「細田派にそこまでの借りはない。譲りすぎだ」との声も出ているとのことです。
 岸田首相がどれだけ自民党の変化を強調しようとも、やはり内情はそう簡単には変われない、ということなのではないかと思います。

※参考過去記事

news-worker.hatenablog.com

 以下に東京発行各紙の5日付朝刊の1面と総合面の主な記事と社説の見出しを書きとめておきます。「新しい資本主義」「分配と成長」に焦点を当てたサイド記事も含みます。
▼朝日新聞
1面トップ「衆院選 31日投票/解散17日後は最短 任期満了初超え/岸田新内閣 派閥と刷新感重視/14日解散 19日公示」
1面「新しい資本主義担当相 新設」
2面「始動 いきなり選挙/『負の遺産』対応 歯切れ悪いまま」「野党『人の話を聞く、どこが』」
3面「コロナ・経済 続く難題/3閣僚一新 第6派の備えは/大型補正予算 問われる中身」
7面(経済)「『分配なくして成長なし』道筋は/岸田内閣 経済立て直しの『最大の柱』」
社説「岸田新内閣が発足 実行問われる『寛容な政治』」/「政高党低」に変化も/コロナ対応猶予なし/選挙を急ぐ党利党略

▼毎日新聞
1面トップ「分配重視 経済再生強調/岸田内閣発足/『新しい資本主義』会議発足」
1面「衆院選31日投開票」
2面「経済底上げ 新味薄く/追加対策に数十兆円」「日米基軸の外交 継承」「脱炭素 問われる手段」
3面・クローズアップ「『ご祝儀』狙い短期決戦/コロナ『収束』うかがい」「若手起用で刷新演出」「不支持冷遇『ノーサイド』どこへ」
社説「岸田新内閣が発足 政策を転換できる布陣か」/拭えぬ「安倍・麻生」色/分配重視の理念実行を

▼読売新聞
1面トップ「岸田内閣 発足/衆院選31日投開票 19日公示/コロナ対策・経済再生 注力」
1面「『期待』を『納得』にできるか」伊藤俊行編集委員
2面「『所得再分配』掲げ」「感染症対応 一元化・経済安保 法整備」「対中国『言うべきこと言う』」
3面・スキャナー「『速攻』首相決断/勢い・コロナ・外交日程考慮」「甘利氏ら 存在感ズシリ/『閣僚 おとなしい人多い』『党高政低』指摘も」
7面(経済)「『アベノミクス』修正/分配 中間層に手厚く」
社説「岸田内閣発足 難問山積に総力で立ち向かえ 国家像と具体策を競う衆院選に」/コロナ克服の道筋を/「成長と分配」両立が鍵/安保戦略改定は急務だ

▼日経新聞
1面トップ「岸田内閣 発足/衆院選31日投開票 戦後最短解散得へ/『コロナ対策急ぐ』」
2面「衆院選 異例の短期決戦/高い支持保ち投開票狙う/選挙日程で主導権」
3面「岸田体制『3A』不協和音/安倍氏 要望通らず不満/麻生氏 甘利氏 人事に影響力」
4面(政治・外交)「個人への現金給付 経済対策の目玉/衆院選公約、週内にも骨格」
5面(経済・政策)「金融所得課税 見直し検討/首相『成長と分配の好循環』掲げ/『新しい資本主義』会議新設」
社説「新政権は日本再生への道筋を示せ」/基礎固めの論功人事/成長戦略の具体化を

▼産経新聞
1面トップ「岸田内閣発足『新時代共創』/衆院選19日公示 31日投開票/『新しい資本主義』目指す/対コロナ、健康危機管理庁」
1面「『無味無臭』で国難に挑めるか」大谷次郎政治部長
2面「岸田人事 安定を優先/後ろ盾は細田・麻生派」「発信力磨き 闘志前面/岸田首相 我慢の連続乗り越え」
3面「政権発足 一気に選挙/自民、公約づくり『3日で』」「所得再分配の政策重視/成長戦略と両輪不可欠」
社説(「主張」)「岸田新内閣 実行力こそ問われている 総裁選の約束を明文化せよ」/若手の登用を歓迎する/エネ基計画の見直しを

▼東京新聞
1面トップ「衆院選31日投開票/岸田政権発足/14日解散 19日公示/安倍・麻生氏の影響 色濃く」
1面・解説「官邸主導から党主導へ」
2面・核心「『ご祝儀相場』狙い 最短日程/衆院選 31日投票の背景は/解散5日後公示『コロナ沈静化のうちに』/予算委見送り反発 野党『政策論争を』」
3面「野党『乱暴な政権』対決鮮明/新内閣の支持率警戒 候補一本化急ぐ」
3面「深夜の負担会費 説明機会に遅れ/閣僚就任会見 異例の見送り」
社説「岸田内閣が発足 民主主義再生こそ急務」/軽視された最高機関/安倍・菅総括に否定的

「自民党劇場」が圧倒、野党の動きは紙面で埋没~有権者の政権選択に資する報道への課題

 自民党の岸田文雄・新総裁の選出に伴い、臨時国会が10月4日に召集。岸田氏が首相に選出され、組閣が行われます。既に党役員人事では、麻生太郎副総裁、甘利明幹事長、総裁選で安倍晋三前首相が強力に後押しした高市早苗氏が政調会長など、「安倍・麻生・甘利」の「3A」を手厚く遇しています。10月1日付の新聞各紙の紙面を見ても「岸田人事 安倍カラー」(朝日新聞)、「岸田氏『3A』が後ろ盾」(読売新聞)、「『3A』取り込み基盤強化」(産経新聞)など、“3A支配”をうかがわせる見出しが目立ち、「安倍菅政治」からの変化、改革を感じ取るのは困難です。
 臨時国会会期末の10月14日に衆院解散の見通しとなっており、11月には4年ぶりの衆院選が実施されます。首相は国会議員の中から国会の議決で指名することとなっており、衆院の議決が参院に優越します。そのため衆院選は有権者による政権選択の選挙と位置付けられます。投票に際しての有権者の判断に大きく影響するのがマスメディアの報道です。選挙が公示されれば、新聞も放送も各政党、各候補の扱いについて「公平」「平等」に配慮します。特に放送法の規制を受ける放送メディアは、各党各候補の訴えは秒単位でそろえます。しかし、有権者の判断に資するための報道の観点から考えれば、公平性は公示後だけのことではないはずです。
 自民党総裁選は、直後に衆院選を控えていることから、終始一貫して「自民党の選挙の顔選び」の性格を持っていました。候補が男女2人ずつの同数となり、それぞれが主張する政策にもある程度の違いがあったりして、マスメディアも連日、大きく報じました。一方でこの間、野党の側にも、第一党の立憲民主党が選挙公約を発表したり、安倍政権の経済政策アベノミクスの検証結果を公表したり、といった衆院選に焦点を当てた重要な動きが断続的に続きました。マスメディアも個別に報じてはいましたが、ごく一部のメディアをのぞいては自民党総裁選の報道の影に隠れるような扱いでしかありませんでした。どこまで社会に届いたのかは疑問です。総じて、ここまでのマスメディアの報道は有権者の目には「自民党劇場」一色に映っていたのではないかと感じます。

 一つの試みなのですが、以下に、東京発行の新聞6紙を対象に、自民党総裁選告示翌々日の9月19日付から投開票当日の29日付まで11日分の朝刊紙面で、総裁選と野党の衆院選対策の記事がそれぞれどのように扱われたか、その掲載ページ数をまとめてみました。見出しや記事が占める段数(大きさ、広さ)、1ページに関連記事が1本だけか複数あるかなどの差異は無視して、見出し1段のベタ記事が1本だけでも「1ページ」の報道とカウント。同様に1面トップで関連記事が複数あっても「1ページ」です。ちょっと乱暴な比較かもしれませんが、多くの新聞が「自民党劇場」との比較で、いかに野党のニュースの扱いが小さかったか、ひとつの目安にはなると思います。

・朝日新聞 自民25ページ(うち1面5回)/野党10ページ
・毎日新聞 自民26ページ(うち1面6回、1面トップ2回)/野党8ページ
・読売新聞 自民31ページ(うち1面7回、1面トップ4回)/野党10ページ
・日経新聞 自民30ページ(うち1面8回)/野党8ページ
・産経新聞 自民27ページ(うち1面7回、1面トップ2回)/野党7ページ
・東京新聞 自民13ページ(うち1面3回、1面トップ1回)/野党9ページ
※告示翌日の9月18日付の各紙紙面については、以下の記事にまとめています。
https://news-worker.hatenablog.com/entry/2021/09/19/115830

news-worker.hatenablog.com

 自民党総裁選は計152ページ、野党の衆院選関連記事は計52ページ。これだけでも3倍の開きがありますが、実際には総裁選では記事1本あたりの行数が長いものが多く、1ページに複数の記事が掲載されたこともたびたびで、野党の選挙関連記事と比較すれば、有権者の目には圧倒的な情報量として映ったはずです。

 もちろん、選出される自民党の新総裁は次期首相であり、その選出過程をつぶさに報じていくことの意味が決して小さくないことも、その通りだと思います。しかし、最後の局面でメディアはこれもまた決して小さくはないミスリードをしました。
 世論調査で「次の首相にふさわしい政治家」のトップとして名前が挙がっていた河野太郎氏は、結局は党員票の半分も取れず、議員票は高市氏にも大きく水を開けられて、1回目の投票から1位を取れず、岸田氏に惨敗しました。しかし、東京発行の新聞各紙を例に取ると、総裁選投開票当日の9月29日付朝刊では、以下のような記述が並んでいました。
 ・朝日新聞「党員・党友票(地方票)で優位とみられる河野太郎行政改革相がトップに立つとの見方が強いが、過半数に達せず、上位2人の決選投票となる情勢だ」
 ・毎日新聞「党員票でリードする河野氏は1回目の投票で1位になる可能性が高いとみられるが、勝利に必要な過半数の獲得は難しい状況だ」
 ・読売新聞「党員票を含めると、河野氏がトップで、岸田氏、高市氏が追う展開だ」
 ・産経新聞「河野氏は1回目で最多となる可能性があるが」

 「見方」「可能性」などの表現があるものの、河野氏が1回目でトップに立つことを各紙とも想定していたことは明らかで、結果的にせよミスリードです。事後の検証記事で、実は河野氏が途中から失速していたこと、3Aの思惑が「岸田総裁」へとそろっていったことを描いてはいるのですが、それはそれで「自民党劇場・番外編」ではないかとも感じます。
 確かに結果が読みづらい総裁選だったのでしょう。そうであれば、結果の予想はほどほどにして、別の面に注力する報道のやり方もあるのではないかと思います。
 総裁選を巡っては、安倍晋三前首相の「桜を見る会」の疑惑解明を求める弁護士グループが4候補へ公開質問状を送りました。まともに回答したのは野田聖子氏のみ。岸田、高市両氏は回答なし。河野氏に至っては受け取り拒否でした。まさに「ブロック太郎」の面目躍如ですが、仮にも首相を目指すというのに、この一事でもって不適格と言うべきだと思います。そうした総理総裁候補の「適格性」の報道も、政権選択の判断に意義は小さくありません。弁護士グループは記者会見でこのことを公表しているのに、紙面で報じたのは朝日新聞と東京新聞だけでした(共同通信は配信)。
 この自民党総裁選から有権者の政権選択が始まっているとの意識を強く持てば、総裁選4候補の政策と共に、野党の政策も並べて提示するような報道もあってよかったと思います。東京発行の新聞の中では、東京新聞がその視点で、4候補と共に野党第一党の立憲民主党の政策も併記する報道を続けていたのが目を引きました。
 有権者の政権選択に資するために、どんな情報をどのように提示していくのか。10月4日以降のマスメディアの報道を注視したいと思います。
 

安倍前首相のアシストで岸田氏圧勝~衆院選へ、「自民党劇場」で終わらない報道が必要

 自民党の新総裁に9月29日、岸田文雄氏が選出されました。国会議員票と同数の党員票の獲得を競った1回目の投票で1位。世論調査などでトップの人気があった河野太郎氏を1票差で交わしました。国会議員票の比重が圧倒的に高い決選投票では、河野氏に大差を付けて圧勝しました。30日付の東京発行新聞各紙の検証記事では、高市早苗氏を推した安倍晋三前首相が同党の国会議員に強力に高市氏への投票を働きかけた結果、河野氏に流れるはずだった議員票の相当数が高市氏に回った結果、岸田氏が1回目の投票から首位に立つことになった、との見方がおおむね共通しています。岸田氏の圧勝は安倍前首相のアシストがあってこそでした。

 政策面でも、安倍前首相から菅義偉首相へと続いている路線を、岸田氏も基本的に引き継ぐようです。特に森友学園への国有地払い下げ、「桜を見る会」の疑惑、日本学術会議の会員候補6人の任命拒否などの徹底解明に否定的な姿勢は、安倍菅政治のマイナス面をも継承するとしか評価のしようがありません。岸田氏が、自身が総裁になったことで自民党の変化をいくらアピールしても、どこまで説得力があるか疑問です。
 「『党再生』にはほど遠い」(朝日新聞)、「権力の二重構造に懸念」(毎日新聞)、「党改革の実現が課題だ」(読売新聞)、「派閥に支えられた勝利」(日経新聞)、「結局『永田町の論理』か」(東京新聞)―。各紙の社説の見出しを追うだけでも、岸田自民党が“変化”とはほど遠いことがよく分かるように思います。

 来週には菅内閣が総辞職し、国会で岸田氏が首相に選出され、岸田内閣が発足します。その直後には衆院選があります。岸田内閣が実績を積む時間はありません。有権者が自民党をどう評価するかは、この総裁選のありようと岸田氏の立ち居振る舞いが大きな比重を占めます。一方の野党の側で選挙区での候補者一本化の調整が進み、なおかつ目指す社会観、価値観で自民党と明確な違いを有権者に分かりやすく示すことができれば、次の衆院選は、政権選択の大きな意味を持つ選挙になることが期待できます。
 そうした観点からマスメディアの報道に対して思うのは、自民党の総裁選、あるいは今後の組閣を大きく報じるだけでなく、衆院選に向けた野党の公約発表や各党間の共闘の動きも同時に丁寧に報じる必要がある、ということです。そうでなければ、ただ単に「自民党劇場」を報じるだけになってしまいます。
 9月30日付の東京発行新聞各紙では、野党の反応の記事も各紙とも掲載してはいるのですが、衆院選の公約にまでは触れていません。唯一、東京新聞が岸田氏と立憲民主党の政策や個別課題へのスタンスを対比させて一覧表にしているのが目を引きました。
 有権者の投票の判断に資する情報提供ができているのかどうかは、マスメディアの課題だと思います。

 

f:id:news-worker:20210930232752j:plain

 以下は、岸田新総裁選出を報じる9月30日付の東京発行各紙の1面と総合面の主な記事と社説の見出しです。野党に触れた記事も書きとめておきます。
▼朝日新聞
1面トップ「自民総裁に岸田氏/決選投票 河野氏破る/首相に来月4日選出/要職に萩生田・甘利・高市氏 浮上」
1面「『安倍・菅路線』向き合う時」坂尻顕吾政治部長
2面・時時刻刻「岸田氏 議員票で圧倒/安倍・麻生・甘利氏『3A』結束 二階派、特定候補支援できず」「党人事『たたき台つくり、1日かかる』/『傀儡と見られる』不安も」
※野党:4面「『安倍・菅政権の継承だ』/野党、衆院選へ対立軸探る」
社説「自民新総裁に岸田氏 国民の信を取り戻せるか」/『党再生』には程遠い/安倍氏の影拭い去れ/選挙前 国会で論戦を

▼毎日新聞
1面トップ「自民総裁に岸田氏/決戦で河野氏破る/来月4日 第100代首相に」
1面「甘利、萩生田氏が浮上/幹事長・官房長官 3候補処遇も焦点」
1面「党の変化 具体的に示せ」中田卓二政治部長
3面・クローズアップ「岸田氏『長老』の影/高市氏と『1・3位連合』」「河野氏、離反で伸びず」「人事 独自色か均衡か」
※野党:2面「野党『本質変わらず』/『ご祝儀相場』警戒」
社説「自民新総裁に岸田氏 『安倍・菅』路線から脱却を」/権力の二重構造に懸念/国民の審判は衆院選で

▼読売新聞
1面トップ「自民総裁 岸田氏/決選投票 河野氏破る/4日首相就任 年内に数十兆円対策」
1面「幹事長に甘利氏 調整/高市、萩生田氏 要職起用案」
1面「決め手になった『安定感』」村尾新一政治部長
3面・スキャナー「岸田氏 議員票圧倒/決戦『高市票』取り込む/安倍氏が影響力」「河野氏『党員票で勢い』不発」
※野党:4面「野党、対決姿勢強める/衆院選見据え 国会論戦を要求」
社説「岸田自民新総裁 政策を肉付けし安定政権築け/聞く力に実行力と発信力が必要」/スピード感持ち決断を/衆院選にどう臨むか/党改革の実現が課題だ

▼日経新聞
1面トップ「自民総裁に岸田氏/決選投票、河野氏下す/来月4日、首相に指名/甘利氏、四役で調整 高市氏も要職」
1面「今の日本に猶予はない」吉野直也政治部長
3面「勝敗決した2日前の会談/安倍・麻生・甘利氏でシナリオ/自民、支持回復で緩み」
社説「国民の声に耳を傾ける岸田政権に」/派閥に支えられた勝利/菅内閣の教訓に学べ

▼産経新聞
1面トップ「岸田氏 自民新総裁/コロナ対策『全て懸ける』/甘利氏 党四役で起用案/決選投票 河野氏破る」
1面「3度目挑戦 岸田氏覚悟の変身」佐々木美恵編集局次長兼政治部長
2面「河野氏 伸びなかった議員票」「高市氏『次』につながる敗戦」「野田氏 上積みも上位争い絡めず」
3面「岸田氏 保守系と距離感課題/『改憲・皇位継承』難題続々」
※野党:5面「野党『自民変わらない』/予算委での論戦要求」
社説(「主張」)「岸田政権誕生へ 国民を守り抜く首相たれ 信頼獲得へ政策遂行が重要だ」/コロナで実績を挙げよ/中国が50年ぶり論点に

▼東京新聞
1面トップ「自民新総裁 岸田氏/第100代首相へ 4日新内閣/決選投票 河野氏破る」
1面・解説「安倍・菅政治の継続選択/『負の遺産』向き合わず」
2面・核心「路線修正でもアベノミクス評価/しがらみ多く実行力に疑問符/立民、衆院選へ『説明しない政治』に照準」
※野党:3面「野党、政権浮揚を警戒/『中身変わらない』」
社説「岸田氏新総裁に 結局『永田町の論理』か」※中日新聞と共通