自民党公約が明示する「軍拡」~政権選択の最大論点

 衆議院が10月14日、解散されました。衆院選は19日公示、31日に投開票されます。憲法70条は、衆院選の後に初めて国会の召集があったときは、内閣は総辞職をしなければならないと規定しています。自民党、公明党連立の岸田文雄内閣は10月4日に発足したばかりですが、衆院選後に総辞職します。首相は国会議員の中から国会の議決で指名することになっており、衆院の議決が参院に優越するため、衆院選は有権者による事実上の政権選択の選挙です。では、今回の衆院選で問われるのは何なのでしょうか。
 解散翌日の15日付の東京発行新聞各紙の朝刊1面の記事から、主な見出しを書きとめてみます。
▼朝日新聞
「岸田・菅・安倍政権の4年 問う/衆院解散 31日投開票/首相、最大争点は『コロナ対策』」/「『悪弊』断ち切る覚悟 見極めを」坂尻顕吾政治部長
▼毎日新聞
「衆院解散 総選挙/31日投開票 戦後最短 19日公示/首相『与党で過半数目標』」/「国会軽視 国民の審判は」中田卓二政治部長
▼読売新聞
「コロナ・経済 争点/衆院解散 総選挙/31日投開票 短期決戦」
▼日経新聞
「コロナ・成長 争点に/衆院解散、岸田政権の信任問う/31日投開票」
▼産経新聞
「首相『奇襲』道開けるか/衆院解散 31日投開票」/「寝耳に水の党幹部 焦る野党」
▼東京新聞
「社会 つくり直す機会に/衆院解散 総選挙へ 19日公示31日投開票」/「分配・多様性・コロナ…問う」高山晶一政治部長

 「コロナ」「成長」「分配」といったキーワードが散見されます。岸田首相は「新しい資本主義」「分厚い中間層の再建」を強調しています。一方で野党第一党の立憲民主党は公約で「1億総中流社会の復活」を掲げています。格差社会の是正を巡って「成長」「分配」は大きな論点なのですが、政権選択の観点から見た時に、与野党の主張の違いは、有権者には分かりにくいのではないでしょうか。

 この衆院選で、わたしが自民党と野党との違いがもっとも具体的に、明確に表れていると思うのは、自民党の軍拡志向です。軍国主義とまでは言わないにしても、軍事優先の国家像を目指していることが、自民党の公約からは読み取れます。この点こそが、政権選択のもっとも先鋭的で具体的な論点だと考えています。
 自民党の公約集は公式サイトにアップされています。
 ※自由民主党「令和3年政策BANK」
https://jimin.jp-east-2.storage.api.nifcloud.com/pdf/pamphlet/20211011_bank.pdf

 「安全保障」の項目の中で、とりわけ以下の二つの項目は看過できません。

 ○自らの防衛力を大幅に強化すべく、安全保障や防衛のあるべき姿を取りまとめ新たな国家安全保障戦略・防衛計画の大綱・中期防衛力整備計画等を速やかに作成します。NATO諸国の国防予算の対GDP比目標(2%以上)以上も念頭に、防衛関係費の増額を目指します。

 ○周辺国の軍事力の高度化に対応し、重大かつ差し迫った脅威や不測の事態を抑止・対処するため、わが国の弾道ミサイル等への対処能力を進化させるとともに、相手領域内で弾道ミサイル等を阻止する能力の保有を含めて、抑止力を向上させるための新たな取り組みを進めます。

 かつて日本の防衛費はGDP比1%以内が政府の正式方針であり、1986年に中曽根康弘内閣が撤廃を決めた後も、1%をわずかに超えた事例があっただけのようです。
 ※参考 ウイキペディア「防衛費1%枠」

 「相手領域内で弾道ミサイル等を阻止する能力の保有」とは、安倍晋三元首相が退陣間際に置き土産のように残した「敵基地攻撃能力」のことと思われます。一口に「敵基地攻撃能力」と言っても、その技術開発のハードルは高く、膨大な社会的リソースと資金を必要とします。こうした「先制攻撃」の能力を含めて、これまでとは次元の異なる発想で軍事力の強化に努めることを明確に掲げています。
 確かに、北朝鮮がミサイル開発をやめないこと、あるいは中国が軍事力を増強し、その力を背景に一方的に現状変更を迫っていることが強調されれば、自衛のために限定して日本が敵基地を先制攻撃できる能力を持つのも致し方ないと考える人もいることと思います。そうでなければ国は守れない、それも独立国家の自衛権の行使だという主張には、なるほど説得力がありそうに見えます。
 しかし、問われるのはその先の想像力です。仮に日本が北朝鮮、さらには中国の軍事拠点を先制攻撃できる能力を保持する、あるいは保持に向けて軍事力の強化に乗り出したとしたら、北朝鮮や中国は黙って見ていてくれるのでしょうか。今度は、日本のその先制攻撃能力を無力化するための軍事力強化に乗り出すはずです。こちらが考えることは、相手も当然考えます。そうやって、果てしない軍拡競争に陥ります。それがわたしたちの社会にとって最善の道なのでしょうか。
 相手と国力に圧倒的な差があるにもかかわらず、軍拡競争の果てに戦争に至ってしまえばどうなるかは、1945年の敗戦で、わたしたちの父や祖父の世代は骨身に沁みて理解しました。直接はあの戦争を体験していない世代でも、歴史に学ぶ姿勢を持ち、少し想像力を働かせれば、そのことは容易に分かります。
 現在の視点で見て、米国を相手にあの戦争を戦ったことがいかに無謀だったかには、異論はないと思います。歴史から何を学ぶかは、なぜあの戦争を避けることができなかったのかを考えることだろうと思います。
 強調しておきたいのは、対米開戦前に、米国と戦争すれば必ず負ける、国が存亡の危機に陥ると予告していた軍人がいたことです。日本海軍の「最後の大将」として知られる井上成美(いのうえ・しげよし)は海軍航空本部長当時の1941年1月、及川古志郎・海軍大臣宛てに「新軍備計画論」という建白書を提出しました。その中の「日米戦争の形態」の一節で、仮に日米が戦った場合のこととして「日本が米国を破り、彼を屈服することは不可能なり」「米国は、日本国全土の占領も可能。首都の占領も可能。作戦軍の殲滅も可能なり。又、海上封鎖による海上交通制圧による物資窮乏に導き得る可能性大」と述べていました。東京のほか日本全土の占領、陸軍部隊の相次ぐ玉砕、連合艦隊の壊滅、海上封鎖による物資窮乏等は、ことごとく現実のものになりました。開戦前から結果を見通した慧眼の軍人もいたのに、その指摘は顧みられることなく開戦に至り、自国とアジア各地におびただしい住民、非戦闘員の犠牲を生んだ末に国家は破局を迎えました。
 軍事力増強はしばしば「抑止」が目的であって、戦争することが目的ではないかのように語られますが、そこを疑う必要があります。「今なら勝てる、勝負できる」と自国の軍事力と国力を過信すれば、戦争は止めることができなくなります。敗戦の経験と教訓が社会で受け継がれていれば、軍事力による抑止を「疑う」ことができると思いますし、そこに戦争放棄にとどまらず戦力不保持を定めた日本国憲法の歴史的な価値と意義があります。

※参考過去記事。井上成美に触れています

news-worker.hatenablog.com

 衆院選の自民党公約に戻れば、今の日本社会で、軍拡の一方で分厚い中間層を再建などと、本当に両立できるのでしょうか。1960年代の高度成長も、軽武装だから実現できたことです。今は60年代と違って少子高齢化社会であり、就労構造も非正規雇用が増大して様変わりしています。軍拡競争に充てる社会的資源を別の用途に充てる選択肢もあるはずです。
 各党の公約の違いによって、社会観や将来の国家像にどんな差異があるのか、そのことを具体的にイメージできる最大の論点が、自民党のこの軍拡路線を是とするか非とするかではないかと思います。衆院選では、その是非を考えるのに資する報道が、マスメディアの組織ジャーナリズムの役割と責任だと思います。このブログで繰り返し書いてきたことですが、軍事優先の発想は、自由な表現活動と相いれません。表現の規制や監視の強化も危惧されます。そこにマスメディアの当事者性もあります。

 以下は自民党が公約を発表した翌日の13日付の東京発行各紙の関連記事の見出しです。朝日新聞が総合面でも大きく展開しているのが目を引きましたが、焦点を当てているのは、「経済重視、軽武装」を伝統としてきた派閥・宏池会の領袖である岸田首相の「変節」のようです。組織ジャーナリズムの検証はそこで終わりではなく、自民党の軍拡路線が現実のものとなったときに、わたしたちの社会では何が起きるのかを探ることが必要ではないか、と思います。
▼朝日新聞
1面トップ「自民公約 力での対抗重視/防衛費『GDP比2%以上も念頭』/財政規律確保の文言 消える」
2面・岸田文雄研究「敵基地攻撃能力・憲法9条改正 前向きに/平和主義 名門派閥の理念封印」「『手段』か『変節』か」
▼毎日新聞
5面(総合)「自民公約『高市色』濃く/総裁選時の主張ふんだん」
▼読売新聞
1面「『中期防改定 前倒し』/自民公約 防衛力を大幅強化」
4面「自民公約『挙党』演出/高市氏政策 色濃く反映/『令和版所得倍増』は見送り」
▼日経新聞
2面「公約 党内主張寄せ集め/自民 コロナ・経済安保で法整備/防衛費『GDP比2%も念頭』」
▼産経新聞
1面「感染症 国の権限強化/『分厚い中間層』再構築」
▼東京新聞
1面トップ「自民 明記せず姿勢後退/立民 『早期実現』掲げる/『選択的夫婦別姓』巡る公約」