「敵を想定しその敵地を侵攻するという狂気」(保坂正康さん)~戦争体験の風化と軍拡公約の承認 衆院選報道振り返り②

 今回の衆院選で自民党は、軍事費の大幅な増加と敵基地攻撃能力の保有を公約に明記しました。そのことが何を意味するのか、わたしはこのブログの以前の記事(「『軍事優先社会』で何が起こるかを伝えることが衆院選報道に必要~マスメディアにも『表現の自由』の当事者性」「自民党公約が明示する『軍拡』~政権選択の最大論点」)に考えを書きました。ひとことで言えば、軍事優先社会への転換です。そして、その是非が衆院選の最大論点であるべきだったと思うのですが、実際には主要争点として扱われず、さしたる論戦もないまま、自民党が単独で絶対安定多数の議席を得るに至りました。自民党の公約はすんなりと承認されたことになります。そのことに、大きな危惧を抱いています。

 自民党の公約集「令和3年政策BANK」の「安全保障」の項には以下の記載があります。

 ○自らの防衛力を大幅に強化すべく、安全保障や防衛のあるべき姿を取りまとめ新たな国家安全保障戦略・防衛計画の大綱・中期防衛力整備計画等を速やかに作成します。NATO諸国の国防予算の対GDP比目標(2%以上)以上も念頭に、防衛関係費の増額を目指します。
 ○周辺国の軍事力の高度化に対応し、重大かつ差し迫った脅威や不測の事態を抑止・対処するため、わが国の弾道ミサイル等への対処能力を進化させるとともに、相手領域内で弾道ミサイル等を阻止する能力の保有を含めて、抑止力を向上させるための新たな取り組みを進めます。

 敵基地攻撃能力については「相手領域内で弾道ミサイル等を阻止する能力」との表現を用いていますが、こちらに飛んでくるミサイルを迎え撃つのではなく、相手領域内でミサイルを阻止する能力です。ミサイル発射前にたたく、つまり相手領域への先制攻撃です。国家の自衛権として先制攻撃が認められるのか、との論点はさておいて、仮に日本が中国なり、北朝鮮なりを敵と想定して、先制攻撃能力の保有に乗り出したら、相手は黙って見ているのでしょうか。相手から見れば、日本が自分たちへの攻撃準備を始めたということになり、今度は日本の能力を上回る攻撃力の保有に乗り出し、果てしない軍拡競争に陥ることになりかねません。
 敵基地攻撃能力にしても、敵が間違いなくこちらを攻撃しようとしていることを探知し、その上でミサイル発射を阻止すべく、先制攻撃を仕掛けることになります。その技術を開発するだけでも、いったいどれほどの費用がかかるのか。仮に軍事費(防衛費)を現在の倍にすれば足りるのか。その分、どこかの予算を削らなければなりません。とても「分配」どころではありません。軍事費だけは聖域化されることになれば、軍国主義とまでは言わないものの、軍事優先の国家です。
 1945年8月に日本の敗戦で終わった米国との戦争について、無謀な試みであったことに今日では異論はないと思います。それが歴史の教訓です。あの対米戦争も軍拡競争の帰結でした。国力では太刀打ちできないのに軍事力で対抗しようとした挙げ句のことでした。
 翻って今日、北朝鮮はともかく、国力ではかなうはずもない中国を相手に軍拡競争を始めて、その先に何が待っているのでしょうか。国を守るのに軍事力には頼らない、ということが76年前の敗戦の教訓であり、悲惨な戦争体験の共有があったからこそ、戦争放棄だけでなく戦力不保持を定めた日本国憲法が敗戦直後の日本社会で受け入れられた、とわたしは理解しています。軍事優先の国家へ道を開く自民党の公約が、さして議論のないままに受け入れられたことは、戦争体験が日本の社会で風化していることと無関係ではないとも感じます。

 そうしたことを考えていたときに、朝日新聞が11月5日付の朝刊に掲載したノンフィクション作家保坂正康さんの長文のインタビュー記事が目に止まりました。
 衆院選の結果をどうとらえているかを語った内容で「哲理なき現状維持」「ないがしろの憲法/無力化する立法府/戦後は終わるのか」「戦争した社会は現代とも地続き/危うい行政独裁」の見出し。三つの分析として①国民は何より現状維持を望んだ②維新の会や国民民主党など自民党に近接した政党が伸びた③立法府の無力化がさらに進むのではないか―を挙げています。
 中でも②について「総体的に保守勢力の追認という枠内にあり、護憲・戦後体制の崩壊、あるいは空洞化という結果になった。戦争体験などは検証されず、戦後が死んでいくのか、という思いを強く持ちます」と語る中での「戦後が死んでいく」という例えは、今のわたしの危惧と重なるように感じました。
 自民党が軍事費の大幅増と敵基地攻撃能力の保有を公約に掲げたことに対しても、聞き手の「中国の軍事的台頭や北朝鮮の核ミサイル開発を考えると、敵基地攻撃論も一定の説得力がありそうですが」との問いに答えて、以下のように批判しています。 

 「かつて、中国国民党トップの蒋介石の養子で日中戦争に携わった蒋緯国から対日戦略を聞いたことがあります。彼は『日本は必ずナポレオンやモンゴル帝国と同じ末路をたどるとみていた。侵略を始めると際限なく繰り返していく。なぜなら、反撃されることへの恐怖が深化して残酷になり、最後は崖から落ちてしまうのだ。だから直進一方の日本軍を奥地に引き込んで、兵站が切れた時に徹底してたたこうと考えた』と」
 「歴史は、まさにその通りになったわけですが、敵を想定しその敵地を侵攻するという狂気は、一度始めると際限がなくなるのです。そうした魔性を分析し抜いていれば敵地攻撃論などという考えが出てくるはずがありません」

 歴史への真摯で深い洞察に基づく言葉だと思います。今日の中国や北朝鮮の動向は、確かに心穏やかではいられないかもしれません。それでも正気を保てるだけの心の強さを持つために、あらためて歴史の教訓に向き合う。そんなことをあらためて考えたインタビュー記事です。