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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「最期は本名で」の真意は何だったのか~「狼煙を見よ 東アジア反日武装戦線“狼”部隊」(松下竜一)が描く検事の説得に思うこと

 先週1月26日、驚きのニュースに接しました。神奈川県内の病院に入院している男性が、1974年8月の三菱重工爆破事件など、74年から75年にかけて起きたいわゆる「連続企業爆破事件」の一部に関与したとして指名手配されている「桐島聡」を名乗っている、との内容でした。末期の胃がんで1月29日朝、死亡しました。「最期は本名で迎えたい」と話していたとのことです。同一人物なら70歳。確認は取れていないようですが、「本名」を名乗ったことは広く報じられました。願いは叶ったのでしょうか。
 報道を総合すると、男性は「内田洋」の名前で数十年前から神奈川県藤沢市の工務店で、住み込みで働いていました。金融機関の口座は持たず、給料は現金で受け取っていました。約1年前から通院し、今年になって入院。25日になって「桐島聡」を自称したとのことです。「桐島聡」本人であれば、指名手配から約半世紀を逮捕されることなく“逃げ切った”ということになります。
 三菱重工爆破事件が起きた時、わたしは中学3年生中学2年生でした。夏休みの終わりの8月30日、東京で大きな爆発事件があり死傷者が多数出ているとニュースで知りました。「東京は怖いな」と思いましたが、遠く離れた九州の中学生にそれ以上の感情はなかったように思います。警視庁は翌75年5月19日、メンバー7人を一斉に逮捕しました。朝刊に「逮捕へ」の特ダネ記事を掲載していた産経新聞は、「捜査妨害」の口実を与えないよう、当該地区への配達を遅らせた、という事件報道の歴史に残る出来事もあったのですが、そうしたことを知ったのも後年、通信社に就職し記者になってからでした。

 この「東アジア反日武装戦線」と一連の企業爆破事件に多少なりとも関心が高まったきっかけは、一冊の本でした。作家、松下竜一のノンフィクション「狼煙を見よ 東アジア反日武装戦線“狼”部隊」です。手元の河出書房新社刊の単行本の奥付を見ると、1987年1月に発行、同年10月に3刷とありますので、88年ごろに購入して読んだのだと思います。東アジア反日武装戦線のメンバーのうち、三菱重工本社爆破を実行した「狼」部隊の中心人物、大道寺将司を中心に、グループの軌跡や逮捕後の苦悩などを丁寧に追った作品です。

 「桐島聡」を名乗る男性が「最期は本名で迎えたい」と口にしたと知って、思い起こしたのは同書に描かれた大道寺将司の取り調べの様子です。
 彼は取り調べで全面自供に至りました。もともと、グループはほかの新左翼勢力とは異なり、法廷闘争に重きを置いていませんでした。逮捕されたら自死を選ぶために青酸入りカプセルを所持していましたが、逮捕当日は自宅に置き忘れていました。
 同書によると、メンバーたちは、三菱重工爆破で同社とは無関係の通行人らを含めて想定外の死傷者を出したことに内心では苦悩していました。取り調べでそこを突かれました。

「世間では君たちのことを爆弾マニアとか、生命感覚を喪失させた理論も思想もない連中であるといっている。君はそれでいいのか、残念だとは思わないのか。これを防ぐ途は、君が自ら真実を明らかにする以外にないはずだ」
「被害者が爆弾マニアによって死傷させられたのか、それとも革命思想や理論に基づいた者たちによって死傷させられたのかによって、彼らは救われるか救われないかが決まるのだ。もし君が真実を明らかにするならば、死傷者の中に救われる人が出てくるのだ。君は供述して彼らを救ってやる義務と責任があるのだ」
「君たちの戦いは終わった。君たちの任務は完了したのだ。総括すべきじゃないか」

 以上は、同書に収録されている取り調べ担当の検事、高橋武生の説得の言葉です。同書によると、大道寺将司だけでなく、他のメンバーも黙秘を貫くことなく早期に自供したとのことです。
 大道寺将司は死刑確定後、病気で死亡しました。日本赤軍が起こしたハイジャック事件で、超法規的措置として妻の大道寺あや子らが釈放され日本赤軍と合流する、といった出来事もありました。それらのことを「桐島聡」は報道で間違いなく知っていたはずです。検事の説得も含めて知っていたのかもしれません。

 「最期は本名で」とは、自分は最後まで逃げ切ってみせた、ということを歴史に残したかったのか。そうではなくて、何らか過去を総括したかったのかもしれない、とも思います。爆弾事件に至った思いや心情などを残しておきたい、ということだったのか。大道寺夫婦の軌跡は「狼煙を見よ」という優れた作品によって後世に残ります。犯罪は犯罪として、「桐島聡」が何かを語り残せば、それも歴史の記録になっていたはずです。いずれにせよ、もはや「最期は本名で」の真意は想像するしかありません。

 高橋検事は後年、東京地検検事正、福岡高検検事長を経て証券取引等監視委員会の委員長を務め、2013年2月に他界しました。東京地検次席検事の時に、わたしは社会部で検察担当の記者でした。
 東京地検のNO2の次席検事は重職で、特捜部の検事や法務官僚として早くから頭角を現した逸材が就くとされるポストでした。その意味では、記者たちの間で知られていた存在ではありませんでした。「今度の次席は公安畑らしい」と聞き、どこかで見た名前だと思い、やがて大道寺将司の取り調べ検事だったことに気付き、「狼煙を見よ」を読み返した記憶があります。遠くに感じていた爆弾闘争の時代のことが、少し身近になったように感じられました。
 次席検事はスポークスマン役なので、検察担当の記者とはよく顔を合わせます。事件から20年近くがたっていましたが、松下竜一が作中で描写した通りのオールバック姿でした。雑談の折りに、事件のことに水を向けたこともありますが、多くは語りませんでした。ただ、検事として峻烈と言っていいほど自らを厳しく律している、と感じました。爆弾闘争が激しかったあの時代に、公安検事として「人の生き死に」にかかわってきたとの自負の表れでもあったのだろうと思います。

 「桐島聡」がかかわった爆弾事件は半世紀も前のことです。関心があるのは一定の年代より上の層かと思っていたら、そうでもないようです。公開手配のポスターは至る所で目にします。若い世代でも、あの長髪に眼鏡をかけた顔はなじみがある、との解説を目にして、なるほどと思いました。マスメディアも連日、続報をつなぎました。世代を問わずよく読まれ、話題に上ったのではないでしょうか。

※追記 2024年1月31日8時50分
 ▽「後悔している」
 「桐島聡」を名乗り死亡した男性が、警視庁公安部の事情聴取に対し、東アジア反日武装戦線が起こした一連の事件について「後悔している」と話していた、との続報が目にとまりました。
※共同通信「『後悔』と桐島容疑者名乗った男 連続企業爆破など一連の事件に」=2024年1月30日
https://www.47news.jp/10460646.html

 「そうだろうなあ」と思う内容です。ただし、公安警察経由の伝聞情報であることには留意が必要だろうと思います。東アジア反日武装戦線のメンバーは、日本赤軍のハイジャック事件で超法規的措置で釈放された2人が逃亡中です。公安当局としては、情報戦、心理戦もさまざまに考えているはずです。

 ▽「大義は一面の真実」

 「桐島聡」が「最期は本名で迎えたい」と話していたことについて、オウム真理教をテーマにした映画「A」などで知られる森達也監督は「切なさを感じた」「オウム真理教事件の死刑囚や連合赤軍の関係者と同様、恐らく悩みながら、後悔しながらの半生だったのではないか」と話しています。共同通信の配信記事が、各地の地方紙の30日付朝刊に掲載されています。
 「爆弾闘争という手法は許されないが、その大義は一面の真実でもあった」「メディアや社会が単なる凶暴で冷酷な『テロリスト』が見つかった事案として今回の件を扱うのは違和感がある」としています。そして、政治に関心がない若い人に向けて「ぜひ記憶にとどめてほしい。かつての同世代の人たちが、米国との付き合い方、太平洋戦争で侵略したアジアへの補償や謝罪について、真剣に考えていたということを」と結んでいます。
 森監督の言葉に、前掲の松下竜一の著書「狼煙を見よ」を最初に読んだ時のことを思い出しました。大道寺夫婦は北海道の釧路の出身でした。大道寺将司の行動の原点に、地元でアイヌが就職などで差別を受けていることを知り、歴史的な問題意識を深めていった体験があることを同書で松下は指摘しています。爆弾闘争の方法論は全く容認できませんが、問題意識には共感する部分が少なくないように感じました。
 確かに「大義は一面の真実」であったのだろうと思います。

「派閥幹部は不問」に疑義を示す地方紙の社説、論説~続・検察は捜査を尽くしたか

 自民党のパーティー券裏金事件をめぐり、安倍派の政治資金収支報告書への虚偽記載に対して、検察が会計責任者を起訴しただけで、事務総長経験者ら派閥幹部の政治家は不問としたことをめぐり、東京地検特捜部が捜査を尽くしたと言えるのか疑問を感じていることは、一つ前の記事に書いた通りです。この点について、新聞各紙の社説、論説がどのように論じているかを、ネット上の各紙のサイトで全文が読めるものを対象に調べてみました。
 政治資金規正法は虚偽記載の処罰対象を会計責任者と規定し、政治家本人を処罰するためには会計責任者との共謀を立証する必要があります。捜査を尽くしたが、共謀の証拠は得られなかった、というのが検察の立場です。目にした範囲でのことですが、各紙の社説、論説は、政治家の責任を直接問うことになっていない点を政治資金規正法の欠陥ととらえ、法改正によって、会計責任者が有罪となれば政治家も議員資格を失う連座制を導入することなどを主張する点はおおむね共通しています。ただし、検察の捜査結果を必ずしも「是」とする社説や論説ばかりではありません。特に地方紙で、検察の刑事処分に相当強く疑義を示している社説、論説が目にとまりました。

 検察が刑事処分を発表したのは1月19日でした。翌20日付の全国紙5紙(朝日、毎日、読売、日経、産経)では、読売新聞と日経新聞の社説の中に、刑事処分への疑問とも受け取れるくだりがあるのが目にとまりました。以下に書きとめておきます。

▽読売新聞「政治資金起訴 派閥幹部の責任は免れない」
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20240119-OYT1T50233/

 一方、特捜部は、安倍派を仕切ってきた幹部議員について、全員の起訴を見送った。収支報告書の不記載は会計責任者に責任があり、幹部がそれを指示した証拠は乏しいと判断したのだろう。
 だとすると、会計責任者はなぜ不正を行う必要があったのか。その解明が不可欠だ。幹部らも還流を受けている。全員を不問に付すのは不公平感が拭えない。

 共謀を示す証拠はないというのなら、なぜ会計責任者は虚偽記載をしたのか。捜査はその点を解明していない、との指摘です。

▽日経新聞「自民は派閥解散を機に党再生へ踏み出せ」/先頭に立ち悪弊打破を/疑惑の幕引き許されず
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK196SJ0Z10C24A1000000/

 だが収支報告書に不記載の収入総額は3派閥で9億円を超える。最多の安倍派は6億円超だ。事務総長などの要職を務めながら、知らぬ存ぜぬですむ問題なのか。還流分を記載しなかった所属議員の大半も罪に問われていない。
 還流の仕組みをだれが考え、裏金は何に使ったのか。多くの国民が結果に納得できないのは当然だ。今後、検察審査会が処分の妥当性を審査する可能性もある。

 朝日新聞の社説は、還流を受けた議員側の立件を「3千万円」で線引きした点を中心に疑問を示しています。

▽朝日新聞「自民裏金事件 政治責任 不問にできぬ」
 https://digital.asahi.com/articles/DA3S15842786.html

 特捜部は政治資金をめぐる過去の同種事件を参考に、「3千万円」を基準にしたようだが、それ以下ならおとがめなしとの結論を、どれだけの人が納得できよう。今後、検察審査会への申し立ても想定される。幹部議員の責任とあわせ、無作為に選ばれた市民による判断を注視したい。

 毎日新聞と産経新聞の社説は以下で読むことができます。検察の捜査結果と刑事処分に対しての直接の批判、疑問は見当たりませんでした。
▽毎日新聞「裏金事件で3派閥起訴 政治家の責任は免れない」
 https://mainichi.jp/articles/20240120/ddm/005/070/073000c

▽産経新聞「政治資金不正事件 ザル法の穴を放置するな」
 https://www.sankei.com/article/20240120-CTFAPZULURO7LCJT2P2JJJNCPM/

 一方、地方紙の社説、論説の中には、検察への疑問を強い調子で打ち出しているものがあります。

 特に、佐賀新聞のサイトにクレジット付きで掲載されている共同通信配信の論説は、安倍派では2022年分はいったん還流をやめることに決まったものの、安倍晋三元首相が銃撃を受けて死去した後、幹部の協議で撤回された経緯を挙げ「会計責任者は幹部らの判断に従い、収支報告書に虚偽を記入した形だ」「むしろ同年分については、共謀があったと考える方が自然ではないのか」と強く疑問を投げかけています。
 政治資金規正法の不備の指摘は今に始まったことではなく、「政治とカネ」が問題になるたびに法改正の必要性が指摘され、何度か改正もされてきました。しかし、一向に不備は解消されていません。法改正に当たるのが当の国会議員たち、という事情もあるのだと思います。今回に限って、これまでとは異なる抜本的な改正が期待できるのでしょうか。この1週間ほどの自民党内の改革論議を見ても、全く楽観できないと感じます。
 だからこそ、検察の捜査が重要になります。政治家自身による改革に多くを期待できないからこそ、現行法の枠内で、検察が捜査を尽くし、立件にこぎつけることに意味があるはずです。証拠がなくても起訴せよ、というのではありません。本当に捜査を尽くしたのか、法の不備を言い訳にしていないと言い切れるか、疑問は解消しない、ということです。検察に批判的な、一群の地方紙の社説、論説に接してみて、あらためてそう感じます。
 検察は例えば袴田事件の再審公判では、執拗なまでの有罪主張を行っています。その有罪主張を支持するつもりはありませんが、そのことと比べても、裏金事件の捜査には、あらゆる手を尽くした、というような気迫は感じられません。手を尽くしたというのであれば、少なくとももっと詳しい説明が必要です。個人的な犯罪ならともかく、政党を舞台にした民主主義の根幹にかかわる事件です。

 以下に、裏金事件の検察の処分をめぐる地方紙の社説、論説のうち、ネット上で全文が読めるものの見出しをリンクと一緒に書きとめておきます。検察に批判的、懐疑的な内容のものは、本文の一部も書きとめておきます。

【1月20日付】
▽北海道新聞「自民党派閥資金立件 尻尾切りでは済まされぬ」/捜査尽くしたか疑問/体質刷新の本気度は/真の政治改革実現を
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/965373/

 特捜部が安倍派幹部7人を不起訴としたのは、会計責任者との共謀は問えないと判断したためだ。
 安倍派では2022年に還流を取りやめる方針が示され、後に撤回された。派閥運営を取り仕切る事務総長ら派閥幹部が違法性を認識していた疑いは拭い切れない。
 安倍派が22年までの5年間に政治資金収支報告書に記載しなかった金額は13億円超に上る。
 7人を任意で事情聴取しても、共謀を裏付ける証言が得られなかったのだろうが、捜査を尽くしたか疑問に思う国民は少なくない。
 公判を通じて焦点である裏金の使途など疑惑の全容を解明してもらいたい。

▽秋田魁新報「自民裏金、刑事処分 政治とカネ、抜本改革を」
 https://www.sakigake.jp/news/article/20240120AK0014/

 特捜部は安倍派幹部について会計責任者への還流分不記載などの指示を確認できず、共謀は問えないと判断。立件しなかった。国会閉会中の短期間の捜査では解明が困難だったか。検察審査会への審査申し立ては避けられないだろう。

▽山形新聞「安倍派、岸田派など解散へ 改革の覚悟、首相もっと」
 https://www.yamagata-np.jp/shasetsu/index.php?par1=20240120.inc

▽福島民報「【裏金事件刑事処分】決着とは到底いかない」
 https://www.minpo.jp/news/moredetail/20240120113919

▽福島民友新聞「自民裏金事件/派閥解散だけでは済まない」
 https://www.minyu-net.com/shasetsu/shasetsu/FM20240120-832749.php

▽信濃毎日新聞「安倍派幹部不問 捜査は尽くされたのか」
 https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2024012000170

 派閥の組織的な裏金づくりが慣行になっていたのは明白だ。政治家の刑事責任を問えなかった検察の捜査は、中途半端で終わった感が拭えない。
 (中略)
 安倍派の会計責任者は、NTT退職後、派閥に迎えられた。派内の実務を取り仕切る事務総長の経験者ら幹部議員の指示や了承なしに巨額の裏金づくりを続けていたとは到底思えない。
 22年4月には、会長だった安倍氏の意向を受け、還流の取りやめが決まった。ところが、一部議員の反発で、安倍氏の死後に、幹部らの協議を経て撤回している。
 こうした経緯からも、幹部議員らが違法性を知りながら還流の継続を認めていた疑いは残る。
 二階派と岸田派も派閥側で罪に問われたのは会計責任者だけだ。政治家を刑事告発した市民からは、不起訴の場合、検察審査会へ審査を申し立てる動きがある。
 検察には、政治家の立件を見送った理由について、今後も丁寧な説明を求めたい。

▽新潟日報「裏金一斉立件 政治への信頼地に落ちた」
https://www.niigata-nippo.co.jp/articles/-/347116

▽中日新聞・東京新聞「自民の裏金事件 幹部の責任問えぬとは」
 https://www.chunichi.co.jp/article/840473

 自民党の政治資金パーティーの裏金事件で、東京地検は安倍・二階・岸田各派の会計責任者らを政治資金規正法違反の罪で在宅・略式起訴した。安倍派幹部は立件されなかった。裏金は約6億円もあったのに、不問に付すとは到底納得できない。「ザル法」の穴を埋める法改正も急ぐべきだ。
 「会計責任者に任せていた」。安倍派幹部は検察の聴取にこう答えたという。会計責任者も「幹部からの指示はなかった」と。共謀を示す証拠が得られず、起訴できなかったことは極めて残念だ。
 (中略)
 裏金を受け取った側は、虚偽記入額が4千万円を超えた議員にだけ刑事責任を問うことで捜査の幕は閉じられそうだ。
 しかし、安倍派議員の大半が裏金を受領していた。派閥に入金しない「中抜き」もあった。横領に等しい。継続性、悪質性から派閥幹部を含め、受領額が4千万円以下でも幅広く処罰すべきだ。
 仮に政治資金という認識がない裏金ならば、個人所得として税務上の追及が必要ではないか。

▽京都新聞「安倍派幹部、不起訴 自民の病巣、温存は許されぬ」
 https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/1187958

 還流は森喜朗元首相が派閥会長だった20年以上前から行われていたとの証言があり、時効にかからない直近5年に事務総長など要職にあった塩谷立、下村博文、松野博一、西村康稔、高木毅、世耕弘成、萩生田光一の7議員の関与が捜査の焦点だった。昨今の政権で閣僚や党三役としても権力をふるってきた。
 特捜部は7人に任意で聴取したが、会計責任者に不記載を指示するなど「共謀」を裏付ける証拠が固まらなかったとする。7人の中には、還流を「派閥会長案件」とし、亡くなるまで務めた安倍晋三元首相と、先代の細田博之前衆院議長に責任を向ける説明もあったという。
 これで捜査を区切るなら疑問が尽きない。還流による裏金は100人近い安倍派の大半が受けていたとされる。立件を線引きする根拠は何か。少なくとも裏金工作を管轄する立場にあった7議員は起訴し、司法の裁きに委ねるべきではないか。

▽神戸新聞「裏金の一斉処分/自民党は解党的出直しを」
 https://www.kobe-np.co.jp/opinion/202401/0017241947.shtml

 一方で、安倍派の事務総長を務めた松野博一前官房長官、西村康稔前経済産業相ら幹部7人の立件は見送られた。会計責任者に還流分の不記載などは指示しておらず、共謀は問えないと判断した。国会閉会中の短期間で捜査が尽くされたか疑問だ。

▽山陽新聞「裏金事件の処分 国民は到底納得できない」
 https://www.sanyonews.jp/article/1505085

▽中国新聞「自民派閥裏金事件 幹部不起訴は納得できぬ」
 https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/413813

 特捜部は、安倍派の会計責任者と二階派の元会計責任者を在宅起訴、岸田派の元会計責任者を略式起訴した。安倍派を重点的に捜査し、実力者「5人組」を含む幹部7人を任意で事情聴取したが、いずれも不起訴とした。
 だが、事務方だけが立件され、派閥幹部らが刑事責任を逃れれば「トカゲのしっぽ切り」だ。到底納得できない。
 (中略)
 規正法は報告書の虚偽記入の処罰対象を会計責任者と定める。政治家を立件するには会計責任者との共謀を示す明確な証拠や供述が必要だ。東京地検は「共謀を認めるのは困難と判断した」としたが、具体的に説明してほしい。
 立件のハードルが高いことは理解できるとしても、キックバックの仕組みを事務方でつくり、継続的に運用できるわけがない。共謀があったと考える方が自然ではないか。

▽高知新聞「【自民の裏金事件】不信払拭へ道のりは遠い」
 https://www.kochinews.co.jp/article/detail/715082

▽西日本新聞「検察の裏金捜査 国民は到底納得できない」
 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1169658/

 億単位の裏金を会計担当者の一存でつくれるだろうか。派閥幹部の刑事罰を問わない捜査結果に、国民はとても納得できまい。
 (中略)
 裏金づくりに幹部の関与がなかったとは到底思えない。議員がパーティー券の販売ノルマを超えた額を派閥から受け取る際、政治資金収支報告書に記載しないように派閥から言われた、との証言が複数出ている。
 安倍派では22年のパーティーで還流をやめる方針だったが、会長の安倍晋三元首相が死去した後、幹部らが協議して継続したという。
 安倍派をはじめ3派閥は、裏金づくりに誰がどのように関わったかを国民に説明すべきだ。その上で責任の所在を明確にしてもらいたい。

▽佐賀新聞「派閥幹部不起訴 決して免責ではない」※共同通信
 https://www.saga-s.co.jp/articles/-/1179962

 安倍派では2022年に特殊な経緯があった。西村康稔前経済産業相が事務総長だった同年4月、会長の安倍晋三元首相の意向で還流取りやめが決まったのに、7月の銃撃事件で元首相死去後、西村氏ら枢要な幹部が協議して方針を撤回。従来通りの処理が行われた。

 会計責任者は幹部らの判断に従い、収支報告書に虚偽を記入した形だ。幹部が還流や裏金化を知らなかったと言えるはずがない。むしろ同年分については、共謀があったと考える方が自然ではないのか。
 通常国会までに終結させる前提だった特捜部の捜査は「尽くされた」と言えるのか。捜査と不起訴処分の適否はいずれ、検察審査会が告発人の申し立てを受けてチェックすることになろう。

※同趣旨
 ・東奥日報「政治的、道義的責任免れぬ/自民派閥幹部立件せず」
  https://www.toonippo.co.jp/articles/-/1710411
 ・福井新聞「派閥幹部『秘書が…』 免責ではないと自覚せよ」(1月24日付)
  https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1960742
 ・山陰中央新報「派閥幹部不起訴 決して免責ではない」(1月21日付)
  https://www.sanin-chuo.co.jp/articles/-/516514

【1月21日付】
▽琉球新報「自民主要派閥解散へ 根本的解決にはほど遠い」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-2717430.html

検察は捜査を尽くしたか~裏金事件、安倍派幹部議員「不問」への疑問

 自民党のパーティー券裏金事件は1月19日、東京地検特捜部が在宅捜査分について刑事処分を発表し、区切りを迎えました。派閥の政治資金収支報告書をめぐる政治資金規正法違反罪(虚偽記入)では、自民党安倍派の会計責任者、二階派の元会計責任者を在宅起訴、岸田派の元会計責任者を略式起訴としましたが、派閥幹部の国会議員の刑事責任は不問とされました。個別の議員の収支報告を巡っては、安倍派1人について議員本人と秘書が在宅起訴、議員もう一人と秘書が略式起訴になりました。二階派の二階俊博元自民党幹事長の秘書も略式起訴になりました。ほかに、逮捕された安倍派の池田佳隆衆院議員と秘書は捜査が続いています。
 この捜査結果に対して、いくつか疑問を感じています。大きく分けると①派閥、特に5年間で13億5千万円余りもの不記載があった安倍派について、事務総長経験者ら派閥幹部の政治家の刑事責任を不問としたこと②還流を受けた政治家について、収支報告書への不記載の額がおおむね3千万円で線引きされ、そのラインに満たなかった政治家に対しては、会計責任者の訴追もないこと―の2点です。

■検察の姿勢と捜査力
 1点目の派閥幹部の責任について、報道によると、派閥の会計責任者との間に共謀があったことを示す証拠が得られなかったためとされます。そもそも取り調べに対して、議員が「会計責任者に、収支報告書には記載しないよう指示しました」とか、会計責任者が「○○議員から言われたとおりにしました」と話すわけがありません。そうした供述は得られなかった、だから共謀は認定できない、というのであれば、検察は何と優しいのかと思います。
 捜査を尽くすというのであれば、そうした供述になることを折り込んだ上で、どんな捜査をしたのか、およそ考えつくことはすべてやり尽くしたというところまでやったのかどうかが問われます。なぜなら、これまでも「政治とカネ」が問題になるたびに、特に自民党の議員からは「秘書が」「秘書が」との言い訳が繰り返されてきたからです。「そんなわけないだろう」というのは社会の一般的な感覚です。捜査結果について、東京地検の新河隆志次席検事は19日に記者会見を開きました。報道で見る限りですが、どこまで捜査を尽くしたかの説明は極めて淡白で具体性を欠きます。到底、社会一般の疑問に答えうる内容ではありません。
 疑惑を刑事告発して今回の捜査のきっかけを作った神戸学院大の上脇博之教授は、東京新聞の取材に「政治資金収支報告書に書くべき金額を書かないという判断を、会計責任者や事務方だけでできるとは思えない。検察は本当に捜査を尽くしたと言えるのか」(1月20日付朝刊1面掲載記事)と疑問を示しています。また同紙特報面の記事では「幹部の携帯電話を押収し、事務方との通信記録を精査するべきだった。証拠がなかったわけではなく、捜査を尽くしていないだけだ」と批判しています。
 気になるのは毎日新聞の20日付朝刊3面「共謀立証 記載認識の壁」の見出しの記事の一節です。東京地検特捜部の聴取に対し、安倍派幹部の議員たちの供述は食い違いがあったとしています。幹部の会合で、一人が収支報告書への記載の仕方に具体的に言及したとの証言が取材で得られたとも書いています。同様の証言が特捜部の捜査の中でも出ていたとすれば、その食い違いを特捜部は放置したまま、議員の責任は不問としたのでしょうか。
 現状で「法の不備」と結論付けるのは尚早で、主には検察の姿勢と捜査力の問題ではないかと感じます。あらゆる手立てを尽くし、多少は無理筋を承知でも、新しい判例を得るぐらいのつもりで政治家を訴追し、でもやはり裁判所で「無罪」が確定するなら、そのときが現行の政治資金規正法の本当の限界のはずです。

■驕りと傲慢さ
 2点目の、還流を受けた議員側の立件範囲の問題でも、問われるのは「検察の姿勢」であるように思います。
 立件の線引きが3千万円というのは、検察なりの法の安定性を重視してのことなのでしょう。犯罪の態様が従来と同じなら、その理由にも納得性がないわけではありませんが、今回はどうでしょうか。パーティー券の売り上げは政治資金収支報告書に記載されないことで裏金と化しました。記載していれば還流自体は問題ないから形式犯だ、との主張も目にしますが、裏金を得るために収支報告書に記載しなかったとの疑いは解消していません。形式犯にとどまりません。そんな行為が派閥ぐるみで慣習として、複数の派閥で続いていました。
 公費から政党交付金を得ている政党で、派閥単位で組織的にパーティー券収入を得て、その一部を裏金にする。今までに例を見ない悪質な態様です。裏金化を完結させる行為として、収支報告書に記載しない行為(=虚偽記載)がありました。その行為が意味する悪質さが社会で共有されているからこそ、世論調査では岸田文雄政権、自民党ともに支持を落としていました。検察もその悪質さを踏まえるなら、従来の基準にこだわらず、金額の多寡にかかわらず虚偽記載があった政治家側はすべて訴追してもいいはずです。
 検察官は公訴権を独占しています。また、犯罪行為をすべて起訴しなければならないわけではなく、態様などを考慮して起訴しない(起訴猶予)ことも認める「起訴便宜主義」もあります。検察が大きな裁量を持っているのは確かですが、だからといって、あまりに社会の一般的な考え方、受け止め方と遊離した判断を取るのは、検察の驕り、傲慢さではないかと感じます。
 政界事件ではこれまでも、社会一般の考えとかけ離れた驕り、傲慢さがみられました。例えば、河井克行元法相夫妻の選挙違反事件では、被買収側の地方議員らは当初、起訴されていませんでした。

■検察権力の監視
 今回の検察の刑事処分について、マスメディアは大きく報道しました。東京発行の新聞各紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京の6紙)も20日付朝刊でそろって1面で大きく扱いました。ただ、岸田首相が言い出した岸田派の解散に続き、安倍派、二階派も解散を決めた、との政界ニュースとの比較では、どちらをトップとするかは扱いが分かれました。1面トップを検察の処分にしたのは朝日新聞、毎日新聞の2紙。派閥解散をトップにしたのは読売新聞、日経新聞、産経新聞の3紙です。東京新聞は、1面トップの記事は検察の処分が中心で、リードに派閥の解散を盛り込み、いちばん大きな横見出しに「安倍派幹部『裏金』不問」、縦見出しに「自民3派閥 解散へ」と取っています。強いて言えば、朝日、毎日両紙に近いかもしれません。

 各紙とも総合面の長文のサイド記事などで、検察の捜査と今回の処分を詳しく伝えています。それらの記事からは、派閥幹部の訴追を見送った点について、「捜査を尽くしたが証拠がなかった」との検察の立場、言い分はよく伝わってきます。では、その検察の“弁明”をそれでよしとするのかどうか。気になるのはその点です。ただ、メディアとして統一見解があるとは限らないと思いますし、取材に当たった個々の記者の間で考えが異なることもあるだろうと思います。そのことを踏まえた上で、いくつか書きとめておきます。
 ・検察の処分に対して、紙面全体から「疑問」「納得できない」とのトーンを感じるのは東京新聞です。以下は各紙の本記の扱いと主見出しです。「安倍派幹部『裏金』不問」を1面トップの横見出しに据えた東京新聞は、他紙と一線を画しています。

 ほかにも東京新聞は前述のように、1面に刑事告発で捜査のきっかけを作った神戸学院大の上脇博之教授に取材した記事を掲載。特報面でも見開きで関連記事を掲載しており、「刑事責任 議員は過保護?」などの見出しが目を引きます。
 ・この事件の捜査をめぐる昨年来の報道は、朝日新聞が際立っていました。検察の立件対象の絞り込みなど、捜査の節目を最初に報じるのは、おおむね朝日新聞でした。検察の捜査を深くウオッチしていたのだと思います。その朝日新聞が、検察の刑事処分をどのように評価するのかに関心がありました。捜査の推移を報じることだけでなく、検察という公権力が権力をどう行使するのか(しないのか)を監視するのもマスメディアの役割の一つだと考えるからです。その中で、この事件の取材を統括する立場ではないかと思われる社会部次長の署名入り1面解説記事「党の腐敗 徹底検証が先決」の一節が目にとまりました。抑制が効いていると感じます。

 二階派、岸田派にも及んだ事件は自民党全体の構造腐敗を示しており、国民に対するかつてない重大な背信行為だ。
 であるが故に、幹部議員が立件されなかった捜査結果に納得できないという市民感覚は当然だろう。一方で、証拠が不十分なのに懲らしめ目的で刑事責任を科すのは法治国家として許されない点には留意したい。捜査が尽くされたかどうかは今後、検察審査会で審査される可能性がある。


■「離脱」も「解散」も方便か
 事件は政治的にも大きな影響があります。一つだけ、派閥の解散論議で疑問に思うことを書きとめておきます。
 岸田首相が岸田派の解散を言い出し、それが安倍派、二階派にも波及したようです。その岸田首相は昨年12月、派閥を離脱していたはずです。派閥に属していないのに、なぜ派閥の解散を決めることができるのか。素朴な疑問です。その点を指摘する報道も、20日付朝刊各紙には見当たりませんでした。離脱しても事実上のオーナーなのだから、大した問題ではない、ということなのかもしれません。本当にそうでしょうか。
 「離脱しても事実上のオーナー」ということは、離脱に実際は何の意味もない、ということになります。あるいは、離脱は一時的なことで席(籍)は残っている、ということなのか。やはり離脱に意味が見出せません。方便に過ぎないのではないか。そうであれば「解散」もまた一時的な方便ではないのか。そうではないとどうして言えるのか。
 マスメディアの政治報道の課題があぶり出されているように感じます。

 以下に、1月20日付の東京発行各紙の朝刊の主な記事の扱いと見出しを書きとめておきます。

【朝日新聞】
▽1面
・トップ「安倍・二階・岸田派を立件/在宅・略式起訴 会計責任者ら 虚偽記載罪/幹部議員らは見送り」
・準トップ「立件の3派閥 解散決定/安倍・二階・岸田派 政権 不安定化」
・視点「党の腐敗 徹底検証が先決」
▽2面(総合)
・時時刻刻「組織的裏金 立証に壁/安倍派幹部ら 不記載関与は否定/検察『証拠基づき判断』」「3000万円 立件線引き 認否で分かれた処分」「不起訴 検審で妥当性審査へ/『起訴相当』2回で強制起訴」
▽3面(総合)
・「脱派閥 自民ちぐはぐ/麻生氏『やめない』三派連合、終焉」「二階氏『人は自然に集まる』安倍派は異論なし」
・「残る実態解明 安倍派幹部は『潔白』主張」
・視点「改めるべきは 政治とカネ繰り返す体質」
▽4面(総合)
・「派閥解散 野党『目くらまし』」など関連記事5本
▽社会面~第2社会面
・トップ「政治の裏切り 失望/『かけ離れた感覚』『国民は精いっぱい』」 関連記事9本、うち識者談話2本
▽社説「自民裏金事件 政治責任 不問にできぬ」

【毎日新聞】
▽1面
・トップ「自民3派閥裏金 起訴/会計担当者ら 安倍7幹部は見送り」「大野氏在宅 谷川氏略式」
・「これで済むわけがない」松尾良・政治部長
・「安倍・二階・岸田派 解散へ/塩谷氏『国民の信頼裏切った』」
▽2面(総合)
・「派閥解散名ばかり疑念/『政策集団』存続に含み」「自民党内に亀裂も」
▽3面(総合)
・クローズアップ「共謀立証 記載認識の壁/客観的証拠 乏しく」「検察審査会 対象外か」「処分『相場』過去との公平性/政治家『訴追ライン』3000万円か」
▽5面(総合)
・「野党攻勢 裏金解明訴え」など関連記事2本
▽社会面
・トップ「安倍派勢力拡大『還流』脈々/『事務所は火の車』にじむ自己弁護」連載企画「裏金 パーティー事件」(上)など関連記事7本、うち識者談話2本
▽社説「裏金事件で3派閥起訴 政治家の責任は免れない」/「首相が『岸田派』解散 党全体で取り組めるのか」

【読売新聞】
▽1面
・トップ「安倍・二階派も解散へ/パーティー券/麻生・茂木派は慎重」
・「首相『全派閥解散』へ賭け」連載企画「裏金 悪弊の果て」(1)※3面へ
・「3派会計責任者ら立件/規正法違反 安倍派幹部 見送り 東京地検」
▽3面(総合)
・スキャナー「派閥解消へ流れ/安倍派『存続訴えは皆無』/二階派『選挙戦いやすく』」「不正処理『意図的で悪質』/特捜部判断『幹部と共謀』証拠なく」
▽4面(政治)
・「各派閥 謝罪と釈明」など関連記事8本
▽15面 論点スペシャル「パーティー券問題 刑事処分」識者3人(五十嵐紀男・元東京地検特捜部長、北川正恭・元三重県知事、国広正弁護士)
▽社会面
・トップ「不記載『長年の慣行』/安倍派『5人衆』具体的説明なし」など関連記事2本
▽社説「自民派閥解散へ 党の体質改善につながるか」/「政治資金起訴 派閥幹部の責任は免れない」

【日経新聞】
▽1面
・トップ「安倍派・二階派解散へ/自民、党内政治に転機/首相『信頼損ねおわび』」
・「自民3派閥 在宅・略式起訴/幹部の刑事責任問わず」
▽3面(総合)
・「派閥なき党内統治 探る/自民、解消失敗の歴史/『政策集団のルール再考』/過去には首相公選 議論」
・「ガバナンス改革の先に」吉野直也・政策報道ユニット長
▽4面(総合)
・「春の補選、政権正念場に」など関連記事5本
▽社会面
・トップ「3000万円 立件ラインに/『派閥とカネ』攻防2カ月」 関連記事5本
▽社説「派閥解散を機に党再生へ踏み出せ」/先頭に立ち悪弊打破を/疑惑の幕引き許されず

【産経新聞】
▽1面
・トップ「安倍派・二階派も解散/麻生・茂木派は協議/パーティー収入不記載」
・「3派会計責任者ら立件/一斉処分 大野・谷川議員も」
・「購入者リスト 群がる『ハイエナ』」連載企画「汚れた錬金術 自民党派閥パーティー券事件」(上)※社会面に続く
▽2面(総合)
・「首相、電撃表明で突破/派閥解散 昨年末から探る」「最大派閥・安倍派の解体『衝撃』/改憲・皇位 議論停滞も」
▽3面(総合)
・「立件逃れた派閥幹部/指示証拠なく『共謀』の壁再び」「安倍派幹部ら再捜査必至/検察審査会 申し立て公算」
・「自民難局 春には補選/捜査区切りも影響懸念」
識者談話2人
▽社会面
・トップ「志捨てた議員 派閥の罪/有権者の声よりカネ集め」※1面企画続き など関連記事3本
▽社説「派閥の解散 自民は政策本位で再建を」/「政治資金不正事件/ザル法の穴を放置するな」

【東京新聞】
▽1面
・トップ「安倍派幹部『裏金』不問/会計責任者ら8人立件/自民3派閥 解散へ」
解説「裏金1千万円 軽くない」
・「『検察は捜査尽くしたのか』刑事告発した上脇博之・神戸学院大教授」
▽2面(総合)
・核心「規正法の限界 浮き彫り/虚偽記入『共謀』証拠得られず/検察の慎重姿勢『国民の声で変わることも』」ほか関連記事4本
▽3面(総合)
・「派閥解消 遠のく解明/安倍・二階・岸田派 国民の疑問に答えず」ほか関連記事1本
▽20~21面(特報)
・「刑事責任 議員は過保護?/大山鳴動したけれど/『民間なら脱税 違いは』/『検察は中立・公正なのか』」「秘書ら身代わり 昔も今も/『桜を見る会』は略式起訴 『リクルート事件』は自殺/『番頭』『金庫番』一蓮托生 思い強く/派閥解散表明より政治資金制度の改革を」
▽社会面
・トップ「『なぜ裏金』見えぬまま/『今回を忘れず投票』『カネ絡みの政治家一掃を』」など関連記事5本
▽社説「自民の裏金事件 幹部の責任問えぬとは」

※参考過去記事

news-worker.hatenablog.com

news-worker.hatenablog.com

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「文章作法」と新聞

 東京近郊の大学で非常勤講師を務めている「文章作法」の年明け最初の授業が先日、ありました。「年明け最初」と言っても、次回が最終回。この大学での2年間の任期が間もなく終わります。
 授業では、履修生たちに冬休みの宿題として小論文を課していました。テーマは「ニュースを社会で共有することの意義」。この日の授業で講評を行う予定でしたが、元日に能登半島地震の発生があり、その報道に接した履修生たちもいろいろ思うところがあったようです。わたしが想定していなかった興味深い視点の文章を提出してきた履修生もいました。一人一人に納得がいく文章を書き上げてもらい、わたしもしっかり読みたいと思い、締め切りを延ばしました。それぞれ、時間が許す限り推敲を重ねたうえで再提出してもらい、講評は最終回の授業で行うことにしました。
 文章には読み手がいて、伝えたい内容があります。つまり、文章はコミュニケーションです。深いコミュニケーションを取るには、伝え手と読み手の間に、社会で何が起きているか、社会がどうなっているかについて、共通の知識、理解があることが役立ちます。授業では毎回、社会と向き合う視点を鍛える一助として、新聞紙面を元に、時々のニュースの読み解き方を解説してきました。新聞紙面を使っているのは、同じ出来事でも新聞によって取り上げ方が異なることが視覚的にも分かりやすいこと、その体験を通じて、多様な価値観が社会にあるとはどういうことかを理解してもらえるのではないかと考えるからです。この日は、1月3日付の東京発行の新聞6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)を教室に持ち込みました。
 元日に能登半島地震があり、2日には羽田空港で日本航空の旅客機と海上保安庁の航空機の衝突・炎上事故がありました。新聞社は元日の新聞制作を休んでおり、2日付紙面は発行されていません。この二つの大ニュースはいずれも3日付紙面が初報でした。どちらを1面トップにするか。東京発行6紙は能登半島地震2紙(朝日、毎日)、羽田の事故4紙(読売、日経、産経、東京)に分かれました。
 新聞はニュースを重要度の順に格付けして伝えるメディアです。各紙が1面トップに据えるのは、その日の紙面に掲載する全ニュースの中で最重要と判断したニュースです。能登地震と羽田の事故と、それぞれにどのようなニュースバリューがあったか、履修生たちにも考えてもらいました。どちらの判断が正しいか、ということではありません。多様な判断が社会に併存していること自体が価値だと説明しました。ブランケット判と呼ばれる大きなスペースに、新聞ごとに異なる見出しや写真のレイアウトで視覚的にも訴求する新聞は、各紙の違いを見比べることによって、そうした価値観の多様さを体感することができるメディアです。
 わたし自身は、1月3日当日は、ニュースとしては新しい羽田事故がトップだろうと思っていました。しかし今は、被害の規模、報道すべきテーマ、検証すべき課題が多岐に、かつ長期にわたることなどから、やはり地震がトップだったかな、と、考えが変わっています。そんなことも率直に話しました。

 震災、地震報道と記者の取材についても少し話しました。折しも1月17日は阪神・淡路大震災から29年の日でした。履修生たちが生まれる前の出来事です。その後も、東日本大震災をはじめ各地で大きな地震があり、報道もさまざまな経験を積んできています。それまでの災害取材の経験から、能登半島地震で現地の初期の映像、特に家屋や建物の倒壊状況を見ただけで、大変な犠牲者が出ていることを見抜いていた記者やデスクもいる、という話もしました。
 わたし自身を振り返れば、災害取材を中心になって担当する社会部に長く所属しながら、実は災害の現場取材はほとんど経験がありません。1995年の神戸・淡路大震災の時は東京の社会部の中堅どころの記者でした。先輩や同僚が、神戸や大阪へ次々に応援に向かう中で、わたしは残留を命じられ、現場取材に行く機会はありませんでした(ちなみに、この年はオウム真理教をめぐる一連の捜査もありましたが、やはり山梨・上九一色村などの現場取材にも行っていません)。2011年3月11日の東日本大震災の時は、3月1日付で東京本社から大阪支社の管理職に異動したばかりでした。被災地で取材する同僚や東京本社のバックアップに努める日々でした。
 大規模な災害だからといっても、記者が全員、現場に行くわけではありません。危険な現場で記者や写真記者が安全を確保しながら取材を進めるためには、食事や休息の確保をはじめとして、後方をしっかり固めることも必要です。そのために必要な仕事もたくさんあります。災害のほかに報じるべき出来事も日々、起きています。現場と後方の役割分担といったことも含めて、組織ジャーナリズムだからできる取材と報道があります。授業では、そんな話もしました。

 冬休みを挟んで久しぶりのキャンパスは冬景色でした。次回は最後の授業になります。履修生たちの提出作をしっかり読み込んで、一人一人にフィードバックし、実のある学びを得たとの実感を持ってもらおうと思っています。

 能登半島地震は、時間が経つにつれ被害の実相がだんだんと明らかになり、検証の課題も浮かびつつあるように感じます。亡くなられた方々に改めて哀悼の意を表し、被災された方々にお見舞い申し上げます。それぞれの人が、今いる場所で、できることを続ける支援の形もあると考えています。

辺野古の工事強行 本質は「地域の自己決定権」~問題意識共有する地方紙の社説、論説

 沖縄の米軍普天間飛行場の移設計画をめぐり、米映画監督のオリバー・ストーン氏らが辺野古の新基地建設に反対し、建設の中止を求める声明を1月6日に発表したとのニュースが目にとまりました。琉球新報の報道によると、声明には「沖縄の自己決定権、民主主義、自治権」を支持するとの趣旨が盛り込まれているようです。民主主義と人権を重んじるのであれば、地域の自己決定権や自治権をも尊重するのは、国を問わず共通する価値観であり、沖縄の基地の過剰な集中の問題の本質も、その点にあるのだとあらためて感じます。
※琉球新報:「世界の識者『辺野古ノー』 ストーン監督ら400人声明」=2024年1月7日

ryukyushimpo.jp

 声明は「沖縄の自己決定権、民主主義、自治権を支持する」者として、「県民の大多数が反対しているにもかかわらず、辺野古埋め立てにこだわり続け、かけがえのない生態系を破壊している」として日米両政府を非難した。代執行について、本紙12月27日付社説が「他県に住む方々は、自らの地域にこのような事態が降りかかることを是認できるだろうか」と指摘したことにも言及。「植民地主義的無関心」と日米の市民に突きつけ、沖縄差別と軍事植民地化に終止符を打つよう呼びかけた。

 この声明からまもなく、日本政府は1月10日、辺野古沖の軟弱地盤地域で工事着手を強行しました。このことに対して、日本本土の新聞各紙がどのように論じているか、11日付け以降の社説、論説について、ネット上の各紙のサイトで確認できる限りで見てみました。
 政府が地域の自治をないがしろにしており、それに司法までもが加担したこと、このままでは同様のことが沖縄に限らず全国どこでも起きかねないこと、との認識が、特に地方紙の社説や論説から感じ取れます。「問われているのは地域の自己決定権」との問題の本質が日本本土でも広く共有されれば、新たな動きにつながる可能性も出てくるように思います。

 以下に、各紙のサイト上で確認できた社説、論説の見出しや内容の一部を書きとめておきます。全文が読めるものは、リンクを張っておきます。

■全国紙
▽朝日新聞 1月12日付「辺野古着工 疑問は膨らむばかりだ」
 https://digital.asahi.com/articles/DA3S15836113.html
▽毎日新聞 1月11日付「国が辺野古工事を強行 沖縄の声無視は禍根残す」
 https://mainichi.jp/articles/20240111/ddm/005/070/082000c

■地方紙

【1月16日付】
▽熊本日日新聞「辺野古着工 沖縄の声に応えぬ強行だ」

【1月14日付】
▽北海道新聞「辺野古着工 強行だけでは解決せぬ」
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/962882/

 岸田文雄首相は「丁寧な説明を続けていきたい」と述べたが、自身も担当閣僚も玉城デニー知事といまだ会うことさえしていない。
 知事は「丁寧な説明とは到底真逆の極めて乱暴で粗雑な対応だ」と非難した。全くその通りだ。
 司法判断を振りかざし、民意を容赦なく踏みにじるのは、極めて傲慢(ごうまん)な対応と言わざるを得ない。
 意に沿わぬからと言って県の権限を奪い取る代執行は、全国の自治体をも萎縮させかねない。

▽高知新聞「【辺野古工事】強行をやめ対話を重ねよ」
https://www.kochinews.co.jp/article/detail/713431

 政府は、普天間の危険性除去には「辺野古移設が唯一の解決策」との立場を堅持している。ただ軟弱地盤改良工事を伴う設計変更で、移設計画は当初とは「別物」になっている。さまざまな疑問が拭えないのは地元の沖縄県だけではあるまい。
 政府が当初、示していた工期は5年。普天間返還は「2022年度またはその後」と説明していた。このスピード感が「辺野古が唯一」とする主張を支えていた面もあった。
 (中略)
 故翁長雄志知事はかつて、安倍政権の強硬姿勢を米占領下の沖縄で強権を振るったポール・キャラウェイ高等弁務官に重ね、「問答無用という姿勢が感じられる」と批判した。
 「聞く力」「丁寧な説明」を掲げる岸田首相も、沖縄の基地問題でも言葉と裏腹の対応と言われても仕方があるまい。政府は工事の強行をやめ、県や米国との対話で抜本的な解決策を探るよう重ねて求める。

【1月13日付】
▽中国新聞「辺野古追加着工 沖縄と誠実に向き合え」
 https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/410427

 政府の方針に逆らえば知事の権限を剥脱する―。その上で工事が強行された。一つの県の問題ではない。国策の下に地方自治がないがしろにされたと受け止めるべきだ。
(中略)
 設計変更を巡る一連の訴訟で、司法は軟弱地盤のリスクに踏み込まず、手続き論を盾に政府の姿勢を追認した。あしき先例づくりに加担しているかのようだった。
地元の声を顧みず、県が求める対話にも応じないまま着工したことは、憲法が保障し、民主主義の基盤といわれる地方自治の理念に反する。
地元軽視の姿勢は、不意打ちのように着工した点からもうかがえる。

▽愛媛新聞「辺野古移設 拭えぬ新たな負担固定化の懸念」
▽南日本新聞「[辺野古着工] 公益の名を借りた強権 」

【1月12日付】
▽信濃毎日新聞「大浦湾工事着工 国民を欺く見切り発車だ」
 https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2024011200112

 普天間が世界で最も危険と認めるなら、即時返還を米国に要求するのが筋だ。最低でも、傍若無人な訓練を日常化させている日米地位協定の抜本改定を米側に持ちかけなくてはならない。
 福岡高裁那覇支部は12月20日の判決で、玉城デニー知事に大浦湾の埋め立てを承認するよう命じた。ただ、知事が不承認とした検討内容は審理せず、国の主張を形式的に追認したに過ぎない。
 政府は南西諸島で軍事訓練域を広げ頻度も高めている。「基地負担軽減」のかけ声とは裏腹に、沖縄の負担はむしろ増している。
 長射程ミサイル配備、部隊展開に備える空港・港湾の改修、自衛隊と米軍の基地共同使用…。自治や法律よりも米国の意向を優先した「防衛策」の無理押しは、どの地域にとってもよそ事でない。

【1月11日付】
▽中日新聞・東京新聞「辺野古工事再開 対話なき強行許されぬ」
 https://www.chunichi.co.jp/article/835581

 今後も工事の途中で新たな問題が生じ、政府が再び設計変更を余儀なくされれば、再び県との訴訟合戦になる可能性もある。長期間の工事の末、膨大な費用を投じて新基地を完成させても、地元住民の反対に包まれれば、米軍の安定的な駐留にはつながらない。
 米国では近年、多数のミサイルを有する中国と近接する沖縄に米軍が集中して駐留することへの疑問も浮上している。新基地の完成を見込む十数年後の日本周辺情勢は不透明であり、その時点で軍事的に有用かも疑わしい。
 辺野古への県内「移設」は沖縄県民にさらなる基地負担を強いる理不尽であり、日本政府が30年近く前の構想を「唯一の選択肢」と位置付けて固執するのは思考停止にほかならない。

▽徳島新聞「辺野古工事着手 民意無視の強行 許し難い」

※追記 2024年1月16日20時50分
 熊本日日新聞が1月16日付の社説で取り上げました。一覧に追記しました。

辺野古工事強行 「乱暴で粗雑」(玉城知事)~東京発行の新聞各紙の報道は二分

 沖縄の米軍普天間飛行場の移設問題で、日本政府は1月10日、名護市辺野古沖の軟弱地盤の改良工事に着手しました。工事計画の変更に対する沖縄県知事の承認の権限を奪い、国土交通相による代執行を経ての着手強行です。沖縄県の玉城デニー知事は10日の記者会見で「丁寧な説明とは真逆の極めて乱暴、粗雑な対応だ」と批判しました。代執行に至る経緯の中では、福岡高裁那覇支部が政府勝訴の判決を言い渡しながらも、付言で「国と県が相互理解に向けて対話を重ね、抜本的解決が図られることが強く望まれている」と言及していました。「乱暴で粗雑」。沖縄県が求める対話に応じないばかりか、司法の呼びかけをも一顧だにしない岸田文雄政権の姿勢は、この言葉に尽きると思います。

 ※玉城知事の記者会見での発言は、琉球新報の以下の動画で見ることができます。 

www.youtube.com

 琉球新報は11日付の社説で、計画通りに工事が進んでも移設完了は12年後であり、その間は普天間飛行場の危険性が放置されることを挙げ、新基地建設計画を推し進める限り、普天間の危険性除去は実現しないと指摘して、以下のように訴えています。

 県は着工前の事前協議を求めていた。高裁判決を不服として県は最高裁に上告している。本来ならば県との協議に応じ、少なくとも最高裁判決が出るまで着工を見合わせるべきであった。玉城知事が「極めて乱暴で粗雑な対応」と批判したのは当然だ。岸田首相は「これからも丁寧な説明を続けていきたい」と述べたが、その気があるなら直ちに工事を止め、県と協議に臨むべきだ。
 最高裁では、実質審理を求めたい。地方自治を否定した政府の行為を追認した福岡高裁判決を厳格に審理することは「憲法の番人」たる最高裁の責務である。それも大法廷で玉城知事が意見陳述することが望ましい。日本全体の民主主義と地方自治の行方にも関わる裁判であることを沖縄から訴えたい。

※琉球新報社説「大浦湾埋め立て着手 政府の暴走、禍根を残す」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-2677743.html

 この「沖縄からの訴え」に、日本政府と最高裁の当事者はもちろんのこと、国会も、そして本土に住む主権者も正面から向き合わなければならないと感じます。日本政府、岸田政権が合法的に成り立っているのは、それが主権者の総意だからです。
 沖縄のもう一つの地元紙、沖縄タイムスも12日付の社説「前例なき埋め立て 対話が唯一の解決策だ」で「代執行による埋め立てをいったん中断し、国と県で検証委員会を設け、解決策を探るべきである」と主張。日本政府の硬直した姿勢について、以下のように指摘しています。

 配置先に柔軟な米側と違って、日本政府は県内移設にこだわり続けた。本土移設は政治問題を引き起こす、との理由で。
 政府のこの姿勢は今も変わっていない。
 抑止力の維持と沖縄の負担軽減。政府はこれまで、事あるごとにこの二つを強調してきた。
 この問題に関わった当時のペリー国防長官は辞任の送別会で、皮肉を込めてこう語ったという。「矛盾する内容で、神様だってできない」
 在沖米軍幹部は昨年11月、報道各社への説明会で、辺野古移設について「最悪のシナリオ」だと語った。
 一体、何のための、誰のための事業なのか。「軍事合理性」「民意」「自治」「環境への影響」「完成時期」-多くの点で疑問符が付く。
 名護市辺野古の新基地建設は今や、明確な目的を見失ってしまった。
 かつての日本軍のように、もう引き返せないという理由だけで、先の見えない工事を進めているように見える。

 工事着手の強行は、沖縄県と日本政府だけの問題ではなく、日本全体の民主主義と地方自治にかかわる問題です。日本本土の主権者にも当事者性があります。その意味で、沖縄で何が起きているか、沖縄の民意を代表する自治体がどんな意向を示しているかは、日本本土でも広く共有されるべきです。本土メディアが本土に住む主権者に向けてこの問題を報じることの意義はそこにあります。
 東京発行の新聞6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)も11日付朝刊に関連記事を掲載していますが、扱いは分かれました。本記を1面トップで報じたのは朝日新聞と東京新聞。毎日新聞は1面準トップでした。一方で読売新聞と産経新聞は2面でした。経済紙の日経新聞は4面の「政治・外交」面でした。新聞はニュースの格付け、ニュースバリューの判断に徹底的にこだわるメディアです。1面と2面の扱いの違いには明確な差があります。
 この扱いの差は、辺野古の工事強行を是とするか、非とするかの違いを反映しているように感じます。朝日、毎日、東京の3紙はこれまでも日本政府に批判的だったのに対し、読売、産経2紙は「辺野古移設が唯一の解決策」との政府方針を支持しています。

 11日付の紙面でも、朝日新聞と東京新聞は1面の見出しに玉城知事の「粗雑」発言を入れました。毎日新聞と東京新聞は社説でも取り上げました。朝日新聞は社会面の全てを沖縄現地の反応の記事と写真に充て、「対話なく強行 憤り」との大きな見出しを付けています。ひときわ目を引いたのは東京新聞1面のサイド記事「住民失望『この国に地方自治ないのか』」。琉球新報から提供を受けた記事です。沖縄の民意をそのまま首都圏の読者に伝えようとの意図がうかがえます。全国紙と一線を画した試みだと感じました。
 一方の読売新聞は本記に玉城知事の発言はなく、4面(政治面)のサイド記事に「普天間返還へ一歩前進」との見出しを付けています。ただ産経新聞は、本記の2本目の見出しを「知事反発『極めて乱暴』」としました。
 東京発行の各紙のトーンは割れ、二極化と言ってもいい状況ですが、地方紙に目を向ければ、このブログでも紹介してきたように、地方自治の否定に対する危機感を深めていることが各紙の社説、論説にも表れています。10日の着工強行に対しても、批判的に報じる紙面は少なくなかったことと思います。

 日本政府、岸田政権の手法が地方自治の否定だとしても、その政権は選挙を通じて合法的に成り立っています。日本政府が強硬姿勢から転じて工事を停止し、現実的な普天間飛行場の危険性除去へ向けて沖縄県と話し合いに入るかどうかは、選挙で主権者が総意としてどのような意思を示すかにかかっています。次の衆院選の大きな争点のはずであり、本土のマスメディアの選挙報道の課題にもなると思います。

 以下に、東京発行各紙の10日付朝刊に掲載された主な関連記事の扱いと見出しを書きとめておきます。

【朝日新聞】
・1面トップ「辺野古軟弱地盤 国が着工/玉城知事『粗雑な対応』」
・社会面
トップ「対話なく強行 憤り/昨年末に代執行/玉城知事『沖縄の民意軽視』/国側、天候見極め『条件整った』」
「『遺骨眠る土使用、人道上の問題』収集団体代表ハンスト/各地で不使用求める意見書」
「前のめりな国、怖い。どれだけ工事が進んでも基地いらない/辺野古ゲート前 続く工事」

【毎日新聞】
・1面準トップ「辺野古 地盤工事着手/防衛省 移設完了 最短12年後」
・第2社会面「『民意軽視』憤る沖縄/『反対し続ける』」/「軟弱地盤 7万本くい」
・社説「国が辺野古工事を強行 沖縄の声無視は禍根残す」
※1面トップは能登半島地震続報

【読売新聞】
・2面「辺野古工事 前倒し再開/移設完了 30年代半ば目標」
・4面(政治)「普天間返還へ一歩前進/計画 大幅遅れ」
※1面トップは能登半島地震続報

【日経新聞】
・4面(政治・外交)「辺野古、地盤改良に9年超/普天間返還の前提、対処急ぐ/政府、工事に着手」/識者談話2人
※1面INDEX
※1面トップは「中国、世界に衛星通信網」

【産経新聞】
・2面「地盤改良工事に着手/知事反発『極めて乱暴』 辺野古」
・第3社会面「『やっと』『だまし討ち』/地元賛否の声」
※1面トップは自民党裏金事件続報

【東京新聞】
・1面
トップ「辺野古 軟弱地盤側で着工/沖縄知事反発『乱暴で粗雑』/代執行から13日 対話なく前倒し」
「住民失望『この国に地方自治ないのか』」=琉球新報
・3面・核心「普天間返還 一体いつ/辺野古工期9年 長引く可能性も/識者『国の主張は詭弁』」
・社説「辺野古工事再開 対話なき強行許されぬ」

 旧ツイッター(X)で、沖縄タイムスの阿部岳さんの投稿が目にとまりました。沖縄の新聞人からの、日本本土の新聞人への問いかけでもあると受け止めています。

「安倍チルドレン」池田佳隆議員の逮捕と裏金事件が浮き彫りにするもの~まやかしの上に成り立っていた「安倍一強」

 自民党のパーティー券裏金事件の捜査が大きく動きました。松の飾りも取れない1月7日、東京地検特捜部は自民党安倍派に所属していた池田佳隆・衆院議員と政策秘書を政治資金規正法違反の疑いで逮捕しました。2018年から22年の間、派閥からパーティー券収入のノルマを超えた分として、約4800万円の寄付を受けながら、政治団体の収支報告書に記載せず、虚偽の収入額を記載して総務相に提出したとの、虚偽記載の容疑が持たれていると報じられています。
 東京地検特捜部の捜査では異例と言っていい年明け早々、しかも連休中の逮捕は、それだけ緊急性が高かったようです。東京発行の新聞各紙の1月8日付朝刊の報道によると、特捜部は池田議員側の証拠隠滅の恐れが高いと判断して逮捕に踏み切ったようです。詳しく報じているのは朝日新聞で、朝刊3面の「データ破壊か 逮捕へ急転/特捜部『悪質な隠蔽』と判断」の記事によると、池田議員は任意の聴取にも説明を拒み、加えて、事務所ぐるみでデータや資料を故意に破壊、破棄するなどした疑いがあったとしています。これが事実なら、収支報告の虚偽記載だけでなく二重に違法行為を重ねたわけで、国会議員としての資質はもちろんのこと、一人の社会人としても規範意識に問題があると言わざるを得ません。
 池田議員は2012年の衆院選で初当選していました。民主党中心の政権下で、総裁に復帰した安倍晋三元首相の自民党が勝利し、政権を奪還した選挙です。この衆院選以後の選挙で、「安倍一強」の自民党から国政入りした一群の政治家たちは「安倍チルドレン」とも呼ばれます。長期にわたった安倍政治のパワーの源泉の一つです。その一人である池田議員の政治家としての資質の問題は、裏金作りが自民党の最大派閥の安倍派ぐるみだったことと合わせて、「安倍一強」が自民党内で、いかにまやかしの上に成り立っていたかを浮き彫りにしてきているように思います。それがこの事件が持つ意味の一つだとも感じます。

【写真】池田佳隆議員のホームページより(1月9日朝閲覧)。プロフィールの「政治への想い、国会議員へ」の欄では、官房長官当時の安倍晋三元首相とのエピソードが書かれています。

 この事件では自民党への怒りの裏返しのように、SNSなどでは「がんばれ地検特捜部」といったような応援の声も少なからず目にします。池田議員は現時点では嫌疑を持たれている「被疑者」、新聞用語では「容疑者」の立場であって、無罪推定の原則があります。また、黙秘や否認を崩したいだけの思惑で特捜部が逮捕したのなら、権限行使の正当性が問われます。このブログでも書いてきているように、マスメディアの組織ジャーナリズムにとっては、検察庁の権力の行使も監視の対象です。検察礼賛の報道に陥ってはならないことは、このブログでも書いてきた通りです。
 その意味で、前述の朝日新聞の記事に「大事だな」と感じる一文がありました。「特捜部は池田議員の指示があったとみて逮捕したが、裏づけとなる客観証拠が焦点となる」。その通りだと思います。新聞の組織ジャーナリズムの力に期待しています。
※参考過去記事

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 池田議員逮捕を報じる1月8日付の各紙朝刊紙面には、能登半島地震の発生1週間の記事も大きく掲載されました。東京発行の6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)の1面トップは、池田議員逮捕が朝日、毎日、産経、能登半島地震が読売、東京でした。
 能登半島地震は今も被害の全容が分からないままです。一人でも多くの方の無事が確認されるよう、また被災者の方々に必要な支援が届くよう願っています。
 以下に各紙の1面トップ(①)、準トップ(②)の主な見出しを書きとめておきます。
▽朝日新聞
①「安倍派 池田議員逮捕/虚偽記載容疑 証拠隠滅指示か」
②「降る雪 見えぬ全容/能登地震1週間 安否不明は195人」

▽毎日新聞
①「安倍派 池田議員を逮捕/裏金4800万円不記載」
②「能登 帰れない3万人/帰省直撃『自主避難』213カ所」

▽読売新聞
①「能登地震 圧死多数か/死者128人 避難2.8万人」
②「池田議員を逮捕/地検 大野・谷川氏立件へ」

▽日経新聞
①「ホンダ、カナダにEV工場/電池含め挽回へ検討」
②「選挙やってないじゃん 民意反映へ『令和の大合併』」連載企画「昭和99年ニッポン反転」(5)
※池田議員逮捕は3番手、能登半島地震は4番手

▽産経新聞
①「安倍派・池田議員逮捕/還流4800万円 不記載疑い」
②「能登地震 孤立2300人/支援難航『非常災害』指定に」

▽東京新聞
①「孤立なお2300人/能登半島地震 きょう発生1週間」
②「安倍派 池田議員を逮捕/裏金4800万円、不記載の疑い」

新聞労連が委員長見解を公表「読者の信頼に応える災害・事故報道を続けるために」

 1月1日に発生した能登半島地震は、6日朝の段階の報道で、94人の方が亡くなられたと報じられています。道路の被害の大きさなどから、安否不明の方々の確認が進まないとも伝えられています。無事が確認されることを願っています。犠牲になった方々に哀悼の意を表するとともに、被災した方々にお見舞いを申し上げます。
 1月2日夜には東京・羽田空港の滑走路で、離陸を待っていた海上保安庁の航空機と、着陸してきたJAL(日本航空)機が衝突し、両機とも炎上。海保機に乗っていた6人のうち5人が亡くなられました。海保機は能登半島地震の支援物資を新潟航空基地に運ぶ任務だったと報じられています。痛ましい犠牲です。JAL機は乗客乗員全員が脱出し、死者はありませんでした。
 新聞や放送のマスメディアは総力を挙げて取材、報道を続けています。新聞労連(日本新聞労働組合連合)は1月5日、「読者の信頼に応える災害・事故報道を続けるために」と題した委員長談話を発表しました。大規模な取材、報道は長期にわたります。その中で、労働組合の立場から、正確な情報を社会に届けるために、取材者自身の安全の確保が不可欠であることを強調しています。被災地取材や大事件大事故の取材では、取材者自身にも強いストレスがかかります。労働組合が労働環境の確保を適切に求めていくことを呼びかけています。
 「心身ともに安全な状況で仕事を続ける環境を確保することは、読者の信頼に応える災害報道、事故報道を継続することにつながります」
 同感です。

 声明の全文は、新聞労連の公式サイトの以下のページで読むことができます。
 https://shimbunroren.or.jp/seimei_20240105/

【写真】新聞労連の公式サイト

「無言館」館主の「後ろめたさ」への共感と「負い目」の自覚~2024年の年頭に

 新年早々の1月1日午後4時過ぎ、石川県・能登地方で震度7の地震があり、大津波警報が発令されました。一夜明けた2日朝の段階で、被害の全容はなお定かではありません。亡くなられた方々に謹んで哀悼の意を表し、被災された方々にお見舞いを申し上げます。

 2024年最初の更新です。昨年秋、長野県上田市にある「無言館」を訪ねました。「戦没画学生慰霊美術館」とある通り、日中戦争、太平洋戦争で戦病死した画学生の作品を収蔵した私設美術館です。

 【写真】無言館の外観。入り口にはホールもチケットカウンターもありません。木のドアの向こうはもう展示室です。入館料は退館の際に出口で支払います

 打ちっぱなしのコンクリートの壁面に作品が展示され、傍らには、一人一人の履歴と亡くなった時の状況、生前のエピソードなどが紹介されています。入館者はそれらの一つ一つに目を通していくうちに、自然と無言になっていくと聞いていました。実際に足を運んでみるとその通りでした。戦争がなければ、彼らは思う存分に好きな絵を書くことができたはず。理不尽な死への無念さを想像しながら、ハンカチで目元を何度もぬぐいました。周囲の人たちも無言で展示に見入っていました。静寂さに包まれた空間でした。

 ※館内の雰囲気は公式サイトの以下のページの写真がよく伝えているように思います
 「無言館について」 https://mugonkan.jp/about/

 展示を見終わった後、第二展示館のミュージアムショップで、館主の窪島誠一郎さんの著書「無言館ノオト―戦没画学生へのレクイエム」(集英社新書)を買い求めました。帰宅後に読んで、ちょっと意外な気がしました。「無言館」の開設は1997年。マスメディアなどにこぞって好意的に取り上げられました。その時の気持ちを、窪島さんは「後ろめたさ」「居心地の悪さ」と表現していたからです。
 同書の序章に当たる「はじめに…『後ろめたさ』の美術館」の章の要点を私なりに端的にまとめると、以下のようになります。
 自分は昭和16年生まれでろくな戦争体験もなく、無言館の開設はメディアが持ち上げるような平和や反戦の思いからでもない。ただ、戦没画学生の遺作や遺品を収集して歩き、慰霊美術館を建設することで、自身が軽薄なままに過ごしてきた「戦後」の空白感を埋めようとしてきたのかもしれない―。
 この解釈が当を得ているのかどうかは分かりません。当初は、窪島さんが「後ろめたさ」という言葉を使っていることに意外な気がしました。平和や戦争反対の思いがあっての無言館建設だろうと、勝手に推測していたからです。今は、その「後ろめたさ」は好きなことを存分にやって生きてきた自分と、戦争によって若くして亡くなった画学生たちとを比して抱くに至った感情ではないかと感じています。

 おこがましいことかもしれませんが、この「後ろめたさ」の感情にわたしは共感します。わたしなりの表現は「負い目」です。60年余りを生き、うち40年以上をマスメディアの組織ジャーナリズムの中で過ごしてきて、自分の律し方として「負い目」の自覚を忘れてはならない、と考えるようになっています。この「負い目」のことは、このブログでも触れたことがあります。勤務先で定年を迎えた3年余り前の記事では、以下のように説明しました。少し長くなりますが、一部を再掲します。

 これまでの生き方と、これからの生き方を考える時に今、頭に浮かぶ言葉の一つは「負い目」です。2006年2月のことでした。わたしは職場を休職して新聞労連の委員長を務めていました。新聞労連の新聞研究活動で沖縄に行き、米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対する運動に取り組んでいる方々に、辺野古の現地で話を聞かせていただく機会がありました。その場で、作家の目取真俊さんが、わたしたち日本本土(ヤマト)の新聞人に向かって口にされた言葉を今も鮮明に覚えています。
 「沖縄の人びとがヤマトの新聞にどれだけ絶望したか考えてほしい。10年前までは、それでもヤマトのマスコミには沖縄への負い目があった。この10年でそれすら消えてしまった」
 沖縄に米軍基地が集中しているのは沖縄の事情ではない、それを求め、強いているのは日本本土の側だ。沖縄に基地を強いているのは日本人であり、日本全体の問題であることをメディアは忘れてしまっている。メディアが伝えないから、日本人の多くも忘れてしまっている。10年前までは、まだ負い目もあったが、それも今はない―。そういう指摘でした。
(中略)
 以来、職場に戻ってからもずっと「負い目」という言葉は頭の中にありました。沖縄に犠牲を強いている「加害」の立場にいる一人として、そのことの自覚を失ってはいけないと考えてきました。
 沖縄の問題に限りません。マスメディアはよく社会的弱者という言葉を使います。弱者とは往々にして実は社会的な少数者のことであり、多数者の理解と自覚、支援があれば解決できることが少なくありません。多数者の無関心が、少数者を困難な立場に追い込んでいます。自分自身が多数者である問題では、やはり「負い目」を失うことのないようにしなければと、考えるようにもなりました。
 マスメディアの組織ジャーナリズムにとっては、何を伝えたかと同じように、あるいはそれ以上に、何を伝えていないかが問われます。さまざまな要因があるにせよ、それを乗り越えて、伝えるべきことを伝えるために、マスメディアの仕事に関わる人間にとって、自身の「負い目」を自覚できるかどうかはとても重要なことだと思っています。

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  わたしが目取真俊さんの話を聞いたのは45歳の時でした。それから18年になります。「無言館」訪問と窪島さんの著書を通じて今、自覚を新たにしています。どのような境遇にあっても、この「負い目」の自覚は持ち続けていたいと思います。

 定年後も3年間、現役当時と同じような働き方でマスメディアの組織運営の一角を業務として担当してきましたが、昨年秋、そのポジションを離れました。引き続きマスメディア組織内に身を置いてはいますが、静かな時間を過ごすようになりました。ことしは、新たな大学で非常勤講師に就く予定もあり、組織ジャーナリズムを客観的に考察し直す機会にもなりそうです。私のこれまでの経験が後続の世代や社会に、何らか役立つことがあればうれしいです。

 今年も、折々にこのブログを更新していこうと思います。
 どうぞ、よろしくお願いいたします。

「法治をゆがめたのは政府と司法」(琉球新報)~辺野古代執行、沖縄の地元紙の社説

 米軍普天間飛行場の辺野古移設を巡り、軟弱地盤の改良工事の設計変更の承認の代執行を岸田文雄政権が強行したことに対し、沖縄の地元紙の琉球新報は12月26日付から29日付まで4日連続で社説で取り上げ、「歴史に刻まれる愚行だ」(29日付)と激しい言葉で批判しています。特に目を引くのは、27日付の「政府は法治をゆがめた」との見出しの社説です。
 この代執行は、地方自治法の規定に基づき、国交省が福岡高裁那覇支部に裁判を起こす手続きを踏んでいました。そのため、法治主義にのっとり沖縄県は防衛省の設計変更申請を承認すべきだった、との趣旨の沖縄県への批判も目にします。代執行を認めた司法手続きだけを見ていれば、そうした批判ももっともと思えるかもしれません。琉球新報の27日付の社説は、その前段に国の「横車を押す対抗策」があり、「政府機関が私人と同じ立場にあるとの論理で、行政不服審査請求によって県を組み敷いた」と説明しています。自治体を屈服させるために、国家機関が身内同士で結託したのも同然というわけです。国が負けるわけがありません。そのおかしさを是正するのが司法の役割のはずでしたが、実際にはその手法を追認しました。社説は「法治をゆがめたのは政府と司法の方だ」と指摘しています。
 少し長くなりますが、この社説の核心部分を以下に書きとめておきます。自分が住む地域で同じことが起きるとすれば、どう感じるか。そうしたことも問い掛けています。
※全文はネット上の琉球新報のサイトで読むことができます。

▼琉球新報12月27日付社説
「国交相、代執行を表明 政府は法治をゆがめた」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-2620802.html

 国が承認するよう県に出した是正指示が違法だと訴えた訴訟は9月の最高裁判決で県敗訴が確定した。県がなお承認せず、最高裁判決に従わないことには法治主義を理由とした一定の批判もある。
 設計変更を巡る国の対応がまっとうであれば、その批判は成り立つだろう。国が県の不承認を取り消し、是正を指示したことの違法性を訴えた一連の裁判で県側の主張が十分に審理されたと言えるのであれば、県民にも一定の理解は広まるだろう。
 そうではないのだ。県の埋め立て承認の取り消しについて国は横車を押す対抗策をとった。政府機関が私人と同じ立場にあるとの論理で、行政不服審査請求によって県を組み敷いたのだ。行政法学者らが「国民のための権利救済制度の乱用」に当たるとして非難したのは当然だ。
 司法はこれら国の手法を承認してきた。9月の最高裁判決は国の機関が私人同様に権利救済されることを追認した。国が不承認の取り消し裁決をした場合、県は裁決に従う義務があるとも判示した。都道府県の裁量を著しく狭めるものとなった。法治をゆがめたのは政府と司法の方だ。
 (中略)
他県に住む方々は、自らの地域にこのような事態が降りかかることを是認できるだろうか。国の無法は明らかだ。これを追認し、地方分権に逆行する司法判断の果ての代執行が全国的に問題視されているとは言えない。
 沖縄が初のケースで、今後沖縄以外にあり得ないという認識の下の無関心であろうか。そうであれば、沖縄の状況をまた如実に指し示している。不作為による差別にも由来する負担増を沖縄はこれからも拒否する。

 このほかの琉球新報の社説、もうひとつの地元紙である沖縄タイムスの28日付と31日付の社説も、一部を書きとめておきます。
【琉球新報】
▼12月29日付
「辺野古埋め立て代執行 歴史に刻まれる愚行だ」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-2627909.html

 代執行を受け、木原稔防衛相は「普天間飛行場の全面返還に向けた一つの節目だ」と述べている。だが、その実現性は揺らいでいる。
 在沖米軍幹部は完成後も普天間飛行場を使い続けたいとの意向を示している。さらに17年6月の国会答弁で当時の稲田朋美防衛相は「米側との条件が整わなければ(普天間は)返還されない」と答弁した。長い滑走路を用いた活動のための民間飛行場使用などの条件を満たさなければ、返還されないのだ。
 中国脅威論などを背景にした軍備増強を求める声が政府の強硬姿勢を支えている。だが軍備増強の行き着く先を私たちは沖縄戦の教訓で知っている。歴史に刻まれた代執行の愚行に対し、毅然(きぜん)と民意を示し続けなければならない。

▼12月28日付
「代執行訴訟上告 地方自治の本旨訴えよ」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-2624450.html

 高裁判決の最大の問題点は、沖縄の地方自治が全面的に否定されたことである。
 裁判は設計変更申請を承認しない県に代わり、地方自治法に基づき国が代執行に踏み切るための3要件(県の法令違反、代執行以外の方法、県不承認による公益侵害)を争点とした。判決は国の主張を全面的に認めた。
 判決は、県の不承認は「社会公共の利益の侵害に当たる」と判断した。新基地建設に反対する沖縄の民意こそ公益であるという県の主張は退けられた。結局は「辺野古唯一」を唱える国に司法が追随したのである。
 法定受託事務で国と地方が対立した場合、国側が訴訟を提起し、代執行という手段で地方に屈服を強いるあしき前例をつくったのだ。これは沖縄だけの問題ではない。

▼12月26日付
「知事代執行判決従わず 政府は対話に転換せよ」
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-2618103.html

 玉城知事は行政官として判決に従うか、政治家として民意に従うか、厳しい選択を迫られ続けた。心身への負担は相当なものであろう。1995~96年に当時の地方自治法による「職務執行命令訴訟」(代理署名訴訟)で被告とされた大田昌秀知事、2015~16年に同様に代執行訴訟(和解で終結)を起こされた翁長雄志知事も同じだったはずだ。しかし、3度の国の強権を経ても、民意の底流は変わっていない。
 20日の福岡高裁那覇支部判決は「県民の心情は十分に理解できる」としながら、他の訴訟で県敗訴が確定しているとの狭い法律論で、知事の主張を退けた。その上で「付言」として「対話による解決が望まれる」とした。政府には代執行をしないという選択肢がある。この「付言」を、20年以上曲折を経てきた問題の解決の契機にすべきだ。

【沖縄タイムス】
▼12月31日付
「岸田政権と沖縄 解決遠のける強権政治」

 「丁寧な説明」「対話による信頼構築」。岸田文雄首相のその言葉が実に空疎に感じられた1年だった。
 名護市辺野古の新基地建設を巡り、国は「代執行」に踏み切った。地方自治法上これ以上ない強権で、米軍に供用する基地建設を断行する。そのこと自体が、県との対話を放棄したに等しい。
 玉城デニー知事は「沖縄の苦難の歴史に一層の苦難を加える」と代執行を批判した。
 復帰前は米軍が銃剣とブルドーザーで土地を奪い、現在は司法判断を免罪符にして国が埋め立てを強行する。沖縄の人々の権利や生活・自然環境を軽んじるような姿勢が通底している。
 台湾有事を念頭にした政府の南西防衛強化策にも「丁寧さ」は見当たらない。

▼12月28日付
 「きょう代執行 県は上告 普天間の長期固定化だ」

 新基地建設を巡り、国の強硬姿勢が目立つようになったのは2013年からだ。当時の安倍晋三首相がオバマ米大統領との面談で、「辺野古への移設という約束を必ず守る」と話したという。
 以降、政府は度重なる訴訟の提起や沖縄振興費の締め付けなどで、移設に反対する県に強硬姿勢を取り続けてきた。
 民意などお構いなしに対米公約を優先してきた結果が代執行だ。
 (中略)
 今回の代執行でかなう「公益」とは一体誰のためのものなのか。
 国内で経験のない軟弱地盤の上に造られる新基地は、今後も複数回の設計変更が見込まれている。建設を巡る混乱は、今後も続く可能性がある。
 移設を前提とした新基地建設が、沖縄の公益を害するのは明らかだ。
 国は代執行をやめ、普天間の危険性除去に向けた代替策を協議すべきだ。

 この代執行のことは、沖縄県外の地方紙も社説、論説で取り上げています。12月26日付までの掲載分は、以前の記事にまとめました。以降の掲載で、ネット上の各紙のサイトで目にできた例を、以下に書きとめておきます。
 ※参考過去記事 

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■12月30日付
【神戸新聞】「辺野古代執行/地方自治否定する暴挙だ」
 https://www.kobe-np.co.jp/opinion/202312/0017180263.shtml

 代執行訴訟は翁長雄志(おながたけし)前知事の時代にも国が提訴した。このとき福岡高裁那覇支部は和解を勧告し、双方が受け入れた。同支部は基地問題が法廷闘争になじまず、沖縄を含めた国全体で最善の策を探り、米国に協力を求めるべきものとした。
 今回の高裁那覇支部判決も、国の主張を認めて知事に承認を命じると同時に、付言を設けて、国と県の対話による抜本的解決を求めた。国は判決主文よりも、むしろ付言にこそ耳を傾けなければならない。
 力で地方を服従させる手法は、民主主義にはそぐわない。国がまず代執行を取り下げ、対等な立場で沖縄県との話し合いのテーブルに着く。普天間の危険性を少しでも早く解消する方法は、それ以外にない。

■12月29日付
【信濃毎日新聞】「辺野古代執行 要件を満たさぬ国の専横」
https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2023122900038

 日米が普天間返還と代替施設の整備に合意したのは四半世紀も前になる。中国に近接する不利から、在沖縄米軍は部隊を分散させる戦略に転じている。
 完成は早くても2030年代半ばという辺野古基地は本当に不可欠なのか。「国対県」に矮小(わいしょう)化せず、問題の当事者である米国を引き込み、在日米軍のあり方を見直さなければ沖縄の基地負担軽減は実現しない。
 今後、敵基地攻撃ミサイルの配備や弾薬庫設置が各地で進む。空港や港は部隊展開に備えて改修される。自衛隊と米軍の「基地共同使用」も加速している。
 軍事政策において計画や目的を国民に知らせず、地方の意向は顧みない。米国との合意を法の上に置くかのように、政府が言うところの「公益」を押し通す。専横を続けさせるわけにはいかない。

■12月28日付
【熊本日日新聞】「辺野古代執行 民意無視の決断許されぬ」
【南日本新聞】「[辺野古代執行へ] 国家権力で強いるのか」