新聞記者は「血の粛清」後、プロとして残れるのか(再掲)

 一つ前の記事(新聞記者は「消える仕事」か~週刊東洋経済の特集「1億人の『職業地図』」)の続きです。
 週刊東洋経済と週刊ダイヤモンドはひところ、競うように新聞やテレビの産業としての先行きの暗さを特集してきました。わたしが手元に控えている限りの記録ですが、特集のタイトルは以下の通りです。

「新聞・テレビ複合不況」        (2008年12月ダイヤモンド)
「テレビ・新聞陥落!」         (2009年1月東洋経済)
「新聞・テレビ断末魔」         (2010年2月東洋経済)
「激烈!メディア覇権戦争」       (2010年7月東洋経済)
「新聞・テレビ勝者なき消耗戦」      (2011年1月ダイヤモンド)
「新聞・テレビ動乱」           (2014年10月東洋経済)
「4つの格差が決めるメディアの新序列」 (2018年10月ダイヤモンド)

 「陥落!」ときて次に「断末魔」となったのは今から11年前のことでした。その後は「絶命」とでもするのだろうか、などと思っていましたが、新聞の産業としての先行きのなさに目新しさはなく、今や両誌では、新聞やテレビは単独の特集にはなりえないのかもしれません。
 一つ前の記事で紹介した「新聞記者は『消える仕事』の一つ」だという東洋経済の特集記事を読みながら、このブログの関連しそうな過去記事を久しぶりにあれこれ読み返してみました。そのうちの1本を紹介します。2010年当時、話題になった1冊、「フリー 〈無料〉からお金を生みだす新戦略」の読後感です。著者のクリス・アンダーソン氏は「ロングテール」という言葉を世に知らしめたことで知られます。

 ※新聞記者は「血の粛清」後、プロとして残れるのか~読書「フリーからお金を生みだす新戦略」=2010年2月13日 

news-worker.hatenablog.com

 この本の内容を大ざっぱにまとめると、「ネット上では情報を含めてサービスは無料(フリー)との流れが進んでいるけれども、それは悪いことではない。まず無料でサービスを提供し、大勢の人たちの評判と評価を勝ち取ること。次に機能を高めたプレミアム版を用意すれば、ユーザーの何人かはそちらに移行する。一部の有料顧客が他の顧客の無料分を負担する。デジタル技術とインターネットが複製コストを限りなく下げるのと、それ故に無料ユーザー数が非常に多くなるので、うち数%でも有料に移行すれば十分な収益が見込める」ということになります。
 しかし、当時まだ40代後半だったわたしがもっとも強烈な印象を受けたのは、「フリー」はプロとアマを同じ土俵に上げること、それによってプロのジャーナリストは仕事がなくなっていくこと、しかし、プロのジャーナリストには新しい役割が待っていること等々の指摘でした。一例として挙げられていたのは、プロがその能力を使ってライターではなく編集者兼コーチとなり、アマチュアが自分たちのコミュニティ内で活躍できるように教育していくことです。金銭以外のために記事を書くアマチュアを指導することで、プロは収入を得ることができる、というわけです。そうやってジャーナリズムをプロだけでなくアマチュアも担うことになれば、ジャーナリズムは豊かになり、社会にとってはいいことです。
 このブログ記事を書いてから11年がたち、日本でも新聞記者が「消える仕事」の一つとして挙げられていますが、トレーニングを積んだ新聞記者のスキルが社会に有用であることには変わりはないように思います。例えばファクトチェックの問題です。11年前に比べてデマ情報の拡散は深刻さを増しています。裏付け取材がマスメディアに期待されているようですが、例えばプロがアマチュアに裏取り取材のスキルを伝授して、ファクトチェックを担う人材のすそ野を広げる、といった発想があってもいいはずだと考えています。
 仮に新聞社が自己変革できないまま推移し、「新聞」という組織ジャーナリズムのモデル、「新聞社」というジャーナリズム組織のモデルがいよいよ立ち行かなくなったとしても、個々の新聞記者が身に着けているスキルは様々に生かせる場があるだろうと思います。