7月20日に参院選の投開票があります。マスメディアの情勢調査では、「日本人ファースト」を掲げ、極右的な色彩の政策を公約にする参政党が急速に支持を集めていると報じられています。参政党の主張には多々疑問を感じます。選挙運動なら何を言っても許される、というわけではないはずです。
ここにきて、参政党や神谷宗幣代表の主張に対して、根拠が不明なものや、虚偽の内容が含まれていることが指摘されるようになってきています。参政党が公表している憲法案に対しても、天皇を神聖視し、「日本人」の要件を細かく定め、国家による情報統制を規定する一方で、個人の人権は大きく後退させる内容が知られるようになり、さまざまに疑問や批判が示されています。
それらの一つひとつは、ここで改めてわたしが書くまでもないことです。ただし、参政党の憲法に対する姿勢に対しては、極めて重要な論点が残っていると感じています。参政党が「『護憲』でも『改憲』でもなく、まったく新しい憲法を創る『創憲(そうけん)』」を自認していることです。神谷代表が国会議員の地位にあり、ほかに4人の国会議員を擁すること、さらに国会の議席を獲得しようとしていること自体が、控えめに言っても「自己矛盾」であることを示す論点です。
参政党は参院選に際して「今、危機的状況にある日本を守るために」として、「参政党3つの柱と9の政策」を公表しています。
https://sanseito.jp/sanin_election_27_policy/
その「3の柱 日本人を育む〜教育・人づくり〜」の最後に「政策9 憲法づくりで政治に哲学を」を掲げ「護憲でも改憲でもなく、ゼロから憲法を創ることで国民の意識改革を促す」としています。以下は記述の一部です。
現在の日本国憲法は、戦後の占領下において、連合国軍の指導と草案に基づいて作られたものであり、日本人自身が自由な意思で創り上げた憲法ではありません。私たち参政党は、この事実を直視し、日本の未来と国家のあるべき姿を国民自らが考え、話し合い、定めるべきだと考えます。私たちが提案するのは、「護憲」でも「改憲」でもなく、まったく新しい憲法を創る「創憲(そうけん)」という考え方です。
憲法は単なる法律の集まりではなく、国家の理想や哲学、国民の意志を反映するものでなければなりません。どんな国を目指し、どんな社会を築きたいのか。その根本に立ち返って、私たち自身の言葉で憲法をつくり直すことで、国民一人ひとりが政治に主体的に関わる契機となります。この過程こそが、主権国家としての誇りと責任を取り戻す第一歩なのです。
「日本人自身が自由な意思で創り上げた憲法ではありません」との主張が事実がどうかはともかくとして、ここに現行の日本国憲法を尊重し、擁護する姿勢はありません。憲法を作り直すことが「主権国家としての誇りと責任を取り戻す第一歩」とまで記しています。現憲法に対する嫌悪、憎悪を感じます。この現憲法への尊重、擁護の姿勢を欠いていることこそが、国会議員を擁する政党としての「自己矛盾」です。
日本国憲法は、基本的人権として個々人に広範な自由を保障しています。仮に、日本国憲法を認めない、破棄すべきだ、まったく新しい憲法をゼロから作り直すべきだと考えたとしても、それも個人の自由です。しかし、国会議員にその自由はありません。そのことを日本国憲法99条が規定しています。
第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
公務員には、日本国憲法を尊重し擁護する義務があります。中でも国会議員は天皇や摂政、国務大臣、裁判官とともに、その役職が明記されています。参政党の神谷代表も現職の参院議員です。当然、現憲法を尊重し、擁護しなければなりません。義務です。神谷代表を含め国会議員5人を擁し、さらに議席獲得を目指している国政政党である参政党にも、その姿勢が求められるのも当然のことです。にもかかわらず、現憲法を認めないことを公然と主張し、「尊重、擁護の義務」を果たそうとしない以上、神谷代表も参政党所属の議員も「憲法に違反した存在」であると言わざるを得ません。現憲法を否定する個人は国会議員になってはいけないし、団体も在野の政治団体にとどまるべきです。それが現行の憲法の規定です。
「違憲」の存在が、自ら否定する憲法の規定にのっとって国会の議席を獲得し、現憲法を事実上、破棄することを目指す-。「矛盾」そのものです。あえて言えば、現憲法の下での民主主義をも否定する、破壊するに等しいことだとすら感じます。
実際には99条違反に対する罰則の規定はなく、憲法違反を防ぐ実効的な手立てはありません。この憲法に基づく民主的な選挙を経て選出される国会議員に対して、よもや違反は想定していないのかもしれません。
過去にも、衆院議員も務めた故石原慎太郎・元東京都知事が、現憲法への嫌悪をむき出しにして「自主憲法制定」を主張しながら、何ら「憲法違反」を問われることがなかった例がありました。マスメディアも、「改憲」と「自主憲法制定」の違いに無自覚、無頓着でした。悪例というほかありません。
神谷代表が国会議員にとどまり、参政党が国会の議席を得ることに対して「控えめに言っても『自己矛盾』」と表現したのは、こうした事情も踏まえてのことです。
現憲法にも96条に改正の規定があります。一言一句、変えてはいけないというわけではありません。ただし、99条の規定と合わせて考えれば、この憲法を変えるにしても、おのずと限界があるはずです。例えば「主権在民」「基本的人権の尊重」「平和主義」の3原則は維持されて然るべきだと思います。「憲法改正」と「ゼロから憲法を創ること」はまったく別のことです。そして、国会議員や国政政党には、「ゼロから憲法を創る」ような自由はありませんし、そのことを主張する自由もありません。
仮に、「憲法改正」の手続きを踏みながら、その実は現憲法とは根本原理が全く異なる参政党の憲法案が現実のものになるとしたら、民主主義に即した手続きによって民主主義が終焉することになることを危惧します。
参政党が国会の議席を獲得、維持することは、現憲法に照らして深刻で重大な矛盾をはらんでいます。そのことは、広く社会で知られていいと思います。選挙の公平性とは別の次元のことです。マスメディアの報道の自由も、現憲法が表現の自由を保障しているからこそであり、憲法に関わる事項を広く報道することは、マスメディアの組織ジャーナリズムにとって試金石です。
※参考過去記事
※参考 参政党の「新日本憲法(構想案)」
一度、じっくり読んでみることをお奨めします。
※以下は、参政党の神谷宗幣代表の発言の中で、明確に「虚情報」「誤情報」を認定したファクトチェックの報道例です。
■琉球新報「【ファクトチェック】参政・神谷氏、沖縄戦での軍の県民殺害は『例外』→不正確 直接298人、間接含め4766人に」=2025年7月10日 https://ryukyushimpo.jp/news/national/entry-4427699.html
一部を引用します。
神谷氏は「日本軍が沖縄県民を殺害しに行ったんだという表記がある」(①)と発言したが、沖縄戦研究や沖縄メディアの報道が指摘しているのは、日本軍が「住民を守りに来た」のではなく国体護持のために住民を巻き込む戦略的持久戦を展開し、虐殺などで住民を死に追いやった事実だ。沖縄戦研究などで「殺害しに行った」という説明は確認できない。神谷氏の発言は、自身の「日本軍が沖縄の人たちを殺したわけではない」という先の問題発言をすり替える架空の偽情報だ。
