事実上の「神頼み」 東京五輪リセット~7年前の高揚感なく

 7年前に撮った1枚の写真があります。2020年の五輪開催地が東京に決まったことを伝える2013年9月9日の夕刊各紙です。当時、わたしは勤務先の転勤人事で大阪にいましたので、写っているのは全国紙各社の大阪本社発行の紙面です。「東京」の見出しを追ってみると、朝日新聞「おかえり東京五輪」、毎日新聞と読売新聞は「2020年東京五輪」、日経新聞「東京、総力戦で圧勝」、産経新聞「東京五輪 日本復活かけ」。何よりも、安倍晋三首相や森喜朗元首相ら関係者がガッツポーズで立ち上がる写真から、当時の高揚感が伝わってきます。
 この誘致成功の時のことは、このブログには書いていません。大阪に住んでいて、東京の誘致騒ぎを少し冷ややかに眺めていたように覚えています。どんなことを考えていたのか、書きとめておいてもよかったかと、少し後悔しています。そんな思いとともに、この7年前の写真を記録に残しておきます。

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 その2020年東京五輪は、新型コロナウイルスの感染拡大のために延期が決まりました。ウイルス禍の収束が見通せない中で、新たな日程は慎重に検討を重ねて判断するのかと思っていたら、延期決定から1週間足らずの3月30日に決まってしまいました。当初予定と同じ曜日に合わせて、五輪は21年7月23日に開幕、パラリンピック開幕は8月24日とのことです。
 報道によると、組織委員会の森喜朗会長は「(安倍)総理が言ったように、東京五輪を成功させることが、大変な事態を突破することの証しになりたい」「神頼みみたいなところはあるが、そうした気持ちが必ず通じて行くと思う」(朝日新聞)と語ったとのことです。来年7月に新型コロナウイルス禍が収束し、五輪が開催できる状況になっているかどうかは「神頼み」であることを認めたわけです。
 また東京都の小池百合子知事は30日の会見で「大会成功のためにはウイルスに打ち勝たなければならない」(毎日新聞)と語ったとのことです。安倍首相が好んで使う「ウイルスに打ち勝つ」という表現への違和感は、以前のこのブログの記事で触れました。勇ましさはあるかもしれませんが、実体が伴っていない空疎なものの言い方です。小池知事が言っていることも、森会長の「神頼み」とさして変わりはないように思います。
 ただ、五輪開催のためには準備が必要で、準備を進めるには開催スケジュールが決まっていなければならないことは理解できます。それでも、新型コロナウイルスという見通し不透明な要因がある以上、来年7月になっても収束していないという可能性は折り込まれるべきであるように思います。仮にそういう事態になった場合に、再延期や中止を含めて、どういうプロセスでどういう検討、判断を行うのか、その想定手順ぐらいは、少なくとも持ち合わせていなければならないし、現時点でも説明が必要なのではないかと思います。それを「気持ちが必ず通じて行く」「ウイルスに打ち勝たなければならない」で済ませていいのかどうか。五輪の延期と新たな日程の決定は、ウイルス対策に人もモノも予算も必要な時に、五輪のために追加経費も労力もかけよう、という決定です。そのもろもろをウイルス対策に充てる、という別の選択肢もあるはずです。
 そもそも東京五輪は「復興五輪」でした。東日本大震災の被災地の復興を、これまで「五輪開催」がどれだけ後押ししてきたか(あるいは後押ししていないのか)の検証も必要です。

 ニューヨーク発の共同通信記事を書きとめておきます。米紙USAトゥデー電子版が、東京五輪の新たな大会日程発表について国際オリンピック委員会(IOC)を批判したことを伝えています。海外にどのような意見があるのかを知ることには、大きな意義があります。

「『無神経の極み』と批判 五輪日程発表で米紙」=2020年3月31日
 https://this.kiji.is/617462879109071969?c

 同紙の運動担当コラムニストは「世界中が疫病と死と絶望に包まれている時に、なぜ日程を発表する必要があるのか」と指摘。「せめて暗いトンネルを抜けて光が見える時まで待てなかったのか」と述べ、新型コロナウイルス感染の状況改善を待つべきだったとした。

 以下は五輪の新日程決定を伝える東京発行各紙の3月31日付朝刊紙面です。やはり、高揚感とは程遠い印象です。

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