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「反撃能力」と呼んでも攻撃的な軍事力の保有に変わりはない~自公合意、在京紙の報道の記録

 自民、公明両党が12月2日、「敵基地攻撃能力」を日本が保有することを認めることで合意しました。敵国のミサイル発射拠点などを攻撃する能力のことです。政府、与党は、国際法に反する先制攻撃ではなく、専守防衛の基本方針に変わりはないと強調しているようですが、戦後の日本の安全保障政策の大転換であるのは間違いがありません。その内容ばかりでなく、手続きに対しても、わたしは疑問を持っています。取り急ぎ、書きとめておきます。

 ■そんな技術は存在しない
 まず、内容を巡ってです。報道によれば、政府は米国製の巡航ミサイル「トマホーク」の取得や、国産のミサイル開発などを想定しているようです。ひとたび保有すれば、日本から他国への先制攻撃も可能です。政府は、先制攻撃はしないことを強調し、誤解を受けるのを避けるとして、敵基地攻撃能力の呼び方を「反撃能力」に変えています。しかし、先制攻撃にも使用することができる攻撃的な軍事力を保有することには変わりはありません。
 先制攻撃ではない、ということを担保するためか、敵基地攻撃能力を使用するのは敵が日本に対する攻撃に着手した後であることも強調されているようです。しかし、現状では北朝鮮のミサイルにしても、実際に発射されないと分からないのが実情です。仮に何らかの兆候を把握できたとしても、日本への攻撃の着手なのかどうか、客観的に判断できる方法はないはずです。つまり、敵国が日本への攻撃に着手したことをつかみ、日本に向けてミサイルが発射される前に敵基地攻撃能力を発揮して、ミサイル発射基地をたたいて無力化する、というような技術は存在していないのです。その技術がないのに、それが可能であるかのように、話が進んでいることに危うさを感じます。
 日本政府と与党のこうした動きは、外からは、特に敵国と想定されている国の側にはどんなふうに見えるでしょうか。攻撃着手の探知などできるかどうかも分からないのに、「専守防衛」の一線を越えて、ただただ、自分たちを直接攻撃しうる軍事力を日本が持とうとしている-。そんな風に映るでしょうし、そう主張するのも目に見えています。敵国も日本とまったく同じ理屈で、さらにミサイル攻撃技術を向上させようとするはずです。その先にあるのは果てしない軍拡競争であり、結果として日本の安全保障上のリスクが高まることにならないでしょうか。
 専守防衛の基本方針に変わりがないことに国際的にも理解を得ようとするなら、敵基地攻撃能力のような攻撃的な軍事力は持たず、防御的な軍事力にとどめておくことがもっとも確実です。これまで、憲法上は保有が可能との政府見解がありながら、保有してこなかったことで日本が築いてきた国際的な信用があったはずです。その信用をやすやすと崩してしまうのは、あまりに大きな損失だと感じます。

 ■一つウソが始まれば
 手続き面でも、国策の根本の大転換だというのに、攻撃目標一つとっても抽象的な説明しかなく、明らかにされていないことが多すぎます。軍事だから当然のことなのだとしたら、それは同時に、軍事偏重の発想が、情報の開示と社会的な議論の上で物事を決めていく民主主義の理念といかに遠いかをおのずと示しています。
 政府は今月中に「国家安全保障戦略」「防衛計画の大綱(防衛大綱)」「中期防衛力整備計画(中期防)」の3文書を改定することにしており、その中に敵基地攻撃能力の保有が盛り込まれます。これだけの大転換が、国会での説明や審議を経ることなく、閣議決定で決まってしまいます。
 「反撃能力」への呼び変えにも疑問を感じます。かつて第二次大戦で日本軍は、「撤退」を「転進」と、「全滅」を「玉砕」と呼び変えました。戦意高揚というか、戦争指導層は国内の戦意の低下を防ぐのに必死だったのだろうと思います。戦況もウソで固めた発表(大本営発表)になっていきました。一つウソが始まれば、次々にウソを重ねていかざるを得なくなります。日本とアジア諸国におびただしい犠牲を生んだ教訓から、戦後の日本は日本国憲法を選び取りました。非戦と戦力不保持を定めた憲法9条に基づく「専守防衛」は、深い反省に立って戦後の時間を歩んだ先人の知恵です。
 普通の国語力で受け止めれば、「反撃能力」と「敵基地攻撃能力」には大きな乖離があると感じざるを得ません。ウソの始まりになることを危惧します。

 敵基地攻撃能力の保有に対し、現時点では世論は容認意見が反対意見を上回っています。
 11月25~27日に日経新聞とテレビ東京が実施した世論調査では、「『反撃能力』保有」の賛否について、賛成65%、反対24%でした。11月26、27日の共同通信調査でも「反撃能力」保有に賛成60.8%、反対35.0%と差が付きました。今年に入って、北朝鮮がミサイル発射を繰り返していることなどの要因もあると思います。ただし、詳しい内容が明らかにされていない中での調査です。多様な論点が明らかになっていけば、民意の状況は変わる可能性があります。マスメディアが何をどう報じるかに、大きな意味があります。

 自民、公明両党の合意は、新聞では12月3日付の朝刊に掲載されましたが、東京発行の6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)の扱いは分かれました。
 2日早朝(日本時間)、サッカーのワールドカップで日本代表がスペインに勝ち、決勝トーナメントに進むという出来事がありました。毎日新聞と読売新聞は、こちらのサッカーのニュースが1面トップでした。敵基地攻撃能力の自公合意を1面トップにしたのは朝日、産経、東京の3紙です。読売新聞は敵基地攻撃能力を単独で扱った記事ではなく、政府が改定予定の国家安全保障戦略に盛り込む内容を自民党に説明した、との内容です。その中で自公合意にも触れています。批判や疑問のニュアンスは感じられません。従来の社論から見ても、政府方針を支持しているとみていいのではないかと感じます。
 自公合意を社説で取り上げたのは産経(「主張」)と東京(中日新聞と共通)。朝日も前日2日付の社説で取り上げています。産経は政府方針を全面的に支持。朝日と東京は批判、反対のトーンです。毎日新聞は総合面に「揺らぐ専守防衛」「『抑止力強化』に疑問」「『巻き込まれ』懸念も」の見出しを並べており、批判的、疑問視のトーンです。
 産経新聞が社説で政府方針の支持にとどまらず、慎重意見や反対意見に対して「反国民的謬論(びゅうろん)」との激しい言葉で強く批判しているのが特に目を引きます。
※産経新聞「主張」:「自公の反撃力合意 国民を守る歴史的転換だ」=2022年12月3日
 https://www.sankei.com/article/20221203-YSLO72WGQZMGTORZRURRKSMIBI/

 専守防衛違反として保有反対論が一部にあるが、国民を守らない無責任な主張である。そもそも保有は、専守防衛の範囲内である。また、日本が保有を断念して抑止力向上に失敗して喜ぶのは、対日攻撃の可能性を考える侵略国の政府と軍ではないか。
 専守防衛を盾に保有に反対したり、「歯止め」ばかりに着目したりするのは、厳しい安全保障環境を直視せず、自衛隊を羽交い締めする反国民的謬論(びゅうろん)だ。能力行使のタイミングや対象の詳細な公表は侵略軍を利する禁じ手であり、与党合意が避けたのは妥当だ。国際法に沿って、先制攻撃を避け、「軍事目標」が対象となるという説明で十分である。

 朝日新聞の社説は、敵基地攻撃能力の保有の問題点を一通り押さえ、国民に説明がないままになっていることも指摘しています。
 ※朝日新聞・社説「『敵基地攻撃』合意へ 専守防衛の空洞化は許せぬ」/歯止め策は示されず/失われる「安心供与」/国民への説明欠く=2022年12月2日
 https://digital.asahi.com/articles/DA3S15490792.html

 「敵基地攻撃能力」と「反撃能力」の用語の使い方は以下の通りです。同じ紙面でもカギカッコが付いたり付かなかったりなどはありますが、政府方針を支持するかどうかで用語の使い方が分かれていることはないようです。
・朝日新聞「『敵基地攻撃能力』」「『敵基地攻撃能力(反撃能力)』」
・毎日新聞「反撃能力(敵基地攻撃能力)」
・読売新聞「『反撃能力』」
・日経新聞「『反撃能力』」「反撃能力」
・産経新聞「『反撃能力(敵基地攻撃能力)』」「反撃能力(敵基地攻撃能力)」
・東京新聞「敵基地攻撃能力(反撃能力)」
 「敵基地攻撃能力」は別に間違った言い方ではなく、政府・自民党の側も以前は使っていた用語です。「反撃能力」と呼ぶには無理があるにもかかわらず政府・自民党が呼び方を変えた、その恣意性には小さくない意味があります。その意味を見えづらくしないために、私見ですが、報道ではやはり「敵基地攻撃能力」を用いた方がいいと考えています。「撤退」を「転進」と呼ぶような時代を再来させないためにもです。

 以下は、自公合意についての東京発行各紙3日付朝刊の扱いと主な記事の見出しです。

▼朝日新聞
1面トップ「敵基地攻撃能力 保有へ/防衛政策 大きく転換/自公合意」
3面「敵基地攻撃 あっさり容認/公明『安保法制のような騒ぎはない』」/「攻撃『着手』どう認定」
33(第3社会)面「敵基地攻撃能力 揺れる漁師町/『不安抱え操業』『反撃すればエスカレート』/北朝鮮ミサイル 今年2回沖合に」
※1面準トップ「日本 劇的16強/スペインを逆転 首位通貨」
※2日付社説「『敵基地攻撃』合意へ 専守防衛の空洞化は許せぬ」/歯止め策は示されず/失われる「安心供与」/国民への説明欠く

▼毎日新聞
1面準トップ「『反撃能力』保有 自公合意」
3面・クローズアップ「揺らぐ専守防衛」「『抑止力強化』に疑問」「『巻き込まれ』懸念も」/ミニ論点:「迎撃困難『懲罰』重要」元海将 伊藤俊幸氏/「外交で戦争回避を」元内閣官房副長官補 柳沢協二氏
※1面トップ「日本 2大会連続決勝T/スペインに逆転2-1」/「29年前の悪夢 脳裏に」

▼読売新聞
1面準トップ「『能動的サイバー防御』/安保戦略案 反撃能力 自公合意」
4面「防衛費財源 明示時期焦点/安保戦略 安倍派『年内』に反発」
※1面トップ「日本逆転 決勝T/スペインに2-1首位通過」/「『新時代』初の8強へ」

▼日経新聞
1面3番手「自公 反撃能力の保有合意/必要最小限度の自衛措置」
4面「反撃能力 60年経て転換/中朝ロ、ミサイル技術向上/迎撃難しく抑止急務」/「『指揮統制機能』明示せず/反撃対象、個別具体に判断」/「『アジアの平和 深刻に脅かす』/中国・環境時報」
※2面「日本、スペイン破り16強/『欧州組』快進撃導く」

▼産経新聞
1面トップ「反撃能力の保有 自公合意/戦後安保政策を転換」
3面「『反撃能力』与党合意へ腐心/3文書『先制攻撃許さず』強調」/「公明代表『専守防衛の範囲内』」
社説(「主張」)「自公の反撃力合意 国民を守る歴史的転換だ」
※1面準トップ「日本、決勝T進出/スペインに2-1」/「東京五輪組『借り返した』」

▼東京新聞
1面トップ「専守の歯止め失う/敵基地攻撃能力保有 自公が合意/続く安保政策大転換 自公『抑止力』強調」/「公明、曖昧な要件で容認/いろんなく自民追随」
2面・核心「攻撃兵器 増強へ加速/着手の判断・対象明示なく 政府任せ/国会議論素通り、野党が批判」
社説「敵基地攻撃能力 専守防衛の形骸化憂う」
※1面「強国再び撃破 日本16強」