ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

決め方も金の使い道としても疑問の「敵基地攻撃能力」保有~「我々は攻撃されかかっている」ゲーリングが喝破していたロジック

 岸田文雄政権は12月16日、「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」の安保関連3文書の改定を閣議決定しました。敵基地攻撃能力を「反撃能力」と呼び方を変えて保有を明記し、軍事(防衛)関連予算を2027年度に対国内総生産(GDP)比2%へ倍増させることなどを明記しています。自民、公明の与党は、財源を賄うための所得税増税などで合意しています。あまりにも問題が多いと考えています。
 まず、敵基地攻撃能力の保有です。いかに呼び方を変えようと、他国の領土を直接攻撃する兵器を持つことに変わりがなく、先制攻撃も可能であることは、このブログの以前の記事でも書きました。戦争放棄と戦力の不保持を定めた憲法9条に基づき、「専守防衛」を国是として守るというのであれば、このような攻撃的な兵器は持たないことが確実な方法です。今回の閣議決定が、例えば北朝鮮にミサイル開発、さらには核開発の格好の理由にされかねないほか、中国も含めて、周辺国と果てしない軍拡競争に陥ることを危惧します。そんなことになってしまって、「今なら勝てるかもしれない」と始めたのが、かつての太平洋戦争ではなかったでしょうか。

news-worker.hatenablog.com 日本への攻撃に対する抑止力の強化が必要なら、少なくとも外交と軍事の両軸がそろっていなければなりません。北朝鮮とは国家間で直接対話すらできていないのに、軍事面だけが突出していくのはあまりに危険です。
 次に手続き面です。敵国の領土を直接攻撃できる兵器を持つことは国是の大転換なのに、閣議決定だけで済まされたことに大きな疑問を感じます。16日の会見で岸田首相が、引き続き国民に丁寧に説明していくと話しました。安倍晋三元首相の国葬でも同様でしたが、そう言いながら、ろくに説明しなかったのが岸田首相です。
 そして、お金の使い道としての問題です。敵国が日本への攻撃に着手したのを確認し、「反撃能力」を行使して敵のミサイル発射を阻止する、というようなことが報じられていますが、そんな技術は今はありません。攻撃着手の探知は米国を当てにするのだとしても、「反撃能力」の保有までに、いったいどれだけの資金が必要なのか。少子高齢化や地方の空洞化が進む日本では、お金を投入しなければならない分野はほかにもっとたくさんあります。

 翌17日付の新聞各紙に目を通していて、「国家安全保障戦略」の中で、中国、北朝鮮、ロシアをどう位置付けているかを読売新聞が一覧表にまとめているのを目にしました。中国は「我が国の平和と安全及び国際社会の平和と安定を確保し、法の支配に基づく国際秩序を強化する上で、これまでにない最大の戦略的な挑戦」と表記されています。簡単に言えば「最大の戦略的な挑戦」です。2013年の旧文書では「我が国を含む国際社会の懸念事項」だったとのことです。北朝鮮は旧文書の「我が国を含む地域の安保に対する脅威」が今回は「北朝鮮の軍事動向は、我が国の安保にとって、従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威」となりました。ロシアは旧文書では協力を進める相手だと記されていたのに、今回は欧州方面では「脅威」、インド太平洋地域では「強い懸念」です。
 中国、北朝鮮、ロシアに対する記述の変化を目にして思うのは、ドイツのナチス草創期からの大立者だったヘルマンゲーリングが残した言葉です。
 このブログでも何度か触れてきました。第1次大戦ではドイツ空軍のエースパイロット、第2次大戦ではドイツ軍国家元帥だったゲーリングはドイツ降伏後、被告として臨んでいたニュルンベルグ軍事裁判の間に、アメリカ軍の心理分析官と何度も面会していました。そこで語ったという言葉があります。ごく簡単に言えば「国民を戦争に仕向けるには、我々は敵から攻撃されかかっていると煽り、平和主義者のことは愛国心が足りないと非難すればいい」ということです。ゲーリングは「これはどんな国でも有効だ」と語ったとされます。
 ※このゲーリングの言葉を知ったのは7年前でした。以下は最初にブログに書いた2016年の年明けの記事です。

news-worker.hatenablog.com

 北朝鮮がミサイル発射を繰り返していることや、中国の軍拡、ロシアのウクライナ侵攻を強調して、敵地を直接攻撃できる兵器を保有するために、「反撃能力」などという言葉を使うロジックは、「我々は敵から攻撃されかかっている」と煽ることと本質的に変わりはないように感じます。「愛国心」については、しばらく前からネット上を中心に氾濫しています。「国民を戦争に仕向ける」を、戦争の悲惨な体験の上に築いてきた平和国家の理念を手放す、と読み替えれば、まさにゲーリングが喝破していた通りのことが、戦後78年もたった日本で起こっているように思えます。7年前には、まさか現代の日本でそんなことは起きないだろうと考えていました。あれよという間に、ここまで来てしまったことに戦慄を覚えます。

 16日の閣議決定について、東京発行の新聞各紙は17日付の朝刊でそろって1面トップで伝えました。関連記事も多数載せました。閣議決定と3文書の内容に対して、各紙のスタンスは二分です。批判的、懐疑的なのは朝日新聞、毎日新聞、東京新聞です。支持は読売新聞、産経新聞、日経新聞です。

 1面の本記の見出しは以下の通りです。
【批判、懐疑的】
・朝日新聞「戦後日本の安保 転換/敵基地攻撃能力保有 防衛費1.5倍/首相、増税時期『来年に決定』/3文書決定」
・毎日新聞「反撃能力保有 閣議決定/安保3文書 政策大転換」
・東京新聞「専守防衛 形骸化/敵基地防衛能力を閣議決定/防衛増税 年1兆円強/安保3文書改定」

【支持】
・読売新聞「『反撃能力』保有 明記/安保3文書 閣議決定/戦後政策を転換」
・産経新聞「反撃能力保有 歴史的転換/安保3文書 閣議決定/中国は『最大の挑戦』明記/長射程ミサイル 8年度配備」
・日経新聞「反撃能力保有を閣議決定/防衛3文書 日米で統合抑止/戦後安保を転換」

 「敵基地攻撃能力」「反撃能力」の用語の使い分けは以下の通りでした。
【批判、懐疑的】
朝日新聞 敵基地攻撃能力(反撃能力)
毎日新聞 反撃能力(敵基地攻撃能力)
東京新聞 敵基地攻撃能力(反撃能力)

【支持】
読売新聞 反撃能力
産経新聞 反撃能力(敵基地攻撃能力) 
日経新聞 反撃能力

 この用語の使い方について、朝日新聞が1面に「おことわり」を掲載しているのが目を引きました。

 おことわり 閣議決定した安保関連3文書で、政府は敵基地攻撃能力を「反撃能力」と表記しています。「反撃」とは攻撃を受けた側が逆に攻撃に転ずる意味ですが、実際には攻撃を受けていなくても、相手が攻撃に着手した段階で、その領域内のミサイル発射拠点などを攻撃することも想定しています。このため、朝日新聞では引き続き、「敵基地攻撃能力(反撃能力)」と表記します。

 東京新聞も総合面に「『敵基地攻撃能力』→『反撃能力』/批判かわす狙い?名称変更/『印象操作』指摘する声」との見出しの記事を掲載しています。
 かつて旧日本軍は「撤退」を「転進」と、「全滅」を「玉砕」などと言い換えていました。新聞もそのまま報じました。その教訓を忘れないようにするためには、政府と同じように主として「反撃能力」を使うにしても「敵基地攻撃能力」にも触れておいた方がいいと思います。
 ほかに、17日付各紙朝刊の社説の見出しと、各紙編集幹部らの署名評論の見出しも書きとめておきます。各紙の相違を比べることで、どんなところがこの問題の焦点なのかが浮き彫りになると思います。

■社説
・朝日新聞「安保政策の大転換 『平和構築』欠く力への傾斜」/攻撃でも日米一体化/中国にどう向き合う/説明と同意なきまま
・毎日新聞「安保政策の閣議決定 国民的議論なき大転換だ」/揺らぐ専守防衛の原則/緊張緩和する外交こそ」
・東京新聞(中日新聞)「安保3文書を決定 平和国家と言えるのか」/「専守」堅持という詭弁/「非軍事」のパワー軽視

・読売新聞「安保3文書改定 国力を結集し防衛体制強めよ/反撃能力で抑止効果を高めたい」/硬直的な予算を改めた/サイバー対策が急務/将来の財源は決着せず
・産経新聞(「主張」)「安保3文書の改定 平和守る歴史的大転換だ/安定財源確保し抑止力高めよ」/行動した首相評価する/国民は改革の後押しを
・日経新聞「防衛力強化の効率的実行と説明を」/戦後安保の歴史的転換/安定財源の確保進めよ

■署名評論
・朝日新聞1面「熟議・説明なし 将来に禍根」佐藤武嗣編集委員(外交・安全保障担当)
・毎日新聞1面「岸田流つじつま合わせ」中田卓二政治部長
・読売新聞1面「戦争回避『国防の本義』」村尾新一政治部長
・日経新聞3面「自立防衛への一歩」丸谷浩史ニュース・エディター