ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

政倫審開催までの曲折と検察の捜査

 自民党のパーティー券裏金事件を巡って、衆議院の政治倫理審査会(政倫審)が2月29日、開催されました。中継のテレビカメラが入った完全公開で、この日は岸田文雄首相と二階派の武田良太事務総長の二人が出席しました。安倍派の事務総長経験者ら同派の衆院議員5人4人が3月1日に出席することも決まりました。
 政倫審での岸田首相らの発言内容についてはひとまず置くとして、開催が決まるまでには紆余曲折がありました。“裏金議員”の間に、自らの政治責任を踏まえ、公の場で進んで説明しようとの意識は希薄であることが見て取れました。開き直りとも思えるそうした姿勢は、やはり検察が派閥幹部議員らの刑事責任を不問としたことと無関係ではないと感じます。検察は本当に捜査を尽くしたのかどうかは、問われ続けていい論点です。

 新聞各紙の報道によると、政倫審をめぐっては野党側が完全公開を求めたのに対し、安倍派の幹部議員の一部が非公開での開催にこだわり抵抗。調整は行き詰まっていました。業を煮やした岸田首相が28日、完全公開のもとで自ら出席する異例の措置を表明。安倍派の議員も抵抗できず受け入れることになったようです。
 岸田首相が28日午前、記者団に囲まれ、口にしたという言葉が報じられています。
 「今の状況では国民の政治に対する信頼を損ね、政治不信も深刻になる」
 「志のある議員に説明責任を果たしてもらうよう、あらゆる場で、これからも努力してもらうことを期待している」
 ※朝日新聞29日付朝刊2面「時時刻刻」
 朝日新聞の記事は、この発言について「岸田派の閣僚経験者」の解説も紹介しています。
 「首相は怒っていたな。『志ある議員』という言葉が全てを象徴している。出なければ『お前たちには志がない』ということになる」
 安倍派の5人が完全公開の政倫審に出席することにはなりましたが、同時に岸田首相の自民党内での求心力のなさも露呈してしまったようです。

 日本の新聞各紙の政治報道の特色の一つは、舞台裏を精緻に描くことにたけていることです。29日付朝刊では、朝日新聞「時時刻刻」、毎日新聞「クローズアップ」、読売新聞「スキャナー」など、総合面に掲載する大型のサイド記事の枠で各紙とも、この政倫審開催決定の内幕を詳述しました。読み応えがありました。主な見出しは以下の通りです。

 見出しだけからでも、岸田首相の求心力、指導力の欠如はよく分かると思います。少し角度を変えて見れば、「派閥ぐるみ」の裏金づくりを続けていた安倍派幹部らに、実情を公の場で明らかにしようとの意思は乏しいことを示しているように感じます。
 この問題で自民党と所属議員への疑問は多々あります。裏金を得ていた他の議員は、政倫審出席に手を挙げないのか、このままやり過ごすつもりなのか。そもそも、自民党の調査自体が不十分です。裏金は使途によっては個人所得となり、脱税の疑いも生じる可能性があります。しかし岸田首相は国会で、政治活動以外に使用したと調査に回答した議員はいなかった、と開き直るだけです。
 「政治とカネ」のことは、本来は政治家が自ら襟を正すのが筋です。再発防止のためには、政治資金収支報告書の記載に会計責任者だけでなく、議員本人の責任も問える連座制の導入などが必要と指摘されており、世論調査でも圧倒的な支持を得ています。しかし、現状で実現を期待するのは困難なように感じます。公の場での説明ですら、実施までにこれだけ混乱したのに、規制を強める法改正を自ら進んでやれるでしょうか。

 なぜ、こんなことになっているのか。要因の一つは、検察の捜査と刑事処分の甘さだとわたしは考えています。
 このブログの以前の記事でも書きましたが、検察の判断で疑問に思うのは①派閥、特に5年間で13億5千万円余りもの不記載があった安倍派について、事務総長経験者ら派閥幹部の政治家の刑事責任を不問としたこと②裏金を得た個々の政治家について、収支報告書への不記載の額がおおむね3千万円で線引きされ、そのラインに満たなければ会計責任者の訴追もなかったこと―の2点です。これらの判断について、検察は説明も十分に行っていません。
 加えて、裏金が使途によっては脱税の疑いが生じる点は、まさに検察が捜査を尽くさなければならなかったポイントの一つです。検察の捜査の過程で税法上の疑いが見つかれば、その時点で国税当局と連携し合同捜査に切り替えることは、別に異例でも困難でもありません。
 自民党の議員たちにしてみれば、一時的に批判は浴びても、刑事責任を問われることもなく、離党すらせず、国会で説明しなくても済むのなら、「今のままがいい」と考えるはずです。法改正は到底期待できません。
 「政治とカネ」を巡っては、政治家が自ら襟を正すのが本来のありようです。それができているか、マスメディアの報道が政界の動きを追うのは当然です。ただし、今回の問題の全体像を俯瞰して見れば、検察が“裏金議員”たちの開き直りに口実を与えてしまったのも同然の構図が見えます。検察の公権力の行使のありようを問い続ける必要があると思います。それができるのはマスメディアの組織ジャーナリズムですし、果たさなければならない役割の一つです。

※参考過去記事

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【追記】2024年3月1日0時40分
 岸田首相の政倫審での弁明は、新味はなく真相解明にはほど遠い、との評価になるようです。
 ※共同通信「首相、政倫審の弁明『新味なし』 野党『予算委と同じ』と指摘」=2024年2月29日

https://nordot.app/1135873946828669945

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私家版ガイド:二・二六事件の関係地

 1936年のクーデター未遂事件「二・二六事件」からことしは88年。別の記事に書きましたが、一部の若い軍人が部下を私兵化して起こした独善的な反乱であるこの事件には、今日的な教訓も少なくないと思います。
 非常勤講師を務めた大学の授業では履修生たちに、社会との関わりについて考えを深めるために、ニュースの現場に足を運んでみることを奨めました。二・二六事件をめぐって、わたし自身が訪ねたことがある現場や関係地を、東京都内を中心にまとめました。若い世代の方に、参考にしてもらえればうれしいです。

▽高橋是清蔵相の殺害現場
 高橋是清は大正から昭和初期にかけて首相、蔵相を務めた金融界の重鎮であり、重臣の一人。自宅で就寝中に反乱軍に襲われ、殺害されました。82歳でした。
 東京都港区赤坂の自宅跡地は現在、「高橋是清翁記念公園」となっています。港区のホームページによると、事件後の1938年(昭和13年)、記念事業会が東京市に寄与して1941年に記念公園として開園しました。戦後、1975年に港区が管理するようになりました。
 公園内には日本庭園の趣が残り、交通量の多い青山通りに面していながら、騒音も気になりません。公園内には、英字紙と思われる書類を手にした高橋是清の座像があります。

※「高橋是清翁記念公園」
 https://www.city.minato.tokyo.jp/shisetsu/koen/akasaka/04.html

 当時建っていた邸宅は、東京都小金井市の都立小金井公園内にある「江戸東京たてもの園」に移築、復元されています。わたしが訪ねたのは10年前。是清が絶命したとされる母屋2階の寝室も見学できました。

 ※「江戸東京たてもの園」
 https://www.tatemonoen.jp/

 ※参考過去記事 

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▽反乱軍が拠点とした「山王ホテル」跡
 反乱軍は首相官邸を襲撃し、永田町から三宅坂の一帯を占拠しました。拠点としたのは「山王ホテル」でした。当時、日本を代表する高級ホテルの一つだったとされます。戦後、米軍に接収され、1983年10月に閉鎖されました。跡地はしばらく更地でしたが、2000年1月に「山王パークタワー」が竣工し、現在に至っています。
 ※以上、出典:ウイキペディア「山王ホテル」

【写真】首相官邸(右のガラス張りの建物)と道を挟んで向き合う山王パークタワー(左手前)。首相官邸の奥に並んで見えるのは国会の議員会館
 反乱軍が山王ホテルを拠点としていたことは知識として知っていましたが、その場所をはっきり認識したのは、実は最近のことです。何度も付近を歩きながら気付かずにいました。何となく「赤坂」だと思っていた地域ですが、住所表示は「永田町」だということも改めて確認しました。
 道を隔ててすぐ東側に首相官邸。その北側には国会の議員会館が連なります。当時も今も、日本の政治の中心です。

※参考過去記事

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▽刑死した将校、犠牲者の慰霊像
 事件は4日目に鎮圧され、クーデターは未遂に終わりました。投降した反乱軍の将校や、黒幕とされた民間人らは軍法会議で死刑判決を受け、東京・代々木の陸軍刑務所で銃殺刑が執行されました。その陸軍刑務所の跡地の一角に、慰霊像が建っています。
 台座の上に、右手を高々と掲げる観音像。手前の木柱には「二・二六事件慰霊像」と書かれています。台座には、像を建立した経緯を記した碑文がはめ込まれています。それによると、慰霊の対象は刑死した20人、自決した2人だけでなく、事件で殺害された犠牲者も含むとしています。建立は30回忌にあたる1965(昭和40)年2月。建立し、管理しているのは一般社団法人「仏心会」で、刑死した将校の遺族の集まりです。

 慰霊像があるのは、JR渋谷駅から北西へ徒歩10分ほど。渋谷税務署などが入る渋谷地方合同庁舎に隣接する一角です。向かいはNHK放送センター。かつては渋谷駅の近くまで、広大な陸軍の用地が広がっていたようですが、現在はビル街です。

 ※参考過去記事 

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▽斎藤実の遺品
 岩手県奥州市水沢区(旧水沢市)は最近では米大リーグ、大谷翔平さんの出身地として知られますが、二・二六事件で暗殺された内大臣、元首相、元海軍大将の斎藤実は水沢の武家の生まれです。
 奥州市役所の近くにある斎藤実記念館には、血に染まった衣類や、銃弾でヒビが入った鏡台など、事件の生々しい資料が多数、展示されています。夫人が事件後も手元に残していました。事件の直接資料がこれだけまとまって保存されている施設は、ほかには見当たらないのではないかと思います。
※斎藤実記念館
 https://www.city.oshu.iwate.jp/makoto/index.html

※参考過去記事

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 水沢にはほかに、台湾総督府民政長官、南満洲鉄道(満鉄)初代総裁、内務大臣、東京市長などを務め、都市計画などの構想の大きさから「大風呂敷」のあだ名があった後藤新平の記念館、江戸時代後期の蘭学者、高野長英の記念館もあります。

二・二六事件から88年、教訓の今日的な意味~自衛官の靖国神社集団参拝に危惧

 88年前の1936年(昭和11年)2月26日、陸軍の青年将校らによる「二・二六事件」が起きました。クーデターを企図して約1500人の下士官、兵を率いて決起。高橋是清蔵相、斎藤実内大臣、陸軍の渡辺錠太郎・教育総監らを殺害し、東京・永田町や霞ヶ関などの一帯を占拠しました。しかし4日後29日には鎮圧され、クーデターは未遂に終わりました。陸軍内の「皇道派」と「統制派」の派閥抗争=主導権争いが背景にあり、青年将校らは皇道派の影響を強く受けていたとされます。両派はともに社会変革を掲げていましたが、方向性が異なっていました。事件を経て陸軍は統制派が支配を確立。日本は1941年12月の太平洋戦争開戦へと進み、戦争遂行を最優先とする社会になっていきました。
 二・二六事件については、教訓を暴力で世の中を変えようとすることの愚かしさととらえ、このブログでも取り上げてきました。しかし今年はその2月26日を、少し違った意味で心の中にざわつきを覚えながら迎えました。自衛隊の統制をめぐる気になるニュースのためです。
 ことしに入って、幹部自衛官らが靖国神社に集団で参拝していたことが相次いで表面化しました。閣僚の参拝が政治問題であるように、靖国神社参拝はそれ自体が政治的な問題の側面があります。自衛官は公務員として政教分離を順守するのは当然ですし、文民統制(シビリアンコントロール)の下にある軍事組織の自衛隊も、その個々の構成員も、政治的な問題に関わることは厳に慎むべきです。陸軍大臣、海軍大臣に現役の軍人が就いていた戦前の旧軍とは、自衛隊はその点が決定的に異なるはずです。日本国憲法下で設置され運用されている自衛隊は、旧軍の継承組織ではありません。にもかかわらず、部内にたとえ一部でも、旧軍を思慕するようなメンタリティがあり、政教分離や文民統制を逸脱しかねないのだとしたら、軽視できません。
 最初の報道は陸上自衛隊でした。陸上幕僚副長(陸将)らが1月9日に靖国神社を集団で参拝。副長は時間休を取得しながら公用車を使用していました。防衛省は公用車の私的使用について処分しましたが、参拝そのものは私的な行為としてとがめませんでした。参拝したのは陸自の航空事故調査委員会の関係者で幕僚副長は委員長でした。
 ※共同通信「靖国参拝、公用車使用で処分 陸自幹部ら『私的』と結論」=2024年1月26日
 https://www.47news.jp/10446097.html

 陸上自衛隊幹部らが靖国神社に集団参拝した問題で、防衛省は26日、公用車の使用が不適切だったとして、参拝した小林弘樹陸上幕僚副長ら3人を訓戒とするなど計9人を処分した。陸自トップの森下泰臣陸上幕僚長も含まれ、監督責任を問われ注意となった。全員が休暇を取って参加し、玉串料は私費だったとして、部隊参拝や、参拝の強制を禁じた1974年の事務次官通達の違反はなく、私的参拝と結論付けた。
 防衛省によると、参拝は41人に案内、22人が参加し、うち13人が玉串料を支払った。小林副長らは公用車の使用に関し、能登半島地震で自衛隊が災害派遣中のため「緊急に防衛省に戻る可能性を考慮した」と説明した。

 次いで、海上自衛隊の練習艦隊の司令官らが昨年5月、制服姿で参拝していたことが先日報じられました。
 ※朝日新聞デジタル「海自が靖国神社に集団参拝 練習艦隊の隊員、幕僚長『自由意思』」
=2024年2月20日
 https://digital.asahi.com/articles/ASS2N5D4KS2NUTFK00L.html

 海上自衛隊練習艦隊の今野泰樹(やすしげ)司令官らが昨年5月、靖国神社(東京・九段)に集団で参拝していたことがわかった。酒井良海上幕僚長は20日の記者会見で、練習艦隊の165人を対象に九段下周辺の史跡などをめぐる研修を行った際、「その中の多くの人間」が参拝したと明らかにした。
 海幕によると、集団参拝が行われたのは昨年5月17日。海自の幹部候補生学校の卒業者は練習艦隊に配属され、例年、この時期に歴史学習として九段坂公園や日本武道館を回る研修がある。その際の休憩時間に、希望者が制服姿で参拝したという。

 朝日新聞は、海幕長は「問題視することもなく、調査する方針もない」とした一方で、防衛省の茂木陽報道官は20日の記者会見で「詳細な事実関係を現在、確認中だ」と述べたことも伝えています。
 自衛官であっても、思想・良心の自由や信教の自由は憲法によって保障されています。勤務時間外に、私服姿で一人静かに訪ねるのなら、個人の自由の範囲内かもしれません。しかし、はた目にも自衛官と分かる制服姿や、公務に準じる公用車の利用などは一線を超えていると感じます。
 靖国神社は、戦前は陸海軍が共同で管理する軍国主義の象徴的な施設でした。戦後は、A級戦犯14人を「昭和の殉難者」として合祀しています。付属施設の遊就館の展示でも、日中戦争を「支那事変」、太平洋戦争を「大東亜戦争」と呼んでいるように、戦争当時の歴史観、価値観が色濃く反映されています。日本が不戦を国是とする今では、政治と宗教の分離という意味でも、首相や閣僚、国会議員らがその身分を公然とかたって参拝することには疑問があることは、このブログの以前の記事で書いた通りです。

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 軍事組織、実力組織の一員である自衛官が、制服姿で公然と靖国神社を参拝することには深刻な危惧を覚えます。仮に、個々の自衛官に旧軍への思慕、さらには旧軍との連続性の意識があるのだとすれば、それで文民統制が本当に機能するでしょうか。むろん、自衛官が皆すべて同じではないでしょうし、そうした自衛官がいたとしてもごく少数かもしれません。それでも、同じような事例が複数表面化していることが気になります。自衛隊が階級組織であり、上官からの呼びかけなのか事実上の命令なのか、いずれにしても抗しづらいのではないか、とも感じます。文民統制から逸脱した上官が出たら上意下達の組織はどうなるのか、という問題を内包しているように思います。
 1931年の満州事変以後、日本は15年に及ぶ戦争遂行の時代に入っていました。32年の五・一五事件で政党人の犬養毅首相が暗殺されて以後、政党政治は衰退し「憲政の常道」は終わりました。二・二六事件はその中で、一部の若い軍人が部下の下士官、兵を私兵化して起こした独善的な反乱です。軍事組織の内部統制の崩壊という一面があります。自衛官の集団参拝との間に、見過ごせない類似点がある可能性を疑うのは考えすぎでしょうか。
 当時と今日とで、政治状況、社会状況は大きく異なってはいます。ただ、岸田文雄政権の下で、安倍晋三政権以来の流れである軍拡路線が進んでいます。そのこと自体の当否はさておき、必然的に自衛隊の肥大化を伴うはずです。シビリアンコントロールの徹底はより重要になるのに、政府、防衛省は十分に対応できるのか。疑問なしとはしません。加えて言えば、岸田政権下での最近の政治不信の高まりも気になります。
 かつて国を挙げての戦争遂行の果てに、アジア各地におびただしい犠牲を生み、日本国内も焦土と化した歴史があります。二・二六事件は軍事優先の社会体制へ進む過程で、軍事組織の一部が統制を外れて暴走した出来事です。現在の社会状況に照らしつつ、教訓を社会で継承していくことが必要です。そんなことを、事件から88年の今年、あらためて考えています。

 【現場に立ってみる】
 2月23日の天皇誕生日の休日、事件に関係する場所をいくつか回ってみました。
 東京都心の東京メトロ銀座線、南北線の溜池山王駅を降りて地表に出ると、ひときわ高いビル「山王パークタワー」があります。事件で反乱軍が拠点を置いた「山王ホテル」はこの場所にありました。

 東側は道を1本隔てて首相官邸(下の写真の右の建物)。その北に国会の議員会館棟が並びます。国会議事堂はその東(写真では奥の方向)です。足を運んでみて、反乱軍が国家の中枢を押さえようとしたことが、あらためてよく分かりました。

 事件当日の東京は雪でした。わたしが訪ねた日、東京では朝方は冷え込んだようですが、日中は雨。灰色の空が広がっていました。

 溜池山王駅から地下鉄銀座線に乗って10分で渋谷駅に着きます。駅から北へ上り坂を徒歩10分ほど。NHK放送センター近くに、事件関係者の慰霊像があります。
 反乱罪に問われた将校らは東京・代々木にあった陸軍刑務所で銃殺刑に処せられました。慰霊像があるのは、刑務所の跡地の一角です。昨年7月に訪ねた際のことはこのブログにも書きました。緑に覆われていました。この日、街路樹の葉は落ちていました。

 将校たちの刑執行は夏場でしたが、事件で殺害された人たちには、2月26日は命日です。そっと手を合わせました。白梅が咲いているのが目にとまりました。

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※追記 2024年2月28日18時
 非常勤講師を務めた大学の授業では履修生たちに、社会との関わりについて考えを深めるために、ニュースの現場に足を運んでみることを奨めました。若い世代の方の参考になればと思い、わたし自身が訪ねたことがある二・二六事件の関係地を、東京都内を中心に別記事にまとめました。 

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仮説メモ:投票率上昇なら政権交代に現実味?~「自民と立民 支持率並ぶ」の読み解きを試みる

 先週末に実施された毎日新聞の世論調査の結果が目を引きました。岸田文雄内閣の支持率は14%、不支持率は82%に達しました。政党支持率でも、自民党と立憲民主党が16%で並びました。仮に今、衆院選が実施されれば、政権交代は必至と思えるような結果です。
 ただし、同時期に実施された読売新聞の調査と朝日新聞の調査とは、かなり趣が異なります。この3件の調査の結果を一覧にまとめると、以下の通りです。

 読売新聞の調査結果と朝日新聞の調査結果は、おおむね一致しているようです。これに対して、毎日新聞の調査結果は明確に異なっています。読売、朝日の調査でも岸田内閣、自民党とも支持は低い水準ですが、自民党が野党に並ばれてしまう、という状況ではありません。この違いは何を意味するのか。推測交じりのわたし個人の仮説ですが、報じられている内容を元に考えてみました。
 各紙とも調査方法は一定程度、記事の中で開示しています。それによると、3件の調査とも対面の聞き取りではなく、電話を介した調査です。コンピューターで無作為に電話番号を作成していること、携帯電話と固定電話を組み合わせていることは3件とも共通です。読売新聞、朝日新聞の調査が電話で直接、質問をしているのに対し、毎日新聞の調査では、携帯電話の場合、調査を承諾した人にSMS(ショートメッセージ)で回答画面へのリンク情報を送付している点が、読売、朝日とは異なるようです。記事から判断できる明確な差異はほかに見当たりません。SMSを使うかどうかの違いで、調査結果にここまで開きが生じるのかどうか。なお、回答率は読売新聞調査は固定電話62%、携帯電話39%で回答数は1083、朝日新聞調査では固定電話50%、携帯電話39%で回答数は1113です。毎日新聞は目標サンプル数を1000件とし携帯453件、固定571件(計1024)の回答を得たとしていますが、回答率は記載していません。
 わたしの主観ですが、スマホに世論調査の電話がかかってきたとして、そのまま質問に答えるのならともかく、あらためてSMSでリンクを受け取り、そこから回答画面にアクセスして回答を入力するのだとしたら、ちょっと面倒だな、と感じるように思います。面倒だと感じて調査への協力を断る人も少なくないのでは、と想像します。毎日新聞の調査に回答している人は、その面倒を乗り越えて調査に協力している人たちであり、そこが他社の調査と異なる点ではないかと思います。適切な言い方かどうか分かりませんが、毎日新聞の調査には他社調査にはないこうしたバイアスがかかっている、という言い方が可能かもしれません。

 では、多少の面倒をいとわず調査に協力するのはどのような人たちでしょうか。これもわたしの主観ですが、日ごろから政治へ関心を持ち、内閣への評価や支持政党についても明確な答えを持っている人ではないかと思います。もし政治に関心がなければ、SMSを介した面倒な調査に協力しようという気にならない方が自然だろうと感じます。実際に、内閣支持率をめぐっては、毎日新聞の調査では支持と不支持の合計は96%もあります。政権への態度を明示しない人はわずか4%。読売新聞調査の15%(支持と不支持の合計85%)、朝日新聞調査の14%(同86%)との間に有為の差があります。
 岸田政権や政治に明確な意見を持つ人たちの回答が相対的に多く反映された調査で、もはや政権交代ではないか、と思わせる結果が出たことは何を意味しているか。政治への関心が高い層は今、岸田政権や自民党に批判的になっている、ということが可能性の一つではないかと思います。政治への関心が高まれば、岸田政権や自民党への批判が増し、政権交代の受け皿としての期待から野党の支持が増える、と予測することもできそうな気がします。選挙で投票率が上がることは、それだけ政治に関心を持つ人が増えたということを意味します。そういう人の票は野党に向かうのではないか。仮に今選挙が実施され、投票率が上がれば政権交代が現実味を帯びてくる―。そんなことを感じます。

 以上は、あくまでもわたしの推測交じりの仮説です。世論調査や統計に専門的な知見を持った方が、今回の毎日新聞の調査結果をどのように見ているか、知りたいと思います。

裏金巡る虚偽記載 「派閥の指示」と弁明~検察の捜査に改めて疑問

 自民党のパーティー券裏金事件で、自民党は2月15日、安倍派、二階派の議員らに対する聞き取り調査の結果を公表しました。報道によると、調査の対象は現職国会議員82人と選挙区支部長3人の計85人で、内訳は安倍派79人、二階派6人。85人中32人が、派閥から還流を受けるなどした「裏金」であることを事前に認識しており、うち11人は政治資金規正法にのっとって収支報告書に記載すべきだったことを認識していたとのことです(読売新聞によると、11人は全員安倍派所属)。聞き取り調査には党幹部のほか弁護士も立ち会いました。
 驚いたのは、議員側の弁明の内容です。収支報告書に記載しなかったことについて、派閥からの指示があった、とした議員が複数いたとのことです。このブログの以前の記事でも書きましたが、この事件には、自民党の金権体質だけではなく、検察が捜査を尽くしたのかどうか、という論点があります。安倍派の裏金は派閥ぐるみなのに、虚偽記載について派閥幹部の国会議員の刑事責任は不問とされ、派閥の会計責任者だけが訴追されました。捜査を尽くしても派閥幹部と会計責任者の共謀の証拠が見当たらなかったことが理由とされました。したがって、派閥幹部の刑事責任を巡る最大の焦点は、この共謀の有無です。
 今回の自民党の調査対象になった議員は、東京地検特捜部も聴取し、派閥の指示で収支報告書に記載しなかった、との供述も得たはずです(仮に聴取もせず、あるいは聴取はしたが派閥の指示について供述を得られなかったとしたら、「捜査を尽くした」とは到底言えません)。自民党の調査結果は、個々の弁明について議員名を明らかにしていないので、推測交じりになりますが、安倍派の議員が特捜部に「収支報告書に記載しなければならないことは分かっていたが、派閥の指示で記載しなかった」と供述していたとすれば、それは何を意味するでしょうか。派閥幹部の議員は、パーティー券の売り上げの還流は知っていたが、派閥の収支報告書に記載しないことは知らなかったことになっています。その一方で、還流を受けた議員たちに、それぞれの収支報告書にも記載しないことを派閥が指示していたことになります。
 還流する資金の出元である派閥と、受け取り側の議員側で、収支報告書の扱いをそろえることは、ありていに言えば「口裏合わせ」です。そんな重要なことを、派閥の事務方である会計責任者の一存で決められるでしょうか。派閥幹部の議員から事務方に対し、明示的にであれ暗黙のうち黙示的にであれ、意思表示と合意の形成があったからこそ、還流を受けた個々の議員に、派閥としての指示が下りていったのではないのか。合理的な疑問です。
 自民党の調査で「派閥の指示」を口にしたのは一部の議員のようですし、東京地検特捜部の聴取ではおそらく、議員たちの供述には食い違いも少なくなかったのではないかと思います。しかし、その食い違いを放置せず、実際は何があったのかを解明して初めて「捜査を尽くした」と言えるはずです。政治資金規正法が訴追対象を「会計責任者」と明記し、議員の訴追に共謀の立証が必要なことは、捜査側にとって高いハードルであるのは事実ですが、その点を「法の不備」という言い訳にして、当初から形だけの捜査で終わらせるつもりだったのではないのか、とすら感じます。あるいは検察の捜査能力の問題なのか。少なくとも、検察は捜査についてもっと説明するべきだと思います。


 議員たちの弁明について、以下の各記事が詳しく紹介しています。
※毎日新聞
「派閥指示・秘書のせい…言い訳オンパレード 『裏金』聞き取り報告書」=2月16日
https://mainichi.jp/articles/20240215/k00/00m/010/350000c
※読売新聞オンライン
「『派閥の指示から外れたことはできない』、多数の議員が違法性認識しつつ不記載継続…自民報告書」=2月16日
 https://www.yomiuri.co.jp/politics/20240216-OYT1T50009/
※産経新聞
「安倍派、幹部の責任問う意見多数 政治資金パーティー不記載、今後は処分が焦点」=2月15日
 https://www.sankei.com/article/20240215-WSKWC5TXNZK7XD3GYIJLFPXEMI/

 還流を受けた議員側の立件について、検察が3千万円で線引きしたことに対しても、あらためて疑問を感じます。自民党の調査によっても、収支報告書に記載しなければならなかったことを認識していた議員が11人もいました。派閥ぐるみのかつてない大掛かりな違法行為です。その悪質性に鑑みて、従来の“基準”にこだわらず、虚偽記載があったすべての議員側を金額の多寡にかかわらず訴追し、刑罰の可否の判断は裁判所にゆだねる、という選択肢もあるのではないかと思います。
 自民党の調査は、個々の議員の弁明を匿名とするなど、厳しさを欠いています。党としての処分についても、上記の産経新聞の記事によると、茂木敏充幹事長は、重い処分である除名や離党勧告の目安として、刑事事件での立件を挙げたとのことです。検察が3千万円の線引きを踏襲したおかげで、“裏金議員”の大多数は除名や離党勧告は免れるということになりそうです。
 一時的に批判は浴びても、刑事責任を問われることもなく、除名はおろか離党すらせずに済むのなら、議員たちは「今のままがいい」と考えるはずです。次回の選挙で当選してしまえば「禊は済んだ」ということにされ、連座制の導入など政治資金規正法の改正もうやむやになりかねないことを危惧します。
 マスメディアの報道は自民党に自浄能力があるか否かに向かっている観があります。それも必要な報道ですが、検察という公権力に対しても、引き続き監視の機能を果たしていってほしいと期待しています。

※参考過去記事

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正確な情報の共有は「感情の氾濫」を止める~「文章作法」で気付かされた視点

 東京近郊の大学で非常勤講師を務めていた「文章作法」の授業が先日、終了しました。2年間の非常勤講師の任期も3月で終了します。
 最後の授業で講評した課題は小論文。メディアやコミュニケーションに関心がある学生を対象にした講座ですので、テーマは「ニュースを社会で共有することの意義」と指定しました。「ニュース」は、新聞やテレビなどのマスメディアの報道を指すことが前提です。元日に能登半島地震が発生したこともあってか、提出作は災害時の情報流通に触れたものが目立ちました。文章に、履修生それぞれの個性が出ていました。
 ある学生は「ニュースは人の感情の氾濫を止めるもの」と書きました。論旨は以下の通りです。
 SNSでは時に、真偽不明の情報がむき出しの感情とともに拡散される。一つの意見が強すぎると、別の意見が出にくくなり、多様な意見に触れることが難しくなる。正確な情報が流れることで、社会の混乱を防ぎ、個々人の感情が暴走しないようにする機能がある―。
 「感情の氾濫を止める」という表現に感心しました。正確な情報を発信することは、組織ジャーナリズムの仕事の上では自明の、基本中の基本のことです。その効果をこんな風に言葉にして表現してみる、ということはわたし自身、あまり考えたことがありませんでした。「なるほどなあ」と思いました。15年以上も前のことになりますが、明治学院大で初めて非常勤講師を務めた際、奨めてくれた先輩から「『教える』は『学ぶ』に通じる」との言葉をもらいました。まさに、あまり考えていなかった視点を履修生に気付かせてもらったように思います。
 正確さということでは、新聞記事やテレビのニュースの正確さは、トレーニングを受けた記者が取材し、経験豊富なデスクや編集者がチェックを重ねていればこそのことです。別の学生は、ニュースの受け手として、「真偽を見極める力が必要になる」と書き、そのためにメディアの仕組みを学び、メディア・リテラシーを身に付けることの重要性に触れました。授業では折に触れ、マスメディアの記者がどのように経験を積み、育っていくかも話しました。きちんと受け止めてくれていることが分かりました。
 明るい前向きな話題、ポジティブなニュースが必要だと強調する内容の提出作もありました。災害や犯罪、事故、さらには戦争といったニュースばかりに接していると、確かに精神的につらくなってしまうことがあります。この学生は、災害報道の合間にも、藤井聡太八冠の王将戦や、大リーグ大谷翔平選手から日本の学校へのグローブの寄贈などのニュースが流れことを挙げ「この不安定な今だからこそ『まだ日本は大丈夫だ。』と視聴者に希望を抱かせるニュースが必要」だと書きました。
 英国のロイタージャーナリズム研究所が公表した「デジタルニュースリポート」で、ニュースに触れることを意図的に避けようとする人たちが世界的に増加しているとの分析が示され、メディア関係者の間で話題になったのは2022年でした。「選択的ニュース回避」(selective News Avoidance)と呼ばれます。理由の上位には「気分に悪影響がある」もありました。ニュース離れが進み、社会で情報が共有されなくなると、だれにも関係がある問題なのに社会的な議論が成り立たなくなるおそれがあります。そうなれば民主主義の危機です。この学生の論考には「なるほど」と感じ入るところがありました。

※参考過去記事

news-worker.hatenablog.com 何人かの学生に共通していたのは「ニュースに接し、情報を共有することで、自分の行動に選択肢が増える」ということでした。顕著な例は災害時です。何が起きているかを知ることで、呼びかけに応じて具体的な支援に動くことができます。知らなければ、その選択肢はありません。
 全体として、履修生たちはマスメディアが組織的に取材、報道を展開することの意義自体については、ひとまず肯定的にとらえてくれたようです。新聞についても、それがどういうメディアで、どんな風に日々作られ社会に届けられているか、そこにどれだけ多くの人がかかわっているか、などを丁寧に説明すれば、関心が高まるということも、授業を通じて実感しました。実際には、ジャニーズ事務所元社長の性加害に対する沈黙の問題など、新聞が総括しきれていない課題も少なくありません。それらのいくつかは、授業でも触れてきました。そうした問題をどう考えるのか、引き続き考察を深めていってほしいと思います。

 最後の15分は、今学期の授業の総まとめを話しました。文章を書く要諦、エッセンスをあらためて説明。文章を書くスキルの上達に終わりはないことも説明し、引き続き文章力を磨くよう励ましました。いい文章を書くには、いい文章にふだんから接することも大事で、本を読むこと、新聞も生ニュースの欄だけでなく、論評や寄稿などの長い記事もじっくり読むことを奨めました。
 最後に、次のようなことを話しました。
「皆さんの中にはマスメディアや組織ジャーナリズムに関心が深い方もいると思う。この授業では新聞を中心に組織ジャーナリズムについても話をしてきた。将来、組織ジャーナリズムを仕事にしよう、と思う方はぜひがんばってほしい。そうでない方には、違う仕事に就いても、組織ジャーナリズムのよき理解者、よき情報の受け手であってほしい。わたしからのお願いです」

 総まとめは、わたしにとっては、自身の2年間の試行錯誤の総括でした。以前から就職活動の学生の作文を指導する機会はありましたが、系統だって説明できるようなメソッドは正直なところ持っていませんでした。自分なりにあれやこれや、先人の「文章読本」を読み漁ったりもしながら、何とか自分なりの指導法を組み立ててきました。1年目は悪戦苦闘、2年目になって、何とかその指導法は形になり、効果も確認できたように思います。
 そんなこともあって、履修生たちがこの後、どんな道を進むのか、気になります。将来、どんな仕事に就くにせよ、文章がきちんと書けることは身を助けます。彼ら、彼女らの今後の健闘を期待しています。

 春の新緑、秋の黄葉と、2年の間、目を楽しませてくれたキャンパスのイチョウ並木は、見納めの日は冬景色でした。

 4月からは、別の大学で半期、非常勤講師を務めることになっています。やはりマスメディアに関心を持つ学生を対象にした文章指導です。今度は、自由な内容の作文ではなく、時事問題を論じる文章です。報道、ニュースへの接し方がとても重要になります。組織ジャーナリズムの実状も丁寧に伝えてみたいと考えています。いずれ、このブログでも紹介していこうと思います。

「安倍派幹部『不問』」になお8割超が疑義~民意の検察不信と新聞

 自民党のパーティー券裏金事件で、自民党安倍派の政治資金収支報告書の虚偽記載に対し、東京地検は会計責任者を起訴しただけで、事務総長経験者ら派閥幹部の国会議員については不問としました。1月に実施された2件の世論調査では、「納得できない」「適切だとは思わない」との回答が80%と78%に上ったことは、以前の記事で触れました。先週末、2月3~4日に実施された共同通信の世論調査でも、「納得できない」が83.4%に上ったと報じられています。
 まとめると以下の通りです。

 TBS系列のJNNの世論調査(2月3~4日実施)でも、「納得しない」の回答が78%に上ったとのことです。派閥幹部の刑事責任を問わない検察への疑義は根強く、時間がたっても収まる気配がありません。検察への不信と言ってもいいように思います。
 気になるのは、この民意をマスメディア、その中でも新聞各紙がどこまで共有しているかです。東京地検が刑事処分を発表したのは1月19日。翌20日付で、朝日、毎日、読売、日経、産経の全国紙5紙は、そろって社説で取り上げました。いくつかの地方紙も関連の社説を掲載しています。その概要は、このブログの以前の記事にまとめました。

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 検察が派閥幹部の責任を問わなかったことに対し、全国紙では毎日新聞、産経新聞には批判的、懐疑的な記述は見当たりません。朝日新聞は、還流議員側の立件が3千万円で線引きされた点には疑問を呈していますが、派閥幹部のことは付け足しのように触れているだけです。読売新聞と日経新聞は、ある程度のまとまった記述がありますが、トーンは「全員を不問に付すのは不公平感が拭えない」(読売)、「多くの国民が結果に納得できないのは当然だ」(日経)など、さほど強くはないように感じます。
 民意に添うように、検察に躊躇なく疑問を提示し、批判していると感じるのは、いくつかの地方紙です。検察は派閥幹部について、会計責任者との共謀を示す証拠が見つからなかったことを、「不問」の理由にしているようですが、そもそも捜査についてろくに説明していません。そんな状況で「捜査は尽くされた」「法に不備があるのだから仕方がない」と受け止めるのは無理だ、と考える人も少なくないはずです。地方紙の社説では、例えば中国新聞は検察に対し、具体的に説明するよう求めています。
 現行の政治資金規正法は、政治資金収支報告書の虚偽記載の処罰対象を会計責任者と明記しています。政治家本人を処罰するためには、会計責任者との共謀を立証する必要があります。ハードルが高いのは事実ですし、その点を「法の不備」と言えばその通りかもしれません。法改正で、共謀の有無を問わず政治家も失職するなどの連座制が導入されるに越したことはありません。しかし、そのことと、現行法の下で検察がありとあらゆる捜査を尽くすこととは、別の問題です。
 「法に不備があるから、立件見送りは仕方がない」ということになれば、政治家、とりわけ自民党の国会議員たちは「今のままがいい」と考えるはずです。現に、刑事処分が発表された後、訴追を免れた議員が公にどんな説明をしているか。自民党の改革論議はどんな状況か。いずれも納得できるものではありません。この状況で、連座制の導入が本当に実現できるでしょうか。国会に任せていても改革は進まない、だから検察に期待したのに、「法の不備」を理由にさっさと捜査を終わらせてしまったとしか思えない―。世論調査に表れているのは、そうした疑義であり、不信、失望、怒りであるように感じます。
 今回の裏金事件は、民主主義の根幹にかかわります。仮にマスメディアが検察の説明を是とし、「法に不備があるから、立件見送りは仕方がない」と理解を示すとしたら、「検察と一体化しているのではないか」との不信を招くのではないでしょうか。そのことを危惧します。

自身の半生に重ねて振り返る新幹線~続・200系の記憶

 一昨年のことになりますが、2022年は、日本で最初の鉄道が1872(明治5)年に新橋~横浜間に開業して150年、1982年に東北・上越新幹線が開業して40年や、山形新幹線30年、秋田新幹線25年などが重ねる年でした。日本の鉄道の歴史の節目でした。JR東日本は「新幹線イヤー2022」のキャンペーンを組み、「200系カラー新幹線」を運行しました。ことしの年明け、その車両を東京駅で久しぶりに見かけました。
 200系とは、1982年6月23日に東北新幹線盛岡~大宮間、同年11月15日に上越新幹線新潟~大宮間が開業した当初に、両新幹線を走っていた車両です。外観のデザインは東海道、山陽新幹線を走っていた0系や100系をほぼ踏襲。東海道・山陽の車体のカラーが白地に青いラインだったのに対し、緑色のラインでした。当時の200系カラーを現在のE2系1編成に再現した車両のことは、このブログでも以前、触れました。「まだ走っているんだな。いずれまた乗りたいな」と思っていたのですが、3月15日(金)で定期運行を終えることを知りました。名残惜しく感じます。

【写真】ことしの年明け、東京駅で見かけた200系カラーのE2系車両

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 東北新幹線開業の翌年、1983年4月にわたしは通信社の記者となり、初任地は青森でした。東京の本社で1カ月間、新人研修を受けた後、200系の「やまびこ」に大宮から乗って、任地に向かいました。4年後に青森から埼玉に転勤するまで、休暇や出張で200系には何度も乗りました。20代前半から半ばのあのころは、つらいこともありましたが、自分には無限の時間と可能性があるように感じていました。そうした記憶とともに、200系にはひときわ強い思い入れがあります。

 「200系カラー新幹線」が通常運行を終える翌日の3月16日は、北陸新幹線金沢~敦賀間が開業します。沿線では元日に能登半島地震が起きました。2011年3月11日の東日本大震災では、翌3月12日が九州新幹線の全線開業でした。祝賀行事は取りやめになり、ひっそりとしたスタートでしたが、新幹線網が新青森から鹿児島中央まで1本につながり、日本社会の一体感が強まることに寄与しました。東北の被災地の支援にもつながったことと思います。
 新幹線の歴史を振り返ると、東海道新幹線の開業は1964年10月1日。東京五輪の直前でした。日本社会は敗戦後の窮乏期を脱し、高度経済成長期の只中でした。「ひかりは西へ」のコピーとともに、山陽新幹線が博多まで全線開業したのは1975年3月10日。当時、北九州市で中学生だったわたしは、行ったことのない大都会・東京と自分の街が直結したことにちょっとした興奮を覚えていました。公害が各地で社会問題化するなど、実は高度成長のひずみも生じていたのですが、まだ日本社会全体が上を向いていられたようにも思います。
 その後、東京の大学に進むと、帰省のたびに新幹線を使いました。そして記者の仕事に就くと東北新幹線で任地へ。自身の半生を、新幹線網の拡大に重ねて振り返ることができる、そんなことに気付きます。東京~博多間は開業当初は最速の「ひかり」で6時間56分。かろうじて7時間を切っていました。今は「のぞみ」で5時間余です。東北新幹線の開業当初、上野~青森は在来線を乗り継いで約7時間でした。今は東京~新青森が最速の「はやぶさ」では3時間を切っています。まさに「隔世の感」がありますが、それだけの時間を自分は生きてきたのだな、との感慨も覚えます。
 まもなく迎える北陸新幹線の延伸開業も、沿線では忘れられない出来事として記憶されていくのだろうと思います。何より、能登半島地震の被災地の方々にとって、明るい話題になることを願っています。

 <余話>JR東日本が東京近郊で「スーパートレインスタンプラリー」を開催しています。10駅分のスタンプを集めて、駅構内のコンビニで600円以上の買い物をすれば、特急車両などをかたどったアクリルスタンドがもらえます。3種類のうち一つが新幹線200系。先日、スタンプを集めて、首尾よく手に入れることができました。

 このスタンプラリーはJR東日本が近年、テーマを変えて1~3月に実施しています。週末ともなると、各駅のスタンプ台は親子連れの参加者でにぎわいます。旅行客が減る時期の集客イベントとして定着しているようです。

www.toretabi.jp

能登半島地震から1カ月の在京各紙(備忘)

 能登半島地震は2月1日、発生から1カ月となりました。死者は震災関連死が疑われる方を含め238人、安否不明者は19人と報じられています。避難生活を送っている方は約1万4千人に上ります。犠牲になった方々にあらためて哀悼の意を表します。1日も早く、復興が進むことを願っています。

 東京発行の新聞各紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京の6紙)も、2月1日付の朝刊では1面から総合面、社会面まで関連記事を掲載しました。1面や総合面では「検証」を掲げた記事が目を引きます。被害状況を地図に落とし込んだ大型の図解や、多数の写真を載せた特集面など、ビジュアルの面でも工夫を凝らしています。
各紙が1面や総合面の中心となる記事にどんな見出しを立てているか、主なものをピックアップしてみました。

 想定を上回る地震であったために、被害も想定を上回って対応が追いつかなかったこと、半島で道路網が寸断され、復旧が進まず、救援がなかなか届かなかったこと、過疎の進む地域で復興に長い時間がかかることなど、発生から1カ月の節目に際して、この災害の特徴がよく分かるように思います。
 各紙とも社会面や特集面では、犠牲になった方々の人となりも紹介しています。そうした報道に接することによって、238人それぞれに、わたしたちと変わらない「生」があったこと、それが奪われた理不尽さを感じ取ることができます。そこから、被災地へ思いを寄せ、それぞれの立場で復興を支援する、といった「共感」が社会に広がることにもなるだろうと思います。組織ジャーナリズムだからこそ可能なことだろうと思います。

 以下に、東京発行各紙の2月1日付朝刊の主な記事の見出しを書きとめておきます。
■朝日新聞
▽1面トップ「能登地震1カ月 なお1.4万人避難」
「『大災害起きない』はずが/前輪島市長『やれたことあった』」※2面に続く 検証 能登半島地震
「死因『圧死』が4割 警察庁」
▽2面・検証 能登半島地震「見直し阻んだ『安全神話』」「07年 被害最小限『裏目』 23年 群発地震受け 着手したが」「国の活断層評価 待った末」/「主張は自分事として考えて」住宅再建 県独自に支援 元鳥取知事・片山善博氏/「地域防災計画とは―/年1回検討・訓練で実効性アップ」
▽3面「被災者 生活再建に難題/仮説や公営1.8万戸提供/年度内に石川県 住宅被害に及ばず」「災害関連死リスク 懸念も/専門家『高齢者、体と頭動かして』」
▽9面(経済)「被災コンビニ 復旧に壁/避難・男性 営業数時間で『ありがたい』」
▽15面(オピニオン)耕論「災害ボランティア考」※識者3人
▽28面「能登 遠い日常」※大型図解、写真
▽社会面、第2社会面「生きる これからも一緒に」

■毎日新聞
▽1面トップ「指定避難所 3割開設できず/発生当初 一部に殺到 備蓄枯渇」能登地震1・1 1カ月
「死因『圧死』が最多4割 警察庁分析」
▽3面「道開くか 迂回か 難題直面」「国交省初動 事前計画なく」「首相が対応主導 批判も」「救助隊 陸路阻まれる」
▽7面(経済)「観光・工芸 打撃深刻/支援急ぐ 政府・金融機関」
▽社会面トップ「『親友よ、どこにおるんや』/輪島朝市火災 安否今も」/「死因14% 低体温症・凍死/道路寸断 救助遅れ響く」など
▽第3社会面「発生3カ月程度は 高い関連死リスク」

■読売新聞
▽1面・トップ「あと1メートル 命救えず/過疎地 消防力に限界/発生1か月」※社会面に続く 能登地震 検証1
「1次避難なお9557人 断水4万戸」
▽2面「被災地停電 ほぼ復旧/道路寸断地域では難航」/「支援本部を設置 きょう初会合」/「生活再建へ300万円給付/制度新設検討」
▽3面・スキャナー「『なりわい』直撃/漁港再開見えず・津波で農地に塩」「県外工場で生産の動きも」
▽9面(経済)「停電完全復旧 道半ば/倒壊電柱 雪・道路寸断が壁」
▽18、19面(特別面)「突き上がる大地 海岸激変」大型図解、写真
▽20、21面(特別面)「戻らぬあなたへ」※犠牲者への家族らからのメッセージ集 48人分・顔写真
▽25面(くらし)「子連れ避難 自問自答の日々」
▽27面(文化)「漆芸継承の拠点 無念の休講」
▽社会面トップ「48時間後 やっと現場に/道路寸断 消防援助隊阻む」※1面からの続き 能登地震 検証1
▽第2社会面「『笑ってお別れ』できなかった」

■日経新聞
▽2面「『半島防災』練り直し/伊豆・紀伊など国土の1割/備蓄や輸送手段確認」/「携帯基地局 85%が復旧」
▽15面(ビジネス)「主要400社 供給網被災」
▽39面(特集)「救援遅らせた急峻な地形」※大型図解、写真
▽社会面トップ「応急住宅 能登に少なく/山間部で用地不足 6割が県外」など

■産経新聞
▽1面トップ「避難長期化1万4000人/体育館・集会所に6割/能登地震1カ月/死者238人、安否不明19人」
「家屋倒壊 圧死最多/低体温症・凍死は14% 犠牲者調査」
▽3面「複合要因 断水なお4万戸/水道管 低い耐震化率半島の地形 応援阻む」/「道路寸断 足かせ/国道1本『頼みの綱』」/「地下構造 耐震基準ない/ビル倒壊『どこでも起こり得る』」/識者談話1人
▽6面「首相、偽情報対策を重視/能登地震1カ月 連日SNS投稿」
▽10面(経済)「企業の支援 多様に」
▽12、13面(特集)「日常へ歩き出す」「能登沖 複数活断層が連動か」※大型図解、写真
▽14面(生活)「つらい気持ち 我慢しないで」
▽15面(文化)「被災地 テレビ復旧に23日間/交通網寸断 想定外の長期化」
▽社会面、第2社会面「近くにいなくて、ごめん」「輪島大火 防災教訓へ」

■東京新聞
▽1面トップ「まだ夢の中にいるよう/石川・珠洲 妻子失い『悲しみ押し寄せる』」
「避難 いまも1万4000人超」
▽2面・核心「過疎 被害を深刻化/住宅耐震化進まず、『共助』限界」
「復興 買って応援 JR池袋駅構内にアンテナショップ」/「市民団体『原発停止を』 災害対策指針機能せず」
▽7面(特集)※大型図解、「犠牲者の横顔」35人(顔写真11人)
▽8、9面(暮らし)「『生活不活発病』防ごう(高齢者)」「避難先 遊び集える場を(乳幼児と親)」
▽18、19面(特報面)「漁業振興、政府支援は?/3・11の経験どう生かす」/『前例ない』海底隆起 漁港、港など被害深刻」/「『復興』気安く使えないけれど必ず」七尾支局長
▽社会面、第2社会面「続く避難」「遠い日常」

「安倍派幹部『不問』」に8割が疑義

 自民党のパーティー券裏金事件で、自民党安倍派の政治資金収支報告書の虚偽記載に対し、東京地検は会計責任者を起訴しただけで、事務総長経験者ら派閥幹部の国会議員については不問としました。そのことへの疑問は、このブログでも触れました。東京地検が刑事処分を発表したのは1月19日。その後に実施された世論調査2件では、この点に対していずれも極めて厳しい結果が出ています。
 1月20~21日の朝日新聞調査では「納得できる」12%に対して「納得できない」80%、1週間後の毎日新聞調査(1月27~28日実施)でも「適切だと思う」11%に対し、「適切だとは思わない」が78%に上っています。「安倍派幹部の責任は不問」との東京地検の処分に、世論はおおむね8割が疑義を呈しています。
 自民党内では安倍派を始め派閥の解散の動きが出ていますが、朝日新聞の調査では、信頼回復につながらないとの回答が72%に上っています。毎日新聞の調査でも、「自民党の取り組みが政治の信頼回復につながると思うか」との問いに対し、「思わない」の回答が84%でした。
 民意は、自民党に任せても信頼回復はできないことをよく知っているのだと思います。政治とカネの問題が絶えないこと自体が、自浄能力がないことの裏返しでもあるからです。政治資金規正法も改正されてきましたが、それでも政治とカネの不祥事は繰り返されています。だからこそ、検察が捜査を尽くしたかどうかが問われます。安倍派の幹部の刑事責任を不問としたことは、民意の期待を大きく裏切ったと言えそうです。検察は捜査を尽くしたというなら、もっと説明すべきだろうと思います。

※参考過去記事

 検察の処分への疑問は、以下の記事に書いています。どうぞ、併せてお読みください。

news-worker.hatenablog.com

 検察の処分を是とするか否かの観点から、新聞各紙の社説、論説をチェックしました。こちらもどうぞ併せてお読みください。

news-worker.hatenablog.com