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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

ワクチン大規模接種 なおも「自衛隊の政治利用」の疑念~架空データ予約の検証取材で何が明らかになったか

 自衛隊による新型コロナウイルスワクチンの大規模接種オペレーションの予約受け付けが5月17日、始まりました。市区町村が配布している接種券に記載されていない架空の市区町村コードや接種券番号を入力しても予約ができてしまうことが判明し、「接種会場で混乱が生じる恐れもあるという」(18日付読売新聞朝刊)などと報じられています。受付開始までのスピードを優先させてシンプルなシステムにしたのかもしれませんが、急ごしらえ感が否めません。この大規模接種に対して、わたしはこのブログの以前の記事で「菅義偉政権による自衛隊の政治利用ではないか」との趣旨のことを書きました。その疑念は解消しません。

※参考過去記事

news-worker.hatenablog.com

 朝日新聞が18日付朝刊(東京本社発行)の総合面に掲載した時時刻刻「大規模接種へ 突貫工事」「『官邸案件』自衛隊を投入」によると、自衛隊による大規模接種は、首相官邸の鶴の一声で決まり、4月27日に菅首相が岸信夫防衛相に指示。主導したのは杉田和博官房副長官で、「官邸関係者は『大規模に集めてできないかと、杉田氏が突然言い出した』と明かす」と内情を紹介しています。
 産経新聞は前日の17日付紙面の1面トップに「大規模接種『有事』の官民作戦」の見出しの記事を掲載。こちらでも杉田副長官が検討チームのトップだったことが紹介されていますが、計画が浮上したのは1月下旬だったとのことです。
 産経新聞の記事の一部を引用します。

 新型コロナウイルスワクチンの大規模接種センター設置に向け、政府が動き出したのは1月下旬だった。自衛隊を使い接種をスピードアップできないか―。菅義偉首相の特命を受け、杉田和博官房副長官をトップに防衛省、厚生労働省、総務省などから集まった約10人のチームが編成された。
 首相はワクチンを「命を守る切り札」と位置付けており、スムーズな接種は政権の命運を左右する。動員のプロである自衛隊がモデルケースを示すことで都道府県による大規模接種会場設置を促す狙いもあった。
 しかし、特命チームの存在は公にされず、大規模接種センターの計画も箝口令が敷かれた。関係者は「国がやってくれると思ったら市区町村の接種態勢が緩んでしまう。計画はギリギリまで発表できなかった」と明かす。ワクチン接種の責任者である河野太郎ワクチン担当相とは異なるラインで計画を進めた。

 1月下旬に始まったという極秘の検討が、どのような内容のものだったか詳細はうかがえません。この時期、肝腎のワクチンの承認、供給一つを取っても、はっきりした見通しは分からなかったはずです。実施の詳細を決めていくことが可能になったのは、やはり、4月27日に計画が公表されてからだったのではないでしょうか。
 気になるのは、大規模接種が以前から検討されていたとしても、なぜ4月27日に公表されたのか、そのタイミングの事情です。朝日の記事にも産経の記事にも書かれていません。
 2日前の4月25日に、参院広島選挙区の再選挙など、国政3選挙で自民党は完敗していました。菅首相は、世論の逆風をひしひしと感じたはずです。産経新聞の記事には「計画はギリギリまで発表できなかった」との「関係者」の説明が紹介されています。この「ギリギリ」が何を前にしてのことか、記事には示されていないのですが、3選挙の完敗により政権が危機的状況に陥りかけていた(あるいは陥っていた)ことを指すのであれば、この公表のタイミングは非常に分かりやすいと感じます。「スムーズな接種は政権の命運を左右する」、つまりは政権浮揚が期待できる施策の一つはスムーズなワクチン接種の実現と考え、公表に踏み切ったのではないか、ということです。
 政権の命脈を保つために自衛隊の動員を決めたのだとすれば、やはり自衛隊の政治利用の側面は否定できないだろうと思います。

 ▼公式発表だけ知っておけばいいのか

 架空のデータを入力しても接種の予約が可能になっていることも、事前準備に時間を掛けられなかったことをうかがわせます。この点について、毎日新聞と朝日新聞出版のサイト「AERAdot.(アエラドット)」がそれぞれ実際にシステムに架空データを入力して予約が可能なことを確認し、その経緯も含めて報じました。岸防衛相は18日の記者会見で「悪質な行為であり、極めて遺憾だ。厳重に抗議する」と述べたと報じられています。予約システムは改修するとのことです。
 ※共同通信「大規模接種予約システム改修へ 架空情報入力取材に抗議」=2021年5月18日
 https://this.kiji.is/767181287781056512?c

this.kiji.is 毎日新聞の記事とアエラドットの記事を読んでみました。両者とも、どんなデータを入力してみたか、その結果はどうだったかを記事中で明らかにしており、そのことからどんな事態が予想されるかにも触れています。両者とも予約は取り消しています。
 アエラドットの記事は以下で読めます。
 ※「【独自】『誰でも何度でも予約可能』ワクチン大規模接種東京センターの予約システムに重大欠陥」
 https://dot.asahi.com/dot/2021051700045.html?page=1

dot.asahi.com

 ある特定の報道が適切か否かは、その取材行為、取材方法の態様だけで判断できる場合ばかりとは限りません。今回はワクチン接種という社会的にも極めて関心の高いテーマで、取材の対象は菅政権が鳴り物入りで自衛隊を動員した大規模なオペレーションです。取材の経過、手法も記事中で開示しています。仮に、こうした報道(取材方法に限ったことではなく、何を社会に知らせたかをトータルでとらえてのことです)が適切ではないとすれば、政府当局が公式に発表することだけを社会の人たちは知っておけばいい、ということになりかねません。前安倍晋三政権以来、政府の公式記録がいとも簡単に廃棄されたり、改ざんされたりし、国会で追及を受けてもろくに説明がない政治が続いてきました。そうしたことも考え合わせて、毎日新聞やアエラドットの報道が適切なのかどうかは、最終的には両者の報道を社会の人たちがどう受け止めるか次第ではないか、とわたしは考えています。

 岸防衛相は18日の会見では、「(虚偽予約を完全に防ぐ)システムを短期間で実現するのは困難。国民の個人情報を防衛省が把握することは適切ではない」(19日付朝日新聞朝刊)と説明したと報じられています。システムの改修も、市区町村コードが正しく入力されたかで予約の真偽を一定程度、確認できるようにすることを目指すとのことで、効果は限定的のようです。「国民の個人情報を防衛省が把握することは適切ではない」との判断はまともだと感じています。自衛隊を動員しての大規模接種は、どうやっても混乱の恐れを払拭できないことが明確になったのであり、そもそもが菅政権による「自衛隊の政治利用」だとすれば、ここにその無理が露呈したのだろうと思います。現場の自衛隊員が本当に気の毒です。